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第5話『ボーイ・ミーツ・ガール』(3)

「チェルフカの皆さ~ん! とっても楽しいショーですよ~! 見ていってくださ~い!」


 商店街の中央部、噴水と時計台のある広場に色鮮やかな紙吹雪が舞った。


「驚天動地! 空前絶後! 抱腹絶倒! 絶体絶命! ハラハラドキドキ、ワクワクニコニコの超絶ショーですよ~! これを見逃すと一生、見られませんよ~! 見ていってくださ~い! 見ていかないと一生、後悔しますよ~!」


 紙吹雪を撒くナツキの支離滅裂な口上に苦笑しながらも、その笑顔と美しさに惹かれて道行く人々が足を止める。

 プラーヤはリュックから取り出した道具をチェックしながら、呼吸を整えていた。


 ――大丈夫、一人でもやれるはずだ――。


 集まった人数が五〇人を超えたところでナツキがプラーヤに目配せした。

 プラーヤは大きく頷くと、颯爽と立ち上がり両手を大きく広げて見せた。


「チェルフカの皆さん、はじめまして! 僕は北の都ベリンロフからやって来たプラーヤです! そして、こちらはアシスタントのナツキ! 以後、お見知りおきを!」

「お見知りおきを~!」


 ナツキが両手を揃えて恭しく頭を下げると、大きな拍手が上がった。


「盛大な拍手、ありがとうございます! これよりお目にかけまするは千年前より伝わる秘術、その名もグローム・ルーキ! この手から稲妻が走る瞬間をお見逃しなく。一瞬たりとも目を離しませんよう、とくとご覧あれ!」

「ご覧あれ~!」


 ナツキは集まった人々に愛想を振りまくと、プラーヤのそばに歩み寄った。初めて見るプラーヤの明るい笑顔を前に、ナツキも満面の笑みを浮かべていた。


「それでは皆さん、僕の右手にご注目! 一瞬たりとも目を離さず、よーくご覧くださいね! アン・ドゥ・トロワ!」


 プラーヤが手首を返して指を鳴らすと、空中に直径十センチあまりの独楽こまが現れる。回転する独楽をプラーヤが人差し指で受け止めると、拍手と歓声が上がった。


「ありがとうございます! でも、まだ拍手をするのは早うございますよ。さて、取り出だしたるこの独楽! 今からこの独楽に、命を吹き込んでみせましょう!」


 おおっ、という歓声と共に人々の目が独楽に集中する。プラーヤがナツキに目配せすると、ナツキが笑顔で頷いた。

 外部から多くの人が訪れるチェルフカには旅の芸人も多く訪れる。

 目の肥えたチェルフカ市民をナイフ投げやジャグリングで満足させることは難しいと考え、曲独楽と噴水を利用した手品で一気に心を掴むことにした。


「それでは皆さん。この独楽にご注目! 僕の持つ独楽とナツキが持つボールが、これから笛の音に合わせてダンスをします! よーくご覧ください。アン・ドゥ・トロワ!」


 プラーヤの掛け声と共に人差し指から大きく独楽が跳び上がった。

 独楽が意思を持って飛び跳ねているような動きに歓声が上がる。独楽は地面に着地したかと思うと、堅い石畳の上をカエルのように何度も飛び跳ねた。

 見たことのない手品に大きな拍手と歓声が上がる。


「ありがとうございます! これから僕の笛に合わせて、この独楽が二つのボールと楽しくダンスをします。アン・ドゥ・トロワ!」


 プラーヤは手首を振って小さなソプラノリコーダーを取り出すと、軽やかにステップを踏みながらワルツを奏で始めた。

 足を踏み鳴らすたびに紙でできた蝶がどこからか飛び出し、ひらひらと宙を舞った。

 紙の蝶が美しく舞う中、明るい音色と軽やかなステップに合わせて、独楽が回転しながら何度も飛び跳ねる。

 拍手と歓声が大きくなったところで、プラーヤがナツキに目配せした。


「えーいっ!」


 ナツキが掛け声と共にゴム製のボールをオーバースローで投げた。

 独楽の近くに投げられた剛速球は、凄まじい勢いで石畳の床にぶつかるとバウンドして独楽を巻き込み、視界から消えた。

 数秒後、どこからか壁が崩れるような音と悲鳴が聞こえた。

 拍手と歓声はぴたりと止み、リコーダーの音色が広場に虚しく響き渡った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「こってり搾られちゃいましたねぇ、ご主人様ぁ」

