第4話『魔法殺しの銃剣士(テルミナートル)』(1)
「ご主人様……綺麗な夜空ですね」
「うん」
プラーヤはナツキに差し出された水筒に口をつけ、水を飲んだ。
「……ふぅ。ところで」
「何でしょうか、ご主人様?」
「いつまで、こうしてるんだ?」
プラーヤは膝枕の上から、ナツキの顔を見上げた。
「ご主人様が眠りについて……再びお目覚めになるまでです」
「……そうか」
「はい、ご主人様っ」
ナツキはプラーヤの顔を見下ろして、にっこりと微笑んだ。
「ご主人様……か」
「どうかなさいましたか?」
プラーヤは小さくため息をつきながら苦笑した。
「姉さんに初めて会った時、僕も姉さんを『ご主人様』って呼んだっけ」
「お姉様を? はてな。どういうことでしょう?」
「姉さんと僕は本当の姉弟じゃない。僕は姉さんに買われたんだ。今から四年前……僕が九歳の頃だった。その年は故郷の村がひどい凶作で、いくつかの家は子供を売らなきゃ生活していけなくなったんだ。僕の家も、その一つだった」
ナツキは笑顔のまま、プラーヤの言葉に耳を傾けた。
「僕達は鉱山や農場へ売られることになったんだけれど、僕はやせてて顔色も悪かったのに奴隷商人がバカみたいな高値をつけたんだ。だから一人だけ売れ残って、買い手もつかなかった。そうして遠くの街へ連れて来られた僕を買ってくれたのが、姉さんだった」
「ご主人様のお姉様は、どんな方だったんですか?」
プラーヤは苦笑した。
「一言でいえば、怖かった。姉さんはタロス都市同盟軍の少年幹部将校で、僕は弟として姉さんの部隊に入隊した。軍の宿舎は温かくてご飯もお腹いっぱい食べられたけれど、姉さんの下での訓練とその後の任務は地獄そのものだった。同盟軍幼年学校からのエリートだった姉さんは、敵だけじゃなく味方にとっても恐ろしい指揮官だったんだ」
プラーヤの顔から笑みが消えた。
「捕虜は取るな、捕虜にはなるな。口癖のように姉さんが言ってた。一度、部隊の仲間が潜入に失敗して敵に捕まったことがあった。僕が他の仲間と救出計画を立てていたら、姉さんは僕達を殴り倒して言ったんだ。『捕虜は取るな、捕虜にはなるな。例外は認めない』って。姉さんは仲間が捕われた施設に火を放って敵を皆殺しにした。勿論、捕虜になってた仲間も死んだ」
そこまで話すと、プラーヤはナツキの目を見た。
「『魔法殺し』の噂は知ってるだろ? 魔法殺しは征討軍の部隊や支配下の街をいくつも滅ぼしたと言われてるけれど、魔法殺しの仕業とされてるものには姉さんの戦果が含まれてるんだ。姉さんは魔法戦士じゃない。魔法兵器も使えないただの人間だけれど、その戦果は人間離れしてた……いや」
プラーヤは苦しそうに息を吐くと、言葉を紡いだ。
「基地を爆破したり街を燃やしたり、破壊の規模が大きいだけじゃない。姉さんのすることは、とても人間のすることとは思えなかった。何のためらいもなく人を殺し、作戦の為に無関係の人を巻き込むことを何とも思ってなかった。僕は姉さんが大好きだし感謝を忘れたことはないけれど、同じくらい姉さんを恐れてた」
身震いするプラーヤの肩にナツキの手がそっと触れた。
「次第に軍の上層部も姉さんを手に余る存在だと思うようになったらしい。僕達の部隊は危険な任務に何度も投入されて姉さんはその全てを成功させたけれど、作戦の度に仲間が死んで補充もされず……四十人いた小隊は、隊長である姉さんと僕の二人だけになった」
プラーヤは目を閉じ、大きくため息をついた。
