Ⅳ
細菌防止マスクを付けたサルマンとミンガムの二人は、一軒一軒の家のドアを叩き、その後変わったことはないかと声をかけて回った。
「地道な作業ですね」ミンガムがぼそりと呟いた。
「我々の任務は、この街の調査をすることだ。君は何か特別なことを、期待していたのか?」
サルマンのめが笑っていた。
「別に......何も」
「そうか。期待が外れて、がっかりといった顔に見えるが」
「......」
ミンガムはサルマンを一瞥すると歩を速めた。サルマンが農夫の妻の家を通り過ぎようとすると「この家は良いのですか?」とミンガムが言った。
「ここはいいんだ......」
通り過ぎようとしたサルマンを、家から出てきたメアリが大きな声で呼びとめた。サルマンに向かってメアリが、手招きしているのが見えた。
「呼んでますよ」
ミンガムが笑いを噛み殺しながら言った。
サルマンとミンガムを招き入れると、メアリは急いでドアを閉めた。
「マイアミへは、行かなかったのですね」
「ええ......主人に食事を作ってあげないといけないし......それに......」
「そうですか」
ミンガムは不思議そうに、二人の会話を聞いていた。
「あらっ?あなた、この間いらした方に目元がそっくりね」
「彼は、ザイラスのご子息ですから」
「まぁ......通りで。優しそうな所が、あの方によく似ているわ」
ミンガムは苦笑いを浮かべ、サルマンに一瞥をくれた。メアリが、お茶を入れる為キッチンへ引っ込むと、ミンガムは早速話をきりだした。
「ぼくが隊長の息子だと、いつ知ったんですか?」ミンガムが言った。
「それより、誰に聞いたのか訊かないのか?」
「あの人に......決まってるじゃないですか」
「あの人とは、隊長のことかな?」
「ぼくは、回りくどい話し方は嫌いなんで、はっきりと言ってもらえませんか」
「これは失礼!流石隊長のご子息」
サルマンが笑い声を上げた。
「あらあら、二人して何だか楽しそうね」笑い声を聞くのは久しぶりだと、メアリは幾分元気のない声で言った。
メアリは、両手で抱えたトレーをテーブルの上に置くと、サルマンに紅茶とクッキーをすすめた。
「隣家の人達とはうまくやれていますか?」
メアリは、サルマンに肩をすくめてみせた。
「あれから一度も、顔を見てないのよ」と言って、メアリはサルマンに微笑んだ。
「そうですか」
サルマンは悲し気に頷いた。
メアリは、ミンガムにクッキーをすすめながら「あなたは、随分若く見えるけどお幾つなの?」と訊いた。
「......十七です」
「まぁ......あなたの様な若い人を、こんな所へ寄こすなんて......あなたのお父さんは随分と酷い人の様ね」
ミンガムは一瞬、眉をひそめた。
サルマンは、ミンガムの一瞬の動きを見逃さなかった。
「彼の父親のせいではなく、これは政府の命令なんですよ」サルマンが言った。
「まぁっ......何てこと......あの人達は事の重大さにまだ気付いてないのね......」
「そうでもないですよ。気付いているからこそ、我々をここへ再び寄こしたんです」
サルマンの言葉に、ミンガムは「ぞくっ」とする衝撃を覚えた。
ぼくの知らない所で、何かが起きているのは確かだ。なのに......ぼくはそれが何なのかを知らない......誰も本当のことを(真実を)教えてくれないからだとミンガムは思った。
「お願いです。この街で本当は何が起きたのか、教えて下さい。ぼくは......本当のことが真実が知りたいんです......」
「ミンガム......!」
「ええ、いいですよ」
でもその前に、お茶とクッキーを召し上がれと、メアリは言った。
サルマンとミンガムは、細菌防止マスクを外した。
数日後のこと。
ザイラスは窓辺に立ち、いつもの様に葉巻をくゆらせていた。サルマンが窓を開けようとして腕を伸ばした。その手を、ザイラスの手が止めた。
「用心にこした事はない。風と一緒に、XXが部屋へ侵入してくるかもしれん......」
「そうですね」
「政府はやっと、アイダホ市民の、いや、国中の気付き始めたようだ」
「やっとですか」
「ああ、やっとだ」
「地球上のあちこちで、謎の現象が起きているというのに......呑気なもんだ......」
