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第8話『焦土に立つ』(1)

「さすがに出歩く人はいないわね」


 静まりかえった夜の街を見渡しながら、リディアが声をひそめて言った。


「そうだな。それにしても、来るのは僕だけでよかったのに。すぐ戻るって言ったろ」

「いいじゃない。夜の街で情報収集なんて、私もスパイになったみたいで面白そうなんだもの。ねっ、ナツキ」

「はいっ、リディアお嬢様っ」


 プラーヤは笑顔で頷き合うナツキとリディアを振り返り、小さくため息をついた。


「それにしても、カフェ・ハンカのマスター……前からなんか怪しいと思ってたけど。情報屋なんかやってたのね」

「あの親父、やっぱり地元民からも怪しいと思われてたのか……」

「しっ!」


 突然、リディアがプラーヤの唇に指を当てて言葉を封じた。

 プラーヤは突然のことに驚きながら、リディアの視線の先に目をやった。

 中年の男が一人、注意深く周囲を見渡しながら走り去るのが見えた。


「びっくりした……どうして分かったんだ、リディア?」

「私には自身の気配を操るだけじゃなく、人の気配を感じ取る力もあるのよ」

「そうか……その力は奇襲にも役立つな」

「あのぅ、ご主人様」


 ナツキが緊迫感に欠ける声で耳打ちをした。


「なんだ、ナツキ?」

「たった今、走って行った方ですが、ナツキは覚えておりますよ。市庁舎広場でバスを用意してくださると仰った方です」

「えぇと……つまり、お前から金を騙し取った男か?」


 プラーヤは数秒置いてから言葉を言い変えて問い質した。


「そういうことになりますねぇ」

「あのなぁ……まぁいい。とにかく追うぞ」

「カフェ・ハンカに寄るんじゃないの、プラーヤ?」

「いいんだ。僕の考えが正しければ、行先はあいつも同じはず」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 カフェ・ハンカは既に営業を終了して看板の照明を落とし、店内にも明りはなかった。

 店の前に立った男は周囲を見回してから、ドアを三回叩いた。


「『ごめんなさいねぇ、今日はもう営業終了なんですよぉ』」


 店内から聞こえてきたのはマスター・ファイサルの声だった。


「『そう言わないでくれ。寝る前にどうしてもアップルパイが食べたいんだ』」

「『そこまで言われれば、仕方ありませんねぇ』」


 合言葉の後で鍵が解錠され静かにドアが開くと、男は素早く店内に滑り込んだ。


「ご苦労だったねぇ。街の外はどんな様子だった?」


 ファイサルは常夜灯をつけて室内に最小限の明りを灯すと、声を忍ばせて問うた。


「妙ですよ、旦那。旅団はてっきり街を包囲するものと思ってましたが、街の外には歩兵一人いませんでした」

「ふぅむ……部隊を休養させる為だろうかねぇ」

「分かりませんが……街を脱出するなら今のうちかと」

「脱出? 冗談じゃない!」

「旦那。そうは言いますがねぇ……」

「他の街で店をやるなんて、僕には考えられないよ……おっと。いけない、いけない。鍵を閉めなくっちゃねぇ」


 ファイサルがドアの鍵を閉めようとした瞬間、外側からドアが開け放たれた。


「おやおや? こんな時間にコーヒーをご所望かな?」


 突然の来客にもファイサルは全く動じなかった。


「コーヒーはいらないけれど、先客に用がある。僕のメイドが世話になったからな」

「こんばんはっ、先日はどうも~」


 店内へと足を踏み入れたナツキの顔を見た男が悲鳴を上げた。


「げぇっ! あの時のメイド……!」

「年貢の納め時だねぇ、ルワジ」

「他人事みたいに言わねぇでくれよ、旦那!」


 男――ルワジはファイサルに縋りついて助けを求めた。


「まさか、マスターの手下だったとはな。僕はあれから何度かこの店へ来たけれど、よく平気な顔で話ができたもんだ。一体、どう落とし前をつけてくれるんだ?」

「誤解だよぉ、プラーヤ君。ルワジは僕の部下じゃないんだ。だから――」

「落とし前だなんて……ごろつきが使うような言葉ね、プラーヤ」


 リディアの顔を見たファイサルの顔に、初めて動揺の色が浮かんだ。


「リディアお嬢さん……! どうしてここに?」

「わけあって、プラーヤ達と行動を共にしてるの。ところで……確か、このお店の営業許可は来月で更新だったかしら?」

「申し訳ありませんでしたぁぁ! こいつが騙し取ったお金はお返しします! 何でもしますから、営業許可の取り消しだけは勘弁してくださいぃぃ!」


 ファイサルとルワジが揃って深々と頭を下げる。

 呆れるプラーヤ、きょとんとするナツキ。

 そしてリディアは勝ち誇った笑みを浮かべた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「プラーヤ、ナツキ。こっちに来て、運ぶのを手伝ってくれるかしら」


