プールの呪い
「あ~、プール爆破したい……」
中学二年の私は、物騒なことを考えながら教室を出た。
「なんで水泳って必修なんだろう。泳げないと困ることって、ある? 普通に生きてて」
水泳自体が嫌いなわけではない。あの水着が許せないのである。
言ってみれば、八つ当たりである。「坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い」っていうやつだ。いや、それの逆バージョンか。
「あんな恥ずかしいカッコで、みんなよく平気だよね……」
私は、物心ついたころから自分を男だと思ったことはない。
そんな私にとって、あのショートスパッツみたいな薄い布切れ一枚では、全然面積が足りないのである。人前に出るには。
「さすがに、もう休めないしなぁ」
体が男の私には、女の子特有の理由で水泳を見学することができないため、仕方なく毎回水着を「忘れて」水泳の授業を見学していた。
3回目に体育の教師から怒鳴られ、4回目の水泳の授業の後、親が学校に呼び出された。
母親は、いつも父親に対してするようにオロオロして頭を下げ、次の水泳の授業には必ず私を参加させると約束させられた。
母親の顔を立てなければならない義理はないのだが、これ以上親の情けない姿を見るのも耐え難いため、私は断腸の思いで水泳の授業に参加することにした。
※※※
「なんだ、冴木! その恰好は」
せめてもの抵抗にと、バスタオルを体に巻いてプールサイドに出た私に、体育教師の鋭い声が刺さる。
「あの…… 恥ずかしくて……」
消え入るような声で答えた私に、体育教師は「あ? なんだって?」と言って耳に手を当てた。
私が黙っていると、「お前、女か?」と吐き捨てるように言って、体育教師は去っていった。
私が悔しさに震えていると、男子生徒たちがニヤニヤしながら私を見ていた。模擬試験の成績で私にかなわない連中にとって、体育教師に恥をかかされた私の姿が、さぞかし愉快に見えたのだろう。
「死ね、みんなとても苦しんで死ね」
私は呪いの言葉を心の中でつぶやいた。
※※※
準備体操までは、意地でタオルを巻いたまま過ごした私だったが、さすがにプールに入るときにはタオルを取らざるを得ない。
渋々タオルをフェンスに掛けると、私はスタート台の上に立った。
「合図で飛び込んで、25メートル泳いだらすぐにプールサイドに上がってタオルを巻けばいい」
私は自分に言い聞かせ、合図を待つ。ただでさえ恥ずかしい格好をしているのに、こんな「お立ち台」の上にいるのは、私には耐えがたい仕打ちだった。
「あー、もう、早くしてよ!」
コースごとに、スタート台の後ろに順番に並んで、自分の前に泳いでいる生徒が全員ゴールしてから、次の組が飛び込むことになっている。私がイライラしながら合図を待っていると、私の後ろに並んでいる生徒が、何やらひそひそと話していた。
「イヤな感じ」
私は、あえて聞こえないふりをしていた。
ようやく前の組が全員プールの壁にたどり着き、体育教師がホイッスルを鳴らそうとこちらを振り向いた時、なぜかお尻がスッと寒くなった気がした。
「え? 何?」
すでに飛び込みの体勢になっていた私は、足元に何かがまとわりついたため、バランスを崩してそのままプールに落ちた。
軽いパニック状態で確認すると、私の水着は足首まで降ろされていた。慌てて引っ張り上げてから、水面に顔を出す。
私の水着を降ろした連中は、バカみたいに笑っており、体育教師は「しょうがねぇなあ」というように苦笑いしているだけだった。
私は、今後何があろうと水泳の授業には出るまいと、固く誓った。
拙著『ダンジョンメンタルクリニック』の、院長先生が中学生だった頃のお話です。
しかし、中学生ぐらいの男子って、なんでこうバカなんでしょうねぇ……(笑)
興味を持っていただけたら、本編のほうもご覧いただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。




