第4話『魔法殺しの銃剣士(テルミナートル)』(3)
氷結の暴風は勢いを増し、怪獣の口から巨大な氷の弾丸が次々に放たれた。
無数の弾丸が地面を抉り、木々をなぎ倒す。しかし一発としてナツキに命中しない。
ナツキは美しい黒髪を翻しながら、全ての弾丸の弾道を予測したかのように迷いなく怪獣へと迫る。黄金に光る右目は怪獣の頭部をまっすぐ見据えていた。
怪獣が悲鳴のような咆哮を上げ、目前に迫ったナツキに特大の氷弾を放った。
「ナツキ、よけろ!」
プラーヤが叫んだ。しかしナツキは氷弾を避けることなく、直径三メートルを超えるそれを銃剣で真っ二つに切り裂き、瞬時に怪獣の懐へと潜り込んだ。
怪獣が苦し紛れに前足を振り下ろす。しかし、ナツキは頭上に降りかかった巨大な爪を木製の銃床で弾き返した。
怪獣は上半身を大きく反らし、はっきり悲鳴と分かる金切り声を上げた。弾き返された前足が不自然な形に曲がり、折れた爪が大きな音を立てて地面に突き刺さった。
プラーヤには目の前の光景が現実とは思えなかった。
人々に恐れられる魔法殺し……伝説の銃剣士が目の前で戦っている。しかも、その正体は役立たずのメイドだったのだから。
それでも、ただナツキの勝利を祈った。気がつけばナツキの姿に魅了されていた。
戦うナツキを心から美しいと思った。
怪獣が怯んだ隙にナツキは空高く跳躍し、空中で銃剣を振るった。のけ反った怪獣の胸に閃光が走り、緑色に光る血が勢いよく噴き出した。
悲鳴を上げる怪獣の胸に繰り返し閃光が走る。銃剣の刃が空を切るたび、閃光が怪獣の身体を切り裂き――やがて、怪獣は地響きと共に倒れた。
ナツキは数十メートルの高さから音もなく着地し、動かなくなった怪獣に歩み寄った。
「ナツキが、勝った……」
プラーヤが安堵したその時、巨大な尾が鞭のようにしなり、ナツキを襲った。
「ナツキ!」
プラーヤが叫んだ時には、怪獣とナツキの姿は土煙に覆われ見えなくなっていた。
不意に訪れた静寂――しかし、数秒の後にそれは破られた。
遠くで何かが落ちるような音が轟き、続いて怪獣の悲鳴が聞こえた。
土煙が薄れ、再び視界が開けた時……プラーヤが見たものは尾を切断されて悶え苦しむ怪獣と、その前で銃剣を構えるナツキの姿だった。
ナツキは右手で銃剣の槓桿をいっぱいに引き、どこからか取り出した小さな銃弾を一発だけ弾倉に込め、槓桿を押し戻して薬室に装填した。
「忌まわしき魔の落とし子よ。我は汝を葬り、還るべきところに還すものなり。炎の棺に眠るがいい」
ナツキは美しい射撃姿勢で怪獣の頭部に銃口を向けると、静かに引鉄を引き絞った。
雷鳴のような轟音と共に銃口から黄金の発射炎が迸り、周囲が真昼のように輝いた。
銃撃を受けた怪獣の頭部が一瞬で吹き飛び――首から下が連鎖して爆発した。やがて体の全てが吹き飛んで巨大な火柱となり、肉片が火球となって飛び散り周囲を焼き尽くした。
草原が忽ち火の海と化し、火柱が夜空を焦がす。
壮烈な光景に言葉を失ったプラーヤは、業火の中から歩み寄る人影を無言で見つめた。
火の海を切り開いて姿を現したナツキは火傷一つ、かすり傷一つ負っていなかった。衣服は僅かに汚れていたものの、燃えた形跡は一切なかった。
銃剣を手にしたナツキは地面に這いつくばるプラーヤを無言で見下ろした。
左右で色の違う瞳は冷たい光を放ち、人形のように整った美しい顔と相まって、その表情はとても同じ人間のものとは思えなかった。
炎を背に立つナツキの姿は、まさしくテルミナートル――全てを終わらせる者だった。
数秒間の視線の交錯の後、ナツキは右肩に銃剣を担うとプラーヤに背を向けた。
「ナツキ――」
ナツキはプラーヤの呼びかけに振り返ることなく、遠ざかってゆく。
「ナツキ……ナツキ!」
プラーヤは両手で胸を押さえた。ナツキの背中が遠ざかるにつれ、胸が苦しくなった。
そして――気がつけば立ち上がってナツキに追い縋り、その手を掴んでいた。