 リディアはファイサルから借りたトラックを運転して屋敷に戻るなり、地下室へと向かった。リディアが鍵を開けて地下室の扉を開くと、明滅する七色の光が室外に溢れ出した。


「魔力結晶……いや、これは……!」


 プラーヤは大きく脈を打つ胸の魔力結晶に手を当てながら、室内を見渡した。室内に山と積まれているのは、軽量石材製のコンテナケースに収められた七色の光を放つもの――。


「そ、魔力爆弾よ。威力はあなたの胸に埋め込まれたものよりはずっと劣るけれど」


 リディアは平然と言い切ると部屋の奥に向かい、爆弾の入ったケースを持ち上げた。


「二百キロもあれば足りるかしら。早く車に積んでしまいましょう、その隅からお願いね」

「はい、リディアお嬢様」


 普段、全く力仕事をしないリディアが重いケースをてきぱきと運ぶ様子にプラーヤは呆気に取られたが、気を取り直して作業に加わった。


「まさか、こんなものを隠してたなんて。自分で作ったのか?」

「作ろうとして作ったわけじゃないわ。魔力結晶の精錬実験の副産物なの。何かに役立つと思って取っておいたんだけれど、このままだと隠しきれなくなるところだったわ」


 そう言って舌を出すリディアに、プラーヤは無言で頷いた。

 笑顔――それが彼女の強さなのだとようやく分かった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 宵闇の砂漠を走る、一台のトラック。時速五十キロのスピードで風を切る車体にはアルファベットで『カフェ・ハンカ』の文字があった。


「なんだか変な気分だな。こうしてリディアの運転する車に乗せてもらうなんて」

「何、言ってるのよ。私は魔力研究者なんですもの、自動車の運転くらいできて当然でしょう。ルセノー機関の原理は魔力研究の必須知識なのよ」


 リディアはハンドルを握りながら、助手席のプラーヤに微笑みかけた。


「……遺跡まであと少しか」


 プラーヤは大きく深呼吸してから、後ろを振り向いた。

 後部座席のナツキはトランクを膝の上に置き、目を閉じて静かに息を整えていた。普段の天真爛漫な言動が嘘のようだった。

 プラーヤは隣でハンドルを握るリディアに目を移した。普段の白い衣装とは正反対の、葬儀用の黒い礼装を纏っていた。


「この服がまだ気になるの? 仕方ないでしょ。これ以外の服は全部、白なんですもの」


 視線に気づいたリディアが前を見ながら言った。

 白い服は目立つからと着替えるように言ったのはプラーヤだったが、着替えたリディアの姿を見た時は言葉を失った。


「さっきも聞いたよ。まぁ、いいけれど」


 プラーヤは青いヴェストとジャケット、ハーフパンツを身に着けていた。屋敷の勤務服で戦うことには抵抗があった。


「とにかく、リディアが一緒で助かった。おかげで気づかれずに接近できる。本当ならルセノーエンジンと僕の魔力結晶が魔力計に探知されてるところだ」

「マスターが快く車を『貸して』くれたおかげでもあるわ、感謝しなきゃね」


 リディアはそう言って意地の悪い笑みを浮かべた。


「市長の娘という肩書が初めて役に立ったな」

「ふふっ、そうね。それにしても、詐欺師の元締めだったなんてバレたら営業許可取り消しどころじゃ済まないのに、マスターにとっては営業許可の方が大事なのかしら」

「そうだな。僕はあのマスターが苦手だけれど、あの店は嫌いじゃない。マスターにとっても、あの店は特別なものなんだろう」


 リディアがくすり、と笑った。


「マスターの為にも、チェルフカを守らなきゃね……ところでプラーヤ。あなた、魔法戦はこれが二度目だと言ったわよね。私がいるから大丈夫だとは思うけれど」

「気をつけるさ、この前はナツキがいなきゃ、どうなってたことか」


 プラーヤは再び大きく深呼吸した。


「まさか、ナツキがあの魔法殺し……それも、伝説の銃剣士だったなんて」

「僕だって驚いたけれど……征討軍と戦う上でこれ以上頼もしい味方はいない」

「そうね。その通りだわ」


 ナツキは二人の会話が聞こえていないかのように、無言で呼吸を整えていた。


「さて……もう車を止めてもいい頃合いね」


 リディアはそう言って静かにブレーキを踏み、ゆっくりと自動車を停止させた。

 フロントガラスの向こうに鉄筋コンクリート造りの廃墟が広がっていた。駐屯する将兵は休息を取っているのか、灯りは殆ど見えなかった。


「さて……最後の打ち合わせをしよう。準備はいいか、ナツキ」

「はい、ご主人様。私はいつでも問題ありません」

 呼びかけに応じてナツキが目を開いた。眦を決した、強く美しい戦士の目だった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 第十五遊撃旅団の将兵の多くは相次ぐ転戦で疲れ切っていた。

 オリアンがチェルフカ市行政府に突き付けた要求に七十二時間という猶予を設けたのは、実際のところ旅団の休養と再編成の為だった。

 人的損失と兵器の損耗は僅かだが、度重なる殺戮を続けてきた将兵も人間だった。下士官兵の中にはこれまでの非情な作戦により、大きな精神的負担を抱える者も多かった。

 だから――歩哨に立つ兵士が迫り来る無人の自動車をすぐに発見できなかったのも、仕方のないことだった。


「敵襲! 敵襲!」


 叫びながら小銃を乱射する兵士の眼前で、自動車が爆発した。

 廃墟の中で身体を休めていた第二百十九機動歩兵中隊第二小隊の将兵は、眠りから覚めると同時に爆発に巻き込まれた。

 百キロの魔力爆弾を積んだ自動車が爆発すると、周囲に置かれた燃料と弾薬が反応を起こし連鎖して大爆発が起こった。

 続いて廃墟を取り囲むようにして多方向からの爆発が起き、大地が大きく揺れた。

 旅団司令部とした建物の一室で書類を整理していたクインダルは、静寂を突き破る轟音と震動に顔をしかめた。


「だから、一気に攻め落とすべきだと言ったんだ」


 こともなげに呟くと、クインダルは当番兵を伴って居室を後にした。

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