第7話
第7話 こそばゆい結果
翌日、俺はフーに先に学校に行くよう前日に伝え、俺は1人で学校に来た。
理由は、俺と一緒だと確実にギリギリの時間で走ることになるからだ。
そして朝、予想通りギリギリで走って学校に着くと、弥が俺たちの教室に桜咲を呼んで勉強を教えていた。
「おはよー…」
「あ、マーちゃうわあ!?」
「ん?ふゆみんどうしうわあ!?」
フーと花乃が俺の顔を見て揃って絶叫した。
弥と桜咲も遅れて俺の顔を見て絶句する。
「ど、どうしたの音宮君……!?」
「……なにが?」
「なにがって………てか顔すごい怖いわよ!?」
こいつらが驚愕している理由はわかる。
どうせ目の隈のことだろ。
俺は昨日、一睡もしなかった。
俺はいつも大体三時間ねる。
普通より少ない睡眠時間らしいが、体力はあるほうだからこれが俺の普通なのだ。
しかし、一睡もしなかったというのは文字通り、休養ゼロ。
どんな回復力も、×ゼロではゼロにしかならない。
その結果である隈と全力疾走の疲労が顔に出ているせいで、俺の顔は素晴らしく完成度の高いホラーフェイスに仕上がっていた。
「き、昨日……ちゃんと寝たの?」
花乃がおそるおそる訊いてきた。
「なにおぉ……5分は寝たばい」
「5分!?」
その答えに花乃はムンクのような口で驚きの声をあげた。
「そんなの寝てないのと一緒よ!大丈夫なの?」
「だーいじょうぶだって……多分」
「そーだよリアちゃん。授業中に寝ればいいし」
「それはダメだ。内申に響く」
「えぇー?そんなのどうでもいいじゃん」
どうでもいいわけあるかい。
特に俺にとってはな。
「ていうかさ、何でそんなに寝てないの?仕事?」
花乃が再び訊いてきた。
「あーよくわかったな。昨日急いで仕上げたんだ」
「でも、マナちゃんのプロデューサーさんはまだ上げなくていいって言ってたよ?」
マナちゃんと言うのは、昨日の仕事の依頼の担当歌手だ。
「知ってるけどさー。今回は完成度にあんまり拘らないで早く上げようと思ったらこんな感じになった。休み時間は全力で寝るから授業始まったらちゃんと起こしてくれよ」
「……ねえ、音宮君」
「ん?」
「もしかして、リリに勉強教えるために寝なかったの?」
「………あー……バレた?」
実はそうだ。
俺1人で英数国を教えられるよう、昨日は徹夜でこいつに合った勉強法を探していたのだ。
仕事は小一時間で仕上げ、英語と古典は単語を元にした文法の覚え方、現文は今回は小説だから登場人物のキャラを基盤にした解き方を考案したのだ。
どちらも桜咲の得意な暗記がキモの解き方だし、数学はもともとの教え方で問題なかったから、これで何とかなるはずだ。
「まあそんなわけだからテストについてはもう安心しろ。もちろん勉強をちゃんとしてのことだけど」
「そ、それはもちろんだけど……ごめんね、そんなことまでさせて」
「んー、頼まれてもないことをやったのはやりたかったからってだけだし、別にお前を想ってとかでもないし、お前が感謝することでもねえよ?」
「そ、そうかも知れないけど………ふふっ」
「ん?」
「ううん……ありがと」
…………なんか、意味わかんねえの。
その日は休み時間で寝まくって眠気を除き、放課後はいつも通り部活をしてから勉強を始めた。
順調に古典を進め、次の日でもボロは出なかったらしい。
土曜日は桜咲の希望で図書館で勉強した。
その日は午前中に部活を終え、学校でシャワーを浴びてそのまま一緒に昼飯を食いに行った。
それが終わると俺の家の近くの図書館にそのまま行って勉強を始めた。
その日は英語を教え、教科書の本文はほぼ訳せるようになった。
日曜日は俺の提案でブックオフのカフェに行った。
かなりでかい本屋で、参考書が読み放題なのが理由の1つだ。
まあ、参考書を読みに行って席が空くのを防ぐためにフーにも来てもらったのは申し訳なかったが。
あと、従業員にも怒られた。
まあそんな感じで勉強も進み、平均点取れるかは分からないがとりあえず赤点は心配しないで大丈夫なレベルには引き上げらた。
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そしてテスト当日。
3科目ずつ3日間かけて行われ、初日の今日は現代文、日本史、英語表現。
運良く英数国の5科目はバラバラで、今日の現文、英表の仕上がりはかなりのものだ。
もちろん日本史も抜かりはない。
授業もしっかり聞き、家ではしっかり勉強していたらしい。
前より点数は落ちるらしいが、その分以上に苦手な英数国が強化された。
桜咲の会心の自信の笑みとともに、テストが開始された。
まずは現代文。
なぜか最初は決まって漢字問題や語句の意味などが問われる。
桜咲はこれを家で暗記したらしく、ここはおそらく満点だろう。
そう仮定すると、この時点で20点はとれる。
だが本番はここから。
第3問、『次の文を本文中の①〜⑤のいずれかのうち、最も適当な箇所に挿入せよ。』
こういう問題にも備え、音読は結構やらせた。
あいつなら大丈夫だな。
第5問、『傍線部Bで用いられている表現技法を3文字で答えよ。』
これも…あーミスった。
表現技法の意味は粗方覚えさせたが、それを実際使って解く練習はしてなかった。
まあ……がんばれ桜咲。
