第6話
第6話 苦行
6月。
まだ夏とはいえないかも知れないが、それでもこの時期となるとかなり暑い。
そして、この時期こそがバドミントン部にとって最大の苦難なのだ。
バドミントンは外からの風を遮断するため、館内の窓や扉を全て閉める。
そのため、熱気がクソ籠ってしょうがない。
とどのつまり……………クッッッッッッソ暑い!!!
閉め切らなくてはならないのは避けられず、この時期ともなると男バスも他の体育館へ移動した。
練習中では、休憩になるとここぞとばかりにこいつらも扉を開け始める。
「くあーーーー!涼しい!」
「夏の風なのに何でこんなに涼しいの!?」
「温度差だろ」
その涼しさに盛り上がる4人に俺は冷ややかにツッコんだ。
「わかってるわよそんなことー!何で音宮君はこの快感を共有できないかなー」
冷静すぎる俺のツッコミに桜咲はぼやいた。
「暑い暑いって思うからだ。精神論って案外甘く見れないぞ?」
「ていうかさ、この学校って色々融通がきくのに何で体育館に冷房がないの?最近じゃ冷房のついてる体育館だってあるじゃない」
「さすがに高校の体育館にはつかねえよ。大学ならどっかあるかも知れねえがな」
「決めた!私は体育館に冷房のある大学に行く!」
「志望動機に書けば100パー落とされるな。つかお前はアイドルでそのまま就職だろがい」
「もー、ハッチノリ悪ーい」
「ていうかさ、本気でこの暑さはやばいわよ?完全に閉め切っちゃってさ」
「まーなぁ………一応夏の合宿は考えてるけど」
「「合宿!?」」
桜咲に続き、バテバテで一切口が開かなかった弥が急に飛び起きた。
「ね、ねえ!それって海よね!?」
「それはまだ考えてなかったけど」
「海にしようそうしよう!だって夏だもの!」
「……お前は水着目当てだろ」
「う…」
このブレない分かりやすさったらないな。
「まー確かに海には行きたいなー。近くに体育館あるとこでさー」
フーも同調してきた。
「んーまぁ考えとくけど。あともしかしたら合宿2回いくかも」
「まじか!」
またしても弥が超反応した。
「つっても2回とも海じゃねえぞ?夏休みの最初の方に海かどっかに行って、2回目は大阪とか」
「大阪?なんでだよ」
「強いからだよ。近年ではあそこ結構な激戦区らしいからな。2、3日掛けて練習試合組みまくろっかなって」
「あー確かに今大阪強いよねー。でも他にもあるんじゃないの?」
「適当に距離のあるとこ選んだだけだ。まあお前はこないだアイドルの仕事で行ってきたばっかだけど、俺たちはこういう夏休みでもないと行きにくいからな」
「ふぅーん」
「まあまたどこ行くかは考えとくけどな。まあ1回目は慰安をかねて海にするか」
「ぃやっほー!!さすがだぜ親友!!」
「水着目的じゃねえよ。ほらそろそろ再開すんぞー」
「「「はーい」」」
弥以外の3人が返事をし、練習に戻った。
その日は午後5時解散となったが、外はまだかなり明るかった。
冬だとこの時間で結構暗いんだよなぁ……。
「ね、音宮君」
「ん?」
帰り道、不意に桜咲が訊いてきた。
「夏の合宿って旅館に泊まるの?」
「あのなぁ、練習で行くんだぞ……わかんねえけど、多分夏は別荘に泊まる」
「え!?誰の!?」
「俺の」
「え、音宮君って別荘持ってるの?」
「いや、行くとこの近くのやつ買おっかなって。結構金貯めてるし」
「ふわー。さすが名作曲家。ていうか、音宮君って結構お金持ちの節があるけど、そんなに儲かるの?」
「まーなぁ。シングルCD丸ごと受けたら6桁は稼げる」
「おぉーー!やっぱ音宮君すごいわね」
「そうか?……て、何でこんな話になった」
「えっと、旅館で別荘で……」
「あーその流れか。まあそんなわけだ。2回目は旅館っつーかホテルかな……冬に行けたら温泉旅館に泊まるつもりでいる」
「うそ!?」
「うそじゃない」
「へぇー!楽しみー!」
まだ先のことなのに、桜咲は楽しみそうに笑った。
なんていうか、こいつの未来に前向きな笑顔は、華やかというか……とても、とても眩しかった。
やっぱこいつ、結構可愛いのなぁ………。
「どうしたの音宮君。私の顔に何か用?」
ほのかな笑顔のまま、桜咲はこちらを向いた。
