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少年イサラ  作者: 森島小夜
1/13

 未知なる生物(地球外生命体)が、どんな目的を持って、地球へ降り立ったのかは解らない。この未知なる生命体は、我々によって〝XX〟(エックスエックス)と名付けられ極秘に調査が行われた。

XXの最初の犠牲者となったのは、発掘作業中のエジプト人だった。XXはエジプトのスフィンクス王の墓の上に静かに降り積もり、恐るべき速さでエジプト人を支配していった。

この生命体は、卵の様な丸い形をしていて、空気中を漂っていたが余りにも小さすぎた為、肉眼で見る事が出来なかった。

しいて言えば、空気中に漂う〝ダスト〟の様なもので、XXは気付かない内に人間(ひと)の口の中に入りこんだ。XXは人間の口から、目から鼻から体内へと侵入して、脳の中枢にたどり着くと身体(からだ)を支配した。




 まだ、夜が明けきれない日のこと。

アイダホの空に突如現れた光の帯は、アイダホの上空を一瞬にして黄色く染めた。

光の帯は、地上に届く寸前、消滅して消えた。


 ひとりの農夫が空を見上げて眉をひそめた。

農夫はいつもの様に、軽い朝食をとると納屋に住みついた猫にエサを与える為、ミルクと缶詰を手に納屋の扉を開けた。猫の姿は見当たらなかった。

農夫はいつもの場所に、ミルクの入った器を置き、猫の為に用意した缶詰のフタを開けた。農夫の背後で猫の鳴き声がした。猫の苦しげな声を聞いた途端、農夫は不安に襲われた。

「どうしたキャット。気分でも悪いのか」

農夫が声をかけると、姿を現した猫の目が何かを訴えるかの様にくるくると動いた。

農夫が猫に手を伸ばそうとした時、猫は不思議な動きをしながらミルクの器を蹴とばして納屋の壁に狂ったように激しくぶつかった。

猫はそのまま動きをとめた。

農夫が近寄ると、猫は口から血を流して死んでいた。

「キャット......なんでこんなことに......」

農夫は悲しい顔で猫を両腕にかかえた。

農夫が猫に顔を近づけた瞬間、農夫の開いた口の中へ、肉眼では見えない程の小さな物が入りこんだ。


 一夜が明け、農夫の妻がマイアミから帰ってきた。妻は血の気のいい顔を夫に向けながら、マイアミで暮らす妹夫婦のことを話し始めた。

話好きな妻は、サラダで使う野菜を水で洗いながら夫に話しかけていた。

夫はなんの反応も示さなかったが、妻は気にする素振りも見せず、洗った野菜を手でちぎり始めた。野菜は用意された器に盛りつけられテーブルの上に置かれた。妻は冷蔵庫の中からサラダにかけるドレッシングを取り出し、テーブルの上に置いた。その間妻は、マイアミで過ごした三日間が、どれ程素晴らしかったかを、ひたすらしゃべり続けた。

