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少年イサラ  作者: 森島小夜
8/13

 ミンガムの驚いた目が、イサラの目を捕えた。

(イサラ)はぼくに笑いかけると『ぼくはイサラだ。君の中から生まれた』と言った。ぼくは怖くなって、もう一人のイサラ(ぼく)から逃げ出した。けど......ラシアを置いたままで逃げ出すことは出来なかった......ぼくは逃げるのをやめて、もう一人のイサラの所へ引き返した。

ラシアを見ると......ラシアはもう、ぼくの知っている妹のラシアではなかった。ラシアの目はうつろで......何も見てはいなかった。けど......ラシアは、時々ぼくの名前を呼んだ......イサラ......イサラ......と......」

ミンガムはもう黙って聞いていることが出来なかった。


 「イサラ!それでラシアはどうなった?もう一人の()()()は、どうやって生まれたんだ?」ミンガムは早口でまくしたてた。

「それは......ぼくにも分からない」

ぼくはもう一人のイサラを観察しながら『お前は何故ここにいる』と訊いた。もう一人のイサラは、ラシアを守る為に、ここにいると答えた。

ラシアが......卵の宿主に選ばれたからだと、もう一人のイサラが言った。卵は......宿主の体内で繰り返し繰り返し、生まれてくると。

卵が宿主の体内でいっぱいになった時『ぼくが歌って卵を外へ放出させる』そうしないと......ラシアが死んでしまうと......それは君には出来ないから......ぼくがここにいると。もう一人のイサラは、ぼくにそう言った......そして──

イサラとラシアはぼくが眠っている間に姿を消した。

「ぼくはあの日からずっと......二人を......ラシアを捜し続けている............」

イサラは辛そうな顔をして、必死に喋り続けた。ミンガムは、そっとイサラの肩に触れた。

「イサラ......ぼく達の宿に行こう。君には食事と睡眠が必要だ」ミンガムが言った。


 「うむ同感だな。今日は、我々の泊まっている宿で、ゆっくり休むといい」

いつの間にか、近づいて来たザイラスが言った。サルマンもすぐにやって来て「君はミンガムと一緒に、後ろに乗ってくれ」とイサラに言った。

ミンガム達が宿に着いて、イサラがシャワーと食事を済ませた頃には、偵察に出ていた四人の部下達も帰って来た。部下の一人が、イサラを頭のてっぺんからつま先まで、ゆっくりと眺めた後、振り返って隊長を見た。

「隊長、この少年は?」

部下のトマスは、イサラをじっと見つめながら、隊長の言葉を待った。

「彼の名前はイサラだ。彼は今日から私の部下だ。()()()()()()()()()()()()()()()()

「この少年がですか?まだ子供ですよ」

トマスと部下達は、まだ幼さの残るイサラの顔を見つめた。

イサラは顔全体を、茶色い布で覆っていたので、見えたのは切れ長の大きな目と痩せた手足だけだった。

(イサラ)を、部屋まで案内してやってくれ」

「はい隊長」

「今日はゆっくりと休むといい。明日はまた我々と一緒に、泉へ出かけよう」

ザイラスは口元に笑みを浮かべ、イサラを促した。イサラは何も言わなかったが、緑色の目だけがしっかりとザイラスを捕えていた。


 「イサラ......我々の為にしっかり働いてくれ......」とザイラスが言った。

XXを絶滅させるには......それは君なしでは達成出来ない。

イサラは......ラシアを救い出す為に、もう一人の自分(イサラ)を追い続けるだろう......

イサラは......ラシアを救い出す為なら命をも投げ出すだろう............イサラ......それが君の運命(さだめ)だと......ザイラスは心の中でイサラに呟いた。


 暫くして、ザイラスに呼ばれたミンガムが部屋の前にやって来た。

ミンガムが部屋のドアを叩くと、中から「入りたまえ」と声がした。

ミンガムは、部屋にイサラがいないことを知ると、がっかりした顔をした。

「イサラなら、隣の部屋で休んでいるぞ」

「そうでしたか......」

「ミンガム。イサラは君に心を許しているようだ。イサラのことは、君が面倒を見てやってくれ」

「......はい隊長」ミンガムはぼそりと言った。

「何か、不満かね?」

「いえ......別に」

「用件はそれだけだ......部屋に戻ってゆっくりと休みたまえ」

「はい隊長......」

「それと......」

「はい、何でしょう隊長」

「一つ、言っておきたいことがある」

「はい隊長」

「たとえ、どんなことが起きても決してイサラを殺すな」

「えっ......?」

イサラを殺すなとは、どういう意味だ?

