表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/31

第8話『焦土に立つ』(3)

「プラーヤ=プラシャースタ。クナーシュで出会った少年だな。姉の仇討ちにやって来たというわけか。確かに、それだけの実力は備えているようだ」


 オリアンは二十歩ほどの距離を置いて立ち止まると、不敵に笑った。


「そうだ。お前に埋め込まれた魔力爆弾を、僕は我がものとし……魔法戦士となった。今の僕には、お前を倒すだけの力がある」


 オリアンの威容に圧倒されそうになりながらも、プラーヤは正面から向き合った。


「いいだろう。挑戦を受けようではないか。ここに立つ全ての将兵に告ぐ! 今より行われる戦いに一切の手出しを禁ずる。この命に背いた者はこの私自らが即座に処断する!」

「はっ!」


 その場に居合わせる将兵の声が一つとなり、その場を取り巻く空気が瞬時に厳粛なものとなった。

 オリアンが足を踏み出すのと同時に、将兵の中から進み出る者があった。


「申し上げます! クインダル少佐と旅団司令部の人員複数名の姿が見当たりません!」

「なんだと?」

「続いて申し上げます! 損害の少なかった第三百十二機甲大隊と第百八十三機動歩兵大隊との連絡が途絶えました! これは……!」


 オリアンが眉をひそめた。


「クインダルめ……抜け駆けするつもりか!」

「待て! どこへ行くつもりだ、オリアン!」


 プラーヤは踵を返すオリアンの背中に叫んだ。


「お前と戦うのは後だ、少年よ。私には司令官としての務めがある。命令に背いた部下を処断するのは上官としての責務だ」


 オリアンは振り返る素振りさえ見せなかった――が。


「恥を知れ、タルネルバ=オリアン! 貴様はそれでも武人か!」


 背を向けて立ち去ろうとするオリアンを一喝したのは、ナツキだった。


「決闘を受けながら、背を向けてその場より逃走する非礼と卑怯さを恥じ入る心はないのか! いま一度問う、貴様はそれでも武人か!」


 美しくも勇猛な叫び声に、周囲は水を打ったような静けさに包まれた。

 オリアンはゆっくりと振り返り、ナツキを見た。

 実際には未だ各所で爆発が起こっていたが、プラーヤとリディア、オリアンと征討軍の将兵――この場にいる全ての人間がナツキの言葉に傾聴し、その姿に目を奪われていた。


「この私を喝破するか、見上げた胆力だ。只者ではないようだな。名を名乗れ」

「我が名はナツキ……ハヤテ=ナツキ。誇り高き戦士にして貴公子、プラーヤ=プラシャースタの眷属!」


 傍らのナツキを見上げていたプラーヤが、再びオリアンに向き直った。

 ナツキの言動の全てを理解できるわけではない。今も、ナツキが何を考えてこの場に立っているのか分からなかった。

 それでも――ナツキの主として恥ずべき振る舞いは決してすまいと考えた。今すべきことはナツキを信じ、毅然として振る舞うことだと自身に言い聞かせた。


「ハヤテ=ナツキ……先ほどの問いに答えよう。武人として決闘の場から立ち去る非礼と卑怯を恥じ入る心は当然、持ち合わせている。だが、チェルフカ市行政府と取り交わした約束が先だ。それを違えて街を攻撃させるわけにはゆかぬ。今は見逃そう、少年……いや、プラーヤよ。いずれ私の下へ挑戦しに来るがいい。部下もお前達の邪魔立てはせぬ」