「お願いだから黙っててくれ。今はお前の声を聞きたくない。顔も見たくない」


 目抜き通りの外れにある防衛隊本部からナツキと共に出てきたプラーヤは、大きく肩を落とし、ため息をついた。陽は傾き、時計台の向こうの空が赤く染まっていた。


「よりにもよって、街のシンボル……時計台の壁に大穴を開けるなんて……修理代で財布は空っぽだ。街中で芸をすることも禁じられたし、どうすればいいんだ……」

「困りましたねぇ」

「何、他人事みたいな言い方してるんだよ。僕は、アンダースローで軽く放り投げろって言ったのに!」

「申し訳ありません、ご主人様。ご主人様のあんなに楽しそうな笑顔を見るのは初めてだったもので、つい気分が舞い上がってしまって」


 ナツキを睨みつけていたプラーヤの顔から怒りの色が消えた。


「笑顔……か」


 プラーヤはぽつりと呟くと夕陽を見上げた。


「あれは本当の笑顔じゃない。心から楽しいと思って笑ったことなんか……」


 吐き捨てるように言って、足を踏み出そうとした時だった。


「ほーっほっほっほっ! そこのあなた! お困りのようね!」


 聞き覚えのない、高飛車な少女の声。声のする方に振り向くと、頭の天辺から爪先までフリルの付いた純白の衣装に身を包んだ少女がいた。


「お困りのあなたに、少しばかり私の力を貸してあげましょうか?」


 少女が白い手袋をはめた人差し指でプラーヤを指差した。人を見下すような笑みを浮かべた、褐色の肌の美しい少女だった。

 外見年齢は十代半ば――身長は百六十センチ足らず。プラーヤより少しだけ背が高く、底の厚い編み上げブーツがスリムな体型を際立たせている。サイドテールにまとめた赤い髪を飾る白いリボン、切れ長の大きな目に鮮やかな緑色の瞳が輝く。

 それらのコントラストが息を呑むほど鮮烈で、上品な顔立ちに彩りを加えていた。


「わぁ~。とっても可愛らしいお召し物ですねぇ! よく似合っておいでです!」


 ナツキが手を合わせて感嘆の声を上げると、少女の顔がぱぁっと輝いた。


「まぁ! この衣装の良さが分かるなんて、目が高いわね! あなたの衣装も、ちょっと地味だけど素敵よ。私の服は街のテーラーに特注で――」

「行くぞナツキ」


 プラーヤは少女に背を向け、ナツキの手を引いた。


「ああっ、ご主人様ぁ。ナツキは話している途中でしたのに。あのお嬢さんにも失礼ではありませんか」


 ナツキを引きずるようにして早足で歩きながら、プラーヤが耳打ちした。


「バカ。あれはどう見ても関わっちゃいけないタイプの人間だ。面倒事はごめんだぞ」

「人を見た目で悪く言うのはよろしくありませんよぉ、ご主人様。それに、とっても可愛らしいお嬢さんですし」

「少しは人を疑うことを覚えろよ。あの派手な服を見ただろ? あんな格好をしている時点で、どう考えても普通じゃない」

「……聞こえてるわよー?」


 プラーヤが驚いて振り返ると、すぐ後ろに少女の引きつった笑顔があった。


「お、お前……いつの間に……!」

「お前ですってぇ? 初対面のレディに対して失礼ね! 私の名前はリディア! リディア=ハセルハールよ!」

「ハセルハール……?」


 プラーヤが首を傾げると、少女――リディアは不敵な笑みを浮かべ、どこからか取り出した扇子を広げて胸を張った。ナツキと比較すると明らかに控えめな胸だった。


「気づいたようね! そう! 私はこの街の市長、アルヴリーサ=ハセルハールの娘よ。その私が気にかけてあげてるんだから、もっと嬉しそうに振る舞いなさい! さぁ! さぁさぁ!」

「市長さんの娘さんですか! すごーい!」

「ふふーん。驚いたかしら?」


 ――うっわー、なんだこいつ……。


 拍手をするナツキと得意げなリディアをよそに、プラーヤは顔をひきつらせた。


「その顔は、また失礼なことを考えてる顔ね……まぁ、いいわ。こっちが名乗ったんだから、そっちも名乗りなさいよ」

「僕はプラーヤ。こっちはナツキだ」


 プラーヤが投げやりに名乗ると、ナツキがスカートの裾を両手でそっと持ち上げて優雅に一礼した。


「はじめまして、リディア様。メイドのナツキと申します」

「プラーヤにナツキね。覚えたわよ」


 リディアは満足そうに頷くと、小さく咳払いをした。


「ところでプラーヤ。あなたの手品はなかなか面白かったわ。私はあの続きが見たいと思ってるんだけど」

「えっ、僕の手品を見てたのか?」

「時計台の展望室からね。もっと近くで見ようとしたら、いきなり壁に大穴が空くんですもの。砲撃でも受けたのかと思って、びっくりしたわよ」

「それほどでもぉ~。うふふっ」


 照れ笑いを浮かべるナツキを目で制してから、プラーヤはリディアに向き合った。


「手品の続きか……無理な相談だ。僕達はもうチェルフカで芸ができなくなったからな」

「それよ!」

「はぁ?」


 リディアが額に手を当てながら、大きくため息をついた。


「やれやれ……察しの悪い子ね。市長の娘である私が……この街で一番の権力者の娘である私が! なんと! あなたが! 再び! この街で! 手品を! できるように! してあげようと! 言ってるのよ!」


