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第二話

「ここが第一体育館?」

「あ、はい。そうですよ」

 第一体育館の前で会話をする俺と早川先生。食堂での会話の後、早川先生は善は急げとばかりに俺をこの第一体育館に連れてきた。まあ、早川先生は道が分からなかったから連れて来たのは俺なんだけど。

 当然だけど、この第一体育館はこの学校で最初に造られた体育館だ。体育館の規模はバスケットボールのコート二つ分。だけど、大規模な部活が使う第二体育館、歴史ある女子卓球部が使う第三体育館には設備的にかなり見劣りする。まあ、男子卓球部は第一体育館でも充分だけどね。

「じゃあ、入ろうか?」

 早川先生はそう言うと、体育館の扉を開けた。埃っぽく、生ぬるい空気が体育館から流れ出る。暑いから入りたくないけど入らないわけにはいかない。

 俺は体育館の中へと足を運んだ。一歩前を早川先生が歩いている。

 まだ部活は始まってないらしく、卓球台は一台も出て無かった。

「あれ? まだやってないんだ。部室に行ってみようか?」

 早川先生は小首を傾げながら言った。特に意見も無いので頷いておく。ちなみに部室の場所は二階だ。ギャラリーの裏辺りに幾つかの部屋があってそこを部室に使っている。

 俺達は体育館の端にあるギャラリーへの階段を上がっていく。上がり切ると二つの通路が目に入った。片方はギャラリーへ、もう片方は部室へ繋がっている。そういえば、ここに用があって来るのは初めてだ。前に来たのは上級生に学校を案内されてる時だったからな。

「一条君?」

 ふと、早川先生が俺を呼んだ。いつの間にか、先生は通路の先にいた。慌てて駆け寄る。近づいてみて初めて分かったけど、この通路の途中に幾つも扉があり、早川先生はその一番奥に立っていた。扉の上には男子卓球部と書かれたプレートがぶら下がっている。ここか。

 扉を小さく二回ノックする。中からバタバタと足音がした。

「はい? あれ、どうしたの?」

 扉を開けて姿を現した浩一が不思議そうな顔で俺を見る。まあ、当然か。今まで入部を断り続けてたのにいきなり部室に来るんだから。

「新入部員だよ〜」

 言葉に詰まり、答えられなかった俺の代わりに早川先生が言う。ちょっと理由が思いつかなかったんだよな〜。流石に先生が美人だからとは言えないしな。本人いるし。

「マジッスか? そうなの、光?」

「まあ、な」

 何となく歯切れが悪くなってしまうのは後ろめたさを感じているからだろうか。今まで断り続けていたのにいきなり入部することに。しょうがないと言えばしょうがないんだけど。

「どうした、瀬川」

 浩一を押しのけ、一人の男が出てくる。……凄い普通だな……。意識しないとその他大勢に紛れ込んでしまうような、そんな感じがする。まあ、中身は普通かどうか知らないけど。

「あ、新入部員です。部長」

 ……部長? こんな普通の奴が部長なのか。インパクトに欠けるなぁ。異常な奴よりは良いけど。

「新入部員? このチビがか?」

 ……いきなりそれか。うん、悪気は無いんだろうけど。気分悪いよ。

「あ、どうも。一年の一条光です」

 軽く頭を下げておく。機嫌が悪くてもそれを態度に出すほど子供じゃないからな。

「ふ〜ん。卓球出来るの?」

「さあ? それなりに出来ると思いますけど」

「前に卓球やってたのか?」

「まあ、一応。中学のときは卓球部に半年ぐらい所属してました」

「ふ〜ん」

「あ、すいません。名前を教えて貰えますか?」

「そういえば言ってなかったな。三年の鷹野聡(たかのさとし)だ。よろしく」

「はい、よろしくお願いします」

 また、軽く頭を下げる。鷹野先輩か。悪い人じゃないみたいだな。まあ、上手くやっていけるだろう。……でも、俺をチビ呼ばわりしたことは覚えておくからな……。

「あ、鷹野君? 私、新しく顧問を務めることになった早川美月です。よろしくね」

 俺達の会話に区切りがついたのを見計らって、早川先生が鷹野先輩に話しかけた。

「こちらこそ、これからよろしくお願いします」

 鷹野先輩はそう答えながら片手を差し出した。早川先生も手を出し、軽く握手する。良いな〜。俺も握手したいな〜。

「とりあえず、部室に入れてもらっても良い?」

「あ、すいません。気づかなくて」

 鷹野先輩と浩一は身を退かし、俺と早川先生が部室に入れるようにする。最初に早川先生、次に俺、更に浩一と鷹野先輩。順番に部室に入っていく。

 部室は意外に広かった。教室一つ分と同じ大きさだ。端の方にテーブルがあり、そこにネットなどの卓球用品が置かれている。その反対側にはテレビとDVDプレーヤー。隣には本棚があり、たくさんのDVDを入れたケースと雑誌が並べられている。豪華だな。

