妻にお金を払わせるということ
「貯金に余裕があるわけでもないのに、妻の希望で劇団を呼び、娯楽を楽しんだ。そして、夕食を食べようとシェフを呼ぶが、普段の贅沢三昧に加え、月末っていうのもあって、生活費の貯金ゼロ。夫たちは自らの金を嫁に小遣いとしてほとんど渡していたから、お金がない。仕方がないので、妻の小遣いから5万円出しかえてもらった。もちろん、妻から無理矢理奪うわけでもなく、な。これはどう思う?」
「えっと、そもそもお金がないのに劇団を呼ぶことが、意味が分かりません。それに、夫たちが自らの金を嫁に小遣いとしてほとんど渡すっていうのも意味が分からないし・・・。」
「それはえりにとってはもっともかもしれないが、妻からお金を貰うことに関して、答えてくれ。」
「別に、問題ないように思いますが・・・。だって、夫婦でしょう?」
それに、その娯楽って妻が自分自身が楽しむために呼んだんだよね?それならなおさら、百歩譲って、一時的に妻が出しかえても問題ないように思う。
しかし、その私の言葉に、武田さんも向井さんも、ちょっと複雑そうな顔をした。
「問題大ありだ。妻から直接5万円を受け取った夫は、離縁はもちろん、職を失って路頭に迷うことになる。」
「はあ!?」
ちょっとお金を借りただけで!?
というか、その妻のお小遣いも、もともとは夫たちから徴収したものなのに!?
「それ、お金はちょっと借りるだけだったんですよね?」
「ああ、次の日に給料が入り次第、返す予定だった。」
「そ、そんなことで離縁・・・?しかも、職を失うって・・・。」
「えりの世界ではありえないことなんだね。でも、俺たちにとっては、当たり前のことなんだよ。」
それまで黙っていた武田さんが、ゆっくりと話し出す。
私が常識を知らなかったこと、そして、私がこの事実に対して受け入れがたそうな態度を取ることから、私の説得をしようとしているのか、武田さんはゆっくりと丁寧に話し出した。
「職を失うっていうのも、それほど不思議なことじゃないんだよ。俺たちのように結婚したいと思ってる人が就職する場所は、比較的給料は高いけど休みやすい、そんな職場なんだ。そんな職場だから、周囲は結婚願望がある人もたくさんいるし、結婚できるように国に申請を出している人も結構いる。そんなところに、大切に庇護しないといけないお嫁さんからお金を出させた男がいる、ってなったら、当然、上から首を切られるんだよ。」
これ、は・・・。
予想以上に、理解しがたい常識の世界に迷い込んだようだ・・・。
嫁にお金を出させない。
それは、大切にしたいから、希少で子孫繁栄のために必要な存在だからなんだとは思っていたけど、
この国は社会の在り方から、女性を徹底的に囲い込んで、どろどろに甘やかしている。甘やかし?いや、むしろやり過ぎなくらい。恐怖を感じる。少しでも女性を不愉快にさせないように。夫なる者が、少しでも粗相をしないように。
田中さんが説明してくれた、神様がこの世界に約束させた、女性に長期的精神に対する苦痛を与えてはならないってところに、ちょっとでも判定されないように徹底している感じ。
私、この家にいるだけでいいわけじゃない・・・。
間違った選択をしないようにしなければならないの?
「だから、例え緊急事態であっても、妻からお金を出させるのは問題なんだ。だから・・・。」
これ、名誉どころじゃない。私がちょっと選択肢を間違えただけで、夫たちの将来に関わるってことだ。
いや、この話みたいに散財することはないけど・・・。
でも、これって、家事をするっていうのも問題なんじゃないの・・・?
