第3話
第3話 初めての試合
「はー、昨日疲れたー」
初練習の翌日の教室、朝一番でフーがぼやいた。
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昨日の放課後、部活の時間。
昨日の夜に約10分で考えた練習メニュー表を広げて見せた。
「おぉー。またすごいわねこれ」
割とキツめのメニューに、桜咲が何とかそれだけ言った。
俺としては普通のメニューのつもりなんだが、皆には少しキツいようだ。
「メンバーが少ないことも含めてノックは一切しないことにした。最初の40分程度でラケットのテク以外の体力とか瞬発力を鍛えて、残りはパターン練を中心にそれぞれの弱点克服と美点強化、余った時間で試合という形にする。シンプルだろ?」
「なるほど。でもこのウォーミングアップって…」
「2キロ走って、基礎ステップ練1セット、笛ラン3セット、羽置き3セット。これ40分で終わるのか?」
「2キロは10分あれば休憩も含めて余裕だろ。その他の3つもそれぞれ10分ずつで大丈夫なはずだ。じゃ、練習始めようぜ」
まずは学校の外に出て2キロのランニングをした。
この学校はバカみたいに広く、何と外周一周で約2キロあるのだ。
俺がタイマーを持って走り一番にゴール、校門の隅に置いておいた記録表に後続のタイムを書いていく。
その後体育館に戻ってまたひたすら走る。
基礎ステップはまあ大事だし、笛ランは瞬発力と反応力と精神力、羽置きはコート内でのステップとコートの広さを叩き込むことを目的に選んだ練習法だ。
その後に弱点克服と美点強化が効率よく進められるペアと組ませてパターン練習に入る。
お互いに気付いたことを指摘しあい、気になったところは隣のペアなどにきく。
最後に試合。
メンバーの都合上、審判はセルフで行う。
そんなこんなで3時間が経過し、練習が終わった。
「はーいおつかれー。とりあえず寝転ぶのは後にして、片付けするぞー」
俺の号令に女子2人はフラフラ片付けを始めた時、組籐先生が来た。
「頑張ってますね、部長さん。お疲れ様です」
相変わらず丁寧極まる口調だ。
「まあね。内申書はくれぐれもお願いしますよ」
「あー、マーくんがあっさり部長なんて引き受けたかと思ったらそれが狙いかー」
「まーな。抜け目ないだろ?」
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とまあこんな感じで初練習はつつがなく終わったわけだが、フーには少し不満があるようだ。
といっても全く考慮すべきではないがな。
「もーちょっと練習軽めにしようよー。あんなのいつまでも続かないよー」
「アホ言え。このチームはレベル高いんだから、このくらいじゃないとダメなんだよ」
「んー、でもさー……」
「もうじきあいつも学校に来るようになる。あいつは進歩がないのはすぐ見抜くし、そうなったらうるさいぞ」
「え、なになに?誰が来るの?」
なんかうざい感じで桜咲がこっち来た。
そういや同じクラスだったっけな。
「前に言ってたアイドルの幼馴染。今ライブツアーで関西の方行ってて、もうすぐ来るんだと」
「へぇー。楽しみだなぁー」
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数日後。
今日は土曜日で、午前中の4時間を使って練習をする。
いつものアップとパターン練を1.5倍で行い、1.5人試合をし、最後にダブルスを数回やって終了となった。
「はー、今日もキツかったねー。ねーマーちゃん、明日もこんな感じでやるのー?」
「ああ。まあ今日はさすがにキツかったみたいだし、明日はもうちょい易しくするけど」
「はー、そうしておくれ」
「頑張ってるみたいですね」
そこで組籐先生がやってきた。
多分あの件についてだろうと思い、俺は口を開いた。
