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揺れる乙女(おとこ)心

第三者視点です

 「拓斗とカリィさん、まだ話してるのかな~」利一はチラッと時計を見た。拓斗とカリィがホテルのラウンジバーに連れ立って出かけてからそろそろ1時間経つ。利一はいい加減、暇を持て余し始めていた。(こんなんだったら、ひとりで先に風呂だけ行っても良かったな)と利一はちょっぴり後悔していた。

「あら? リーチちゃんだけ?」顔を上げると玄関のところにスミレナが立っていた。「拓斗とカリィさんはふたりでラウンジバーへ行きましたよ。オレは邪魔しちゃ悪いんで留守番してます」と答える利一。

「あら、そうなの。リーチちゃん、ひとりで待っててもつまらないでしょ? 隣の部屋へいらっしゃいよ」

「でも、カリィさんたちがいつ帰ってくるかわからないし……」と躊躇する利一に

「書置きしとけば大丈夫よ」とスミレナは書置きを目立つようにテーブルに置いた。


 「タクト氏とカリーシャさんは、お付き合いされてるんですか?」魔王の副官にして利一の護衛を務めるパストが言う。

「そうなんですよ、パストさん。ふたりがもっと仲良くなるといいな。オレは応援してるんです」

「ね~、リーチちゃん? 男女がお付き合いするってどういうことかしら?」スミレナが問うと

「それはですね、絆を深めていくことですよ」

「絆を深めるって、どういうことなの?」

「心が通じ合って、どんな話でも出来るようになることです。男同士だったら親友になることですけど、男女だったら『お付き合い』になるんです」と利一は力説した。

「……えっと、それだけ?」スミレナは呆れたような声を出したが、利一は気付かない。


「そうですよ。他に何があるんです?」

「例えば、そうね……抱き合ったりとか」

「抱き合う? ああ、肩を組むことですね。仲良くなれば誰でもするでしょう? それとも取っ組み合っての喧嘩ですか? 確かに喧嘩するほど仲が良いとも言いますもんね」

「お互い見つめあったりとか……」

「見つめあう? 見つめ合ってどうするんです? オレをからかってるんですか?」

「……よく、わかったわ。リーチちゃんの『恋愛』感」

「えっ? 『お付き合い』と『恋愛』は違いますよ」

「違わないわ、いっしょよ」

「そんなハズないですよ」

「どうして?」

「だから言ったでしょ? 『お付き合い』は男同士が親友になるために仲良くしていくことといっしょですって。『恋愛』って、男同士なら親友の中の親友、大親友になることでしょ? 全然違いますよ」

「あら、そうなの?」

「だって拓斗のやつが愚痴ってましたよ。『いろいろアプローチしてるんだけど、一向に気がついてもらえない』って。それでも『いつか気がついて貰える日が来ることを期待して、地道にやるしかねえよな』って。だから『お付き合い』してカリィさんとの絆を深めようとしてるんです、拓斗は」