「えり?」
私が考え込んでいたから、向井さんが少しこちらを伺うようにして声をかけてきた。
「大丈夫か?ちょっと刺激が強い話だったな・・・。」
「えり、気分が悪くなった?ちょっと休もう。」
三人が慌てて私を気遣いだす。そんなこと、して貰わなくていい。そんなに刺激が強い話ではないし、ある意味刺激が強かったけど・・・。気分が悪くなるような、刺激の強さはなかった。
ただ、この世界の常識が分からないことに対して、恐怖を抱いたくらいだ。
分からないまま行動して、失敗しても、自分には返ってこない。むしろ、こんな危険な橋を渡っていながらも、私を気遣い、私の要求をできる限りかなえようとしてくれた夫たちに感謝と、申し訳なさを感じた。
「大丈夫です、ちょっと、考え事をしていて・・・。」
「無理をしないでください。新しく知ることばかりで、気力が消耗しているのでしょう。部屋に戻りましょう?」
向井さんが立ち上がって、私の横に来て部屋へ誘おうとする。優しい。しかし知れば知るほど疑問が増える。
なぜそんな危険性を抱えてまで、私との結婚を承諾したんだろう。さっきの話から想像するに、結婚するのに申請をしないといけないってことは、この三人も申請していたんだと思う。職を失う危険性を抱えてまで、結婚したいか?私は絶対に嫌だ。何か大きなメリットがあるなら話は別だけど・・・。そのメリットのために結婚したのなら、いよいよ私に対する好意はないのかもしれない。
嫁という存在に対する好意ではなく、メリットのために嫁を得たのだとしたら・・・
ちょっと、虚しい。
多少なりとも好意を向けられていたから、そこに打算的なものが大いに含まれていたのなら、これほど虚しいものはないだろう。
たった一日だけど、三人に多少なりとも情が湧いていたらしい。
その可能性を考えるだけで、ちょっとだけ心が痛かった。
だめだ、今はこんなことを考えても答えはでない。
切り替えろ。
「向井さん、大丈夫です。ちょっと、確認させてもらいたいこともできたので、いいですか?」
今のうちに確認しないといけないことができたんだ。
家事に関して、これは今のうちに確認しておかなければ、この夫たちの将来にかかわる。
「あの、家事に関しては、そのような罰はないのですか?」
「家事は・・・本当は、妻がするようなことではないんだけどな。でも、お菓子作りとかを趣味でする女性もいるようだから、大丈夫だろう。」
「でも、私の体調が悪いときに、私が家事をして怪我でもしたら・・・。」
「俺たちの首は飛ぶな。」
なんということだ。
そりゃ、怪我をしないで、無理をしないで、と口うるさくなるはずだ。
この三人、私の知らないうちに、私の言動によって危険な綱渡りをさせられていたようなものだ。
「ごめんなさい、私、そんなこと知らなくて・・・。」
「え!えりがそれほど気に病む必要はありませんよ!この世界の常識を知らないのは当たり前のことですし!」
「そうだよ!だから、謝らなくてもいいんだよ!」
「そう言われても・・・。」
「まあ、さっき話した例は、本当に少ない事例だからな。だいたいは、妻がそんな無茶して劇団を呼んだりしないし、お金を出しかえたとして夫婦間で黙っておくもんだから。」
「そ、うなんですか・・・。」
それなら、ちょっと安心した。夫婦間で黙っていたらいい。確かにそうだもんね。
でも、お金を私が出したら世間的に夫達がたたかれることがよく分かった。
「わかりました。では、生活費は、三人の給料に頼らせてもらいます・・・。」
この世界のことをよく知らない私が、でしゃばって夫たちの名誉を傷つけるようなことをしてしまう可能性があることもわかった。
それと同時に、私が、夫達に頼らないと生きていけないようにならなために、つっぱねっていたことにも、気付いた。
でも、だって、仕方ないじゃないか。
この世界、夫に頼らないと、私は生きていけない。
独身貴族になりたかったのは、自分のために働いて、自分のためにお金を使って、
それは私が自力で生きているって、人に支配されないで生きているって自覚したかったから。
それなのに・・・夫に守られないと生きていけない世界を受け入れろなんて、
心が納得しないのは、仕方ないことじゃないの・・・?




