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Forte Vanno  作者: 月神 莉緒
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第5話

第5話 怨


 追試当日の土曜日。

 桜咲は午前中に追試を受けるため、俺たちも練習を午後からにすることにした。

 採点と答案返却はその日のうちらしく、それが終わるまでは部活には来れない。

 練習は12時半からスタートしたが、桜咲が合流できたのは2時過ぎだった。

 「あ、ハッチ!リリリん来たよ!」

 桜咲が来るなり花乃が叫んだ。

 ちなみにハッチというのは俺だ。

 ややこしいからあだ名は統一してほしい。

 「おーおつかれ。どうだった?」

 「全部60は越えたわ」

 達成感溢れる笑顔に、おおーっという歓声が4人から発せられた。

 「やったね!見せて見せて!」

 「フー、それは後にしろ。こいつも練習したくてうずいてんだから」

 「あはは、うずいてるってほどじゃないけどね。じゃあ着替えて来るから」

 「おう」



 練習後。

 俺はまた発表事項があるため、部員を舞台下集めた。

 「まあ追試はサクサクと終わり、今日からまた部活が再開されるわけだが、来週の土曜、練習試合を組んでもらった」

 「お。このチーム初の他校との試合ね」

 桜咲が軽く腕組みをしながら言った。

 …なんか、偉そうに見えなくもない態度だな。

 「ああ。相手は個人でのインハイ出場経験もある岩腹高校。この都内では結構名のあるとこだ」

 「来週かぁ。でも私行って大丈夫かなぁ」

 「まあアイドルが行けば騒がれるだろうが、そんなに気にしなくて大丈夫だろ」

 言うと俺は舞台に置いていたプリントを配り解散にした。

 

 **********************


 1週間後、岩腹高校。

 その体育館には、岩腹の部員約20人強、そして先生を含めた俺たち6人が集まり、もうすぐ試合が始まる。

 ちなみに、向こうからは先刻からどよめにが消えない。

 理由はまあ……明らかなんだが。

 整列して部長同士の挨拶を済ませ、いよいよ試合の組み合わせを相手の先生と相談しつつ、ホワイトボードに書いていく。

 組籐先生も練習をたまに見てはいるが、やはり組み合わせは俺が決めることとなった。

 「やっぱり最初はダブルスを入れますか?」

 「そうですねぇ。でもそちらは人数的に大丈夫ですか?休憩はあまりできませんが」

 「大丈夫ですよ」

 「ねーマーちゃん、フーリリちゃんと組みたーい」

 「お黙り」

 こんな場でまで節操のないフーを一蹴して試合を組み始めた。

 最初の試合は、ダブルスで桜咲と花乃ペア、男子シングルスで弥、女子シングルスでフーをいれた。

 ちなみに花乃は技能的に特技はないが、敵味方のコート内の空間把握に長けたスタイル。

 桜咲とは練習時も息があってたし、うまくやってくれるだろう。

 ちなみにバドの試合では開始前に挨拶の握手をするのだが、花乃の相手ペアは大いにはしゃいでいた。

 俺、今度事務所で怒られるなこれ……。

 俺の試合は桜咲と被らないようにうまく入れるよう連携をとることになっている。

 一応あいつが副部長だからな。

 