「ども、センセ。あの件ですか?」
「ええ。申し込みの準備は整いました」
「どもっす。全員集合!」
早めにと思い、片付けを後回しにして集合をかけた。
「3週間後、近くで個人の区民大会が開催される。まだこのメンバーはシングルスもダブルスもはっきりしてないが、参加できるやつはできるだけ参加してくれ。いけるのは何人いる?」
急だとは思ったが、予想通り全員が手を挙げた。
「よし。ちなみに今回はシングルスの試合だ」
「え?リリ、ダブルスの方が得意なのに」
そこで桜咲から反対意見(?)が出た。
「まあそれは承知だが、ダブルスのフォーメーションチェックは練習でもできる。だが今回の試合では、個々の技能や持ち味が外に出てどれだけ通用するかを見たいんだ」
「なるほどね。まあ出来なくはないしいいけど」
桜咲も了承したところで、全員に申し込み用紙を配布してまた一言。
「まあ出るからにはもちろん優勝狙いでいく。大人も混じっての大会だが遠慮はするな。あと、シード以外のやつとの初戦の場合は、負けたら罰ゲームなのでよろしく」
ええーっ、という3人に微笑しつつ、片付けを促した。
まあ罰ゲームといっても軽いもんだけどな。
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大会当日。
朝の8時という少し早い時間に俺とフーは席をとるために会場につき、階段近くの席をキープすることに成功した。
2人に席の連絡をいれ、30分後には先生を含めた全員が揃った。
「開会式まであと少しだな。軽く外走るか」
「だな」
俺の提案に弥が立ち上がり、女子2名も続いた。
「じゃあセンセ、荷物番お願いします」
「はぁい。いってらっしゃい」
帰ってくると、先生がトーナメント表を見ていた。
「もらってきたんすか?」
「はい。そこを配っている人が通ったので」
プログラム表って配るもんなのか?
最近の区民大会は気がきくなぁ。
「皆さんの分も貰っておきました。これを含めて3冊だけですが」
「いえ、あざっす」
軽く礼を言ってプログラムに目を通す。
今回の試合形式はトーナメント式で、2ブロックに分かれて争い、上位2人が決勝トーナメント進出という形だ。
時間短縮のため、ファイナルマッチはなし。
俺は……Aブロックの第6シード。
中学時代の戦績が評価されたみたいだ。
弥はシード枠でも最下位争い枠でもない普通のところだ。
あいつはBブロックだから、あたるとしたら決勝トーナメントでだな。
女子2人はAブロックでマチマチだ。
今回の大会規模は体育館から感じていたが、男女ともに50人程度のあまり大きいとは言えないのものだ。
「音宮君第6シードだって」
急に俺の肩越しに桜咲が顔を出した。
「ああ。まあお前らもがんばれよ」
「うん。お互いにね」
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「あーもう悔しい!くーやーしーいー!」
「まあ確かにね。ファイナルがあったら冬美ちゃんの勝ちだったと思うわ」
無念の敗退に憤慨するフーとそれを慰める桜咲。
昼の12時半前、ギャラリー外の屋上。
4人全員の試合時間が少し開くため、この隙を縫って昼飯を食べている。
最も、フーは試合がもうおわったのだが。
試合経過はまあ順調だった。
午前中に、俺と桜咲は4試合、他のフーと弥は3試合を組まされた。
ただ残念なことに、フー以外の4人はその時点で全勝だったのだが、フーだけは3回戦敗退となった。
3試合目の相手は、大柄な大学生だった。
「でも相手のスマッシュ速かったなー。後半バテバテだったけど」
「そうだよ!ファイナルさえあればあのままバテバテバテになって勝ってたのにー…」
「まあ予選準決でリリあたるから、仇とってあげるわよ」
「がんばれリアちゃん!」