 部室に入る前は気づかなかったけど他にも部員がいたらしい。五、六人の生徒が部室の真ん中にあるパイプ椅子に座って話をしている。ていうか、少ないな。

「意外と広いでしょ?」

 いつの間にか隣に立っていた浩一がニッコリと笑う。ナイススマイルだ。俺が女ならときめいちゃうね。

「部員ってこれで全員?」

 浩一の言葉には答えずに自分の質問を優先させる。だって、こっちのが重要だし。

「そ、これで全員。少ないなりに頑張ってるよ」

 浩一は大して気にした風は無く答えた。こいつの場合は勝ち負けよりも楽しめるかどうかの方が重要なんだろうな。

「お〜い、全員集合」

 鷹野先輩の声が部室に響いた。パイプ椅子に座っている奴らが話をやめ、鷹野先輩の周りに集まる。これで正確な部員の数が分かった。この卓球部の部員は俺を入れて全部で9人。少ないけど、しっかりと練習が出来る程度にはいるな。

「はい、これ。新入部員の一条君」

 鷹野先輩が引っ張られてみんなの前に出される。ていうか、これって言わないで欲しいな〜。意外と繊細なんだから。

「あ、ども。一年の一条光です」

 さっきと同じように軽く頭を下げた。

 一瞬の間を置いてパチパチと拍手が起き、みんなが名前を名乗っていく。

「俺、一年の山本一洋(かずひろ)。よろしく〜」

 中学時代は野球部だった山本。その時の名残なのか頭は常に坊主だった。野球=坊主じゃあないけど。

 というか、山本よ。初対面みたいな挨拶はやめようよ。今朝も話したじゃん。

 その後にも色々な人に自己紹介をしてもらったけど……覚え切れねえよ。みんな自重しろよ。

「で、この人が新しい顧問の早川先生」

「みんなよろしくね〜」

「よろしくお願いします!!」

 みんなテンション高いな。そんなに嬉しいか。まあ、前の顧問は無精髭の中年オヤジだったからな。やっぱり、美人の方が良いよね。

「じゃあ、練習するぞ」

 鷹野先輩はネットやボールが入った箱を持って部室を出た。他の部員もそれに続く。

「俺……制服のままだ……」

 食堂で早川先生に誘われなければそのまま帰ってた筈だからな。当然か。まあ、体育着とか入れた通学用の白いエナメルバッグも持ってきてるし。結果オーライ?

「じゃあ、着替えたら下りてきてね〜」

 早川先生はのんびりとした歩調で部室を出ていった。

 ブレザーを脱ぎ捨て、ネクタイをパイプ椅子に放る。次に白いシャツと黒いハーフパンツをバッグから取りだす。さっさと着替えよう。




 着替え終わり、一階に下りた俺を早川先生が待っていた。新入部員である俺の相手をしてくれるらしい。ラッキーだ。

 卓球台は全部で五台出されている。全部の台が並列に並べられていて一番奥の一台だけが空いている。誰かが用意しておいてくれたのだろう。とりあえず先生と共に台につく。

「はい、ラケット。ペンだよね?」

「あ、どうも」

 先生が差し出したラケットを受け取る。鉛筆などを握るように持つペンホルダーラケット。基本的にラバーは片面にしか貼らない。基本的にな。それにしても、よく俺がペンだって分かったな。今時、十人に二人ぐらいしかペンはいないのに。ちなみに残りの八人はシェークハンドラケット。今、先生が持っているラケットで握手するように持つラケットだ。ペンと違って両面にラバーを貼るため、そういう面では有利だ。