 数時間後。

 試合の経過は、まあボチボチだ。

 最初のダブルスはファイナルまでいって惜敗。

 シングルスは2人とも見事制した。

 岩腹の男子数は9人で、うまくダブルスとシングルスを繰り返した。

 午前中の結果だけ見れば、勝ち数にはうちのほうが多い。

 そして迎えた昼休憩。

 「あーもうなんだろ。全然調子出ない」

 開口一番グチったのは花乃だった。

 「まあ、あんだけ注目されればそうだろうな」

 「うん。てか今も結構見られてるし……ハッチー、写真とか撮られてないよね?」

 「一応最初にも注意は促したしな。先生にも取り締まってもらうよう促したから問題ないはずだ」

 「そういえば音宮君、今何勝?」

 急に桜咲が弾んだ声で訊いてきた。

 そういやこいつとはシングルの負け数競ってんたんだ。

 もちろん負け数は少ないほうの勝ちだが。

 「4戦0敗。桜咲は?」

 「全く同じね」

 ちなみに俺はダブルスでも全勝だ。

 最初に一番強いらしいペアとやっだがストレート勝ち。

 名のある高校とはいえ、全中で

 「マーちゃん、午後からはどうするの?」

 「午後からはシングルスを中心にする。特に桜咲と花乃は得意技みたいなのがないから、多めに入れるかも」

 「ふっふっふ、回数やらせてリリに負けさせようなんて無駄だからね?音宮君」

 どことなく怪しげに笑う桜咲。

 「わかってらい」

 「なあハヅマ、食い終わったならちょっと打たねえ?」

 「ああ、いいぞ」

 「あ、じゃあリリとノノノんももうちょっとで食べ終わるからダブルスしない?」

 「あーいいぞ」

 和やかに過ごしていると、急に後ろから男子部員が声をかけてきた。

 「あ、あのすいません!」

 「ん?」

 「さ…サイン頂きたいんですが!」

 「…あー、花乃、お前だろ」

 一応止めるべきなんだろうが、この勇者を払うべきか。

 「あー…すいません。今日はプライベートですから、サインはちょっと……」

 「え?別にいいだろ?」

 「ルンルンは黙ってて」

 そこで飛び出した弥のKY発言を花乃が一蹴。

 ちなみにルンルンってのは弥のことだ。

 こいつの…てかこいつらのあだ名の付け方は独特だなぁ。

 「いいわけないだろ。試合の度に握手させてる時点でギリギリなんだから、練習試合の度にこんなことになってたら事務所が噴火するぞ」

 俺も冷静に弥を諭す。

 「そうですか……すいません」

 一礼すると、その男子部員は足早に帰っていった。

 「ファンだったか……あとで試合組んでやるか?花乃」

 「んー…まあ試合くらいなら」

 言うと、もう食べ終わった桜咲と花乃と弥とでダブルスを始めた。


 そして後半。

 「え?あいつがそんなことを?すいません」

 俺は相手の先生に昼のいきさつを話している。

 「ああ、いえいえ。それでまあ、試合を組んではと思って。実力的にも合ってないこともないかと」

 「そーですなー…では、ミックスでやってみませんか?」

 「ミックス?」

 ミックスとは混合ともいい、男女でダブルスを組むことだ。

 「顧問も含めてやるんです。そちらの顧問の先生は女性ですし丁度いいかと」

 …うちの顧問は素人だって言ってあるはずなんだが。

 さてはこのおっさん、花乃とペア組みたがってんだな。

 ちゃっかりしてらっしゃる………。

 「ミックスは面白いですが、うちの顧問は未経験なものですから。そちらの女子で人見知りでなさそうな人はいますか?」

 「んー………どうでしょうなぁ」

 勿体ぶるなぁこのおっさん。

 話を強引に打ち切りたいけど、あまり無下にすると後が怖い。

 「では、俺が不二崎と組むので、そちらも例の彼を誰か女子と組ませてください」

 「ああ…はい………」

 ……そんなに組みたいのか、キモいな。

 本当は弥と花乃を組ませたかったが、弥は今試合してるしな。

 そんな感じで、ミックス戦。

 「で、混合ダブルスやることになったんだ。まあハッチがペアなら任せて大丈夫だね」

 「どーかなー。むしろお前にバンバンふるから覚悟しとけよー」

 「えー」

 言うと花乃は膨れた。

 俺の幼馴染は何ですぐ膨れんのかね。

