第17話
第17話 転結転
文化祭3日目。
今日はついに昼から俺たちバド部の出し物、『レーザーラビリンス』と『牢獄屋敷』が始まる。
開始が昼からなので、メイクを始めとした準備を午前中にする。
だが今日は3日前に受けた作曲の仕事のアップの日だ。
文化祭に夢中でなかなか進まなかったが、今日の午前中を使えば完成し、文化祭にも間に合う。
昼の直前に学校に行くことは前もって連絡してあるし、午前中は腰を据えて…
『ずっと鳴り止〜まな〜いのは〜♪光輝〜きの〜お〜と〜♪どんなに………』
と、電話、フーからだ。
「もしもし」
『大変だよマーちゃん!出し物が壊されてる!』
「は!?」
急に知らされたのは、出し物が壊されたという知らせだった。
「どういうことだ!?」
『朝、特別室に来たらイスもバラバラでお化け屋敷の仕掛けも全部メチャクチャにされてる!』
「まじか……!?」
なんてこった。
まさか当日に壊されるとは。
『マーちゃんお願い!今からこっちに来て!何とかして!』
電話の向こうからは花乃の啜り泣く声も聞こえる。
とにかく困ったことになった。
素材はあってもあの仕掛けは1ヶ月かけて築いたもので、まともに作り直してたら昼までには絶対終わらない。
この状況を覆すには俺が不可欠だと思って電話をしてきたんだろうが、俺は今仕事を受けている。
この仕事を下りた作曲家は契約破棄にされたという話も聞いた。
そこまで大事な企画を俺が潰すのは………いや。
そんなことも言ってられない。
『マーちゃん?』
「大丈夫だ。俺がそっちに行って何とかしてやる。状況を詳しく教えろ」
『うん。まずレーザーと反射鏡が全部壊されてて、予算での買い直しには絶対足りない』
うちの学校の文化祭の予算は途轍もない額だが、その代わり資材は絶対それだけで揃えなければならない。
今からレーザーを買い直す予算などない。
『あと、イスもめちゃくちゃ。お化け屋敷は仕掛けも通路も壊されてて、方向感覚を狂わせる装置も壊されてる』
「全ボツってわけか。わかった。お前らは俺が行くまでにイスの撤去とお化け屋敷の通路の修復を大至急でやっといてくれ」
『わかった!早く来てね!』
「ああ」
そう言って電話を切った。
それにしても、俺のダチを泣かせるとはいい度胸してやがる。
それはともかく仕事だ、もう断る他ない。
早速俺はプロのほうに電話をかけた。
「もしもし、音宮です」
『ああ音宮さん。進捗はどうですか?』
完全に俺を信頼しきった声に躊躇いつつも、俺は正直に謝罪を始めた。
「すみません。学校の文化祭でアクシデントが発生しました。今回の仕事はキャンセルさせて下さい」
『え、えええええ!?そんな困りますよ!』
「ご迷惑をおかけしますが、こちらも緊急事態なんです。ご理解下さい」
『そんなこと…あ、部長!』
『変わったよ、音宮君』
「部長さんですか。申し訳ありませんが…」
『話は聞いたよ。でもね、この仕事を下りたら、我が社は君の契約を破棄しなければならない』
「!?」
『前任者も下りたことで契約破棄になったことは聞いているだろう?このプロジェクトには社運を僅かながらかけている。むしろここまで引っ張ってキャンセルされるなら、損害賠償も請求せざるを得ない』
「損害賠償…?」
確かに、ここまで引っ張ってドタキャンしたらプロジェクトそのものが崩壊する。
ましてや社運もかかっているのだから、損害賠償くらいのことは当たり前だ。
だがそれがあいつらを見捨てる理由にはならない。
「わかりました。誠にご迷惑をおかけしますが、この仕事はやはり下りさせてもらいます」
『それとね、その場合は本藤君も解雇となる』
………!?