妻は話をする片手間に料理をする女だったが、料理は上手かった。妻は留守の間、夫の為に用意しておいた肉がそのまま残っていることに気付いた。

「冷蔵庫の中の物が少しも減っていないわね」

妻はおしゃべりを中断すると、椅子に腰かけた夫の顔を戸惑い気味に見つめた。

「あなた。昨夜は何を食べたの?」

夫はうつろな顔で妻を見ただけだった。

妻は肩をすくめると、冷蔵庫の中から、夫の為に用意しておいた肉を取り出した。

妻が肉をレンジに入れて、加熱し始めると美味しそうな匂いがキッチンを満たした。

「あなたの大好きなお肉よ」

妻はにこにこしながら、焼き上がった肉をテーブルの上に置き、肉を切り分け始めた。

「あなた、どうしたの?具合が悪そうに見えるけど......」

「いや大丈夫だ。具合は悪くない......ただ......」

「ただ、どうしたの......?」

妻はきょとんとした眼差しを夫に向けた。

「ただ、肉の焼ける匂いが嫌なだけだ......」

妻は驚きの余り、切り分けた肉を皿から取り落とした。

「......あなた。今日は疲れてるのね......そうでなきゃ大好きなお肉の匂いを......嫌いになったりしないもの......」

妻は夫の様子がいつもと違うことに気付いた。

妻は夫から目線を外すと、落ち着かなげに両手を動かし始めた。

「あなた......留守の間に何かあったの?とても顔色が悪いわ......それに......」

夫は不思議そうな顔で妻を見つめた。

「その肉は、お前が全部食べるか、捨てるかしておいてくれ。私は気分が良くないので、二階に上がって休むことにする」

「え......ええ、あなた。お肉は全部私がいただいとくわ......」

夫の姿が二階に消えると同時に、妻は受話器を握った。妻は夫の様子が留守の間におかしくなったと、マイアミに住む妹に話した。

食べ物の趣味が、一変したのよと、妻が話すと、「そんなの気のせいよ」と言って、笑い飛ばした。マイアミの妹は笑って話を受け合わなかった。


 夫の様子がおかしいのは、疲れているからではないことに妻は気付いていた。美味しく焼けたお肉の匂いが嫌いだなんて、そんなこと、あの人が絶対に言うはずがない......と妻は思った。

それに......あの人のうつろな目つき............あの人の目には、あたしの姿も、美味しそうなお肉も何も写っていない。たった三日の間に、夫に何が起きたのだろうか?妻は必死で考えた。

うつろな目をした夫の姿を思い浮かべた妻は、思わず身震いした。そのうち妻は、家の中にひとりでいるのが、耐えられなくなってきた。

「そうだわ。キャットはどうしてるかしら?」

妻は冷蔵庫から取り出したミルクを猫用の器に入れると、猫の待つ納屋へ向かった。

「キャット出ておいで。ミルクを持って来たわよ」

妻はミルクの入った器を、こぼさない様にゆっくりと歩きながら猫の姿を捜した。納屋の隅に、ミルクが少しだけ残されている器と缶詰が置かれていた。妻はミルクの器から壁に目を移した。そしてそこで、妻は死んでいるキャットを見つけた。