「一年前……姉さんと僕にとって最後の任務で、姉さんは初めてミスをした。征討軍の実験施設を爆破して完全に破壊する命令が出ていたのに、爆破に手間取って建物の一部を破壊し損ねたんだ。どうしてそんなミスをしたのか、今でも分からない。責任を追及されて二人とも殺されると考えた姉さんは帰投すると上官を殺し、基地を破壊して僕と逃げた。僕達も死んだことにして、征討軍の仕業に仕立て上げて。そして僕達は旅芸人になって同盟軍の支配地域を離れ、あてもない旅を続けた」
「左様ですか」
ナツキは哀れむでもなく、驚くでもなく……相変わらず能天気な笑顔を浮かべていた。しかし、その表情が不思議と心地良かった。
「ご主人様。一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「何だ?」
「ご主人様は……魔法殺しの正体は何だと思われますか?」
ナツキの質問は些か唐突だった。
しばしの沈黙の後、プラーヤは能天気な笑顔を見上げながら口を開いた。
「そうだな。魔法殺しに滅ぼされた街を見たことがあるけれど、あれはどう考えても人間の仕業じゃない。まるで巨大隕石か特殊爆弾でも落とされたような……あの力は魔法戦士より恐ろしい何か……それこそ怪獣か、伝説の銃剣士でもなきゃ説明がつかないと思う」
「銃剣士……ですか」
「そう。悪魔の武器『銃剣』を手に世界を焼き尽くした旧時代最強の戦士……銃剣士。僕の故郷には大きな山が二つあったんだけれど、一つは真っ二つに切り裂かれて、もう一つは上半分が吹き飛んでた。旧時代に銃剣士同士が戦った痕だって言われてた。銃剣士の呪いがあるからって、土地の人間は誰も山に近づかなかった」
プラーヤは遠い目をしながら、故郷の言い伝えを語り出した。
かつて人類は二度、滅亡の危機を迎えた。
世界が二つに分かれ、あらゆる兵器が投入された大戦争。戦車の群れが大地を埋め尽くし、軍艦の船首波が津波となり、航空機の噴流が空を焦がし、爆弾と砲弾の雨があらゆる街に降り注ぎ、この世は地獄と化した。
勝者なき戦いは十年続き、世界の人口は半分に減った。これが第一の危機である。
人類がまさに滅びようとしていたその時、銃と剣を組み合わせた武器――『銃剣』を手にした戦士達が現れ、あらゆる兵器を破壊し戦争を終わらせた。
人々は彼らを『テルミナートル』=戦争に終わりをもたらす者と讃え、『テルミナートル』はいつしか銃剣を操る戦士――銃剣士そのものを差す言葉となった。
しかし、銃剣士達は生き残った人々に銃剣を向け、更なる破壊と殺戮を巻き起こした。
戦争を終わらせた銃剣士は、世界に終わりをもたらす者として恐れられるようになった。
そして何万もの街が焼かれ、戦争を生き残った人々の半数以上が命を落とした。これが第二の危機である――。
「ところが銃剣士達は突然、姿を消した。理由については色々な説がある。銃剣士同士で殺し合ったとか、神の怒りに触れて消滅したとか。とにかく、そのおかげで人類は滅亡を免れ――」
ナツキの顔から笑みが消え、微かに困惑の色が浮かんでいることにプラーヤは気づいた。
「話が逸れちゃったな。とにかく魔法殺しは征討軍どころか、世界そのものを滅ぼそうとしてるとしか思えない。かつて世界を滅ぼそうとした銃剣士が蘇って、今度こそ世界を滅ぼそうとしてるんじゃないだろうか」
そう言ってプラーヤは大きくあくびをした。
「ふわぁ……」
「ご主人様。少し眠ってはいかがですか? お疲れになったでしょう」
「うん」
ナツキの膝に頭を乗せ、優しく肩を抱かれ、プラーヤは静かに目を閉じた。
――温かい――。
そして……心地良いぬくもりの中、記憶の旅へと誘われていった。
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「何をしているの? 早く裸になりなさい」