本藤といえば本藤花乃、あいつのことだ。
『君はもともと彼女の紹介だっただろう。君を紹介したことはまず彼女の責任であり、そんな君を紹介した彼女の真意も問われる。まだ確定ではないが、彼女を解雇する可能性は高く、そうやって学校の事情で何かと仕事に差し支えが来るなら尚更だ』
「……………」
俺がさっきからけなされているのは置いとこう。
俺はともかく花乃までとは………。
部長さんの言うこともわかるが、あいつに迷惑を…いや。
俺はあいつとは7年以上の付き合いだ。
その俺に言わせれば、花乃ならそれでも文化祭をとるに違いない。
あいつにはアイドルをやる特別な理由もないし、辞める覚悟などいつでもあった。
何より、俺がここまで切羽詰まった状況にあると知っていながら頼ってくれたダチを、見殺しになんて。
「発言に変更はありません。この仕事は辞退し、契約破棄の件も承知しました。社長にはお世話になりましたとお伝え下さい」
それだけ言うと俺は電話を切った。
さあ、急がねば。
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学校に着き、特別室に行くと確かにめちゃくちゃだった。
お化け屋敷も惨害に襲われており、レーザーも機材ごとめちゃくちゃだ。
指示通りにイスの撤去とお化け屋敷の通路の修復は進んでいるようだが、開始まであと3時間強。
勝負の3時間だ。
「あ!ハッチ!」
まだ少し泣きじゃくりながら花乃が俺をよび、4人が駆け寄って来た。
「散々みたいだな」
「とりあえずイスは全部撤去したわ。お化け屋敷の通路はもう少しかかりそう」
「わかった。レーザーとお化け屋敷、両方の仕掛けを変更する」
「どうやってだ?」
「レーザーは新しく買い、1人のワーカーがそれを持って動かすんだ。レーザーを繋げる装置も買って、規則的な動きと速度なら予定と同じ難易度になる」
「でも予算はもうないわよ?他から調達するのは禁止だし」
「生徒会には俺から話をつける。お化け屋敷だが、方向感覚を狂わせる仕掛けは難しそうだ」
「でも、それがないと方向感覚を充分に狂わせられないんでしょ?そしたら怖さなくなっちゃうよ…?」
花乃が未だに泣きじゃくりながら言った。
「俺が方向感覚を狂わせる。通路の裏を客の動きに合わせて移動して方向感覚を狂わせるんだ。その辺は本を漁ってるから安心しろ。仕掛けはろくろ首と赤ん坊のやつを左前上で絡めれば何とかなる。あと、花乃は第4コーナーで前の客のフリして瞬間メイクで驚かせればフランケンを諦めてもクオリティは落ちない」
「うん…うん……!」
花乃の顔にもようやく元気が戻り始めた。
「さっそく取りかかれ!フーはこの紙の通りにイスを並べて、弥たちはお化け屋敷だ!俺は生徒会に話しをつけにいく!急ぐぞ!」
「「「「おー!!」」」」
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「あー!3回目だー!」
「ざんねーん!またお越しくださーい!」
「よっしゃーつぎ俺な!そこをこのタイミングで通るから……よしっ!」
「きゃーーー!!」
「ねえここさっき通ったよ?何で出れないの?」
「し、しらないわよ!なんなのこれえ!?」
「多分あっちでしょ!?ほらはやきゃーーー!!」
「きゃーーー!!」
文化祭4日目、夕方5時。
ついに俺達は『レーザーラビリンス』『牢獄屋敷』ともにクオリティを落とさず成功させ、部活部門の最優秀賞を受賞し、特別室に戻った。
「「「やったーーーーーー!!!」」」
「「よっしゃーーーーー!!!」」
俺たちはニヤニヤしたまま特別室まで行き、室内に飛び込むと同時に達成の歓声を上げた。
あれほどのことがあっても迅速に対処し、最優秀賞まで取ったことは生涯忘れないだろう。
「ホントによかった!まじハッチのお陰!」
「全員がいたからだろ。まあ大変だったが」
「なあ!祝勝会しようぜ!」
弥は言いながらでかい袋から文化祭で買った焼きそばやたこ焼きやその他もろもろと、缶ジュースやペットボトル、紙コップや紙皿を取り出した。
「おー準備いいな弥」
「ほら配れ配れ、紙コップと紙皿」
弥はさらに敷物を出し、その上に折りたたみの机まで出した。
「ルンルンすごい持って来たじゃん!」
「そりゃ盛大にやりたいからな!あとで二次会も行くか?」
「じゃあこの近くのスイパラ行きましょ!」
「お、いいじゃんそれ。よっし、じゃあ皆グラスは持ったな!」
俺は全員が紙コップを持ったのを確認し、立ち上がった。
「それでは、俺達の最優秀な頑張りを祝して、カンパーイ!」
「「「「カンパーイ!!」」」」
その後は校庭で行われている後夜祭も無視して俺たちは騒いだ。
飲んだり食ったり、何も考えず成功を祝いあった。
ところが。
「あれ?おいどうしたリリア!騒いでるか!?」
今日ばかりは俺もテンションが高くおっさんみたいになり、缶ジュースを持つリリアに話しかけると、
「……ハヅマ君」
「ん?」
ゆったりした声で俺を呼ぶと、リリアは俺に振り返った。
「ハヅマ君の眼って………キレイ……♡」
「は?」
え、なにそれ。
見ると、リリアは顔が赤く胡乱げな目でにやついている。
「あ、ああありがとう?」
「え〜、何その変なハンノ〜。照れてるのぉ〜?」
「は?いや照れてるっつーか。つかお前どうし…」
俺はやっとリリアの持っている缶ジュースに目をつけた。
そこにはこう書いてあった。
『ほろよい はちみつレモン』
「あー、リリアちゃん酔っ払ったかー」
不意に後ろから弥の声がした。
「おい弥、これって……」
「ああ、ほろよい?俺がジュースに紛れさせて持ち込んだんだ。だーいじょぶだって。先生対策もしてきたし」
「ドアホーーーーーー!!!」
俺は興奮のあまり弥をゲンコツで気絶させてしまった。
「ぐほっ!」
「あ、ワリィ」
そんなことを言ってももう遅かった。
だが、それより今は……。
「ハ〜〜ヅ〜〜マ〜〜く〜〜ん♪」
よろよろになりながらリリアは後ろからその小さな体を俺の背中に被せた。
「おわ!リリア!」
「ナ〜〜ニ〜〜?ふわぁ〜、ハヅマ君の体って固いんだねぇ〜〜♪」
「ちょっ、お前被さんな!」
「え〜なに照れてるのよ〜〜。あ、もしかして体臭気にしてるのぉ〜〜?」
「ちがう!」
「スーーーー。ふわぁ〜〜、ハヅマ君いいにお〜〜い♪」
「ちょっ!だからお前離れろって!」
俺が慌ててリリアを引き剥がすと、リリアは割座で俯いた。
「なんで……?」
「え?」
「なんで………そんなこと言うの……?」
顔を上げながらリリアは震える声を出した。
つかめっちゃ泣きそうになってる!