 未知なる生物(地球外生命体)の次の犠牲者となったのは、砂漠の民と呼ばれる少数民族だった。彼等は砂漠にあるオアシスを求めて旅をする生活をおくっていた。


 砂漠の民イサラの母アシアは、見えない両目をカッと見開くと、耳慣れない言葉を叫びながら、突然両手を振り回し始めた。

「母さん......どうしたの?何を怖がっているの」

母の異常な行動は、イサラの妹ラシアを不安にさせた。ラシアは怖々母に近づくと、アシアの両手をきつく握りしめた。

「母さん心配しないで。あたしは母さんの側にいるわ......」

「ラシア......ラシア......ここに何かが近づいてくる......とても恐ろしい何かが............」

「大丈夫よ母さん。ここは何もない砂漠よ。盗賊だってやってこないわ」

「ラシア......盗賊よりももっと恐ろしいものが近づいてきてるのよ......イサラ......イサラはどこなの?イサラを今すぐここに連れ戻して」

「大丈夫よ母さん。兄さんはすぐに帰って来るわ」

「ラシア......ラシア、時間がないのよ......」

母のただならぬ様子に、ラシアはますます不安を募らせた。ラシアがテントの外に出ようとしたその時、外からイサラの声が聞こえた。

「母さん!ラシア!竜巻がやってくる」

ラシアの痩せた腕が伸びてきて、イサラの両腕を掴んだ。ラシアはイサラの腕を掴んだままテントの中へ引きずりこんだ。

「ラシアも母さんも、()()にいちゃ危ない。竜巻が向かって来てるんだ」

「イサラ......ここにいれば大丈夫よ......竜巻はこのテントにたどり着く前に、右にそれてしまうから」

「......母さん」

イサラの深い緑色の瞳が、不安気に揺れた。

「イサラ......母さんを信じて」

「兄さん......母さんの言う通りにしよう......母さんの言うことは、間違ってないから」

「ラシア......」イサラは頷いた。

アシアの予測通り、竜巻はテントにたどり着く前に、右にそれていってしまった。

イサラはテントの中から顔を覗かせ、辺りを見回した。

「母さんの言った通りだったね。竜巻はいってしまった」

イサラは安心(ほっと)した顔で母アシアを見つめた。

ところがアシアは、安心するどころか見えない目を開くと、何かに脅えて体中を震わせ始めた。

「イサラ......ラシア......()()()いちゃ危ない......何かが......()()()やって来る......イサラ、早くラシアを連れて逃げて!」

アシアの体の震えは激しくなる一方で、このままだと舌を噛みそうな勢いだった。

イサラは慌てて、母アシアの口に布をかませた。

「母さん落ち着いて。竜巻はいってしまったよ。もう、大丈夫だから」

イサラは母アシアをなだめる様に言った。

しばらくすると、アシアは落ち着きを取り戻した。

「母さん......いったい何がやって来るの?」

アシアは口から布を外して、ゆっくりと息を吐いた。

「恐ろしいものよイサラ......けれどそれが何なのかは、母さんにも分からない。けれど母さんには、はっきりと見えたのよ......とても小さくて光り輝く何かが......竜巻と一緒に通り過ぎていくのが............」

「......だって母さんは目が......」

「ええ......そうよイサラ。母さんの目には何も写らない......でも母さんにはそれが()()()()......光が通り過ぎた時、母さんの目にその生き物の記憶が流れこんできたの。

それは人間(ひと)の中へと入り込み、人間の脳を支配する生き物なの。恐ろしいのは......その中の()()()()人間(ひと)の体の中で卵を産み育てる能力を持っていることなの......きっと、女王蜂の様な存在なのね。体の中で増え続けた卵が、いったん外に吐き出されるとその卵は再び人間(ひと)の中へ入り込み、人間(ひと)の思考を支配し始める......その卵が人間(ひと)の中で生き続ける限り......死ぬまで支配されるのよ......死ぬまで............」


 「母さん............そんな話を、よく思いついたね」イサラは半分呆れた顔で言った。

「イサラ......これは本当の話なの。母さんが今話したことは、これから起きる恐ろしい出来事なの。......イサラ、ラシア、母さんを信じて」

アシアは、見えない目をイサラに向けて手を差し出した。イサラと妹ラシアは何も言わずに、母アシアの手を握りしめた。

「兄さん......母さんの言ってることを信じてあげよう。母さんが安心するなら、その方がいいと思う」

「ラシア......」

イサラは頷くと、母アシアの両手を自分の両手で包みこんだ。

「分かったよ母さん。ぼくも母さんを信じるよ」

「ありがとうイサラ、ラシア」

「母さん、何をしたらいいのか教えて」

「もうすぐ風に乗って卵がこのテントまでやって来るわ......一刻も早く、この場所から離れて!」アシアはそう言うと、ラシアの長い栗色の髪を優しく、愛おし気に撫でつけた。

イサラとラシアは、母アシアに言われた通り、目だけを残すと顔中に茶色い布を巻きつけた。

「母さんも、早くテントから離れて」

イサラはテントの中心に座りこんだ母アシアの腕を、無理やり掴むと外へ引きずり出した。しかしアシアは、イサラが腕を離すと、またテントの中へ戻っていった。

「母さん何をしてるの?ここにいちゃ危ないって言ったのは母さんだろ」

「イサラ......あの話にはまだ続きがあるの」

「母さん、早くここから離れないといけないって言ったのは母さんだろ?それにさっきより大きな竜巻がこっちに向かって来てるみたいなんだ」

イサラが苛立たしそうに言った。

「イサラお願い......母さんを信じて」

「信じてるよ母さん。だから、早くここから離れよう」

「......イサラ......母さんは()()()死ぬのよ」

「何言ってんだよ母さん......ラシアが心配するから、早くここから出て......」

「イサラ......見えたのよ。母さんは......この場所で死ぬの............」

「母さんしっかりしてよ。母さんがいなきゃだめなんだ......ぼくとラシアだけじゃだめなんだ......だから一緒にここから......」

「イサラ......この目で見たことは......本当に起きることなの。......卵は......このテントの中にいる人間を、卵の宿主にするつもりなの。母さんは......逃げられないわ」