不敵に笑う桜咲にフーがエールを送る。
昼食を終え、桜咲はコートに移動し、俺達はギャラリーに戻る。
その後も順調に試合は進み、いよいよ決勝トーナメント。
あの後、弥が4回戦敗退し、決勝トーナメントに進んだのは俺と桜咲だけだった。
桜咲はフーの仇討ちにも成功し、Aブロックを1位通過、俺は接戦の末に2位通過となった。
そして、本戦準決勝。
「リアちゃーんがんばれー!」
握手とジャンケンを交わし、試合がスタートする直前になってフーがエールを送った。
桜咲の相手は30代半ばのおばちゃん。
「ラブオールプレイ」
主審の号令とともに試合が始まる。
サーバーの桜咲は、様子見に高いサーブをあげる。
5ラリー程続き、あっけなく桜咲がとった。
その後も特に危なげもなく試合は進み、1セット目は21ー15で桜咲がとった。
「やったー!リアちゃーん!」
「2セット目もいけるぞー!」
フーたちの声援に、桜咲はアスリート然とした笑みとガッツポーズで返す。
「結構相手ちょろいじゃん。このまま決勝行くんでない?」
油断たっぷりの顔で弥が言った。
「まだ終わってないぞ。相手はあんまり汗かいてないし、貯めてた可能性もあるぞ」
「それはないでしょー。そうだとしても15点ならリアちゃんならすぐとれるよ!」
2セット目、改めて桜咲のロングサーブから始まる。
しかし、相手はそれをネットギリギリのドロップで返した。
ドロップは後ろから相手コートのネット際に落とすように打つ技だが、相手のそれは普通ではなかった。
「あんな際どいドロップ見たことない……!」
「ああ、俺もネットを越えるまで入らないと思ってた。なんて精度だ…」
それだけではなく、相手の得意技はもう一つ、前方で相手コートのネット際に落とすヘアピンという技があった。
シャトルの回転次第でコントロールが難しくなるこの技を完璧に使いこなし、18ー9のダブルスコアで桜咲を追い込んだ。
「やばいね……せめてあと7点とれたら…!」
「そう考えたら終わりだ。桜咲ー!諦めんなー!」
俺の叫びに桜咲は強く頷いたが、やはり不安がとれないらしい。
相手は残り3点。
ここからは相手もスパートをかけてくる。
相手のサーブがあがった。
桜咲はネット前に落とし、相手はそれをネットで返すが、なんと桜咲はそれを読んでいた。
全力でダッシュし、高度が下がりすぎないうちに下からラケットを入れ、水平から約30度の角度で相手コートの後ろめがけて鋭く飛んでいく。
「やった!リアちゃん!」
しかし、相手も動じなかった。
素早く後ろへ飛ぶと、小手先としか思えないスナップでクリアを上げた。
クリアは後ろから相手コートの後ろまで高く飛ばす技で、不意を突かれた桜咲は満足に下がりきれず落としてしまった。
俺たちが唖然とする中、フーが口を開いた。
「な、なんであれであんなに飛ぶの!?」
女性の力のスナップだけであれだけ飛ぶのは、俺もあまりに信じ難かった。
結局その試合はそのまま相手の勝ちとなった。
その後の3位決定戦に備えた休憩をとるため、一旦こちらへ戻ってきた。
「お疲れ様。惜しかったね」
フーは慰めたが、桜咲は小さく頷くだけで喋ろうとしない。
やがて……一筋の涙を合図に、桜咲は小さく泣きじゃくり始めた。
「うっ………ふっ……ぅっ……」
あー…よっぽど悔しいんだな。
それを見て、フーは優しく桜咲を抱きしめた。
「惜しかったね。お疲れ様。よく頑張ったよ」
桜咲はフーの言葉にも小さく頷くだけだった。
その後、俺は決勝に進み惜しくも敗退。
最終結果は俺が男子の部で1位、桜咲が女子の部の3決を制し3位となった。
会場を出る時、桜咲はもう元気になっていたが、少し気になったことがあった。
「組籐センセ。今日ヒマじゃなかったっすか?」
なんかこの人、今日はずっと席で荷物番をしてたから、来なくてもよかったのにと今更ながら思う。
