無理な話だとは思っていた
結婚したくありません!と主張しても、それは通らないとは思っていた。
でも、私は記憶もあるし、ある程度常識を学んだら仕事はできるようになるから、一人で生きていけます!と交渉してなんとか粘り勝ちしてやろうと思っていた。
にも関わらず、結婚せざるを得ない’決まり’が私を待っていた。
「仕事ができない!?」
「え、えぇ…女性は、国の保護下に入りますので…身の安全を守るために、基本的にマンションから出ることは叶いません…」
タ・ナ・カ…コラァァア!!!!
「田中さん!さっきから、私にとってすごく大切な情報を後回しでついでのように説明してますけど、断固拒否です!仕事をさせてください!そして結婚はしません独りで生きていきたい!」
もう座ってられない!
勢いよく立ち上がって、噛み付くように田中さんに声を張り上げる。
田中さんは私の動きにビクッと驚きながら、落ち着いてくれと、なぜか両手を上げる。
落ち着けるわけないでしょうよ!!
「こんな理不尽なことってありますか!私の希望が一切通らない!」
「本当に申し訳ありません!私達の世界を助けるために、貴女はこの世界に何も知らぬままに連れてこられたにも関わらず…私は貴女に辛い暮らしを押し付けています…!」
ガバッと効果音がつくぐらい、田中さんが盛大に頭を下げる。
机に額を擦り付けそうな勢いである。いや、擦り付けてるような気もする。
その勢いに、思わず怒りが削がれそうになるが、怒りを治めてはいけない。私は悪くないし、完全に被害者である。怒っていいところだ。
目を細めて田中さんを睨みつけるが、田中さんは顔を上げない。え、上げてくださいよ睨んでる意味ないでしょ。こっち見てください。
「それでも、どうしても…貴女様には、国の管轄下にあるマンションで、外出は定められた日以外ではしない生活をしてもらわなければならないのです…!この世界は、女性が希少であり、誘拐される恐れがあります…!貴女の命を守るために、必要なことなのです…!」
私はこの世界をまだきちんと見ていないし、この部屋と目が覚めた部屋、そしてこの空間にいる人間のことしか分からないから、どんな世界かなんて知らない。だから、田中さんの発言を丸々信じるなんてできない。言ってることがどこまで正確なのか分からないし、田中さんの情報だけで、この世界で一生暮らしていくことが分かったけれど、自分のこれから先の人生まで、人から聞いた情報から決めなければならないのか。
いや、この場合は私に選択肢は与えられていない。結婚しなければならないのだろう。
仕事もできない。マンションから出るな。結婚しろ。
「……ありえない。」
結婚して、ずっとその男のために生きていけと。外に出ることも制限されて。
「冗談じゃない…!」
田中さんは悪くない。彼のせいでもない。それは分かるけれど、こんな理不尽を受け入れられるほど、私は良い子ちゃんでもない。
席を立った状態から、そのまま出口へ向かう。
部屋にいた男の人たちが慌てて、出口を体で塞ごうとするが、残念ながら頭に血が上った私は止まらない。
女性を大切にするという、さっきの話が正しいのなら、彼らは私に手を出さないはずだ。
ならばそれを利用させてもらう。
出口を塞ぐ男達を、両手を使って退かしていく。
男達は頑張って踏ん張ろうとするけれど、毎日の仕事で鍛えた私の腕力相手では、抵抗できずに横に押される。
最後の男の人は、ドアノブを後ろ手で握って頭を必死に降っている。
「どいてください。」
少し低い声が出てしまった。だけど別に問題ない。だって、私は今怒っているのだし。
ドアノブを握る男の人は、震えながら、下を向いて声を絞り出す。
「…で、できません。」
頑張って絞り出してそれかい。それは見てたら分かるわ!とイライラしてるので怒りのボルテージが上がったが、それを察した田中さんは、椅子から転がるように降りて、目の前で土下座した。
「お願いします…!気の済むまで殴っていただいてかまいませんので…!どうか、どうか…!!」
私、男の人に土下座されるの初めてなんだけど…
ドアノブを握る男の人も、その場で土下座をする。
