魔王副官パストの憂鬱&驚愕
パスト視点です
私は魔王様の副官にして、魔王様の花嫁となられる予定のリーチ様の護衛を務めるパスト・シアータイツである。ダークエルフとして生を受け120年。これまで娯楽とはあまり縁のない人生を送ってきた。従って、こたびの統合型温泉リゾートホテルの視察も別に楽しみとかそんなものではなく、リーチ姫の護衛として片時もそばを離れるわけには行かないので、付いて来た、ただそれだけの事である。
それだけの事……だったのですが。
「パストちゃん、とりあえず1時間ぐらいは自由にしてていいわ」チェックイン後、店長にそう言われた私は、館内の視察に赴いた。探検? いえ、違います、あくまで視察です。ついでにリーチ姫にとって危険な場所がないかの探索と危険人物が潜んでいないか捜索もしておきます。
館内には様々な種族がいます。ヒト種が一番多いですが、エルフやドワーフもいれば、人間に変装した魔族もチラホラ。魔族と言っても皆が一様に魔王軍に所属しているわけでもなく、なかには人間社会に潜んで生きているものもいます。ここにいる魔族もその類と思われます。このような場所に滞在している以上、人間に仇を為す存在ではおそらくないでしょう。もしそうであれば、あの支配人が放置しておくとは到底思えませんし。
「おや? パスト様ではないですかな?」そんな中、私に声をかけてきた人物がいました。でっぷりと太っていて脂ぎった中年男で、指には宝石がついた指輪をたくさんはめています。私はこの人物に見覚えがありました。魔王軍本営に出入りしている人間族の商人で名前は確か……
「あなたは……確か、豪商のザッハーフでしたね?」
「そうです。パスト様に名前を覚えていただくとは光栄の至りにございますな」
この男、手広く商売をしているらしいのですが、人間族や亜人たちとの取引にあきたらず、魔王軍にまで出入りしているのです。まっとうな物資も扱っていますが、普通の商人が扱わない”ヤバイ”ブツもいろいろ扱っていて、それで暴利を貪っていると聞きます。
たとえば魔王様を討伐しようなどと無謀な試みを目論む不届きな輩がパーティを組んで魔王軍本営にときたま乗り込んできますが、毎回あっさりと返り討ちとなり武装解除のうえ捕虜として捕らえます。その後、ザッハーフを呼び出して首実検させます。例えば人間族の王家の血筋に連なるものがいた場合、ザッハーフに人質交渉を任せて身代金を得ています。その身代金の中から必要経費と成功報酬をザッハーフに支払っているのですが、ザッハーフは人間族の王家からも人質解放交渉の代理人を請け負い、結果、魔王軍と人間族の王家の双方から報酬を得ているようです。
このような金に汚い人間とは当然ながら親しくしたいなどとは思いませんが、それでも利用価値があるのであくまでビジネスライクなつきあいをしているのです。このような輩にこんなところで会ってしまうとは、多少はウキウキしていた私でしたがどうやら浮かれていてはダメなようです。反省反省!