「あれ、右利き?」

 ラケットを右手に握った俺に先生が訊く。

「は? まあ、右利きですけど」

 先生も面白い人だな〜。だいたいの人は右利きなんだからそんな不思議なことじゃないだろ。

「じゃあ、軽く打とうか」

 先生は軽くサーブを打つ。意図的に回転を掛けず、スピードも打ち返しやすいようにしてある。

 だけど、俺はそれを返せなかった。ラケットは空を切り、ボールは後ろに逸れる。

「ごめん、速かった?」

 先生が驚いたような目で俺を見る。うわ〜、恥ずかしいな〜。先生の視線を受けながら後ろに逸れたボールを拾う。

 流石にサーブはミスんないだろ。軽くボールをトスする。そして落ちてきたボールをじっくりと狙い……空振り。泣けてくるな。

「あ〜、一条君? ちょっとフォアの素振りやってみて?」

 先生に言われた通り、素振りをする。

 右足を軽く前に出し、姿勢を落とし、ラケットを振る。しっかりと腰を、肩を、回して手打ちにならないようにする。これが基本のフォアハンド。

 うん、素振りは完璧。

「よし、大丈夫。もう一回打ってみようか。素振りの通り打ってみて」

 言われたとおり、台につく。適当にボールをトスして適当に打つ。少しバウンドが高いけど気にしない。今は入ればオッケー。

 先生は、今俺がやったような綺麗なフォアハンドでボールを返してくる。俺のことを気にしているのか、球足は遅い。

 先生に言われたとおり、素振り通りのフォームでラケットを振る。良し、入った。けど、コースがおかしい。ボールは先生のバック側に向かって飛んでいく。また、ミスった。

 先生は素早くバックハンドに構えを切り替え、軽く打ち返してくれる。さっきと同じコースに。コントロールが良いな。

 今度は失敗しないように狙いをつけ、スイング。今度は良い感じの場所に飛んだ。先生も俺の打ちやすいコースに返してくれる。そのおかげでミスすることなくラリーが続いていく。気がつくとラリーのスピードも最初の時より上がっている。まあ、隣で打ってる浩一と鷹野先輩には敵わないけど。

「あっ!」

 一瞬気を逸らしたのが駄目だったのか。俺はボールを捉え損ない、ネットにボールが引っ掛かる。まあ、それなりに続いたから気にしないし。

「じゃあ、次はバックね。出来るよね?」

 ネット際を転々としているボールを拾い、先生が俺を見る。俺は一瞬の間を空けて頷いた。

 台につき、構える。今度はバックなので足は並行気味に、ラケットは体の正面に置くように構える。ペンのバックの基本。ショートの構えだ。

 先生がサーブを打つ。やっぱりこれも打ち返しやすいサーブだ。

 ボールがバウンドして上がり切る前に、ラケットを前に押し出して打ち返す。ショートは相手のボールの威力を利用して打ち返す。だからボールがバウンドして上がり切る前に打った方が良い球が出る。

 これも先生のおかげでラリーが続いていく。ショートはモーションが小さくて軌道をコントロールしやすいからフォアよりもラリーがやりやすい。

 俺がミスをしない範囲で先生が球足を速め、それに比例して俺の返球も速くなっていく。

「休憩〜」

 鷹野先輩の声が響き、先生がボールを手で取る。練習を始めてから一時間半も経ってる。全然気づかなかったな。

「先生〜。ちょっと試合しませんか?」

 鷹野先輩が先生に声をかける。先輩と先生の実力。同時に見極められる良い機会だ。とりあえず、邪魔にならないように台から少し離れた所に座っておく。

「良いよ〜。じゃあ、こっちのラケット使っても良い?」

 先生はそう返しながら、足元に置いてあるラケットケースから違うラケットを取り出して鷹野先輩に見せる。

 チラリと見えたけど、フォアが裏ソフトでバックが粒高だったな。

 ラバーは大きく分けて三種類に分けられる。

 表面が平らで回転を掛けやすい裏ソフトラバー。バランスが良いラバーが多いため、現在、最も多くの人に使われている。

 表面が粒々で初速に優れる表ソフトラバー。ボールとの接触面積が小さく、回転の影響を受けづらい。その反面、自分から回転を掛けづらい。速攻を好む選手が多く使っている。

 表ソフトの粒をより細く長くした粒高ラバー。回転方向を保ったまま返球することが出来る為、変則的なプレーが出来る。その代わり、安定性が悪くて自分から攻撃していくのは少し難しい。

 他にもラバーの種類はあるけどそれを使っている奴は少ない。

「じゃあ、俺はこれで」

 鷹野先輩も自分のラケットを見せる。シェークで両面とも裏ソフト。良くある組み合わせだ。

「じゃあ始めよっか?」

「はい」

 二人は台につき、構える。サーブは先生からだ。

「お、試合するんだ」

 浩一が俺の隣に腰を下ろす。

「鷹野先輩って強いのか?」

「市大会ベスト16だってさ。中学の時の成績だけど」

「ふ〜ん」

 市大会でベスト16か。弱くは無いな。特別強いわけじゃないけど。

「うん、ナイスコース」

 先生の無邪気な声が体育館に響く。あ〜、見てなかった。

「今の見た?」

「見てない」

「そう。じゃあ次はちゃんと見ておいた方が良いよ」

 浩一が忠告する。

 俺は言われたとおり、二人の試合を見る。多分、ポイントは1−0。今、先生が一点取ったばっかりだろうから。卓球のサーブは二本交代だから次も先生のサーブだ。

 先生はバックで構え、ボールを高くトスする。落ちてきた所に合わせてラケットが振り切られる。どの方向に回転しているのか、全く分からない。横に切ったような気もするし、下に切ったような気もする。回転の全く分からないサーブは鷹野先輩のバック側に飛んでいく。