「それって……カリィちゃんのこと?」

「そうに決まってるじゃないですか! 他に誰がいるんです?」


ひたすらガールズトークに花を咲かせる。もちろん利一にとっては自分がガールの一員に列せられていることなど知る由もない。


「ところでリーチちゃん? 仮によ? カリィちゃんとタクト君の仲が深まったとして、カリィちゃんが実はタクト君に対して裏切るようなことをしてたら、どうする?」

「そんなことはありえません! カリィさんのことは良く知ってます。そんなことするひとじゃありません! いくらスミレナさんでも言って良いことと悪いことがありますよ」

「だから仮にと言ったでしょ? タクト君が仮に他に好きなひとが出来たからって、カリィちゃんから、その誰かに乗り換えると言い始めたら、リーチちゃんはどうする?」

「タクトは真っ直ぐなヤツですから、そんなことは起こりっこないです!」

「だから、仮の話しだってば。リーチちゃんはその場合、放っておくの?」

「もしも、そんなこと言い始めたら、説得しますよ。オレは拓斗の親友ですから、オレが説得すれば拓斗は必ず聞き入れてくれます」

「信じてるのね、タクト君を」

「当たり前じゃないですか。親友なんですから」

「じゃあ仮によ? タクト君かカリィちゃんが、みっともない言い訳をしている場面に遭遇したら? リーチちゃんはどうする?」

「スミレナさんは仮の話が好きですね。その時は、オレがきちんと話をします。そうしたら、ふたりとも心を入れ替えて正直に話をしてくれます、絶対に!」

「それじゃ、あからさまにタクト君が悪そうなのに、カリィちゃんが庇おうとしている時は、ふたりになんて声をかけるの?」

「さっきから言ってるでしょ? 拓斗は真っ直ぐなヤツだって。自分が悪いと思えば、素直に認めるに決まってるでしょ? ホント怒りますよ!」

「それじゃ、逆にカリィちゃんが悪そうなのに、タクト君が庇おうとしてたら?」

「タクトは男らしいから、それはあるかも知れないですね。でも、カリィさんでしょ? カリィさんはそんなひとじゃないですから、起こりえないことには答えようがないです」

「よーく、わかったわ。そろそろ二人とも戻ってきたかしらね?」

「オレ、ちょっと見てきます」利一は隣の部屋へ向かった。ドアを開けると、果たして二人分のスリッパがあった。

『帰ってたんだ。スミレナさんの書置き、見てないのか?』と思いつつ、そおっと中に入る。『この際、驚かしてやれ』と思ったのだ。客室との境にある障子戸をちょっと開けて覗き込むと……!


 拓斗とカリーシャが向かい合わせで抱き合っていた。カリーシャは幸せそうに笑顔を浮かべ、まるで甘えるように拓斗に何かをささやいていた。拓斗は優しい表情を浮かべて、カリーシャの頭を撫でている。

『ふ、ふたりとも、何やってんだよ……!』利一は声を掛けようとしたが、なぜか声が出せない。目の前の光景は利一と拓斗がいっしょの部屋で寝泊りしていたとき、利一が拓斗にしていたことと同じこと。それなのに利一は、カリーシャが自分と同じことをしているだけだというのに、なぜか直視し続けることが出来なかった。

『オ、オレと拓斗は親友だから、たとえ身体は男女でも、心は男同士なんだから……裸のつきあいをするぐらいどうってことないのに、それとおなじことをカリィさんがやってるだけなのに……な、なんでこんなにショックなんだ??』利一はひたすら戸惑ったまま、ゆっくり後ずさった。

とにかくその場から逃げ出したいという衝動に突き動かされるように、それでも仲睦まじい二人に気付かれぬよう、ドアを開けて廊下に出た。スリッパも履かず、素足のまま。ドアを後ろ手で音を立てないように閉めたあと、そのままドアにもたれかかるようにしてしゃがみこむ。

『な、なんでオレ……こんなところでしゃがみこんでるんだろ? なんで?』その問いに答える声はないまま……利一はしばらく立ち上がることも出来ず、まるで放心したかのように座り込み続けた。


 利一が男同士裸で抱き合うことに抵抗がないのは、従兄の存在が大きい。ひきこもりの従弟である利一を心配した従兄は毎週のように利一を人里離れた、他の泊り客のいないような温泉宿へと連れ出した。

「いいか。利一。裸の付き合いは大切なんだぞ」と良く言われたのだ。温泉に入ったあとは、温泉の成分を効率良く体内に取り込むために男同士裸で抱き合って寝るのが温泉での正しい作法だと教えられた利一は、従兄の言うことだからと信じて、毎週のように温泉に浸かっては従兄と抱き合って寝た。

ある時、従兄に拓斗の話をした時のこと。拓斗も機会があればいっしょに連れて行きたいと言ってみたところ「その彼は平日は学校じゃないのか?」と言われた。確かに従兄が利一を温泉に連れて行くのは週末ではなく平日ばかりだったのであった。

従兄にいちゃん、今度は週末じゃダメ? そうすれば拓斗も誘えるから」利一が頼んでみたところ、従兄は気乗りしない様子であったものの「利一の頼みじゃな。考えておくよ」と言われた。

「ところで、利一。その……拓斗君だっけ?写真か何かあるか?」と言われた利一は拓斗とふたりツーショットの写真を従兄に見せた。

「なあ、利一……こいつとのつきあいはやめたほうがいいぞ」と従兄に言われた利一は、ムキになって反論した。拓斗がどれほど自分の人生において心の支えになっているか、親友であることを力説した。