「そうではないかもしれんぞサルマン」
「......彼等は最初から、気付いていたと?」
「可能性は......大いにある」
「我々が、情報を提供するのを待つ気なんですかね?」
サルマンは落ち着かな気に、デスクの周りをうろうろし始めた。
「これ以上......秘密にする必要は無いのでは?我々二人で、全人類を守るなんてことは出来ないですからね」
「君が、スーパーマンなら出来ただろうがな」
「あなたが、そんなジョークを言える人だとは思わなかった」とサルマンが言った。
「では、私はどんな人物かね?」
「あなたは、あなたですよ」
サルマンは苦笑いを浮かべながら言った。
「私が......もっとも恐れているのは......政府がXXに寄生された人間を、見分けることが出来る様になったら......皆殺しにするだろう......ということだ」
それだけは、どうしても避けたいのだとザイラスは言った。
ではそうならない様、不利な情報だけを(政府の目から)隠すのは?とサルマンが言った。
「君に、任せようサルマン」
ザイラスからぬ発言に、サルマンは疑問を抱き始めた。あなたは本当に、支配された人間を、ひとりも殺さずXXだけを絶滅出来ると考えているのですか?ザイラス隊長......あなたは何故、やめたはずの葉巻をまた吸い始めたのですか?
サルマンは思わず身を震わせた。
まさか......あの時ザイラスは............
「サルマン......私は変わったかね?」
不意を突かれたサルマンは、目を見開くと「いいえ......あなたは、いつものあなたです」と言いながら、目を泳がせた。
「君は正直な男だ。私が唯一信用できるのは......君だけだ。私に何かあったらミンガムを頼む......あれは、君とは気が合いそうだからな」
「......何かとは......どういう意味ですか?」
「君も私もXXに、寄生されている可能性があるということだよ......」
ザイラスの一言は、サルマンの心を凍りつかせた。
ザイラスは、とっくに気付いていた!?
「可能性の問題だよ。あの時、君と私はあの場にいたのだから、寄生されている可能性は充分にある。ということだ......」
「あなたは私のことを......無口な男だと言ってましたよね」
「ああ、そうだよ。君は寡黙な男だった」
「だった......ですか?」
「そんな気がしてただけだ。何の根拠も無い。君は自分のことを寡黙な男だと思っているのかね?」
ザイラスが訊いた。
「よく分かりません......あなたに言われると、そうだった様な気がするだけで......私には自分がどう変わったのかは、分かりません......」
「そんなものだよサルマン。自分のことは自分より他人の方がよく知っている。だから君は......私のちょっとした異変に気付いたのだろう?」
「ザイラス......あなたは......」
ザイラスは再び、サルマンを凍りつかせた。
ザイラスは目を細めながら、サルマンを見つめた。
「そのうち政府は、XXを殺す為の薬なり銃なりを、手にすることになるだろう」ザイラスが静かに言った。
そうなれば......彼等は手段を選ばない......XXに寄生された人間は、皆殺しにされるだろう。
そうなれば我々も......?
もしかすると......ミンガムも......?
ザイラスは、そう言いたいのだろうか?
「そう、浮かない顔をするなサルマン」
「それは......無理な話です。あなたはミンガムのことも疑っているんですか?」
「マスクをしていたとはいえ、ミンガムも君と一緒に、あの場所へ足を踏み入れたのだから......可能性は充分にある」
サルマンは恐れていた(可能性を)目の前に突きつけられて、激しく動揺した。
ザイラスは小刻みに震えるサルマンの肩に手を置き「こんな時こそ、スーパーマンがいてくれたらと、思わないかサルマン」と言った。
サルマンは笑いだしそうになった。
「ダスト(XX)が相手じゃ、流石のスーパーマンもお手上げですよ。でも、スーパーマンがいてくれたら......嬉しいですね」
サルマンはそう言って、ザイラスに微笑みかけた。