その勢いに押されてか、周囲の男の人たち全員が私に土下座していた…
この人たち、ずるい。
流石に私でもこうやって無抵抗な人たちが土下座をしたら、怒りを治めないわけにはいかないではないか。
「最低だよね、男の人って。」
この人たちは、今頭を下げるだけだよ。でも、私は自分の人生、死ぬまでの運命を他人に決められようとしてるんだよ。
「殴って気がすむわけない。頭を下げられても、私の人生が変わるわけじゃないんでしょ。」
田中さんはハッとしたように私を見た。
その顔は、本当に申し訳なさそうな顔をしている。
男運がないし、人の表情から考えを読み取ったりなんて私は出来ないから、田中さんのこれは本心なのか分からないけども…
でも、こんな表情をしてる田中さんも、土下座してる男の人たちも、ずるい。この状況で断れるほど鬼じゃない私は、もう怒りの炎が鎮火しつつある。
「………はぁ。」
やめだ。面倒くさい。
独りで生きていきたかったし、仕事も多少充実してたけど、もうあの世界に戻れない。ここで生きていくしかない。だったら、この人たちの要求は飲まざるを得ない。
無理なものは無理だ。
諦めが早いのが私の処世術である。
理不尽な親や親戚、男相手に、自分の感情に執着してズルズル情を持ち続けて良かった試しがない。
ここで怒りを爆発させても、なんか自分の人生選ばせてもらえない不幸な女アピールしてるようにも見える。
大きくため息を吐いて、回れ右。席に戻った。
そんな私を恐る恐る周囲は見ていたが、田中さんは慌てて、しかし申し訳なさそうに、元の席に着いた。
「あの…」
「…先に言っておきますが、私結構面倒くさいですよ。男の人にいい思い出がないので。」
前者か後者か、むしろ両方にだろうか、田中さん含めて、この部屋の全員が眉をひそめた。
そりゃあ男の人たち前にして、男の人にいい思い出がないし自分は面倒な性格だなんて、聞かされる方としてはあまり良い気持ちではないだろう。
しかし、結婚して夫を得るとなった今、これは伝えておくべきだ。
「いい思い出がない、とは…良ければ、伺ってもよろしいでしょうか…」
「聞いても面白い話じゃないし、必要ないから話したくない。」
一応初対面である。家庭の事情なんてものも含まれるような話は控えさせてもらいたい。
「差し出がましいことを尋ねました…お許しください…」
田中さんは、今ので何か事情があると理解してくれたのだろう、潔く引き下がってくれた。
しかし、そこから言葉が続かない。どう話を振れば良いのか分からないのだろうか。まぁ、私もかなり暴れたしなぁ。田中さんからしても、私はイレギュラーだから、どう対応して良いかわからないし混乱するだろう。
話し出したら怒鳴られたわけだし…。
「それで、さっき言っていた好みの性格をというのは、どのようなものなんですか。」
一気に色々なことがあって疲れたので、もうとりあえず話を進めたいと思う。
これから生きていく上で、夫がどんな人かで人生が変わるけれども、多くは望まないから、誠実な人だと良いな…。
田中さんは、何を言われたのかすぐにはわからなかったのか、少しキョトンとした後に、慌ててアンケート用紙をテーブルの上に出した。
「あ、貴女様が好む男性の性格や趣味などを伺って、その項目にあった男性をこちらで候補としてあげさせて頂こうと思いまして…」
恐る恐るこちらの様子を伺う。
これほど女の人の顔色を伺うなんて、この世界は女性が希少だからだろうけど、それにしても怖がるな…
「…好みの性格はないです。」
「そ、そうですか…」
扱いづらいだろうなぁ…悪いなぁとは思うけど、私面倒くさい性格だって言ったからね!
もう色々理不尽なことがありすぎて自暴自棄になってしまって、愛想笑いもどこかに言ってしまったけれど、
私は悪くない。
でも、罪悪感はわくのだ。
目の前の田中さんはもちろん、この部屋の人たちって、私の感情の変化にすごく敏感なのである。
だから、好みは無いから答えられないけれど…
「嫌いなタイプならありますよ。」
答えてやろう。
ただし、この答えを聞いたら、さらに面倒な女だと思うだろうけどね!
記憶喪失の方がやりやすくてよかったんじゃないの?って思わせてやる。いや思ってるか!