「あ、いやすまん。まあそんなわけだから楽しみにしとけ」
「うんっ、すっごい楽しみよ!」
またも桜咲は可憐に笑った。
全く、どこ見ていいかわからなくなる。
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数日後の練習時間の終わり。
「お前らー、しゅーごー!」
片付けを終えた4人に集合をかけた。
「合宿の日程が決まった」
おおーっ、と4人が騒ぐ。
「とりあえずこれ」
俺は第1回目の合宿の連絡事項の書いた紙を配布した。
「2回目の合宿のやつはまだできてないが一応これだけな」
最初に予定表を渡した弥が言った。
「行き先は静岡か。2泊3日……割と長いな」
「普通だろ?まあ先生も1泊のほうがいいっつってたけど、条件を考えてたから丁度いいって言われた」
「条件って何のだ?」
「合宿に行く、というか参加する条件」
「え、なんかしないと参加できないの?」
フーが紙から顔をあげて訊いてきた。
「ああ、3週間後に期末あるだろ?そこで赤点とったやつは行くなだってさ」
「な!!?」
桜咲が急に叫んだ。
まあこいつはこないだから合宿をすごい楽しみにしてたみたいだったからな。
「どどどどどうしよう!?リリ合宿行けない…!?」
そしてこいつはバカだったからな。
「まだ決定したわけじゃないだろ。あと3週間後もあるんだし、その間に頑張って対策しろよ」
「う、でも………ねぇ、また勉強みてくれない?」
「んー、てかそんなにダメなのか?」
「だって、授業聞いてても全然で、国語なんて何から始めたらわかんないし………」
泣き崩れそうな顔ですがってきた。
そんなにダメなのか……そしてそんなに行きたいか。
まあこの顔見て嫌とか言えるわけないよな。
「わかったよ。今日から部活と両立しつつ俺の家でまた勉強やろう」
「ほんと!?」
桜咲は水に映る月光の反射にも似た輝きをまとった笑顔で詰め寄ってきた。
こいつまじで楽しみにしてんだな。
「ああ、そもそも1人でも欠けたら合宿中止にするつもりでいたしな」
「うんっ、がんばる!」
「私も英語以外が危ないからね、他の教科はちゃんと教えてね、ハッチ」
「おう、任せろ」
本当なら英語はまた花乃に頼みたいところだが、こいつは中間テストを受けてない分を取らなければならない。
期末の点と授業態度などを元に中間テストの分の見込み点はつくが、それが期末より高くなることはあり得ないのでこいつも頑張らなくてはならない。
授業態度にしても、仕事で休むこともこいつは結構あったしな。
「じゃあ早速今日からやるか?」
「うんっ!」
……もうさっきから桜咲と目を合わせて会話ができてない。
笑顔が……眩しすぎる。
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その夜、俺の家で桜咲と花乃が勉強して解散した。
花乃は今回英語はノー勉で挑み、桜咲に教えて確認する程度の対策で挑むそうだ。
ちなみに俺も全科目でそうする。
今更きっちり復習する必要なんてないからな。
「そういえば、桜咲の親は大丈夫なのか?」
「え?」
リリアを帰り道で送る途中、俺は不意に桜咲に訊いた。
「大丈夫って?」
どことなく警戒し気味に桜咲は訊き返した。
「いや、男の家に毎日あがって」
「……あーー……うん、特になにもないわよ」
「?そうか」
なんか釈然としない答えだなぁ。
まあ、これ以上は立ち入った話になりそうだしこれ以上は訊くまい。
「それにしても今回は順調だな。数学は習ったところは復習完了だし、明日明後日の予習もぬかりない。今回は80点くらいいきそうだな」
「さすがにそれはないでしょ。まあ平均点は越えたいわね」
「だな。とりあえず全科目で平均を越える目標で、明日は英語やろう」
「うん……あのさ、音宮君」
「ん?」
「リリが…ていうか、1人でも赤点とったら合宿中止にするって本当なの?」
「もち。冗談に聞こえたか?」
「ううん。ただ申し訳ないなって。リリのせいで合宿行けなくなったら…」
「赤点取る前提で話すんなっての…お前の気持ちも分かるが、こっちだって1人でも欠けた時点で楽しめねえよ」
