夫会議「議題」:嫁に嘘をついて口裏を合わせるか 武田視点
えりが部屋に戻った。
それじゃあ俺も、少し仮眠をとろう。と、リビングを出ようとしたら、石川さんに止められた。
止められたのは俺だけじゃなくて、向井さんもだ。
「まだ話は終わってない。」
話は終わってない・・・?
今さっき話が終わったから、えりは部屋に戻ったんじゃないの?
俺の考えていることと同じようなことを向井さんも感じたようだ。
「今話は終わったのでは?」
「いや・・・。取り敢えず、ちょっと座ってくれ。」
そう言われれば、座るしかないか・・・と、向井さんと共に、さっき座っていたソファに座り直した。
「さっきのあの話・・・。えりの部屋に朝晩入るのは、やはり駄目だ。」
やや沈黙があり、少しうなるように発した石川さんの声のトーンが、さっきよりも一つ下がっていた。
少し怒っているように感じる。
「・・・なぜですか。」
それに対して、向井さんも少し怒りを含めたように問いかける。
でも、俺もなんでそんなことを石川さんが言い出すのか分からないから、気になる。
駄目だと言うなら、なぜさっきえりに対してそう言わなかったのか。
「なぜも何も、今のえりは部屋に俺たちが入るのを嫌がっていないから、朝晩も入れば良いと言ってるが、これから先もずっとそう言うとは限らないだろう。」
「ですが、えりは部屋に入って欲しくないなら、言ってくれると約束してくれましたよ。」
そうだよね。駄目なら駄目って、嫌なら嫌って、えりは少し困りながら、遠慮しながらでも伝えてくれるはずだよ。断られたら俺たちが引いたら良いし。
「でも、えりがずっとその感覚を持っているとは限らないだろう。」
「それは、そうかもしれませんが・・・。」
「この世界に来たばかりで、良く分からないことが多いから、えりは俺たちに遠慮しているだろうし、嫌がらないのかもしれないだろ。慣れてきて、朝晩に部屋に男が来ることに疑問を持ってみろ。それこそ、えりのストレスになるんじゃないか?生理的に受け付けなくなるかもしれないだろ。」
そう、言われれば・・・そうかもしれないけど・・・。
「今こうして三人だけでその話をしてるってことは、えりには言わないつもりだよね?えりに嘘をつくことになるよ。」
「えりに嘘をつくなんて・・・そんなこと出来ませんよ!えりに話しましょう!しっかり誠意を持って話せば、えりは分かってくれますよ!何より、部屋に入らないのはえりのためなのですから!!えりが不利になるようなことではないのですから、きっと、渋々でも、分かってくれると思います・・・!」
えりに嘘をつくような形になるのだけは、嫌だ。
えりの信頼を得たいのに、えりと仲良くなりたいのに、嘘をついたらそれこそえりに信じてもらえなくなるよ!絶対、えりは嫌がると思う。
そんなことになるくらいなら、えりにきちんと説明して、説得する方が何倍も良い。
頑張って説明したら、えりはすごく嫌がるかもしれないけど・・・きっと理解してくれる。
えりの望みを叶えてあげられない、融通の利かない夫と思われたとしても、嘘をつくより何倍もマシだ。
「えりは俺たちの意見に頷く様子がなかっただろうが。それに、これは俺たちが黙っていれば良いだけの話だ。えりの部屋に朝晩、俺たちが訪れないようにするだけ。それだけだ。えりもいちいち気にしないだろう。
この二日でえりの様子を見ていたが、俺たちの行動を制限するようなタイプの女性じゃなさそうだしな。ここだけの話にして、俺たちが自分の行動を徹底していれば、えりと揉めるようなこともないんだ。今後えりの感覚や気持ちが変化して、何か揉め事を起こす可能性を持ったまま、えりの部屋に朝晩出入りするより、そっちの方が危険も少ないだろう。」
確かに、危険は少ないかもしれないけど・・・。
それでも、えりに嘘をつきつづけるってことだ。
さっき、えりは部屋に戻る前に、俺たちに納得してもらえたって、すごく嬉しそうな顔をしていたのに。
もしもこの嘘がえりにバレてしまったら・・・えりは泣いてしまうんじゃないのかな。
いや、泣かずに、裏切られたような泣きそうな顔をするかもしれない。
昨日見た、諦めたような表情をするかもしれない。
苦しそうな顔をするかもしれない。
眉をひそめるかもしれない。
どちらにしろ、一瞬でもえりの表情を曇らせてしまうことは、確実だと思う。
この二日間でも、えりはあんまり笑ってくれていないけど、でもこれからは笑ってくれるかもしれないじゃないか。そんな、笑ってくれるようになった時に、この嘘がバレたら、もしかするとえりは俺たちと過ごした日々全部を疑うかもしれない。
「例え危険が少なくても、えりに嘘をつくのは嫌だ。えりには、正直でいたいよ。」
えりに疑われるのは嫌だ。
これは、えりのためっていうよりも、俺のためだ。
えりに疑われるなんて、想像しただけでショックで寝込んでしまいそう・・・!