 言い終わるとリディアは広げた扇子を天にかざし、決めポーズを取った。


「な……なんですってぇ~!」

「任せなさい! 何せ私は市長の娘なんですから! ……って、あら。どうしたの、プラーヤ。もっと嬉しそうな顔をしなさいよ」


 目を丸くするナツキの隣で、プラーヤは真剣な表情でリディアを見つめていた。


「本当に……そんなことができるのか?」

「勿論よ。まぁ見てなさいって」


 プラーヤの真剣な眼差しを正面から受け止めながら、リディアは可憐にウィンクした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「いい加減にしてくださいよ、お嬢さん! こっちは忙しいんですから! くだらないことで本部に押しかけて来るのはやめてくださいって!」

「市長の娘に対して、その言い方は何よ! ママに頼んでクビにするわよ!」

「そんな脅しは無駄だって何度も言ってるでしょうが! このことが知られれば、お母様に怒られるのはお嬢さんの方ですよ!」

「ぐぬぬぬ……どうしてそれを……とにかく! あなたじゃ! 話に! ならないわ! あなたの! 上官を! 上官を出しなさいよぉぉぉぉ!」

「あーもう! 出すわけねぇだろ! 帰れ!」


 プラーヤは、防衛隊本部の相談窓口で受付係の若い兵長と押し問答を繰り広げるリディアの背中に冷ややかな視線を注いでいた。


「ナツキ、行くぞ」

「えぇと……はい、ご主人様」


 ナツキはリディアの背中を目で追いながら、プラーヤに従って防衛隊本部を後にした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ご主人様、これからどうしましょう?」


 人気の減った目抜き通りを歩きながら、ナツキがこの日で三度目となる問いかけをした。


「その質問も今日だけで三回目だな。とにかく今晩、寝るところを探さないと。チェルフカは夜間の警備が厳しいから、街中で野宿するのも一苦労だ」

「それは困りましたねぇ」


 他人事のように言うナツキを一瞬だけ睨みつけると、プラーヤは大きくため息をついた。


「ご主人様、ため息をついてばかりですねぇ」

「誰のせいだと……ん?」


 プラーヤは言いかけてやめた。どこからか、耳をつんざくような泣き声が聞こえてくる。


「びぇぇぇぇぇぇん! ぐやじぃぃぃぃぃぃぃ!」

「この声は……!」


 冷や汗を流しつつ振り返ったプラーヤの身体を猛烈なタックルが襲った――!


「ごぼぉぉっ!」


 リディアに抱き付かれ……もとい、抱き突かれた身体が道端のゴミ箱に衝突し、軽量石材製のゴミ箱が砕け散った。


「びぇぇぇぇぇぇん! みんなが意地悪するぅぅぅぅぅぅ! もうやだぁぁぁぁぁぁ!」


 リディアは白い服をゴミだらけにしながら、馬乗りになってプラーヤの胸を何度も拳で叩いた。叩かれる度に、顔をゴミに突っ込んだプラーヤの小さな体がびくびく痙攣した。


「あーっ、リディア様ぁ。あんまり乱暴はなさらないでくださいよぉ」

「ぐやじぃぃぃぃぃぃ! びぇぇぇぇぇぇん!」


 ナツキの声など聞こえていないかのように、リディアはプラーヤの胸を叩き続けた。

 打撃が百回を超えたあたりでリディアはようやく叩くのをやめ、両手で涙を拭った。


「うぇぇぇぇん……私ばっかりぃ……! なんでぇ……! なんでなのぉ……!」


 ナツキはプラーヤに歩み寄ると、ゴミの中からその身体を無造作に引っ張り出した。

「よいしょっと……ご主人様。大丈夫ですかぁ?」

「だ……大丈夫……なわけあるか……死ぬかと思ったぞ……」


 プラーヤがか細い声で答えると、ナツキはゴミだらけの身体を抱き締めた。


「返事ができるということは、大丈夫ということですね。よかったぁ~」

「ぐふっ……主人を守るのがメイドの務めじゃなかったのかよ……」


 プラーヤが不満を漏らしながら目を開けるのと同時に、嗚咽を漏らしていたリディアがぴたりと泣くのをやめた。

「……おい、どうした?」


 リディアはプラーヤの問いかけに答えず、突然何かに気づいたように立ち上がった。

 その切羽詰まった表情にプラーヤとナツキが目を見張ると――。


「びぇぇぇぇぇぇぇん! くさいぃぃぃぃぃぃぃ! きたないぃぃぃぃぃぃぃ! ゴミだらけぇぇぇぇぇぇぇぇ! もうやだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 リディアは再び、耳をつんざくような泣き声を上げた。

 プラーヤはこの日、一番大きなため息をついた。


 それは、経験したことのない日々だった。


 決して、笑顔に囲まれる日々を望んだのではない。

 決して、安らぎに満ちた日々を望んだのではない。


 自身を愛し、自身が愛した瞳はすぐそばにある。

 忘れてはいないか、命を捨てる為に生きていることを。


 次回『賑やかな日々』

 四角い部屋を丸く掃く少女は、まだ涙を知らない。

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