 鷹野先輩はラケットの打球面を少し上に向け、ボールをつっつくようにして打った。下回転系のボールを返すのに良く使われる技術――ツッツキ。名前は気にしちゃいけない。

 下回転に横回転の混ざった斜め回転だったらしい。ボールは鷹野先輩の打とうとしたコースから逸れて、先生のフォア側に飛んだ。

 先生はそのボールを擦り上げるようにして打つ。ドライブだ。現代の卓球では必須の攻撃技術だ。

 上回転の掛かったボールが鷹野先輩のフォアに飛ぶ。

 鷹野先輩はそのボールの回転を押さえ込むようにラケットの面を軽く下に向けて打ち返す、はずだった。予想以上に回転の掛かっていたらしくボールは大きく上に逸れてアウトになる。

「うん、ナイスボール」

 先生は無邪気に笑う。対して鷹野先輩は苦々しげな顔をしている。まあ、当然か。何も出来ずに点数を取られているんだから。

「さぁ、一本!」

 静まり返った体育館に鷹野先輩の声が響く。いつの間にか、みんながこの試合を見ている。やっぱり気になるよな。

 次は鷹野先輩のサーブ。

 少し低めのトス。ネット際――フォア前に短い下回転サーブ。中々、上手いな。

 先生はラケットを前に出し、ボールをつっつく。身長が足りないせいでラケットが深く入らない。ボールは高くなり、フォアコーナーに落ちる。

 鷹野先輩は全身のバネを利かせ、強烈なドライブボールを放つ。

 ボールは先生のフォアコーナーに突き刺さり、上回転により加速する。

 先生は反応できず、ボールを見送った。

 これで鷹野先輩に一点。だけど先輩はこれ以上点を取れなかった。

 終わってみれば11対1。先生の圧勝だった。

「さて、俺も試合してもらおうかな」

 浩一はゆっくりと立ち上がった。あんな試合を見ておいて試合を挑むのか。相変わらず良い根性してるな。

「先生〜。俺とも試合してくれますか」

 試合が終わり、大きく伸びをしている先生に浩一が声をかけた。

「もちろん〜」

「ありがとうございます」

 先生と浩一は素早く台につき、お互いにラケットを見せ合う。

 浩一のラケットは普通のラケットより打球面が少し大きい。フォア面には良く回転が掛かり、弾みを押さえた守備選手向けの裏ソフト、バック面は安定性を重視した粒高。典型的なカットマンだ。カットマンっていうのは……。

 おっと、浩一のサーブだ。バックハンドから分かりやすいモーションで長い下回転をフォア側に打つ。

 すぐさま強烈なドライブが返ってくる。あんなに長くて分かりやすいサーブを出せば打たれるのは当たり前だ。もちろん、浩一はワザと打たせたんだけど。

 浩一は台から二、三メートルほど離れた場所でドライブをフォアで待っていた。タイミングを合わせて綺麗な弧を描くスイングでボールを切り下ろす。ボールには凄まじい下回転がかかり、浮き上がるような軌道で先生のコートに入る。これがカット。ボールを切り下ろし、下回転を与える守備的技術。カットマンっていうのは後ろでひたすらカットで守ってチャンスボールが来たら叩く。そういう戦法を使う人のことを言う。人によって攻撃と守備の割合は違うけど。

 体力的にも精神的にもかなり疲れる戦法だ。

 先生はそのカットをバックで押すようにして返す。ボールはやや短めにバウンドして少し加速した。そういえば粒高だったな。

 台の近くに落ちる短いボール。浩一は素早く前に動き、ボールを打ち上げてまた後ろに下がる。台に近すぎてカットが出来なかったらしい。

 落ちてくるボールのタイミングを計って先生がスマッシュを打つ。叩きつけられたボールは大きく弾み、やまなりの軌道で飛んでいく。

 浩一はそのボールの横っ面を思いっきり叩いた。前でスマッシュをカウンターするのは難しいけど、後ろに下がっていればボールは遅くなるから返しやすい。

 先生はそのスマッシュをバックで弾くようにして返す。ボールは低くバウンドして浩一の足元に飛ぶ。

 浩一はそれを拾い上げるようにしてカット。相変わらずボールを拾うのは上手いな。

 先生はそれを粒高で押す。浩一はカット。この流れでラリーは続いていた。もうボールは十往復以上している。

 浩一のカット。カツン、という音がなり先生のコートにボールが返る。

 先生はそれを粒高で押して――浮いた?