「……待て! どこに行くつもりだ!」
「別れの挨拶はしたはずです」
ナツキは振り返ることなく答えた。
その冷たく硬質な口調に、何も言い返せなくなる。
プラーヤが口ごもるとナツキはその手を振りほどき、再び歩き出した。
「ま、待て……うっ!」
その場に倒れるプラーヤに構わず、ナツキは歩を進めた。
「魔力を使い過ぎた影響がまだ残っています。無理に動けば命に関わります」
プラーヤは再び立ち上がろうとした。しかし、身体が動かない。
「ナツキ……ナツキ!」
プラーヤは力を振り絞って、ナツキの背中に叫んだ。
「ありがとう、ナツキ!」
ナツキが、歩みを止めた。
「僕を、守ってくれて……ありがとう。だから――」
ナツキが振り返り、プラーヤを見下ろした。
黄金の瞳とその鋭い視線にプラーヤは思わず息を呑んだ。
「先ほどの戦いで私の正体が分かったはずです。あなたが恐れる魔法殺しであり銃剣士……それが私です。もうこれ以上、あなたと一緒にいるわけには参りません」
「バカ野郎!」
プラーヤは叫んだ後、涙の迸る目でナツキを睨みつけた。
「魔法殺しだろうが、銃剣士だろうが知ったことか! 今のお前は僕のメイドだ! メイドが主人を置いて勝手に出て行くなんて、許されると思ってるのか!」
「私が銃剣術を授けた師の下を去り、メイドとなってから……私は何度も、お仕えした人を守る為に戦いました。ですが、私の戦う姿を見た人は皆、私から離れていきました。魔法殺しを恐れるあなたも、いずれ私から離れてゆくことでしょう」
ナツキは表情を変えず、他人事のように言い切った。
「ふざけるな! 他の人が何て言ったかなんて関係ない! 今の主人は僕だ! 僕はお前に『行くな』と言ってるんだ! メイドなら主人の命令を聞けよ!」
言い終わると、プラーヤは地面に顔を伏せて泣いた。
「初めてなんだ、『優しい』なんて言われたの。本当に嬉しかったんだ。だから……!」
「私のことが……怖くないのですか?」
「怖くないって言えば嘘になる。でも、そんなのどうでもいい。それに……『悲しみ』を知るまで、僕と一緒に旅をするって言ったじゃないか……!」
「悲しみ……覚えていてくださったのですか」
ナツキの声に、僅かながら温もりが戻ったような気がした。
「魔法殺しのしたことはご存知のはずです。それでも私と一緒にいたいと仰るのですか」
「僕はお前のことを何も知らない。でも、お前がそんなことをするとは思えない。たとえ噂が本当だとしても……何の理由もなしに、お前がそれだけのことをするとは思えないんだ」
ナツキが黙り込んだのを見逃さず、プラーヤは畳みかけた。
「お前は僕のメイドとして僕を守ってくれたんじゃないのか。僕は……お前を解雇した覚えはない。勝手な真似をするなよ!」
「私は……ナツキは。あなたの……ご主人様のおそばにいてもよろしいのですか?」
「当たり前だ! お前は僕のメイドなんだ!」
そう叫んだ瞬間、身体が温もりに包まれた。
「ありがとうございます……ご主人様は、本当に優しい方です!」
緊張感の欠片もない声。顔を上げると、右目を前髪で隠した能天気な笑顔があった。
「うっ……うぐっ……! うわぁぁぁ!」
プラーヤはナツキの腕の中で泣いた。
やがて……辺り一面を覆っていた炎は消え、焼け野原となった大地に太陽が姿を見せた。
「あーっ。ご主人様、夜が明けましたよぉ」
呼びかけへの返事はなかった。プラーヤは泣き疲れて眠っていた。
静かに寝息を立てるプラーヤの顔を見つめながら、ナツキは微笑んだ。
「今後ともよろしくお願い申し上げます、ご主人様っ」
少年が見せた偽りの笑顔に、少女は胸を躍らせる。
束の間の休息は、いずれ来る戦いの為に。
偽りの笑顔は、生きる糧を得る為に。
予期せぬ出会いは、新たな道標となるのか。
次回『ボーイ・ミーツ・ガール』
怪獣を屠り続けた少女は、まだ涙を知らない。