Ⅷ
「ゆっくり走らせてくれ。行先は分かっている」ザイラスが言った。
「朝食を食べてからでも良かったんじゃ?」
「それでは遅すぎる」
サルマンは両の眉を少しだけ上げると「ラシアは......泉へ現れると思いますか」とザイラスに訪ねた。
「おそらく......」
「では、少しだけ急ぎましょうか?」
「ううむ。そうしてくれ」ザイラスが頷いた。
サルマンの運転する車が、少しだけスピードを上げると、砂漠の砂が勢いよく舞い上がった。まとわりつく砂漠の砂に悪態をつきながら、ザイラスは顔をしかめた。
「口の中が砂だらけだ」
「泉が見えてきましたよ。泉の水でうがいをしたら、口の中がすっきりするでしょう」
そう言って、サルマンが笑い声を立てた。
「まるで、子供扱いだな」
ザイラスは苦笑した。
サルマンが、ミンガムの車の横に車を停めると、ザイラスは先に降りて、イサラとミンガムの姿を捜した。
「ミンガム私だ。どこにいる?」
サルマンはザイラスに近寄り、静かにする様にと、首を左右に振った。
「ミンガムとイサラなら、あそこに......」
サルマンが指さした先に、二人のイサラが姿を現した。
「イサラが......二人いる......?」
「ええ......二人いますね......」
ザイラスとサルマンの二人は、二手に分かれると、泉の左右から静かに歩みよっていった。
サルマンには、ミンガムと並んで立っているイサラの顔が見えた。
ザイラス側からは、ラシアを連れたもう一人のイサラの顔が見えた。
ラシアは一瞬だけ目を閉じると、再び目を開けて、二人のイサラを見つめている。イサラと緑色をした瞳をしたラシアの瞳には何も写ってはいなかった。
泉の周りを、小さな砂嵐が通り過ぎて行った。
「ラシア......!」
名前を呼ばれて、ラシアのうつろな瞳が、一瞬だけ光を放った。
「兄さん......なの?」ラシアが言った。
「そうだラシア......ぼくがイサラだ。そいつはぼくじゃない」
「じゃあ......この人は誰なの?兄さんにそっくりなこの人は?」
ラシアが一言喋る度に、ラシアの口の中から、砂埃と一緒になって吐き出された卵が宙へ舞い上がった。
「ラシアこっちへ来るんだ」
ラシアが一歩足を踏み出すと、もう一人のイサラが、ラシアの手を握った。
ラシアが「はっ」として、もう一人のイサラを見つめた。
「ラシア......ぼくがイサラだ。君と一緒に、旅を続けてきたこのぼくがイサラだ」
「黙れ偽物!ラシアそいつから離れるんだ」
ラシアは、繋いでいたもう一人のイサラの手を離した。
「兄さん......」ラシアが足を踏み出した。
「ラシア早くこっちへ」
イサラはすがる様な目でラシアを見た。
「行くなラシア......!」
もう一人のイサラの手が、ラシアの腕を掴んだ。
「行かないでくれ......君が望んだから......ぼくはイサラになったんだ......これからもずっと......ぼくが君のイサラだ......。ぼくは、君の為にイサラで居続ける。ぼくは、そういう生き物なんだ............」
イサラの額から、汗が流れ落ちた。イサラはちらっと、ミンガムの顔を盗み見た。
「イサラ......銃を使え......」
ミンガムはそっと、イサラの手に銃を掴ませた。
イサラが銃を構えた瞬間、ラシアが胸を押さえて、地面に倒れ込んだ。
「ラシアッ............!」イサラが叫んだ。
直ぐに、もう一人のイサラがラシアの胸に耳を当てた。
「何をしてる......!ラシアから離れろ」
イサラは苦悩に満ちた顔で、ラシアともう一人のイサラを見つめた。
「卵が......ラシアの中で溢れている......」
「卵だって......?ラシアの中に卵が......」
「早く外へ出さないと、ラシアが危険だ」
もう一人のイサラがラシアを腕に抱きかかえた。
いさらは、もう一人のイサラに向かって銃を構えたまま、じっと動かずにいた。
もう一人のイサラがラシアのあごに手を置き、ラシアの顔を上に向かせた。そして、もう一人のイサラが、耳慣れない音色で歌い出すと、大きく開いたラシアの口から、目には見えない小さなXXが、いっせいに空気中へと溢れだした。
イサラは慌てて、布を口元まで引き上げ、サルマンに目を伏せる様にと、身振りで伝えた。
「......兄さん......あたしを............して」
ラシアは苦しそうな声で、何かをイサラに伝えようとしていた。
「......ラシア............」
ラシア......何が言いたいんだ......ラシア......