「うん……そうよね」
「そーだ。だからお前は赤点取らねえように頑張るんだよ」
「うん」
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翌日の放課後。
部活はいつも通りあるが、なぜか桜咲だけは来ない。
「おっそいなー桜咲。弥、なんか訊いてるか?」
「いや、俺も連絡もらってない。桜咲さんって無断で休むような人じゃないのに」
「んー……俺ちょっと教室見てくるわ。先に始めといてくれ」
「ほーい」
教室を除くと、まだ数人生徒がいたが、桜咲はいなかった。
「なぁ、桜咲ってどこ行ったかわかるか?」
戸の一番近くにいた女子3人を捕まえて訊くと、
「お、音宮君!」
その女子はなぜか急に俺の名前を叫んだ。
「?おう」
「あ、ああいやちょっとね。で、桜咲さんだよね。確か図書室に行ったよ」
「ああそうか。ありがとな」
「あ、せっかくだしお菓子どう?」
振り返ろうとすると、また急にその女子達が引き止めた。
「いやいい、急いでるし」
「あ、そう?まああんまり長居してくれなくてもいいし!」
「うん、やっぱりいい。じゃ」
なんかメンドくさい雰囲気だったので強引に振り払い、図書室へと急いだ。
女子連中から得た情報は確かだったようで、桜咲は図書室にいた。
といっても、この学校の図書室の広さは半端ではなく、見つけるのには少し苦労した。
最も、桜咲が見つかりにくさを優先したらしき奥にいたのもあるが。
「桜咲」
「あ…音宮君」
声をかけると、桜咲はバツの悪そう顔でこちらを向いた。
見ると、どうやら勉強をしていたらしい。
「無断で休んでんじゃねえよ。つか勉強なら部活終わってからうちでやんのに」
「うん…ごめんね」
「んー、まあ謝るほどのもんでもねえけど」
俺は言いながら桜咲の正面の席に腰かけた。
「……そんなに不安か?」
俺の質問に、桜咲は右下に視線を落とした。
「うん……なんか不安になっちゃって。皆で合宿行けなくなるかもって思うと……」
なんていうか……普段は太陽みたいなこいつでも、こうやって思い詰めることもあるんだなぁ。
…………ていやいや、何ちょっとよく思ってんだ俺。
「そっかぁ…そんなに楽しみにしてくれてたんだな」
「当たり前よ……あれから家に帰ってね、数学の問題もう一度解こうと思ってやってみたら、全然できなかったの。今日の授業の予習もどこかへ飛んでいって、当てられても全然こたえられなかった」
「ふぅーん……でもそれって昨日の話で緊張が高まったからじゃねえの?」
「私もそう思った……でもそれを言い訳にはできないでしょ?」
「確かになぁ。てかそもそもさ、なんか不安なことあるのか?俺らが教えるんだし」
「…リリね、昔からプレッシャーにはすごく弱いの。何かと親に期待されて、裏切ったらひどく叱られて…」
……なんというか、切実だな。
こいつは多分、幼い頃から何かと重い期待を背負ってきたんだ。
だからこそ植え付けられてるんだ……期待を裏切った時のしんどさや痛みを。
何とかしてやりたいが、もし赤点とったら慰めで何かしてやる、では意味がない。
…………こうなったら。
「じゃあさ、こうしないか?」
「ん?」
「俺、フーにいつもいい点取れたらなんかのご褒美やってるんだよ。だからさ、お前も全教科平均を超えたら、何でも1つ言うこときいてやるよ」
………自分の考えの浅さが恨めしい。
でも、今はとにかく何か前向きな考えを植えなきゃならない。
桜咲はしばらく唸ると、やがて顔をあげた。
「わかった。だったら絶対平均超えてやるわ!」
やっと元気を取り戻し、桜咲は眩しく笑った。
━━━━お前は何て言うか、不思議なやつだな。
お前が少し落ち込んだだけなのに、それだけで胸が死ぬほど痛い。
でも、逆にお前が少し笑っただけで、不安や悩みは余さずどこかへ去ってしまう。
お前のほんの少し、ほんの僅かな感情のブレでこっちは散々左右される。
お前は何だか……あいつらに、俺が心を許した数少ないあいつらに、凄く似ている気がする。
まあ、こうして元気を取り戻したんだ。
今回の仕事はさっさと終わらせて、こいつの勉強に全力を注ごう。