慰安旅行に行こう
スミレナさんが何やら紙の束を見ながら悩んでいる。
「スミレナさん、どうしたんです?」
「ああ、リーチちゃん。実はね、職場全員で慰安旅行に行こうと思ったのよ。ミノコちゃんも人の姿になれるようになったから」
「慰安旅行ですか!? それはいいですね」
スミレナさんが持っていた紙束はパンフレットだった。
「どうせなら温泉がいいかしらね」
「温泉!? 行きたいです!」
転生前は引きこもりだったオレだけど、年上の従兄が心配して山奥の秘湯とかに良く連れ出してくれたので、温泉は大好きだ。
誰も来ない露天風呂で「利一。プロレスごっこやろうか」と言ってスキンシップを強要する点を除けば、いい従兄だった。
温泉関係のネットサイトにレポを書きこんだりもした。常連さんたちから教育的指導と称してさまざまなツッコミをいただいたな~。「子供の作文なみ。もっと臨場感を!」とか「泉質ぐらい書きなさい。成分表の記載があればなお良し」とか。
「……で、リーチちゃん。ここにしようと思うんだけど?」
スミレナさんが指し示したのはラバン国内にある保養温泉地・クソミズ温泉にある統合型リゾートホテル「ゴクラク館」
「クソミズ温泉ですか? どういう温泉ですか?」
「あたしも行ったことがないからわからないんだけど、カリィちゃんから聞いた話ではいいところだそうよ」
臭い泉が湧いていたということで「クサミズ」、そしてたくさんを意味する言葉が「クソ」というそうなのだが、両方がくっついて「クソミズ」になったんだそうだ。
元・日本人の感性からすると汚いイメージの言葉だけど、ここは異世界。実際、タクト以外はこの温泉の名前に特別な反応は示さなかった。
「アタシとリーチちゃん、パストちゃん、ミノコちゃん、カリィちゃんとおまけでエリコ、この6人で予約するわ」
「……スミレナさん、俺は員数外なんですか?」
「あら、タクト君、いたの? チッ」
「うわ~舌打ちしたよ……このひと」
「な~んてね、冗談よ。もちろんタクト君も入れて7人ね」
スミレナさんは冗談を強調するけど、タクトがつっこまなかったらどうなってたか。それとカリィさんもオーパブメンバーなんだ……。
カリィさんを除くオーパブメンバー6人が向かったのは「クソミズ温泉郷ホールライン国内出張予約所」。冒険者ギルドの近くに最近オープンしたらしい。
「ここよ」こじんまりした平屋の建物の入り口にスミレナさんは迷うそぶりもなく入っていく。オレたちもゾロゾロと後をついて行った。
中に入ると正面にカウンターがあり、係員らしきおじさんがひとりいた。
「スミレナ様、いらっしゃいませ」係員はおじぎをする。
「所長、こんにちわ」
「先日差し上げたパンフレットはお役に立ちましたか?」
「ええ、こちらに男性1名、女性6名で宿泊しようと思うの」スミレナさんはそう言って「ゴクラク館」を指し示す。
「姉さん、僕も女性の中に入ってるの?」エリムが声を上げると「当然よ、エリコはあたしの妹だもの」スミレナさんは断言。女装エリムは絶句。
所長と呼ばれた係員は思案顔を浮かべたのち
「『ゴクラク館』ですか……こちらの『ホウライ館』がオススメですが?」
「でも『ゴクラク館』のほうが豪華よね?」
「はい、通常であれば私も『ゴクラク館』をオススメするのですが、今回、ご一行の中にペット扱いされそうな方がいらっしゃいます」
「それは確定なの?」
「今の時点ではなんとも言えません。ご宿泊の当日、先方の支配人が判定するのですが、『ゴクラク館』は判定基準が厳しいことで有名なのです。せっかく行かれたのに不愉快な思いをされる可能性があっては申し訳ないですから」
「……石鹸はウチが独占販売してるのだから、あちらの支配人も馬鹿ではないでしょ?」
うわっ、スミレナさんの殺し文句が出た。先日、オレが発案した石鹸は今やホールライン国が独占輸出して外貨を大量に稼いでいる。なんでもクソミズ温泉郷は得意先のひとつだそうだ。
「わかりました。では7名様で『ゴクラク館』1泊の宿泊を承りました」所長は営業スマイルを振りまいた。
その夜、オーパブの営業終了後、スミレナさんに聞いてみた。
「スミレナさん、ペットってなんですか?」
「ペット……? 昼間の話ね。パンフレットに書いてあったのだけど、人間以外の人語を理解する知的生物については基本的にお客として受け入れ可能なのだけど、他のお客に不快感を与える可能性がある知的生物についてはペットとして扱うんですって。具体的には、ペットと判定された場合、館内では常時首輪を着用すること、館内を移動する場合、首輪にリードをつけて飼い主は持ち手を握ったまま離さないこと、決して放し飼いにしないこと、ペット進入禁止エリアにはペットを連れて立ち入らないこと。このように決められているみたい」
「そうなんですか!? ミノコをペット扱いされたら嫌ですよ、オレは!」
「……ミノコちゃんは人型になってれば問題ないと思うわよ」
「まさか……ダークエルフだからって、パストさんをペット扱いする気でしょうか!?」
「リーチ様。ラバン国内でしたらダークエルフは人間に準じた扱いをされますので、大丈夫だと……思います」パストさんが少し自信なさげに言う。
「うん、そうね。パストちゃんは大丈夫だとあたしも思うわ」スミレナさんが太鼓判を押すのなら大丈夫かな。だとすると……
「まさか!?」
「リーチさんは大丈夫ですよ!」「俺もそう思う」エリムと拓斗が声を揃えた。
「えっ? オレがペット扱いされるって!? ないない、100%ない」
オレは断言した。なんでかと言えば、これでもホールライン国の姫だし。……女として扱われるのは慣れないし慣れたくもないけど、ラバン国内においてもオレを人間として扱う雰囲気が高まっているらしい。カリィさんに聞いた話だと。だからオレをペットとして扱う可能性はかなり低い。可能性があるとしたら、エリムには悪いけど女装したエリムはたぶん変態扱いされて、結果、首輪をはめられると思う。その時はオレが飼い主としてエリムのリードを握ってやろう。オレはそう心に決めたのだった。