「なんで……なんで従兄にいちゃん、そんなこと言うんだ?」泣きそうな顔をした利一に

「すまねえな、利一。従兄にいちゃん、人相見にんそうみに凝ってるんだけどな、この拓斗君は……早死にする人相なんだ。でもま、当たるとは限らねえから、忘れてくれていい」とすまなそうに言ったのであった。

「そうなんだ。従兄にいちゃん、オレは? 長生きしそう?」

「利一は大丈夫だ。長生きするさ」従兄はこう断言した。


その晩、利一がふと目を覚ますと、従兄がツーショット写真を眺めながら、小声で何かつぶやいていた。「この……らみ……さで……べきか」

「……従兄にいちゃん、どうしたの?」利一が声をかけると

「なんでもない、拓斗君が長生きできるように神様に祈ってたんだ」と優しく言った。

「そうなんだ、従兄にいちゃん、ありがと」そう言いつつ抱きついた利一を優しく抱きしめた従兄は「さあ、寝るか」と利一にささやき、今日も利一と従兄は裸で抱き合ったまま、一組の布団で眠りについた。


 利一はふと我に返った。『なんで今頃、従兄ちゃんのことなんか……』と思いつつ、のろのろと立ち上がり、隣の部屋のドアを開けた。

「……! リーチちゃん?? いったいどうしたの? 顔が真っ青よ!」スミレナの声に「と、隣で、拓斗とカリィさんが……」あとは声にならない。

「いったいふたりがどうしたの?」スミレナの問いかけに「だ……抱きしめ……あって……まし……た」利一は必死で言葉を紡ぎだした。

「あらま! あのふたりったら、こんなところで大胆過ぎ……コホン、抱きしめ合ってたの? 他には?」

「ほ、他? 他ってなんですか?」

「い、いろいろよ。いろいろ。抱きしめ合ってるところを見て、何と声をかけたの?」

「かけて……ない……です……。頭ん中が……真っ白に……なって……そのまま……外へ」

『あら、タクト君とカリィちゃんたら、こんな場所でラブシーン? それをもろに見たリーチちゃんにとっては刺激が強すぎたようね』スミレナは心の中でそうつぶやいたが、もちろん口には出さない。


 利一が落ち着くのを待ってから、スミレナは利一を伴い隣の部屋へ向かった。スミレナは当初自分ひとりで、拓斗とカリーシャ、ふたりの元へ行くつもりだったのだが、利一は自分もいっしょに行くと言って聞かなかったのだ。

そうっと、ドアを開け……抜き足差し足忍び足、障子戸をそっと開けると……拓斗とカリーシャが見つめ合っていた。

カリーシャが「その……なんだ、私からも礼を言う、ありがとう、タクト」と言い、それを受けて拓斗が「気にすんな」と答えた。


すかさずスミレナが「ふたりとも真っ昼間から熱愛ぶりを見せつけないでほしいわ。妬けるから」と声をかけた。

慌てた素振りでこちらを振り返る拓斗とカリーシャ。


「カリィさん、拓斗とどうかお幸せに! 拓斗、カリィさんを泣かせるような真似はするなよな!」利一がこのように声をかけたのは、ふたりはもう結婚を誓い合ったも同然との認識ゆえのことである。

『利一、ありがとう。俺はカリィを幸せにする』『リーチ、私たちの結婚式にはぜひ出席してほしい』『あたりまえじゃないですか。拓斗はオレの親友だし、カリィさんは拓斗のお嫁さんになるんですから、喜んで出席しますよ』……とこのような会話が続くことを利一は全く疑っていなかった。

しかし……


「利一、スミレナさんも、誤解なんだよ、誤解」拓斗の言葉に呆然とする利一。『な、なんで? 拓斗、おまえカリィさんと抱き合ってたのに……??』

「拓斗、往生際が悪い!」利一は拓斗を睨むと「カリィさんもそう思うでしょう?」とカリィにも声をかけた。カリィなら絶対に拓斗を叱りつけて前言を撤回させるであろうことを利一は信じて疑わなかった。