「母さん......母さんも一緒じゃなきゃぼくもテントに残る」

それを聞いた途端、母アシアはイサラの腕を掴み、急いでテントの中から外へ飛び出した。

「イサラお願い、もう時間がないのよ。ラシアを連れて、あの岩場まで走って。竜巻()が通り過ぎるまで、そこでじっとしていて」

「......うん。分かったよ母さん......」

イサラは頷いた。不安気な顔をしたラシアの腕を掴み、イサラは岩場に向かって走り出した。風は、もうすぐそこまで近づいてきていた。

アシアはふたりに笑顔を向けると、再びテントの中へ戻っていった。

ラシアが気付いて叫び声を上げた。

「だめだラシア......行っちゃだめだ......!」

イサラは、岩場から飛び出そうとするラシアの腕を必死で掴んで離さなかった。

その数秒後に、風はテントを空へと投げ飛ばし、テントのあった場所でひざまずく母アシアの姿が、ラシアの目に写った。

イサラ(兄さん)!母さんを助けて!」

風に運ばれてやって来た()が、光り輝きながらアシアの周りを取り囲んだ。アシアは神に祈りをささげた後、大きく口を開いた。

すると、光り輝く()がアシアの体内へと吸いこまれて、消えた。

「母さん........................!」

ラシアはイサラの腕を振りきり、テントのあった場所へ駆けだした。

「待て、ラシア!」

その時、一筋の光がラシアに向かって来た。

ラシアは動きを止めて、その場に座りこんだ。

「しっかりしろラシア!」

「......兄さん......目が......痛い......」

「目に何か入ったのかもしれない......」

イサラは恐ろしい考えを振り払うと、ラシアの目を覗きこんだ。ラシアの目は、黄色い色で全て塞がれていた。

「......ラシア!その目はどうしたんだ!?」

ラシアは立ち上がると、母アシアに向かって歩き出した。ラシアは母アシアの側にいくと、その体を腕に抱きかかえて、顔を近づけた。

「ラシア......ラシアなの?」

アシアはまだ生きていた。

「......ラシアお前......」

アシアは、ラシアから逃れようとして体をねじった。イサラが母に向かって駆け出した。


 「母さん!母さん!」

「イサラ......ラシアを止めて!私の中から......卵を外に出そうとしてるのよ......」

ラシアはうつろな目をして、アシアとイサラを見つめた。

「ラシア、しっかりしろ。おかしいぞお前」

イサラの心は、妹を信じる気持ちと疑う気持ちとで、激しく揺れ動いた。

「イサラ......イサラ......止めて。早くラシアを止めて。卵が全部外へ出てしまったら......今度はラシアが宿主になってしまう......」

「母さん......母さんしっかりして......!」


 ラシアは一筋の光によって、卵に体を支配されていた。アシアを腕に抱きかかえたままでラシアは歌いだした。今まで耳にしたことのない不思議な歌が、ラシアの口から流れ出すと、アシアの口の中から見えない何かが、ゆっくりと吐き出されていくのが、イサラには分かった。

「やめるんだラシア......!」

イサラがラシアを抑え込むより早く、ラシアはアシアの口から卵を、外へ吐き出させていた。

未知なる生命体(卵)は、最初の宿主であるアシアから、ラシアの体内へと入り込んでいった。

ラシアは母アシアの側で、ぐったりと横たわった。イサラはアシアとラシアの名前を何度も呼び続けた。その時、イサラの周りで浮遊していた一つの卵が、イサラの体内へと入り込もうとしていた。


 





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