 ボールは力無くバウンドする。

 浩一は素早く台に詰め寄ってそのボールを叩きつけた。ぺチンと先生の手首にボールが当たる。これでようやくラリーが終わった。

 浩一、ナックルカットか。ナックルカット――あえて回転を掛けずに返すカット。相手は普通のカットを返すためにラケットを上に向けているため気がつかないと回転の誤差でボールが浮く。でも回転が掛かってないから相手に気づかれればスマッシュなどで攻撃されて逆に不利になることもある。いかにして普通のカットに見せるかがポイントだな。

「ドンマイドンマイ」

 先生はニコニコと笑いながら自分を励ます。

 もう一度浩一のサーブ。さっきと同じ動きから今度はバック前にサーブを出す。

 先生はそれを粒高で思いっきり押す。

 ボールは正面に飛び、深い所にバウンドして浩一に当たった。お、プッシュだ。プッシュっていうのは名前の通り、ボールを押すようにして打つ技術だ。単純で短い時間で使える割には威力があって得点に繋がりやすい。特に粒高でのプッシュは打った本人も回転が分からない時があって強力だな。

 浩一は下手にバックを狙えなくなったな。まあ、浩一ならそう簡単に負けないだろうし、大丈夫だろ。……多分。

「あ〜、ドンマ〜イ」

 浩一はそう自分を励ましながら先生にボールを投げ渡した。

 先生は台につき、自然な動作でボールをトスする。フォア前に短い下回転サーブ。

 浩一はツッツキのフォームでラケットをボールの下まで入れた。そこからラケットをかぶせるようにスナップを利かせて振り抜く。良い攻撃だな。

 だけどその攻撃も簡単に返されてしまう。浩一も曲がるカットでコーナーを狙ったり、ナックルカットでミスを誘ったりと色々やっているけど全然通用しない。

 少し甘いコースにいくとドライブやプッシュで攻撃され、良いコースを突いたとしても粒高を使って軽く返されている。しかも左右に振り回されて疲れてきている。

 先生強すぎだろ。

「ラッキー。もう一本」

 先生の声が響く。左右に振られすぎた浩一がバランスを崩してしまい、ボール拾えなかったからだ。

 結局、浩一はその後もほとんど点を取れず、11対5で試合は終わった。

「ありがとうございました」

 浩一は先生に頭を下げた。

「あ〜、浩一君だっけ? 強いね〜。確か中学校の時は県でベスト64だっけ?」

「え? ……いや、県でベスト4ですよ。ベスト64は中学校で最初の大会で取りましたね」

 浩一は驚いた表情を見せつつも答えた。

 ……なんでそのことを知ってるんだ。一番良い成績は知ってることはあるかもしれない。けどベスト64っていうのはおかしい。一番悪かった時の成績でもない。他の情報に埋もれちゃうような記録なのに。

「先生。何で俺のことを知ってるんですか?」

 浩一が訊く。当然の疑問だ。俺も知りたいから立ち上がって二人に近づく。

「ああ、その時の大会見たのよ。たまたまね。それに私、沢波中のOGだからその時の沢波中メンバーの成績は全員覚えてるよ」

 そうか、だから俺の出身校を訊いたのか。そのときは俺も卓球部だったからな。それで勧誘したのか。

「そうなんですか」

「そうなのよ。あ、一条君も試合する?」

 近くに来た俺に気づいたのか、先生が俺に微笑んだ。

「いや、ちょっと疲れちゃったんで勘弁してもらって良いですか?」

「そう? じゃあ、今度試合しようね」

「そうですね」

 適当に頷いておく。ちなみに疲れたのは本当だ。久しぶりだから疲れた。疲れたから試合を断ったわけじゃないけど。

「全員集合ー」

 鷹野先輩が召集をかける。俺達は駆け足で鷹野先輩の周りに集まった。今度は試合形式で練習するらしい。新入部員でまだ大した練習をしてない俺は見学。下手すぎて練習にならないからな。

 とりあえず早川先生の試合でも見とこ。相手は――山本か。11対0。

 ……もう試合終わってるし。まあ、浩一でも勝てないんだからしょうがないか。

 早川先生か。只者じゃないね。

 これから面白くなりそうだな。


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