第18話
第18話
文化祭、最終日の夜。
俺は女の子を1人お持ち帰りしました。
いや部活仲間だけど、てゆかリリアだけど、何とこいつは酔っている。
一人暮らしのこいつを家に帰すのは問題があるということで一人暮らしの俺が一晩面倒を見ることとなったのだ。
バイクの前にこいつを乗せ、そいつを抱え込むように運転して帰るのはなかなか骨だった。
いや、それ自体は簡単なのだが、何かこいついい匂いするし、小さくて男と取っ組み合いした時とは明らかにちがう柔らかな感触で華奢な体を抱くのは神経が費やされる。
とまあ無事とは言いがたく帰宅した俺は、リリアを肩越しに腕を掴んで背負うようにして中に入れ、まだ酔いも醒めず寝落ちもしないリリアをソファに横たわらせた。
「どうだー?気分は」
ソファに横たわるリリアの顔を覗きながら訊くと、
「ん〜〜、好調校長絶校長ーー!にぇへぇ…」
……絶不調だな、うん。
とりあえず水でも飲まそう。
あとは風呂だな………1日くらい大丈夫、と思いたいが俺はその考えについては否定派だ。
それに女の子ってそういうの気にしそうだし。
とりあえず花乃あたりに相談してみよう。
『んー、まあ大丈夫だと思うよ』
「そうなのか?」
『まあ酔っ払ったんじゃしょうがないよ。それに毎日お風呂に入ると逆に健康に悪いって説もあるし』
「え、まじ?」
『まじ。まあ明日になったらリリリんも醒めてるだろうし、朝に入らせてあげたら?明日は土曜日だし』
「なるほどな。サンキュ、助かったわ」
『じゃあ今度ケーキおごってねー』
「へいへい」
『約束ね!じゃ、バイビー』
そう言うと花乃は電話を切った。
「つか了承しちったけどこんなことでおごらせるのかよ」
「ハ〜ヅ〜マ〜くん♡」
声がしたほうへ振り向くと、横たわったリリアがソファに座り直そうとしていたところだった。
「おい大丈夫か?」
俺はリリアの体を支えて起き上がるのをサポートした。
「ん……ありがと」
まだ仄かに赤い顔でリリアは礼を言った。
「ほわあ〜〜、ハヅマ君のほっぺだ〜〜」
言いながらリリアは俺の頰を両手でつねってきた。
「いででででで!」
酔っているせいか力加減がデタラメで、あっちに引っ張りこっちに引っ張りで痛すぎる。
「はぁ〜〜プニプニ〜〜♪」
「男の頰がプニプニなわけ……」
やっと離してくれた頰を押さえながら言うと、
「ねえ……もっとこっちにきて」
「え、えっと…これでいいか?」
「だめ、もっとぉ……」
甘えた声で言ってくるリリアに合わせていると、リリアは俺の髪を横から撫で出した。
「ハヅマ君の髪ってツヤツヤ〜〜。うらやま〜〜」
「男の髪なんて…いって!」
言っているとリリアは急に俺の髪を引っ掴んでぶち抜いた。
今の絶対10円ハゲ……いや500円ハゲでもできたかも。
「ねえハヅマ君」
「こ、今度は何だ?」
「手、かして」
「は?手?……ほら」
俺は恐る恐る右手を出すと、リリアはそれを両手でいじり始めた。
「はわぁ〜〜♪キレイな指先♡」
しばらくいじったり角度を変えて見たりしていたのだが、突然リリアは俺の手を真っ直ぐに見つめた。
「?どした?」
何となく構えてしまう沈黙が続いたかと思えば、リリアは急に俺の人差し指をその口に入れた。
「な!なななななななななな!!」
慌てて俺は手を引っこ抜いた。
「ななな何してんの自分!」
「あはっ♪ハヅマ君の指おいしかった〜〜♪ハヅマ君の反応も可愛い〜〜♡」
こ、こいつもうダメだ……。
俺はその後も酔ったリリアを相手に苦戦を続け、小一時間で眠りに就いた。
俺はソファで寝たリリアに毛布をかけ、体を傷めないようにだけ体勢を整えた。
「全く、酒弱すぎだろ」
毛布をかけながら嘆息したが、不思議と気分は悪くなかった。
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その夜、リリアが9時に寝て俺もその時間に寝た。
