驚愕の真実
この回は後半に鬱展開があります。気になるのであれば、この回はパスしてください。パスしても続きを読むのに支障はありません。
俺とカリィはリーチの待つ客室に向かって歩いていた。「そういや、肝心なこと聞きそびれちまったい」「タクト、何のことだ?」
「アリサがどうやって精気を得ているかって件さ」「ああ、あの件か……」カリィのやつ、神妙な顔してどうしたんだ?
「それはな……訊かないであげて、タクト」うん? 急に口調が? 隣を見るとカリィのやつ、いつのまにか変身してやがる!
「ど、どういうこった? カリィ、何で変身してやがる??」
「眠りが浅くなったので、出てきたのよ」変身したカリィがシレッと言った。
「出てきた? じゃあお前はアクアヴァルキリーか? 好き勝手に出てこれるのか?」
「当たり前じゃない。あたしはカリーシャである前にアクアヴァルキリーなの。お母様の命令には逆らえないけど、カリーシャの意思は無視できるの」
「どういうこった? おまえはカリィじゃないのか?」
「カリーシャではあるわ。でもアクアヴァルキリーとしての意思のほうが強いのよ」
「二重人格みたいなもんか?」
「……そうね。それに近いかも。ただね、あたしだって出てきていいと判断したときしか出てこないわ。カリーシャに不利な状況にならないようにね」
「おまえが出てきてるあいだのこと、カリィは覚えてるのか?」
「もちろんよ。だから二重人格とはちょっと違うかもね。話を戻すけど、お母様のことはこれ以上詮索しないで、タクト」変身したカリィが真剣な面持ちで言う。
「お前、何か知ってるのか?」
「うん、聞いてるわ。でもたぶん人間には理解できないと思うの」
「人間には? だったら……わたしならいいでしょ? お母様の娘よ、わたし」あ、あれ? わたし、いつの間にか変身してたわ
「ラクシュミール……」
「愛するお母様のことだもの。わたしも思わず出てきちゃったの」
「いいわ。だけど、他言無用よ」
「大丈夫。任せて!」カリーシャが語ったのは、驚愕の真実だった。
ちょうどわたしが最初の変身をして気を失っていたときの、アリサお母様とカリーシャの会話だそうなのだけど……
『現在の私の位階はLv.42よ。精霊界にはLv.80クラスの水精王がザラにいるから、私はまだ駆け出しと言ってもいいぐらいよね』
『あたしからすれば、お母様は雲の上の存在ですよ。人間たちにお母様が味方で良かったと思わせたいです!』
『位階を上げる方法はいろいろあるわよ。あなたやそこで気を失っているタクトが精霊界に響くような活躍をしてくれればね?』アリサお母様はにっこり言ったわ。
『任せてください! お母様』
『カリーシャはホントいい子ね』
『えへへ』
「ちょっとカリーシャ! あなただいぶ幼くなってない?」ついわたしはツッコんでしまった。
「う、うるさいわね。それにあたしの性格はカリーシャ自身の心の奥にある願望に従って生まれたものよ? つまり、あたしはカリーシャの理想の姿でもあるの!」カリーシャは胸をはる。
「そうなの? じゃあわたしはタクトがこの姿を望んだのかしら?」
「そういえばタクトは、アリサお母様の姿を最初に見たとき、どう思ったの?」
「どう思ったって……好みのタイプ、どストライクだと思ったわ。リーチには負けるけど」
「それじゃ、あなたの今の姿は、男のあなたにとって恋人として付き合いたい理想の相手ということじゃない?」
「そういうことなのかしら……? 確かに男の時にわたしの姿を思い浮かべたら、アソコが勃っちゃったし」
「きゃあ~っ♪ あなたがタクト自身でなければ、童貞を卒業できたかも知れないのに。惜しいわね?」
「……いいから! 話の続きを聞かせて!!」
わたしとカリーシャはガールズトークを早々に切り上げた。
『あとは……例えば娘の水精をセイレーンとして生まれ変わらせることとか……ね』
『ええっ?……実際にやってみたということ? お母様』
『ええ……その通りよ……いいわ。教えてあげる』
-私はアリストの望みを叶えるために生み出された存在と言ったわよね? アリストの望みの中にね、ひとつだけ、どす黒い感情で染められた望みがあったの。お母様に対する望みよ。『永遠の苦しみを与えたい』との。
