序章『怪獣(ルガイヌム)を討つもの』
大地を割って現れたそれは、岩石のような皮膚で全ての砲弾を弾き返し、小山のような巨体で街を破壊し尽くし、巨木のような四肢で立ち向かう兵士達を踏み潰し、竜巻のような突進で戦車や火砲を薙ぎ倒し、暴風のような灼熱の息吹で逃げ惑う人々を焼き尽くした。
満月の下、兵器の残骸と瓦礫と死体が一面に横たわり火の海となった街を見下ろしながら、その巨大な生物――怪獣が勝ち誇ったかのような咆哮を上げた。
赤く塗られた戦車が、建物の瓦礫が、石畳の地面が、焼け焦げて闇の色に変わってゆく。
怪獣を除く全ての生物が滅びたかに見えた死の街で、炎の中を悠然と進む人影があった。
自身に向かって来るそれに気づいた怪獣が、不揃いの牙が並んだ口を開けて威嚇する。
落雷にも似た、鼓膜を突き破るような咆哮を浴びせられながら、その人影は立ち止まることも怯むこともなく、静かに歩んだ。その足が触れた場所から炎が消え、火の海の中に真っ直ぐな道が切り開かれてゆく。
炎の灯りに照らし出された人影の正体は、黒い髪の少女だった。
右目を前髪で隠した少女はしなやかで豊満な長身に純白と漆黒の衣装を纏い、レース付きのカチューシャで飾った長く美しい黒髪を熱風になびかせ、怪獣の眼前へと進んだ。
少女は右肩に一挺の小銃を担い、左手に一振りの短剣を携えていた。
木製の銃床に長い銃身を載せた小銃は直線的ながら繊細で優美な外観だった。片刃の短剣は鉤型に大きく曲がった鍔に長く真っ直ぐな刃を備えた、一種独特な形状だった。
少女が静かに歩みを止め、肩の高さだけで自身の十倍を超える怪獣を仰ぎ見た。張り詰めたその顔には、旧時代の英雄像にも似た冷厳な美しさがあった。
自身の前に立ち塞がる少女を見下ろしながら、怪獣が四本の足を激しく踏み鳴らして更に大きな咆哮を上げる。忽ちにして地面に亀裂が走り、大きな音を立てて瓦礫が崩れた。
しかし少女は怯まず、流れるような所作で右肩の小銃を下ろした。
鋼鉄の床尾板が石畳の地面に触れたが、音一つしなかった。
やがて少女は短剣の切先をゆっくりと怪獣に向け、口を開いた。
「我は軍神の兵杖を以て、立ち塞がるもの全てを討ち滅ぼさん。走る刃は蒼穹を裂く雷となり、放たれし弾丸は大地を砕く流星とならん!」
一切の恐れも、一切の躊躇いもない少女の声。
少女の毅然とした佇まいに――声に。怪獣が慄然とした咆哮を上げる。
「白兵戦の真髄を見せてやる! 着けェ、剣ッ!」
少女が叫びと共に、手にした小銃の前端部に短剣の柄を組み合わせる。
銃と剣が一体となり、槍のような武器へと変わった瞬間、眩い黄金の光が怪獣の視界を覆い尽くした――!
闇夜を切り裂く魔力砲の砲声。
大地を踏みにじる戦車の履帯。
少年は走る、姉と共に。
少年は走る、生き延びる為に。
次回『はじめまして、ご主人様』
少年を抱き締めた少女は、まだ涙を知らない。