その時間に寝れば、午前12時過ぎには起きられる。
もしリリアが俺が寝てる間に起きたら混乱するだろうからな、色々説明してやらないと。
そして午前12時14分、起床。
「ふぅ………仕事探すか」
勉強を3時間ほどして休憩時間になると、しがないおっさんみたいなことを言いながら花乃に昨日もらった音楽制作会社の応募雑誌を部屋から持ってきた。
バイトで入るのは嫌だがやはり学校のこともある。
オリジナルの曲をどっかの会社に持ち込んで、フリーとして活動しよう。
そんなことを思いながら数十分雑誌を眺め、大まかに3社ほどにマークをした。
あとは…
「ん…………っ……」
お、リリアが起きたみたいだ。
「ん……ここは……?」
「おはよう」
とろけた顔で状況確認をしようとするリリアに俺は挨拶した。
リリアは俺を見るとしばらくとろけた顔のまま眺めていたが、次の瞬間。
「…な…なんでハヅマ君がここに………!?」
「なんでって、ここは俺んちだからだよ」
「俺んち!?え!?え!?」
また激しく動揺してんなぁ。
「何も覚えてないのか?あと今、夜中だからあんまでかい声出すな」
「え、ちょちょっと待って。落ち着かせて」
おう、落ち着け。
俺はその後全てをリリアに聞かせた。
打ち上げで弥の酒で酔ったこと、1人で帰すのが危ないからうちに泊めたこと。
「よ、酔ってた……?」
「ああ」
「そ、そうなんだ……」
「まあそれについては忘れることだな。それよかどうする?これから」
「どうするって?」
「家に帰るなら今からでも送るし、風呂入りたいなら貸すし、メシ食いたいなら何か作るし」
「んー、じゃあ帰るけど、その前に聞きたいことっていうか、話しときたいことがあるの」
「…………今朝のことか?」
「!何でわかったの?」
「俺も気になってたからな。誰がいつ、どうやってやったのか」
そう、俺も考えていた。
俺たちの出し物は当日となって全壊させられていた。
とりあえず文化祭の件は一件落着だが、これで全てが終わったとは言い切れない。
「そうなの。前日の夜にリリ達で確認したものね」
「破壊されたのはその後ということだな。だが俺たちがチェックしたのは下校時間ギリギリだった。前日にやるのは難しい。先生連中も巡回してただろうし、あれだけ派手にやったなら音を隠すのは不可能だ」
「じゃあ朝早く来てやったとか?」
「それも無理だろ。朝は6時から開くらしいが、その時点で結構な数が登校してたはずだ」
「じゃああと考えられるのは……夜中?」
「そこだけだろうな。だが星藍の夜中のセキュリティはかなり厳重と聞く。校舎内にはピッキングで入れただろうが、その前に校門や塀を越えるのは至難だ」
「ハッキングでもしたとか?それとも自由にセキュリティを解除できる人間の仕業か……」
「まあそんなとこだろうな。明日じっくり調べてみるけど」
「え、調べるの?」
「当たり前だ。今後もこんなことが続かないとは限らない。俺たちの文化祭は成功したんだ。もっとひどいことだってしてきかねない」
俺の言葉にリリアはしばらく唸っていたが、やがて顔を上げた。
「じゃあリリも行っていい?」
「は?」
「リリも調べてみたいの。迷惑でなければだけど」
「……………」
おそらく、こいつはあのことを気にしてるんだ。
必死なんだろうな。
「わかった。ただ1つ言っておく」
「ん?」
「俺たちは決してお前を疑ったりはしない」
リリアは俺の言葉の真意を正確に読み取った。
やがて、
「うん…ありがと」
小さく礼を言うと、その後バイクでリリアを家まで送った。
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次の日の土曜日。
俺とリリアは午前練終了後、校舎内を回った。
まずは職員室からだ。
前日の巡回、当日の朝の開校直後の様子、夜中のセキュリティについて知るためだ。