なので……私は人間の姿に擬態できるようになった後、オルセット家へ向かったわ。弔問客のひとりを装ってね。アリストの……遺骸のない葬儀が執り行われていたわ。私はお母様にそっと近づき『娘』にしたわ。
夜、お母様とカリスト、妹達だけになった時、お母様はアリストがアリサとして生きた18年間について真実を語り始めたわ。私が事前にお母様に命じておいたの。
カリストも妹達も目を丸くしていたわ。そこへアリサの姿をした私が姿を現した。カリストも妹達も驚いたけど、お母様の告白の効果もあったのか、皆、私のことを受け入れてくれたわ。
お母様はカリストを連れてアーガスの元を訪れ、カリストがアリサの忘れ形見であることを告白したわ。アーガスとカリストは親子としての対面をようやく果たしたの。アーガスは、今、カリストの後見人になってくれてるわ。
妹たちも、感情的なもつれはお母様のせいだと言うことがわかったためか、わだかまりもなくなった。『あなたはお兄様なの?』と訊かれたので『最後だから神様にお願いして、この姿にしてもらって来たの。もうじき消えるのよ、この世から』と答えたわ。
アリストはすでにこの世から消滅していたから、完全に間違っているということもないわよね? そして、私は消え去ったフリをしてみせた。
その後、お母様は『あの子の後を追うわ。探さないで』との書置きを残して屋敷から消えたわ。もちろん私がそう仕向けたのだけど。
私は『娘』となったお母様を屋敷にほど近い、湖のほとりに連れ出すと、『お母様。今から貴女をセイレーンにします』と言って、お母様に憑いていたウンディーネに肉体と魂を喰らうように命じた。ウンディーネは命令に従った、お母様は心を縛られていたためか、従容として受け入れた。そして、お母様の姿をしたセイレーンが誕生した。
私はお母様に言ったわ、私の体内に潜り込むようにと。セイレーン同士であっても上位者の命令は絶対よ。お母様は私の身体の中に入ったわ。私は、お母様に命じた。精気を私に供給せよ、と。お母様は私に決して逆らえないわ。私に精気を差し出し始めた。自分の存在を現世に留めるためのみならず、私にも精気を供給しなければならない。お母様は水精を大量に召喚して、喰らい始めた。
そのおかげで、私の位階は徐々に上がり始めた代わりに、お母様の位階はどんどん下がり続けた。お母様は……私の中でたびたび悲鳴を上げ、許しを請う声も発したけど、私は無視し続けた。
セイレーンはね、位階が下がるに連れ知性も下がっていく。今やお母様の位階はゼロ。赤子も同然になってしまったわ。本能的にウンディーネを召喚してただ喰らうだけの存在となった。そうして私に精気を供給し続ける、永遠に……ね―
「あたしもびっくりしたわ。そういうことだったのかーって、ね。そして最後にお母様はこう言ったの」
『そう怖がらないで。いつか精霊界に帰ったら、そこでお母様を解放するわ。解放して……たぶん数千年が必要だけど、いずれお母様は知性を取り戻す。だから、それまでは……私のおなかの中にいてもらうの』
「まるで、おなかの中にいる自分の子に話しかけるかのようにアリサお母様はお話しされたの。そして、最後に、タクトにだけは真実を教えてもいいと言ったのよ」
「そうだったの……」男のときならショッキングな話だったかも知れないけど、今のわたしはお母様の娘になっているせいか、それほど動じないわね。
「ところでカリーシャ? 今のあなたって腐女子なの?」
「ん? 腐女子……? そうね、変身前ほどじゃないわね。あなただって、今は女性でしょ? タクト」
「でも、わたしは男に抱かれたいとか思わないわよ? わたしは男なんだから」
「そういう意味では、あなたもリーチと変わらないわね」
「リーチと?」
ああ、そうか、今のわたしは心も女性になってるけど、リーチといっしょで完全に『女』になりたいとは思わない、いえ、思いたくない。リーチの『心』に触れられたような気がして、わたしはなんとなく嬉しくなった。
「いい?カリーシャ、元に戻るわよ!」「わかったわ。タクト」ふたりで呪文を唱える、<ミズデモカブッテ・ハンセイナサイ>
俺とカリィは元の姿に戻った。もうそこはリーチが待っている客室だ。