ところが「リーチ。タクトは私のことは妹としか思ってないんだ」カリーシャまでも、利一の思いを否定するかのような態度を見せる。


「そんなハズないでしょう? オレに気をつかわないでくださいよ。二人で抱き合ってたの、オレ見たんですから」利一が詰め寄ると

「抱き合ってたのは事実だ……が、私はあくまで妹として兄であるタクトに甘えていただけなのだ」利一は混乱した。『なんでそんな馬鹿みたいな言い訳……?』

「う、嘘だ……カリィさん、なんでそんな嘘をつくんですか??」素直に認めようとしないふたりの態度に利一はひたすら困惑していた。


 そこへスミレナが

「ねえ、リーチちゃん、イメージプレイって知ってる?」

「イメージプレイ?」利一は首をかしげる。

「あらやだ、リーチちゃんたら、イメージプレイも知らないの?」スミレナの驚きの表情に、つい利一は「馬鹿にしないでください。そんなの常識ですよ」と答えてしまった。

「そうよねぇ? 付き合ってる男女の間で、例えば男性のほうが兄、女性のほうが妹という設定だったら、その役割になりきることよね。さすが、リーチちゃん、よく知ってたわ」どうやらスミレナは自分がイメージプレイについて知らなかったという事実に気がつかなかったらしいことに、利一は安堵した。

「あたりまえですよ。オレをみくびらないでください」

「だから、ふたりは今は兄と妹で間違ってるわけじゃないのは、わかるわよね?」スミレナの言葉に、そういう事例があるのなら先ほどのカリーシャの言葉に嘘はなかった、ということに利一は考えが至った。カリーシャを嘘つきと呼んでしまった自分が急に恥ずかしくなり

「……、も、もちろんです。カリィさん、嘘つき呼ばわりしてしまってごめんなさい」利一はカリィに頭を下げた。

「いや、気にしないでいい」

「そうか~、そういうことなら納得です!」利一はカリーシャに謝罪を受け入れて貰ったことでだいぶ気分が落ち着いたのだった。


 「ま、それはそれとして」スミレナがふたりに向き直り、言い放つ。

「リーチちゃんに心配させたんだから、お説教するわよ。覚悟してね!」慌てて利一はスミレナに取り成そうとした。

「スミレナさん、あまりふたりを責めないでやってください」

「リーチちゃんは優しいわね。でも悪いことをした子は叱らないと、また同じことを繰り返すでしょ? そうじゃない?」


『オレが早合点したのが悪いんだ……。でも』先のスミレナとの会話を唐突に思い出す。どちらかがもうひとりを一方的に庇っている可能性について思い当たった。

『拓斗はまっすぐなヤツだ。拓斗がカリィさんを庇っているんじゃ?』そう思った利一は

「ならスミレナさん、ひとつだけお願いしたいことがあります」

「なにかしら?」

「どうせ拓斗が無理やりカリィさんに頼んだに決まってます。だから叱るんなら拓斗だけ叱ってください。お願いします」


拓斗のことだ。自分ひとりが悪者にされる事態になったら、きっとカリーシャを庇っていたことを認めるだろう。そうしたら、自分がうまくこの場を収めよう、と利一は考えたのだ。ところが……


「アタシもそう思うわ。カリィちゃん、正直に言って。タクト君に無理やり頼まれたんでしょ?」

「うむ。その通りだ。私は嫌だと言ったのだが、タクトがどうしてもと手を合わせて頼むから仕方なしにやってやったのだ」

「カリィ、ひでぇな! 黙っててくれる約束じゃないか?」

「うるさい。もう二度とあんなことはしてやるものか!」

どうみても険悪な状況になってしまっていた。こうなったのも……拓斗が全部悪い!! 利一はそう結論づけ


「拓斗~、いくら付き合ってるからって、嫌がることを無理強いなんかするなよな!  嫌われてもオレは知らないからな~?」と言い放った。


その後……なぜか利一はこの場にいられないことになってしまった。利一としては納得できなかったのだが、きっと全部、拓斗のせいだ! と思い


「拓斗のバーカ。調子に乗るからこういうことになるんだぞ。良く覚えとけよ」と言い放ったあと小声で「あとで、愚痴ぐらいは聞いてやるよ」と言い残して、客室の外に出たのであった。

第10話の裏側の話です

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