「なんでよぉ〜!なんでそんなこと言うのよ〜!」
リリアは投げやりに駄々をこねるちびっ子のように体をくねらせながら泣き出した。
「と、とりあえず落ち着け。お前完全に酔ってるから」
「酔ってないわよ〜〜!」
だめだ、どうしようもない。
「ねえマーちゃん。どうしたの?」
すると後ろから花乃とフーが覗き込んできた。
「こいつもうダメだ。弥の酒で酔ってる」
「え!これで酔ってるの?リリリんってお酒弱いんだなー」
「つかお前らも飲んでるのかよ」
「だいじょぶだよ、フー達酔わないから。でもせっかくだから写真撮ろっか」
「あ!それいい!」
「いいわけあるか!高校生が酔ってんのに!」
「まあまあお固いこと言わずに、どうせだから動画で。ほらマーちゃん、もうまわしてるよ?」
「お前ら余裕だな!あーもうほら、リリアリボン外してんじゃねえよー」
「だって暑いも〜〜ん」
「はい、こちら第4特別室では学年一の美少女、桜咲梨里杏氏が酔っ払ってます!」
「花乃もリポートしてんじゃねえ!」
「雰囲気作りだって」
「ほんっと呑気な」
「ね〜ね〜ハヅマく〜ん。リリのこと嫌いなの?」
「いやそうじゃねえって。とりあえず落ち着け」
「わぁ〜〜、じゃあハヅマ君リリのこと好きなんだぁ〜〜♡」
「そうでもない!いや人としては…まあその…そこそこ好きだが」
「な〜〜に〜〜?ハヅマ君また照れてるの〜〜?」
「ちがうって。ほらリボンしっかりつけろよ」
そう言って俺はリリアのリボンを締め直そう胸元に手を出すと、
「やんっ♡も〜〜ハヅマ君ったら〜〜♪女の子のシャツ脱がそーとして〜〜♪」
「ちがう!」
「あ〜〜慌てた〜〜♪ハヅマ君はリリの服脱がそーとしてたんだぁ〜〜♪も〜〜ハヅマ君のエッチ〜〜♪ムッツリスケベ〜〜♪」
「………ごめん、もうギブ」
「あははははははっ!いい動画撮れたよ!」
「いやー!ハッチ面白いねー!」
「こいつ酔いから醒めたら絶対羞恥で死ぬな」
リリアはその後も暴れまわっていると、弥が目を覚ました。
「いってててて……ハヅマお前本気で殴ったろ」
「あ、いや本気ではないが……まあすまん」
「それより弥見て!面白い動画撮れたよ!」
「ん?どれ?」
「フー、あんまり見せびらかすなよ」
「そういえばハッチ、リリリんどうする?」
「この様子じゃ家に帰すのもなぁ。こいつ一人暮らしだし心配だ」
「じゃあどこかの家に泊めよっか」
「それしかないが、親に見つかると厄介だぞ。女子高生がベロベロに酔ってんだから」
そう言いながらリリアを見ると、フーに抱きついたり菓子をねだったりしている。
「んー、じゃあハッチの家に泊めてあげたら?」
「は!?俺んち!?」
「え、なになにどしたの?」
するとニヤニヤと動画を見ていた弥がこちらに顔を向けた。
「いや、こいつ一人暮らしだし酔っ払ったままだと心配だから誰かの家にな」
「じゃあ俺んちで!」
「却下」
「けど今ハヅマの家とか言ってただろー」
「だって親に見つかると厄介らしいし、ハッチの家ならだいじょぶでしょ?」
「つっても男の家だぞ。フーか花乃と一緒にホテルにでも泊まればいいだろ」
「こんなことにお金使ったらダメだよ。もうハッチ無職なんだし」
「…あー…て、俺の本職は学生だぞ」
そう、こいつには既に芸能プロの契約破棄の件は話してある。
花乃は何とか解雇を免れたが、俺は現在無職だ。
いや、だから元から本職は学生だけどさ。
「まー適当な音楽の制作会社に応募してみるよ。それはともかくリリアだ。別にビジネスホテル1泊分なら出せるよ」
「まーでもたまにはいいじゃんこーゆーのも。リリリんもハッチに嫌われてるのかーとか気にしてたし、そうじゃないってとこ示さなきゃ」
「それは酔ってる時の話だろ?…たく、まあいいか」
そんな感じで、今日はリリアをうちに泊めることになりました。