 握手する時、相手の男子のほうはめちゃ手汗を拭いていた。

 緊張しすぎだろ。

 ちなみにこの男子の名前は岡山君というらしい。

 「ハッチージャンケンしてー」

 「お前やれよ」

 「だって私弱いじゃん」

 「知らねえし……たく、しょうがねえな」

 渋々ジャンケンをして、負けたこっちがサーバーとなった。

 俺がサーブを引き受け、試合開始……なんかさっきからあの岡山君の視線がキツイな。

 俺のショートサーブから始まり、それを女子が高く俺たちの後ろへ返す。

 下がった花乃がそれを相手のネット際に落とすドロップを放ち、岡山君がネット前で上げた球を俺がスマッシュして決めた。

 まずはこちらに一点だ。

 「ナイスショット!」

 花乃は言いながら手を挙げたので、俺はそれに従いハイタッチをした。

 そこで岡山君の視線がさらに強まる。

 その後も、特に苦戦することもなく俺たちは追加点を重ねた。

 小学校からつるんでるだけあって息はピッタリで、点を稼ぐ毎にハイタッチを交わした。

 ただ、花乃は気づいてないみたいだが、その度にあの岡山君の視線は強く、というかおぞましいものになっていった。

 スコアが15ー7で押している時、俺のショートサーブを岡山君は無理矢理プッシュで返してきた。

 プッシュとはネット前で小手先でうつようなミニスマッシュとでもいうべき技だ。

 ただ、それをあくまで無理矢理打ったため、本来のような落差がつかず、ほぼ水平となって俺の顔面めがけてすごい勢いで飛んできた。

 ギリギリで打ち返してそのラリーは制したが、その後岡山君が舌打ちしていたのを見て、あの水平プッシュがわざとだと確信した。

 その後も俺をめがけたスマッシュばかりで、2セット目に入る時には岡山君はかなり消耗していた。

 スマッシュ以外にも、俺に対しては必ずミスさせようという怨念をはらんだ打球ばかりで、正直やりにくかった。

 「やっぱり結構イケるね私たち!県民大会でミックス種目あったら出ようよ!」

 「気が向いたらな」

 あ、やべ……と思ってももう遅い。

 今の言葉が岡山君の闇をさらに深めたようで、殺気に近いものまで感じる。

 まあ…2セット目は少し自重しよう。

 2セット目に移る前に、コートチェンジで相手コートに向かう。

 相手もこちらのコートへ移動中で、相手ペアと交錯した瞬間。


 「見てろよ」


 不意に岡山君の声が聞こえた。

 見てろよ……?てか、そんなに妬ましいかい。

 まあいい、返り討ちにしてやる。


 そして2セット目が始まった。

 俺のショートサーブに始まり、数回ラリーが続き、俺はネットに近いところで体制低く構えていた。

 岡山君はペアと横並びに立っている。

 そして俺の後ろで今、花乃がドロップを打った。

 すると岡山君はそれを待っていたかのように前に突っ込み、凄まじいワイパーを放った。

 「うおっ!」

 前方で構えていた俺は避けきれず、打ち返そうとして自分のラケットを右耳にヒットさせてしまい、球も相手コートに行く前にネットに遮られた。

 右耳も当然痛かったが、今の岡山君のショットは信じ難かった。

 今岡山君が放ったワイパーというのは、スマッシュの劣化版たるプッシュよりさらに勢いのない技だ。

 ネットを越えるギリギリの球に対し、ラケットを横にスライドさせながら打つ技で、プッシュよりスピードが出にくいしコントロールも利かない。

 それを俺がほぼ反応できない速度で、俺の鼻っ面めがけて正確に放ったのだ。

 結果俺は反応しきれずラケットで自分自身を痛め、打ち返すことも叶わなかった。

 1セット目では見せなかった、ここまで溜まった怨念を全て乗せた一撃だと言えよう。

 全く………そんなに俺が憎いかよ。

 「面白ぇ………!」

 先制点を取られ、相手からのサーブで始まった。

 女子のほうのショートサーブ、また数回のラリー、俺はまたネット前に構え、それに岡山君は目を光らせた。

 再び花乃がドロップを、今度は女子の方へ打った。

 女子はネット前にそれを打ち返し、岡山君はフォーメーションを無視してワイパーの体制をとった。

 ここだ。

 ネット前の右側にきた球を、俺は逆サイド方向へ向かって凄まじいヘアピンを放った。