そして聞いたところ、前日は午後9時半まで先生達で巡回をしていて、その時間になると3人の先生を残してあとは家に帰ったという。
あと、その日は文化祭準備のために学校に泊まった生徒もいたという。
生徒会を通して聞き出したところ、前日泊まっていたのは教師3人の他に、軽音部6名、2ーG4名、手品研究会4名の、計17名だそうだ。
割と少ないほうらしいが、こっちにとっては容疑者を絞れてむしろ好都合。
夜中のセキュリティについては、侵入すれば警備員か教師の誰かが絶対に気づく状況だったらしい。
つまり泊まっていた17名の中に犯人がいないとすれば、外からセキュリティをかいくぐれる人間か、セキュリティを自由に解除できる人間の仕業ということだ。
俺たちは意見をまとめるため出し物で使った特別室に移動した。
「とまあここまでが手に入った情報というわけだ」
「でも先生がやったのは考えにくいわよね」
「言い切れはしないけどな。ところでセキュリティを自由に解除できる人間は限られるが、ハッキングとなれば突き止めようがないな」
「容疑者をまとめましょ。泊まっていた先生3人、軽音部6名、2ーG4名、手品研究会4名、セキュリティの解除ができる人、ハッキングができる人」
「先生3人はずっと職員室にいたから共犯でない限り犯行は無理だな。その線は今は置いとこう」
「じゃあ次は軽音部と2ーGと手品研究会ね」
「じゃあまず軽音部だ」
俺たちは泊まっていた軽音部員の名前のリストを持って軽音部の練習部屋に向かった。
「すいませーん!文化祭2日目の夜に学校に泊まった6人に話を聞きたいんですけどー!」
俺は軽音部の練習部屋を開けるなり叫んだ。
一応生徒会役員に取り持ってもらうためついてきてもらったが、自分の口で言わなきゃな。
丁度休憩中だったらしく、戸惑いつつも泊まったらしき6人は速やかに集まってくれた。
話を聞くべく廊下に誘導する。
「あなたたちが文化祭2日目の夜に学校に泊まった6人ですね?」
つれてきた生徒会役員の遠野さんの問いに6人は頷き、早速事情を話し始めた。
「文化祭3日目の朝、バドミントン部の出し物が壊されるという事件が起きました。今は文化祭2日目の夜に学校に泊まった人達に話を聞いて回っています」
遠野さんの饒舌な説明に6人はざわめいた。
「このお二人はバドミントン部の人達です。2日目の夜の6人の動向を詳しく聞かせて下さい」
遠野さんの問いに右端の男子が答えた。
「俺たちはあの日は普通に練習してただけだよ。音が出ないようにだけして1時くらいまで練習して、朝6時まで寝てまた練習して。そんだけだよ」
「夜中に起きた人はいますか?」
再び遠野さんの問い。
それに小さく手を挙げたのは2人。
背の高い女子と荒苦しい男子。
「ではお二人は何時頃起きて何をしましたか?」
「オレはちょっとトイレだよ。確か4時前だった」
「アタシは別に何となく目が覚めちゃっただけ。多分こいつが起きた音に反応したんだと思う」
「ではお二人とも4時ほどというわけですね。音宮君、何か訊きたいことはありますか?」
遠野さんはいきなり俺にふってきた。
「いや、だいじょぶっす」
その後も聞き込みを続け、全てが終わった頃には4時をまわっていた。
結局得られたもので有力なものはなし。
「はあー、結局何も見つからなかったわね」
「とりあえずこの件は保留にしよう。あいつらにはできるだけ犯人に付け入る隙を与えないようにだけ呼びかける」
「でもそれでいいの?」
「情報はそこそこ揃ったしな。隙を作らないようにしておけば犯人がまたアプローチしてきてもでかいことは出来ないしこっちには情報が入るだけ。ヤケクソになってデカイことやらかすならジ・エンドだ」
「んー…まあ仕方ないわね。もうすぐ新人戦だし」
「ああ。あいつらにこの事は明日話そう。今はとにかく練習だ」
「うん」
そう言って俺たちも家に帰った。