 震える拳を握り締めるリディアの肩にそっと手を触れると、ナツキは言葉を続けた。


「我が主が決闘を行う時は、今をおいて他にはない。そして、貴様が部下の下へ赴く必要もない。この私が貴様の命令をクインダル少佐と麾下きかの将兵に伝達して来よう」

「お前が……?」

「左様。どんな手を使っても、クインダル少佐とその部隊を私が止めてみせよう」


 ナツキはそう言って、右手に持つ短剣を鞘に納めた。


「どんな手を使っても……だと?」


 ややあって、オリアンは静かに頷いた。


「よかろう」


 周囲から非難めいたざわめきが上がった。


「静まれ! この者の為に、道を開けよ!」


 オリアンが将兵を一喝すると、再び水を打ったような静けさが訪れ、包囲する将兵の中に一本の道が拓けた。


「さあ、行くがいい」


 オリアンに促され、ナツキは静かに歩み始めた。プラーヤとリディアに一声もかけず、一顧だにせずその場を離れた。


「お前が戻るまで待ちはせぬ。主の戦いを見届けずして離れることに心残りはないか」


 傍らを通り過ぎるナツキにオリアンが問うた。


「主が私を信じたように、私も主を信じている。我が主は必ずや貴様を討ち果たし、見事本懐を遂げるだろう」

「あの少年に私が敗れると?」

「言うまでもなく。ここで貴様に敗れるようであれば、私の主たる資格はない。そして、私はそのような凡夫を主に選んだ覚えはない」


 ナツキは一瞬だけオリアンに振り向き、口角を上げてみせると――その場を走り去った。


「プラーヤ。ここまで言わしめるとは大した男だ。よもや退屈はさせまいな」


 オリアンはマントを脱ぎ捨て、ゆっくりと歩み出た。


「傍らの娘……お前も魔法戦士のようだな。いかなる結果になろうと部下に手出しはさせぬ。ナツキの代わりに戦いを見届けるがいい」


 敢えてか、オリアンはリディアの名を聞かなかった。

 リディアはプラーヤと一瞬だけ目を合わせた後、ゆっくりと退いた。

 プラーヤは両手に黒い炎をみなぎらせ、静かに歩を進めた。魔力のルートを通じるリディアが落ち着きを取り戻した為か、不思議と心は落ち着いていた。


 一歩、また一歩。地面を踏み締めながら、作戦の進捗状況を振り返る。

 自動車爆弾と魔力爆弾による爆発で与えた損害が予想以上だったこと、暴走したリディアがかなりの将兵を倒したことで、旅団を壊滅させるという目的は半ば達成しつつあった。

 また、オリアンと対峙している間は残余の将兵を釘付けにし、地震による街への攻撃を防ぐこともできる。

 問題はクインダルが率いる部隊だが、ナツキがこれと交戦することは確実だ。

 ナツキが最強の魔法殺し――銃剣士であるとはいえ、千を超える兵力と一人で戦わせることに心が痛む。しかし、今はナツキを信じて戦うしかない。

 オリアンが腰に提げた二本のサーベルを抜き放つと同時に、プラーヤは叫んだ――!


「来い、オリアン!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 遺跡の外へと通じるコンクリートの道路上に、戦車と装甲車の群れが長い列を成してエンジンをふかしていた。

 ヘッドライトの青い光の中に青黒い排気煙が立ち籠める様は禍々しくも幻想的で美しく、クインダルは最先頭に位置する装甲指揮車の砲塔からその光景を満足げに眺めていた。

 やがてクインダルは空を赤く染める火柱に目を向けてにやりと笑うと、喉元に装着した通信機の送話器に右手を添えた。


「『龍の頭』より各車へ。出撃まであと三分。抜かりのないようにしろよ。先に仕掛けてきたのはチェルフカの奴らだ。征討軍に盾突くとどうなるか、あの世で後悔させてやれ。建物は犬小屋一つ残さず破壊しろ。街にいる者はネズミ一匹残さず皆殺しにしろ。俺からの命令は以上だ」


 命令を伝えると、無線通話機のヘッドフォンから了解の声が次々に聞こえてくる。

 クインダルは部下達の頼もしい声に上機嫌で頷くと、水筒を取り出してうまそうに水を飲み、黒手袋を着けた手の甲で口を拭った。


「ふふん。くだらん交渉やら、退屈な事務仕事なんぞにはウンザリだ。たまには前線で指揮を執らにゃ、兵隊になった意味がねぇってもんよ」


 クインダルの口調は、チェルフカ市議会で見せた慇懃無礼なそれとはまるで別人のように荒々しかった。


「ん……どうした? まだ不安か」

「はっ、少佐殿。旅団長の指揮下を離れての行動は、さすがに……」


 クインダルの傍らで魔力砲の照準器を点検していた、黒い軍服の機甲兵少尉は緊張と困惑を隠しきれない表情で答えた。


「案ずるな、マレク。俺達は確かにオリアン大佐の部下だ。だがな……俺達、征討軍の兵士が最優先すべきものは、他でもない大元帥閣下のご命令だ。大元帥閣下は確かにチェルフカ攻略の命令を下さったが、チェルフカを無傷で手に入れろなどとは仰ってないぞ」

「はっ。ですが、少佐殿……」


 クインダルは少尉――マレクの肩を軽く手で叩いた。


「お前がオリアン大佐を深く尊敬してることは知ってるさ。それは俺だって同じよ。大佐殿は強力な魔法戦士であり、優秀な軍人だ。部下思いで人望もある……だがな」


 クインダルの顔から笑みが消えた。


「大佐殿は軍人である前に『武人』だ。だから肝心なところで武人としてのプライドが邪魔をする。それさえなけりゃ、あの人は今頃『少将殿』くらいの呼び名をもらってるだろうよ。チェルフカを無傷で手に入れようってのも、戦乱の中で旧時代からの文化を守り続けてきたチェルフカ市民への敬意なんだろう」

「チェルフカを無傷で手に入れるのは、敬意よりも合理性に基づく判断では?」

「合理性……か。確かに武力を用いず街を手に入れるのは一見、合理的だ。だが俺達は降伏勧告もせずにいくつもの街を滅ぼしてきた、冷酷非道の第十五遊撃旅団だ。これから滅ぼす街の奴らに、間違っても『第十五遊撃旅団は話が通じる』なんて思わせるわけにはいかねぇのさ。ましてや、大元帥閣下のご命令を都合よく解釈して手心を加えるなんざ、断じて第十五遊撃旅団のやることじゃねぇ」