「隊長それは......命令ですか?」

「そうだ。どんな状況であれ、イサラを絶対に殺すな。我々にとって......イサラは絶対だ。イサラ無しで、XXの絶滅はあり得ない......」

二人の間に、数秒の沈黙が訪れた。

「解ったな......ミンガム」

「はい隊長!」

ミンガムは静かにドアを閉め出て行った。

イサラを()()ではなくて、どうして()()()なのだろう......。どうして、イサラを守れではなく、殺すななのだろうかと、ミンガムは心の中でその言葉を、幾度も繰り返した。


 その日の夜。ミンガムは寝つけずにいた。

あれこれ考えを巡らせている内に、夜は更けていった。このまま朝を迎える様なことがあっては、砂漠の暑さで体力を奪われてしまい、任務をこなすことが出来ない。ミンガムは諦めにも似た気分で部屋の窓辺に立った。


 イサラもまた、別な理由から寝つけずにいた。イサラの場合、この部屋で眠る気は始めからなかったので、夜が明ける前にこっそり部屋を抜け出して、泉へ向かうつもりだった。

イサラは洗ってあった自分の服に着替え両眼だけを残して、顔全体に茶色い布を巻き付けた後、服の上から同じ色をした布をはおった。

イサラの小さな体は、茶色い布の中にすっぽりと隠れた。

イサラは音を消しながら建物の外へ出た。


 「イサラ......どこへ行くつもりだ」

イサラの背後で声がした。

「ミンガムなのか?」

「そうだ。君が部屋を出て行く姿が見えたので、様子を見に来た」

「......あんな所では眠れない......」

「泉へ向かうなら、ぼくもついて行く」

「砂漠の夜は危険だ......ぼくは逃げ出したりしないから......ミンガムは部屋に戻った方がいい......」

「そうもいかないよ。夜が明けるまではまだ時間があるし、ぼくの部屋でコーヒーでも飲まないか?」

「............」

「それから、二人で泉へ出かけよう」

「............」イサラが頷いた。

「良かった。さぁ部屋に戻ろう」

ミンガムはほっとした顔で言った。


 ミンガムがコーヒーを淹れている間、イサラは窓辺に立ち、夜の闇に目をこらしていた。

闇の色が薄くなり始めると、窓辺に立ったイサラが「もうすぐ夜明けだ」と言って振り向いた。

「夜が明けるまでには、コーヒーを飲み終えるさ」ミンガムが笑顔で言った。

イサラがテーブルに着くと、ミンガムは袋の中からクッキーを取り出した。

「イサラ、朝食代わりに食べるといいよ」

「......いらない」

「クッキーが嫌いなの?」

「......」

イサラの鼻先に、ミンガムの淹れたコーヒーの香りが漂ってきて、イサラの頑なな心を優しく包み込んだ。

「もし良かったら、君と妹のラシアのことをぼくに話してくれないか」

「話すことはもう、何もない......」

ミンガムはイサラにコーヒーをすすめた後、自分も一口飲んだ。

「昔の人は、コーヒーのことを秘薬と呼んでいたそうだよ」ミンガムが言った。

イサラは目の前のコーヒーを一口飲むと「おいしい......」と言って、ミンガムに微笑んだ。

「温かいコーヒーは、凍えた人の心を溶かしてくれる〝魔法の飲み物〟なんだ......それは、今も昔も変わらない......」

イサラはもう一度、魔法の飲み物を口にした。

「ねぇ......ミンガム。君には、兄弟がいるの」

イサラは自分の話をする前に、ミンガムのことを訊いた。

「ぼくは、一人っ子だ。......母さんも......ぼくが小さい頃に亡くなった」

「父さんは?」イサラが言った。


 ミンガムの脳裏に、一瞬ザイラス隊長の顔が浮かんだ。

「......父もいない」ミンガムは言った。

「ぼくもだ......ぼくもラシアも......父さんのことは何も覚えていないんだ......二人とも小さかったから」

父親の話をした瞬間、イサラの顔が曇った。そしてそのまま、小さなイサラの体は記憶の波に沈みこんでいった。しかしイサラは、すぐに波間から顔を出すと、ミンガムに頑なな笑顔を向けた。

『......イサラ』

ミンガムはイサラの笑顔を受け止めると直ぐに〝砂漠〟の話を始めた。

「何千年か、何億年か前のことだけど、この〝砂漠〟は〝海の底〟だったって話だよ。砂漠が昔は海だったなんて......とても信じがたい話だけど、今も、あちこちから海だった証が見つかってるんだ」

イサラはミンガムの話に目を輝かせて、思わず身を乗り出した。

「こういう話は好き?」

「うん、大好きだよ。ぼくもラシアも......砂漠に埋もれてる化石を見つけて、街へ売りに行ってたんだ。わずかなお金しかもらえなかったけど......ラシアの喜ぶ顔を見るのが嬉しかった......」

「学校へは通ってなかったの?」

「母さんは......ぼくを学校へ行かせたがってた......もっと知識を身につけるべきだって......母さんは街で暮らすことを望んでいたけどでもぼくは......ここが(砂漠が)好きなんだ......」

「そうだね、ここは素晴らしい所だ......だけど、君達二人を、街へ行かそうとした母さんの気持ちも分かるよ......ここは君が言う様に素晴らしい所だけど......とても過酷な所でもあるからね......」

「ミンガム......」


 ミンガムは椅子から立ち上がると、そろそろ泉へ出かけようと、イサラに言った。

イサラを乗せた(ジープ)が走りだすと、暫くして一台の(ジープ)が後を追って来た。

(ジープ)に乗っていたのは、ザイラスとサルマンの二人だった。


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