俺の言葉に、石川さんは困ったようにため息をついた。
「2対1か・・・。一応聞くが、夜中にえりの部屋に入って、男女の関係になろうとかは考えてないよな・・・?」
「ありません!」
「ないよ!」
俺も向井さんも、それは即座に否定する。
えりはとっっっっても魅力的だけど、男女の関係とかは考えることすらできないくらい、恐れ多いというか罪深い・・・!
嫁と男女の関係になるなんて、都市伝説レベルにあり得ないことだし。
愛し合ってもいない嫁の部屋に夫が夜這いをかけたら、犯罪だ。終身刑だ。女性の心に大きな傷を作ってしまうなんて、考えられない行為だ。
そんな、大切にした存在を悲しませるようなことは絶対にしないし、したくない。
俺たちの反応を見て、石川さんはやっと納得してくれたようだった。
険しかった顔が、困ったように眉が下がり、再びため息をついた。
「・・・二人がそういう意見なら、俺の考えに協力を仰ぐこともできないしな。
分かった。
取り敢えず、えりの様子を見ながら、当分は必要があるときには朝晩に部屋を訪ねることは良いとしておこう。」
石川さんがやっと折れてくれたので、安心した。
横で向井さんもホッとした表情をしたので、この話はこれで終わりだということだ。
よかった。ここで、三人の間に溝が出来たら、えりとの関係も不安定になるし。
もちろん、えりに疑われたり嫌がられる方がダメージはでかいけど、一緒に住んでいるんだから、向井さんとも石川さんとも良好な関係は築いていたい。
ちょっとさっきの石川さんは怖かったけど、今はもう気持ちが落ち着いたようなので、難は去ったようだ。
それにしても・・・なんで石川さんはえりを説得せずに、俺たちで結託して部屋に行かないようにしようと薦めたんだろう。
別に、えりの気持ちが変わってえりの方から部屋への出入りを制限してきたら、寂しいけどその時に受け入れたら良い話だ。わざわざ先の揉め事を減らすために、今ここで口裏を合わせる必要は無いはずだ。
後の揉め事を減らすのに徹底する必要があるのかな・・・。
石川さんの考えていることは、良く分からない。
考えても分かりそうにないし、もう今はえりの望みを叶えられたことと、三人の関係が悪くならなかったことを良しとするか。
「それじゃあ、俺たちも寝よっか。」
「そうですね。そろそろ寝ないと、寝過ごしてえりといる時間が減ってしまいます。」
えりといる時間が減る・・・!
それは大変だ!!
向井さんはさっさとリビングを出てしまった。
しまった、出遅れた!
「俺も、もう寝るね!おやすみ、石川さん!」
「ああ。おやすみ。」
俺もさっさとリビングを出た。
ああ、早く目を覚まして、えりに会いたい。
さっき、リビングを出る時のえりの表情は、本当に可愛かった。
目が覚めてから、早くえりとお話をしたいな・・・。
布団に入ると、安心したからか、寝不足であることも手伝って、すぐに眠ることができた。