「いえ、ずっと試合を見てました。顧問になったからには、外の世界の上手い人の技術もよく見ないといけませんから」
なんかこの人、新任の人らしいけど真面目だなあ。
「では私はこれで。夜遅いので、気をつけて帰って下さいね」
「うぃーす。おつかれっしたー」
軽く挨拶をしておくると、後ろから桜咲に背中を叩かれた。
「ね!打ち上げ行かない?焼肉焼肉!」
こいつ、そんなに焼肉行きたいか。
「まあ俺はいいけど、誰が来れるんだ?」
「女子は全員来るよ。あとは音宮君と八々雲君だけ。八々雲どうする?」
「じゃあ俺も行くよ。久しぶりだしね、焼肉」
「よーし!じゃあ皆で行こう!」
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あの後、フーが今日は持ち合わせがないということで、俺が2人分払うこととなり、近所の焼肉屋に向かった。
こないだより安くて大きいところに入り、座敷の広い部屋に腰かけた。
「あー疲れたー。つかあっちーなここ」
言いながら俺はジャージを脱いだ。
「確かに暑いわねー。あ、音宮君、ジャージかけとくわ」
「おー、悪いな桜咲」
「久しぶりの焼肉だねー!何食べる?」
「俺とハヅマは塩タンとハラミとチシャナがあればいいよなー?」
「あー」
「リリはカルビね!音宮君、先にドリンクバー行こ」
「おー。じゃあお前ら注文よろしくー」
「はいはーい」
注文とドリンクバーが数分後にやっと揃い、乾杯をとることになった。
「じゃー部長!一丁よろしく!」
急に桜咲がチャラい後輩みたいになって言ってきた。
「へいへい。じゃあ、星藍バド部の初試合の健闘を祝して、カンパーイ!」
「「「カンパーイ!!」」」
一斉にグラスをかち合わせ、手頃に焼けた塩タンを皆でどんどん口に運ぶ。
「はぁー、とろける〜!」
桜咲が感想の口火を切った。
そんなに食いたかったのか。
「はぁー、それにしても今日はやけに疲れたねー、マーちゃん」
「久々の試合だったからな」
「でも音宮君、最後の試合惜しかったわね。もう少しで勝てたのに」
「そうか?ストレート勝ちだったし、相手確か関西で1部リーグの大学でやってる人だったしなー。勝ちたかったけど」
「すごいわね、1部リーグなんて。リリももう少しだったのになー」
「お前はあと7点だったもんな。まあ3決は割とあっさり勝ってたじゃん」
「でも勝ちたかったなー準決」
その後2時間かけて駄弁りまくって解散になった。
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「はー食べた食べた!お腹パンパン!」
「女子があんまそーいうこと言うんじゃねえよ」
「マーちゃんだからだよー。でもなー、明日からはまた練習がキツくなるんだよなー」
「いや、明日からは練習時間は短めにする」
「お!?ついにこの想いがマーちゃんに…」
「違う。再来週は中間テストだろ。その勉強のためだ」
「う」
そう、再来週は高校初の定期テスト。
組籐先生に言われて、明日からは練習時間を短縮するのだ。
「まーいーや。マーちゃんいるんだし」
「よくない。テストまで俺は仕事が忙しくなる。お前に構ってる時間はない」
「そんなー!仕事と私とどっちが大事なの!?」
「どこの奥様だ。自分で何もしようとしないやつよりは仕事が大事だ」
「ぶー、マーちゃんのいじわる」
またふてくされたか。
こいつはすぐこれだな。
「ったく……じゃあ、テストの点がよかったら何かご褒美でもやるよ」
「ホント!?」
「ああ」
「やったー!見てろよーやるからには優勝だぜ!」
「それは立派だな。そんな立派な人に平均点越えただけで褒美をやるのは失礼な話だな」
「ああーんうそうそ!絶対無理だから!」
忙しないフーの頭をポンポン叩き、夜道を歩く。
まー、仕事忙しくなるってのは嘘なんだが。