 ヘアピンはネット前に来た球を相手のネット前に返す技だが、今俺が打ったような斜めの球は珍しい。

 球はネット上部を支配する白帯にぶつかり、相手コートのアウトラインギリギリのところへ落ちた。

 途端に観衆からわっと歓声が上がった。

 確かに今のは我ながらかなりいいショットだったな。

 「すごいじゃん今の!ナイスナイス!」

 「あー、ギリギリだったけどな」

 後ろから俺を讃える花乃を見て、岡山君はさらに険しい顔をした。


 ━━━もうこうなったらとことん刺激してやるよ。


 ━━━そして全て跳ね返してやる。


 ただ、今のはたまたまワイパーを打たせる前に潰せたからよかったが、花乃がまた岡山君にドロップかヘアピンを打ったら危ない。

 まあ花乃にまであんな球は打たないだろうが、それ以前に点を取られないための対策は必要だ。

 「花乃」

 「ん?」

 「あの岡山ってほうにはネット前であげるな。あの踏み込みならプッシュも強いはずだ」

 「りょーかい」

 その次のラリーはドロップとヘアピンを極力打たず、ひたすらクリアやスマッシュに徹した。

 だがその次、花乃がショートサーブで甘くあげた球を岡山君は凄まじいプッシュで返した。

 「わっ!」

 しかも今度はなんと花乃に向かってだった。

 幸い避けることには成功したが、その後で打ち返すことはできなかった。

 「ごめん」

 「いや、今のはしょうがない」

 おそらく今の岡山君は勝つことがほぼ頭にない。

 とにかく俺たちに身体的攻撃をすることが目的。

 ならば……。

 「なぁ、次ちょっと試したいことがある」

 「ん、なに?」

 その次、相手のサーブに始まり、数回のラリーが続いたある時、俺がネット前で構えた。

 岡山君が目ざとくそれを認識し、俺の後ろの花乃はドロップを岡山君に向けて放った。

 そこで、やっぱりプッシュしにきた。

 だが、俺たちはそれを予期していた。

 俺は縦に並んだままコートの半分までさがり、レシーブを構えた。

 それによりネット前がガラ空きになったこの状況なら普通はネット前に落とすものだが、岡山君の頭にはプッシュしかない。

 案の定プッシュを、ていうかかなり振りかぶったからスマッシュを俺の顔面めがけて打ってきた。

 この距離なら反応できる。

 俺はラケットを力が入るよう縦に構え、スマッシュを逆にもの凄い勢いで岡山君の後ろへ打ち返した。

 ペアの女子は逆サイドにいたためそれに届かず、こちらの得点となった。

 「やった!大成功!」

 またハイタッチを交わし、岡山君の顔が険しくなった。

 そのあまりの剣幕にペアの女子も少し怯えていた。

 ……もうそろそろだな。

 「花乃、ここからは岡山君にヘアピンとドロップを多めに打とう」

 「え、でも私、あのプッシュに反応できる自信ないよ?」

 「大丈夫さ」

 不敵に笑う俺に花乃は疑問符を浮かべていた。


 その後はひたすら岡山君へヘアピンとドロップを打ちまくった。

 すると、フラストレーションが溜まりまくった岡山君はそれを全てプッシュかワイパーで返そうとして全てミスした。

 ネットに遮られるか勢い余ってアウトするか、そのどちらかだったのだ。

 限界までストレスの溜まった岡山君はただ力任せに打つことしかせず、そんな様子でプッシュもワイパーも一切成功しない。

 ペアの女子には気の毒だが、ミスをする度に岡山君のストレスは溜まり続け、プッシュやワイパー以外にもミスが増え、こちらにとってはすこぶる好循環だった。

 結局2セット目は21ー6で制し、俺たちの圧勝となった。

 バドミントンは21点を先に取ったほうが1セットを取れて、それで2セット取ったほうの勝ちとなる。

 21ー6なんていったら惨敗もいいところで、まああのペアの女子には少し申し訳なかったかもな。

 


 そんな感じで練習試合も終わり、俺たちは帰りの電車に乗った。

 「そーいえばさ、最後の混合ダブルスで岡山君て人さ、なんか怖かったね」

 「あー、まあ……色々とな」

 話すのもメンドクセーし、いっか。

 



 

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