私の心中など知るよしもない無礼男が私に語った話によると、ここの統合型リゾートホテルのカジノにてハイローラー同士によるギャンブル大会が開催されるとのことでここに来ているそうです。
「賞品として提供可能な1億リコ相当の所持品を提示できれば、誰でも参加可能なのですがな。魔王様にも是非ご参加いただきたい」
「魔王様? なんで魔王様が話題に出てくるのです?」
「いえ、魔王様でしたら十分参加資格がありますのでな」
「魔王様の個人資産について知っていますが、1億リコどころか10万リコもありませんよ?」余計なお金を持たせるとつまらないことに散財するので魔王様のサイフは私が管理しているのです。
「いえいえ、パスト様を賭けに提示すれば十分1億リコの価値がつきますゆえ。万に一つも魔王様が負ける要素はありませんのでパスト様が他人のものになる心配はありませんのでな。グフェフェフェ」下卑た笑い方をする下郎を見て、私はここに魔王様がいなくて良かったと心の底から思いました。あのお調子者はおだてられるとすぐその気になり、私を賭けの賞品にして、こてんぱんにやられてしまうことでしょう。ただ……その後、天文学的な金額を提示してでも私を買い戻そうとするでしょうから、私の貞操に危機が及ぶことは考えていません。ただ、魔王軍の財政が危機的状況に陥るでしょうから、できる副官である私としてはそのような事態に陥る前に……魔王様を人事不省状態に追い込んで参加を断念させなければなりません。今回は魔王様がいなくてホントに良かったと私は安堵しつつ
「残念ながら、今回、私は単独行動中です。ゆえにそのような催しには係われませんわね」と言ったところ、目の前の肉襦袢の目がギラリと光ったのを私は見逃しませんでした。まさか、魔王様がいないからと言って、私をどうにか出来ると思っているのでしょうか? だとしたら考えが浅過ぎます。
「そうでしたか~、今回魔王様はいらっしゃらないのですか。それはまことに残念ですな、グフェフェフェ」そんな脂切った目で私をねめつけるとは……この男、万死に値します! ただ、このようなところで粛清に及ぶとリーチ様にも累が及びかねません。私は怒りを無理やり抑えつけて自重しました。
「ザッハーフ、せいぜい健闘をお祈りしますわ」そう言い捨てて、私はその場を後にしました。
その後、客室に戻って、リーチ様とスミレナ店長、ミノコ様と4人で談笑していましたが、何やら隣の部屋でタクトさんとカリーシャさんが抱き合っていると、隣の部屋を見に行ったリーチ様が血相を変えて戻ってこられました。
すぐスミレナ店長がリーチ様と隣の部屋に踏み込みましたが、すぐリーチ様だけ戻っていらっしゃいました。気落ちした様子のリーチ様を慰めていると、スミレナ店長が廊下から手招きしています。
廊下に出るとスミレナ店長が何やら難しそうな顔をしていました。
「ああ、パストちゃん、ちょっと相談があるの」
「なんですか、店長?」
「ちょっとドア、いいかしら?」リーチ様に聞かせたくない話なのでしょう、スミレナ店長に言われ私は客室のドアを後ろ手に閉めました。
「パストちゃん、ラクシュミールって知ってる?」
「もちろん知ってます。実際にお会いしたことはないのですが、先々代の魔王の御世に親衛隊長を務められていたと聞いています」
「そうなの……パストちゃんとどっちが強いかしら?」
「私など足元にも及びません! それほどの存在です。『死を降らせる貴婦人』とか『魔天使』と言った異名を持っていて、往時、魔王討伐のために集結した10万人の人間軍を単騎にて葬り去ったという逸話が残されているほどです」
「そんなすごいんだ! あとアクアヴァルキリーも知ってる?」
「はい。実際に遭遇したことはないですが、水精王たるセイレーンのうち高位のものが使役する水精騎士です。件のラクシュミールとサシで渡り合えるほどの遣い手ですが、ただ、アクアヴァルキリーを召喚できるほどのセイレーンを使役できる精霊使いは人間界を見渡してもいませんね。エルフ族の精霊使いならあり得ますが、魔軍とエルフ族は不可侵条約を結んでいますので、アクアヴァルキリーと対峙するようなことは恐らくないでしょうね」
「なるほど。つまり、パストちゃんはアクアヴァルキリーもラクシュミールも実際には見たことはないのね?」
「はい。もちろん魔王様もないでしょう。急にどうしたんです? スミレナ店長?」
「パストちゃん、隣の部屋にいっしょに行ってほしいの」スミレナ店長はそう私に言いました。隣は……今はタクトさんとカリーシャさんがいらっしゃるハズですね。
「それは構いませんが?」
「一応言っとくけど、びっくりしないでね」
「びっくりですか? タクトさんとカリーシャさんが、仮に全裸でいたとしても、私は動じませんよ」私は断言しました。
「じゃあ安心ね」そう話すスミレナ店長といっしょに隣の客室に入った私は……前言撤回、驚愕に襲われました!
「え……ええーっ!?」そこにいたのは……。
一旦切ります