少女は泥に汚れた軍服を脱ぎながら、こちらの顔も見ずに言った。
「えっ……裸に……?」
状況がまったく理解できず、戸惑うばかりだった。金で買われて軍の宿舎に連れて来られたが、自分を買った少女はろくに口を利かない。何の為に買われたのか、少女が何者なのかも分からなかった。
「聞こえなかったの? 早く裸になりなさい」
少女が振り返って言った。その目つきの恐ろしさに、慌ててシャツを脱ごうとする。しかし、恐怖の為か手が震えてうまくいかない。
少女は服を脱ぎながら冷たい目でこちらを見据えていたが、やがて下着姿のままこちらに歩み寄った。
「ひっ……!」
反射的に目をつぶり、両手で顔を守ったが、その手を無造作に払いのけられた。
「何を怖がっているの。自分でできないなら脱がせてあげるわ」
恐る恐る目を開けたが、優しげな言葉とは裏腹に少女の目つきは冷たく鋭い。
「あ、ありがとうございま――」
「歳はいくつ?」
こちらの言葉を遮り、少女が質問してきた。
「いくつ? 自分の年齢が分からないの?」
「九歳……です」
「そう。私は十三歳よ」
聞かれたので答えたが、この質問にも何の意味があるのか分からなかった。ただ、この少女に逆らってはいけないことは本能で理解していた。
されるがままに服を脱がされ裸になる。少女もまた身に着けた下着に手をかけた。
目の前で露わになる白い肌が美しく眩しく、息を呑んで少女が裸になるのを見ていた。引き締まった身体はしなやかで無駄な肉がなく、それでいて柔らかな曲線美をも備えていた。生まれて初めて見る女性の裸を前に、しばし時を忘れた。
少女は一糸纏わぬ姿になると、こちらを足の爪先から頭の天辺まで見渡した。
「汚れているわね」
「ご……ごめんなさ――」
言い終わる前に手を引かれ、そのまま浴室へと連れて行かれた。
「身体を洗ってあげるわ。じっとしていなさい」
そして少女に身体を洗われ、同じ湯に入った。身体を洗う手つきは乱暴だったが、石鹸で身体を洗うのも温かい湯船に浸かるのも初めてで、心地良さから恐怖と緊張もほぐれていった。
「私はマヤ。あなたの名前は?」
「僕は……プラーヤといいます」
肩ごしの問いかけに前を向いたまま答えた。振り返れば少女――マヤの裸を見てしまう。
「あなたのこと、なんて呼べば――」
「私のことは『姉さん』と呼んで」
「えっ……」
驚いて振り返ると、膨らみかけの胸が目の前にあった。
「……ご、ごめんなさい!」
慌てて前を向いたが、マヤは気にかける様子もなかった。
「私にはあなたを養う財力も時間もない。けれど、私の部下になれば衣食住は軍が保障してくれる。その為には家族として入隊させるのが一番、都合がいいの」
「都合が、いい……」
その言葉に思わず肩を落としかけたが――。
「だから、私の弟になりなさい。プラーヤ」
続けて発せられた言葉を聞いた途端、胸が詰まり――涙が溢れてきた。
「どうして泣いているの? 私の弟になるのが、そんなに厭?」
「ち、ちが……そんなこと、ない……!」
「そう。それならいいわ」
その言葉と共に、背中から優しく抱き締められた。抑えていた感情が一気に溢れ出し、大きな声を上げて泣いた。
「私はあなたを守る。あなたも強くなりなさい。プラーヤ」
溢れる涙を止めることができず、返事もできなかった。
ただ背中から伝わるぬくもりが心地良く、マヤの言葉が嬉しかった。
マヤが自分を買った理由を、とうとう聞くことはできなかった。望まぬ答えが返ってくることを恐れていた。
しかし、マヤが初めて会った時から死の直前まで、自分を守り続けてくれたこと――それだけは変わらない事実だった。