 マレクが黙り込むと、クインダルは鼻を鳴らして苦笑した。


「冷酷非道の第十五遊撃旅団は敵を差別しねぇ。敵である限り、命の軽さはみな同じだ。命の軽さを知る者が特定の命を有難がるなんざ、おかしな話だと思わんか?」


 マレクは問いに答えなかった。

 やがて、各車から出撃準備完了を伝える通信が次々に入ってきた。


「よし……もうすぐ時間だ」


 クインダルは懐中時計を眺め、長針の動きにしばし見入った。


「六……五……四……三……」

「少佐殿、あれを!」


 クインダルは秒読みを中断し、マレクの呼びかけに顔を上げた。その指が示す先――ヘッドライトに照らされて、黒髪の少女が立っているのが見えた。


「杖……? いや、小銃のようなものを肩にかけていますが……あいつも攻撃を仕掛けてきた奴らの仲間でしょうか?」


 興を削がれたクインダルは舌打ちして砲塔の天板に上がると、怒鳴り声を上げた。


「なんだ、小娘ェ! 俺達の邪魔をするんじゃねぇ! 今なら見逃してやる! 轢き殺される前にどきやがれ!」


 少女――ナツキは毅然とした表情でクインダルの視線を跳ね返し、高らかに声を上げた。


「征討軍第十五遊撃旅団副官――メスター=クインダル機甲兵少佐に、旅団司令官であるタルネルバ=オリアン歩兵大佐からの伝言を預かってきた!」

「伝言だと?」

「告ぐ! 独断でのチェルフカ攻撃は重大な命令違反でありチェルフカ市行政府への重大な背信行為である。速やかに帰投し、追って処分を待て! 貴官の返答やいかに?」

「龍の頭より各車へ。時間だ、前進しろ」


 クインダルはナツキの言葉を黙殺し、各車に命令を下した。

 それぞれの車輌のエンジンが唸りを上げ、タイヤと履帯が地面を削り始める。

 先頭を走るクインダルの装甲指揮車が猛スピードでナツキに迫る。砲塔の上に腕を組んで立つクインダルは、冷笑を浮かべてナツキを見下ろしていた。


「それが貴様の答えか!」


 叫びと共に、ナツキは短剣を抜き放った。


「あ……っ?」


 クインダルは目の前で起きたことが信じられなかった。

 一瞬の煌めきの後、搭乗する装甲指揮車がバラバラに斬り裂かれていた――。

 車外へ放り出されたクインダルは宙返りをしながら、指揮車の残骸が燃え上がるのを見た。魔法戦士である自身とマレクを除く五人の乗員が一瞬で火達磨になった。


「うわぁぁぁぁぁぁッ!」


 青い炎に包まれた乗員達が、悲鳴を上げてのたうち回る。


「チッ!」


 クインダルが舌打ち交じりにかざした手が青く輝くと、乗員達は動かなくなった。


「意識誘導術か。こうも簡単に部下を見捨てる男が将校とはな」


 ナツキは短剣の切先を向けながら、クインダルを睨みつけた。


「何ぬかす。苦しむ部下を楽にしてやるのも将校の仕事だろうが」


 クインダルは立ち上がってナツキと正面から向き合った。

 指揮車の残骸と戦友の死体に進路を塞がれたことで後続の車輌は立ち往生し、辺りはエンジンの排気で凄まじい熱気に包まれていた。


「少しは腕に覚えがあるようだが……五十輌の戦車と千名を超える歩兵、四十五名の魔法戦士と一人で戦おうってのか?」

「愚問だ。私以外に誰がいる?」


 ナツキはそう言って前髪をそっとかき上げた。

 次の瞬間――隠されていた右目が黄金に輝き、クインダルら将兵の目が眩んだ。


「なっ……なんだ!」


 ナツキは右手に小銃、左手に短剣を持ち、流れるような所作で短剣を天に掲げた。


「我は軍神の兵仗を以て、立ち塞がるもの全てを討ち滅ぼさん。走る刃は蒼穹を裂く雷となり、放たれし弾丸は大地を砕く流星とならん!」


 眩い光の中、クインダルの目は辛うじてナツキの動きを捉えていた。


「銃に、剣だと……まさか……!」

「白兵戦の真髄を見せてやる! 着けェ、剣ッ!」


 小銃と短剣が一体の武器――銃剣となった時、ナツキの全身が黄金に輝いた――!

 銃剣術を極めた者だけが身に纏う闘気に圧倒され、クインダルが息を呑んだ。


「このエネルギー……魔力じゃねぇ。こいつは……!」


 ナツキは右手で銃把グリップを握り左手で前床フォアエンドを握ると、ゆっくりと右脚を引いて腰を落とし、クインダルに銃剣の切先を向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