迷子旅
筆者の体験談です。
そう、体験談、ノンフィクション。
免許を取ってからというもの、ツーリングが趣味になった。
最近は夜中に気の向くままに走り続け、日が出たらたどり着いた所で食事処を探して食事をして家に帰る、という無鉄砲な「迷子旅」がマイブーム。
世間がクリスマスに浮かれているというこの12月24日の深夜も、俺は一人この「迷子旅」に出ていた。
このあたりは住宅街だろうか、やや広い道路に人気はなく、街頭も少ないが、見通しは悪くない。
スピードを出すのはポリシーに反する。何より深夜だ。静けさを楽しみながらゆっくりと走る。
真っ暗な中、自分のバイクのヘッドライトの明かりに浮かび上がる、周囲の真っ黒な住宅。
世界に一人っきりになったような、心細さと開放感が心地よい。
気持ちよく走っていると、前をゆっくりと、そしてふらふらと走る原付が割り込んできた。
酔っ払い運転なのか、今はやりの煽り運転なのか。
「おい、原付は左に寄せて走れ、危ないぞ。」
原付ライダーは聞こえているのか、聞こえていないのかわからないが、
スピードを落とし並走しだした。
「ふらふらとして、大丈夫か?」
俺は声をかけたが、原付ライダーは左前方を見据えたまま、ぼんやりと走っている。
飲酒運転か?止めてやった方が良さそうだ。
「おい…!」
強く声をかけると、こちらを振り向いた。
「あいつは…やべぇぞ!」
そういうと、原付とは思えないほどの加速で、右折し、路地に消えていった。
「なんだったんだ…やっぱり飲酒運転か…?あぶないな…」
気を取り直して、あたりを見回すと、まだまだ夜は深いというのに、左前方の商店街から、人の気配を感じる。
「田舎っぽいし、冬まつりでもやっているのかな?」
俺は吸い込まれるように商店街に向かう路地へと、入って行った。
「でさ、こうやったらリオモンが捕まえられたんだよ!」
数人の子供の声がする。
流行りのゲームの話で盛り上がっているようだ。
「あ、バイクだ、気を付けて」
しっかりしている。
子供は五人、小学生から、中学生ぐらいだろうか。
俺はバイクを止めて声をかけてみることにした。
「おにいさん、こんばんわ。」
「こんなところにいるなんて、お兄さん迷子?」
「なんでこんなところに来たの?」
口々に子供たちが話しかけてくる。
「うん、俺は迷子になったみたいだ、このあたりに駅か交番はないかな?」
結構走っただろう、場所を確認しておきたかった。
それに、この商店街は昼間ならそれなりににぎわっていそうだ、普通に遊びに来てもよさそうに思えた。
「上級生に聞いてみよう、ついてきて!」
子供たちは私を先導するように歩きながら、商店街の奥へと誘う。
しばらく歩くと、開けた公園、というには遊具の少ない、グランドが明かりに照らされていた。
その明かりを見た時、ふと思い出したのだ。
今は、深夜だ。
いくらなんでも、子供だけで歩いていていい時間ではない。
そして、子供たちは明かりがなくても、はっきりと見えていた。
「お兄さん?ドシタノ?」
気が付いてしまった。
子供たちは白いチョークを固めた、石膏人形のような姿をしている。
人ではないナニカだ。
「ありがとう、この公園を見たら場所を思い出したよ。
このあたりは昔来たことがあったみたいだ。」
逃げなければ、逃げなければ、逃げなければ。
「怖いの?コワイノ?」
子供たちの様子がおかしくなってきた。
怖い。
後ろは元来た道だ。右手に公園があり、そこにも石膏人形がたくさん動いている。
左手と正面に道が続いている。
左手の道は住宅街、正面は引き続き商店街のようだ。
迷っている暇はなさそうだ。
俺はすぐにバイクに乗ると、Uターンし、元来た道をがむしゃらに引き返した。
しばらく行くと、左手に開けた場所と明かりが見えた。
駅前のロータリーだろうか。
「あ、オニイサンダ!」
Uターンする。
しばらく走る。
右手に公園が見えた。
「ドシタノ?」
Uターンする。
しばらく走る。
左手に公園が見えた。
「ドシタノ?」
これはおかしい。
直進する。
しばらく走る。
左手に公園が見えた。
「迷子だって」
気にせず直進する。
しばらく走る。
左手に公園が見えた。
「ぐるぐる走ってるね、楽しそう」
おかしい。一切道は曲がっていない、直進している。
方位磁針も正常だ。
なぜ、ここに戻ってきているのだ。
「ワケガワカラナイヨ」
まだ、行っていない道が一本だけある。
公園が見えた。
公園の反対にある道を、住宅街への路地を入る。
しばらく走る。
やや急な坂道を登っていく。
振り返ると、眼下に公園があり、T字路となっていた。
それぞれの先は暗く見えないが、こうやってみると、何の変哲もない道と公園だ。
だが、戻る気力はもう、なかった。
周りを見回すと、明かりのついた屋敷があった。
どうやら、ここは私道だったようだ。
休ませてもらうにも、一応許可を取るのが筋だろう。
チャイムを鳴らし、屋敷の主が出てくるのを待つ。
インターホンから、声が聞こえる。
「こんな夜更けに、どうなされましたか?」
上品そうな男性の声に少し、緊張が和らぐ。
「すみません、ツーリングをしていたのですが、道に迷ってしまって…
夜明けまで、駐車場で休ませてもらってよろしいですか?」
「それは、難儀ですな。
どうぞ、リビングでよければ空いてますので、どうぞ。」
家の鍵が開き、ドアが開いた。
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気が付くと、私は自宅の布団の中で丸くなって寝ていた。
「…夢か。バイクで走るのって、やっぱり楽しそうだよな。やっておけばよかった。
でも、怖い夢だったなぁ」
マニュアルの免許を持っていたが、上京してからは車に乗る事がなく、車も維持費がもったいないので手放した。
原付に乗って通学していたが、それももう、10年近く昔の話だ。
「まだ5時じゃないか…トイレにいって二度寝しよう。」
寝室の左手にある階段の電気がついている。
夢で見た屋敷の明かりの色と同じ色だ。
そうか、自宅の安心感が夢の中で屋敷として出てきたんだな。
そう思いながら、とて、とて、と階段を下りて、気が付く。
うちは、平屋だ。
階段のすみで、蜘蛛の巣に目が行く。
その蜘蛛の巣には、小さな公園と、糸に覆われた子供たちが囚われていた。
こそこそと離れていくアリが一匹。
そして、最後に囚われた虫が力尽きようとしていた。
これを書いている今も、まだ「俺」なのか「私」なのかわからない。