Ⅵ
「なぜここにいる」イサラが言った。
サルマンは近くにやって来たミンガムに、目で合図を送った。
「ぼくが、この場所を、オアシスを見つけたからだ」ミンガムが言った。
「この泉は......砂漠の民のものだ」
「あおれは分かっている。だが、この場所は(砂漠は)君達だけのものではない」
「そうだ......だがこの泉無しでは、砂漠の民は生きられない......お前達とは違う」
イサラとミンガムは、数秒の間見つめあった。
「私から話そう」ザイラスが言った。
「お前は誰だ?ぼくを捕まえにきたのか」イサラは怯えた目をして、ザイラスを見た。
「私の名はザイラスだ。そして、ここにいるのは私の部下達だが、決して君を捕まえに来た訳ではない」
ザイラスは穏やかな声で言った。だが、イサラは身構えながら、一歩後ずさった。
「君はイサラだな......我々は君と話がしたい。話が済んだら、すぐにもこの場所から離れよう」
イサラは疑いの目を、我々三人に向けてきた。その瞬間、ミンガムがイサラの目を捕えた。
「イサラ......ぼくの名前はミンガムだ」
「............」
「ぼくは、君と話がしたい。砂漠の民と呼ばれる君と、話がしてみたいんだ」
ミンガムがそう言うと、イサラは驚いた顔で、ミンガムを見た。
「この場所に、オアシスが現れたことが分かれば、ラシアは必ずここへやって来るはずだ。イサラ......君も、そう思っているんだろう」
イサラはミンガムから目を離すと、怯えた目でザイラスとサルマンを見た。
「なぜラシアのことを知っている?お前達は......母さんが言っていた卵に(XXに)支配されているのか?」
「それを訊いてどうする?」ザイラスが落ち着いた声で言った。
「お前達が寄生されているなら......殺す」
「どうやって、我々を殺すつもりだ?」
サルマンがからかう様に言った。
「素手でやられる程、私の体はやわじゃないぞ」ザイラスが身構えた。
「イサラぼくは、XXを殺す銃を持っている」
驚いた顔で、イサラがミンガムの方を振り向いた。
「この銃は、XXに寄生された人間を見分けることが出来る。この銃を今から君に渡す......ぼくの中にXXを見つけたら、この銃でぼくを撃てばいい」
ミンガムがイサラに近づき、銃を渡すとイサラは素早い速さで、ミンガムの顔に銃を突きつけた。
「撃つな......!」
サルマンが銃を取り出し、イサラに向けた。
「待て......ミンガムに任せよう......」ザイラスが言った。
サルマンがゆっくりと銃を下ろした。
イサラはミンガムの頭に着き付けた銃を少しずつずらしながら、体内に卵が潜んでいないか捜し始めた。ミンガムの中に、卵がいないことが分かると、イサラは心底「ほっ」とした顔をした。イサラの張りつめた顔が穏やかになり、イサラは静かな足取りでザイラスの前にやって来た。
「ぼくになんの用だ」イサラが言った。
「我々は未知なる生物卵のことを、もっと知りたいのだよ。この砂漠で唯一生き残った君なら、何か重要な秘密を、知っているのではと、私は思っているんだが」
ザイラスは口元に微かな笑みを浮かべていた。
「我々に、協力して欲しい」
「............」
「その代償として、我々も、君の望みを叶えよう」
「......分かった。お前達に協力する。そしてぼくは......あいつからラシアを取り戻す」
イサラだって......?
イサラが、もう一人いるのか?
ミンガムは、イサラの痩せた手足を見つめながら、首を傾げた。
「ぼくは......必ずラシアを救い出す......その為なら何だってする......」
「そうかよく解った。我々もラシアを救い出す為、君に協力しよう」
ザイラスは笑みを浮かべながら言った。
「約束するよイサラ。必ず君の期待に応えよう」とサルマンが言った。
ラシアを救い出す......イサラから?
一体どういうことなんだ?
イサラは一体、何を言っているんだ......?
ミンガムは不思議そうに眉をひそめた。
ザイラスの前を通り過ぎたイサラは、ミンガムの前で立ち止まった。
「ぼくは、あの二人じゃなく、お前と話をする」
イサラはミンガムに、笑顔を向けた。
ザイラスとサルマンは、泉を離れて停めてある車に、向かって歩き出した。
「どうして......あんな無茶なことを?万が一にも感染していたら......ミンガムにもしものことがあったらとは考えなかったのですか?」
「あれの、私を見る時の目は、何も変わってはいない......」
「それだけのことで......」
「今でも、私を憎んでいる目だ。母親を死に追いやった私を、決して許すことはないと......あの目は言っている......」
「やれやれですね。訳ありなのは認めますがそろそろご自身で、面倒をみたらどうなんですか。私に押し付けないで」
「ミンガムのことは、君に任せたはずだが」
「それなら、断ったはずですが」
「あれは、私を嫌っているからな......君にしか任せられんのだよ」
ザイラスは笑いながら言った。
イサラとミンガムは、泉の直ぐ側に並んで腰をおろした。
緑の葉が、微かに揺れて、生温かい風が二人の頬をなでる様に通り過ぎた。ゆったりとした時間が、二人の間を通り過ぎていった。
「ここは素晴らしい所だな」
ミンガムが、ため息交じりに言った。イサラは、真っすぐ前を見つめたまま、こくんと頷いた。
「ぼく達は、母さんとラシアと三人で......この泉の近くで暮らしていた......あの日......」
イサラは言葉を詰まらせた。
「あの日母さんが、突然妙なことを言いだした。それから、あの恐ろしい何かがぼく達の所にやって来て............
テントは砂嵐の中で空へと舞い上がり、そして母さんを恐ろしい何かが取り囲んでいるのが見えた──それは......母さんの口の中へ吸い込まれて消えた。その何かを、母さんは〝卵〟だと言っていた。ラシアの体内に入り込んだ卵がラシアを支配して......母さんの体に入り込んだ全ての卵を外へと吐き出させた。その時、ラシアは奇妙な歌を口にしていたけど、よく思い出せない......その後、ぼくは残っていた卵に寄生されて、気を失った。
「気付くと、ぼくの側にもう一人のぼくが......イサラがいた......」」