第8問、『傍線部Fの意味を、40字以内で説明せよ。』
これはもらったな。
文字数指定のある問題では要約力も求められる。
こういうのに備えて、新聞の小ニュースの要約を毎日宿題で出していた。
これはいける。
だが逆に、文字数指定のないのが問題だ。
あいつのこういう問題の答えは的はずれとは言わないが、こういう問題は要点を簡単には掴ませない。
あいつでは、まあ部分点で半分といったところか。
とまあこんな感じに、あいつなら赤点回避は確実と思われる問題だった。
翌日は数学、生物、コミュニケーション英語。
翌々日で残り3科目。
やっとテストから解放された教室は、答案返却を待たずに盛り上がっていたが、その枠に入らない人物が約1名。
「どうだった?首尾は」
テストが終わると同時に桜咲に訊いた。
「まあ上々かな。少なくとも赤点はないはずよ」
満足そうな顔だが、気になる点が1つあるといった表情だ。
「でも、全部平均点越えはどうかな。特に古典が怖いわ」
「あー、やっぱりそれだよな」
「うん。でもお願いをきいてもらうためにも越えてて欲しいわ」
するとやっとこっちに来た弥が訊いた。
「え、なにお願いって?」
「あー、賭けみたいなもんだよ。全部平均点越えたらいうこと聞くってやつ」
「ああ、中学の時、ふゆみんによくやってたやつか」
男子の囲みをようやく抜け出せた花乃が合流した。
「うん。こないだのテストでも…てあー!」
そこでフーが急に思い出したように叫んだ。
というか俺も思い出したことがある。
「結局まだ前回のご褒美もらってない!マーちゃんどういうこと!?」
「いや、頭撫でただろ?それで終わりとは思ってなかったけど何も要求して来ないから、あれで良かったのかなって」
「いいわけないじゃん!もう!今度おねだりするからね」
「へいへい。じゃあ食堂行こうぜ」
今日は食堂で昼食を済ませたら午後から部活だ。
だが部活中、桜咲だけはどうも落ち着かない様子だった。
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試験休み中も桜咲はずっと浮かない顔だった。
俺はこの3週間、ほとんど自分の勉強をしていなかったためそれを必死に取り返していた。
仕事も入ってきたし、部活もあるしでほとんど遊べなかった。
そして明けた試験休み。
今日の朝のホームルームでいよいよ結果が返ってきた。
そして、俺は前回とほぼ同様の点数だった。
1科目だけ98点で、他は全て満点。
まあ上々かな。
「ひゃー、相変わらずすっごいねハッチは」
花乃が後ろから顔を出してきた。
「まーこんなとこで落としてられねえからな。そういやお前はどうだった?」
こいつは中間テストを受けていないため、余計頑張らなくてはならない。
「ほら、こんな感じ」
そう言って花乃は答案の封筒を差し出した。
英語は2科目とも満点、さすがだ。
他は……生物が42点、物理が45点。
中間テストの分はここから見込み点がつくのだが、この点だと30点をきりかねない。
まあ授業は真面目に聞いてるほうだし大丈夫か。
他は平均点の周りをウロチョロしているような点数で、まあごく普通な感じだった。
ちなみに弥は今回数学で満点をとった。
ただその分他が落ちて、日本史はあやうく赤点を取るところだった。
フーも全体的に少し落ちた。
赤点こそないが、40点台と50点台が半分以上を占めており、一番いいので英語の81点だった。
そして桜咲。
見事全て赤点を回避、そして平均点を超えた。
数学と現代文は96、94の高得点で、後から結構先生に褒められていた。
そこで先生がこっちに来た。
組籐先生は俺たちの部活の顧問であると同時に、担任の先生でもある。
「無事全員赤点はまぬがれましたか?」
「はい、この通り」
言いながら俺達は総合結果用紙を先生に突きつけた。
答案の封筒には総合結果用紙という、全教科の点数、学年・クラス別の平均点・最高点、自分の各教科のクラスでの順位、自分の取った9科目の点数の平均値などが全て書かれた紙が同封されている。
5人のそれを見回し、先生は一息ついた。
「わかりました。では夏の合宿、楽しんで来て下さいね」
「うぃーっす」
そして先生は教室を出て授業に向かった。
「よっし、んじゃ約束だな。何でも1ついうことをきく。何がいい?」
早速俺は桜咲に訊いた。
「うん。ずっと思ってたことなんだけどね……」
「うん」
「……下の名前で呼び合わない?」
「……はい?」
え、そんなこと?
「ほら、4人は小学校の時から一緒で、音宮君は冬美ちゃんもノノノんも苗字では呼んでないでしょ?だから、リリもその………ハヅマ君って呼ぶから」
………まーた変なお願いだなあ。
いや、欲がないというべきか。
じゃあ弥にも同じお願いをしたらどうだと思うが、こいつにとっては大層なお願いで言いにくいのかも知れないし、女子ってのは難しい生き物だから迂闊なことも言えまい。
「…………わかった。じゃあ………リリア」
「うん!ちゃんと今からリリアって呼んでよね!」
そういうと、リリアは仄かに笑った。
なんかこそばゆいがまあいいか。
苦笑を浮かべていると、1時限目の教科担当が教室に入ってきた。
朝から色々なものに振り回されて、今日がやっと始まったような気がした。