ペットには首輪をおつけください
オレたちはチェックインカウンターの前にいた。スミレナさんが代表者としてチェックインの手続きをしている。
「男性1名女性6名の計7名……ええと……女性の中にペットが1名いらっしゃるようですが?」
「ごめんなさい、ただ今回は人間扱いでお願いできないかしら?」
「ううん、そうして差し上げたいのはやまやまなのですが、規則は規則でして……」
「支配人に、ホールライン国のスミレナのたってのお願いと伝えてもらえない?」
「ホールライン国のスミレナ様!? 少々お待ちください……」どうやらスミレナさんは、ここの支配人と面識があるようだ。
まもなく支配人がやってきた。大店の主人風で貫禄を感じるおじさんだった。
「スミレナ様。何か失礼がございましたか?」
「ペットを人間扱いにしていただきたいの」
「出来ませんな」即答だった。
「……出来ないとおっしゃるの?」あ、スミレナさん、マジになってる。
「規則は規則です。仮に相手が王侯貴族であったとしても譲れないものは譲れませんな」
「そういうことをおっしゃるのなら、こちらにも考えがありますよ?」
「ほ~、どのような?」
「石鹸の供給、やめようかしら?」
「そのような冗談は笑えませんぞ」
「冗談だとおっしゃりたいの?」
「……本気でおっしゃってる?」
「本気だったら考え直していただけます?」
「まさか?」支配人は笑い飛ばした。スミレナさんを相手に怖いもの知らずだ、このおっさん。
「そもそも、石鹸の供給を止めて困るのはそちらですぞ?」
「あらそうかしら? 他からも引き合いは来てますのよ?」
「先日、ホールライン国との間で交わした石鹸の供給契約書、きちんと確認されましたか?」
「私は……まだ見てません。領主のザブチンさんに任せっきりでしたの」
「こちらに契約書の控えがあります。ここの但し書きをご覧ください」支配人が書類を指し示した。
「………………」スミレナさん……??
「納品個数が取り決めた数量を下回った場合、違約金をお支払いいただくとの条項を付け加えさせていただいた。つまり、そちらの都合で石鹸の供給を止めたりしたら、莫大な違約金をお支払いいただくことになりますぞ?」
前言撤回! このおっさん、かなりやり手だ。スミレナさん、固まってる。
「それに、仮に石鹸の供給がなくとも、マシトリアの生産者団体とも供給契約を交わしております。あちらはあちらで石鹸の台頭に相当危機感を覚えておるようでしてな、こちらとしてもかなり有利な条件で契約出来ましてな。そういう意味では石鹸さまさまですな」
「支配人……。もういいですわ。ペットはペットですものね」
「おわかりいただけて良かったですよ。スミレナ様」支配人はにこやかに言った。あのスミレナさんがやりこめられるなんて……世界は広いな。というより、オレがまだまだ世間を知らないだけなのかな?
「ペットに関しては内容はおわかりですな?」
「ええ、大丈夫よ。飼い主、というかつきそいを1名選ぶのよね?」
「その通りです」ペットか~。誰がペットだとしても、オレはホールライン国の姫として、飼い主に立候補しよう。そう心に決めた。
スミレナさんがリードのついた首輪を受け取って、振り返る。
「リーチちゃん、こっちに来て」手招きされる。オレに首輪を渡してペット対象者の首にはめさせるのかな?
「リーチちゃん、首を出して」……えっ!?
「ちょっとスミレナさん、もしかしてオレに首輪をつけようとしてません?」
「つけようとしてるわよ?」
「……冗談ですよね?」
「冗談でこんなことしないわよ?」
「えっ!?……マジですか?」
「もちろんよ」スミレナさんがにこやかに言った。
「や……でも……なんで??」
「リーチちゃん、宿帳の注意事項の欄になんて書いてあるか読める?」
え~と……背中に翼を持つ場合(純白の翼を除く)、ペットとして扱わせていただきます!?
「わかった? 観念してね」
「……ハイ……」オレは観念した。
「飼い主は誰にしようかしら?」なんと拓斗は当然として、エリム、パストさんまで手を挙げた。
「カリィさん、お願いできる?」
「構わないが、私で良いのか?」
「ええ、飼い主は人間であることが必須なので、亜人であるパストちゃん、ミノコちゃんは対象外。そして、なるべく同性であることが求められているので、拓斗君ではダメね。エリコは……心は女性でも身体はまだ男だから、残念だわ」いや……エリムは心もまだ男だと思います。
「……というわけで消去法によりカリィさんに、リーチちゃんをリードしてもらうことになりました!」スミレナさん、リードしてもらうんじゃなく、リードを握ってもらうんでしょ? 誤解を招きそうな発言はやめて欲しい。
「というわけだ。リーチ姫、しばし私に身体を委ねてもらおう」
「ハイ。優しくお願いします」拓斗がなんか微妙な顔をしてるけど、どうしたのかな?
「オイ、利一。優しく……って、何をお願いしてるんだ?」
「もちろん強引にリードを引っ張らないで欲しいというお願いだ。オレは犬じゃない」
「カリィも誤解を呼びそうな発言はやめてもらおうか」
「私の何が問題だと言うのだ? 言ってみろ?」
「……二人とも、他にもお客さんがいるから、部屋に行ってからにしてね!」とスミレナさん。
カリィさんと拓斗とオレがとりあえず同部屋、隣の部屋にスミレナさん、パストさん、ミノコ。そして違う階のシングルルームにエリムが割り当てられた。
「ちょっ!? 姉さん!」
「……エリコ? 今、なんて言ったの?」
「お姉さま。僕……いえ、私だけシングルルームなの?」
「いくら女装してると言っても、エリコはまだ完全な女の子じゃないわ! 女の子と同室にすると男としての本能に目覚めないとも限らないわ!!」いや……仮に目覚めたとしても、このメンバーなら余裕でエリムを返り討ちに出来ますよ。スミレナさん。
「それに女装趣味の変態といっしょの部屋になりたいひと、いる?」スミレナさん、女装は趣味じゃなくて、強要でしょ!? ここはオレが!
「……誰もいないわね」
「スミレナさん! オレを無視しないで!!」
「リーチちゃんはペットだから。ここにいる限り、人権はないわ」ひでぇ……。
「いいこと? エリコ。せっかくキレイになったんだから、そのままでいなさいね?」
「わ……わかりました! お姉さま!!」エリム……不憫だ。そうヤケになるなよ。後でフォローに行ったほうがいいな。
「あ、そうそう、肝心なことを言い忘れてたわ。リーチちゃん、その首輪はここを出るまでは絶対に外しちゃダメよ」スミレナさんがにっこりと笑って言った。
「風呂に入るときもですか?」
「もちろん」
「寝るときもですか?」
「当然」
「……」
「他に訊きたいことは?」
「……ないです」
サキュバスに転生してからというもの、人間の時との勝手の違いとかでいろいろ憂鬱な目に遭ったけど、まさかペットとして首輪をつけられる日が来るとは思わなかったよ、従兄ちゃん。