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Forte Vanno  作者: 月神 莉緒
13/19

第13話

第13話 意外


 8月になった。

 この間開催された合宿はまだ記憶に新しいが、お盆が明けたら今度は大阪へ練習試合合宿となる。

 夏休みの終わりまで後20日を切った。

 そして今日からは俺も気合を入れて…


 「ハーヅーマー君!あーそーぼー!」


 全く、あいつはいつまで経ってもガキだな。

 「よ、花乃」

 俺はリビングから庭に出た。

 やはり花乃が塀越しに叫んでいた。

 だが、いつもの様なオシャレはしていない。

 リボン付きの麦わら帽子からはみ出るポニーテールはいつものカジュアルなアレンジを失くしている。

 2枚のタンクトップ、オシャレを忘れたバッグ、というかナップサック。

 その恰好を見て俺はこの毎年の恒例行事を思い出した。

 「はぁ、今年も行くのか?」

 「もっちろん!ね、リリリん!」

 「まー付き合……てリリリん!?」

 慌てて俺は玄関を出ると、花乃が呼んだ名の主が確かにいた。

 「リリア!?」

 「おはよ、ハヅマ君」

 片手をあげてにこやかな挨拶をするリリア。

 「え何?リリアも行くの?」

 「そだよー。私が誘った」

 「誘ったって…てかリリア、今日どこ行くのか分かってんのか?」

 「もちろん。いいねー、こういうのもたまには。子供心を忘れないって感じだわぁ」

 「えっと、何するかも分かってんの?」

 「もちろん、ちゃんと聞いてるわよ」

 「……あ、そう。まあリリアがいいなら何でもいいけど。準備するから待ってろ」

 「はいはーい」

 


 その後、電車に揺られて到着したのは、都内にある大きくも小さくもない山。

 「よーしじゃあ、張り切って行こー!」

 「おー!」「おー」

 花乃の掛け声にリリアと俺も合わせる。

 今日この場で行われるイベントは、虫取りだ。

 花乃は子供の遊びが好きなところもあり、8月に入ると毎年こうして虫取りに誘われるのだ。

 ちなみに、周りからすればアイドルかも知れないやつが虫取り網と虫かごを持っていて、その隣にいるのはかなりしんどかったりした。

 花乃曰く、虫取りは8月に限るということだが、仕事がいつ入るかわからなく練習も休めないため、こうして暇な日を逃さず虫取りに乗り出すのだそうだ。

 弥を誘えと言いたいが、やつは虫が苦手だからな。

 フーも。

 「あーほらほらハッチリリリん!ここ来て早く!」

 と、早速お呼びだ。

 「なになに?何がいたの?」

 「ほらここ!すっごく大っきいカブト!」

 「うおあ、でっか」

 「あー!見て見てノノノん!すっごい綺麗なアゲハ!」

 「どれ?おー!すごいっ!捕まえろー!」

 「おー!」

 「おいおい転ぶなよー」

 子供みたいにはしゃぐ2人に、俺は思わず兄貴みたいな注意をした。

 5分ほど右往左往してようやくアゲハGET。

 「へへへー」

 捕まえたリリアは夏に相応しい爽やかさではにかんでる。

 「そんなに嬉しいのか?」

 「うん!リリだって結構虫好きなんだよ?」

 「へぇー、そりゃまた意外な」

 「リリのおじいちゃんが長野に住んでてさ、昔からよく虫食べてたし」

 「………まじ?」

 これはまた物凄い爆弾発言だ。

 ただ、不思議とあまり悪い気はしない。

 キモチワルーとか、ないわーとか、そんな気は全く起こらない。

 どころか若干清々しくすらある。

 なんで……?

 「あーほらほらリリリん!でっかいオニヤンマ!」

 「ホントだー!待てー!」

 ………まあ、いっか。

 て、お?

 あっちになんかいるな。

 少し歩いたところの木に何か止まっている。

 綺麗なチョウチョだ。

 あいつらが喜びそうだ、などと考えながら、俺は向こうでオニヤンマを捕らえてはしゃいでいる2人に声をかけた。

 「おーい!こっちになんかいるぞー!」

 その声に2人は即座に反応し、こっちに凄い勢いで走ってきた。

 「なになに?」

 めちゃ汗かいてるし。

 「いやほら、これ。なんか綺麗じゃね?」

 そう言いながら俺が指した方向を見て、2人は戦慄した様子を見せた。

 「こ、これは………!」

 「オオムラサキ………!?」

 「え、何これ有名なの?」

 「すっごいよこれ!超レア!見たの初めて!」

 「最近では東京じゃ全然見れなかったって話よ!しかも8月に見られる可能性すら少ないのよ!捕まえたらテレビにだって出れるかも!」

 鼻息荒く花乃とリリアは語り始めた。

 てかテレビ出れるは言い過ぎだろ。

 「あ!逃げた!待てー!」

 急に大きな声でリリアが叫んでその蝶の行く方向に走り出した。

 「ありがとうございます旅のお方!このご恩は3日くらい忘れません!」

 「みじけぇなおい」

 礼(?)を言い、花乃も走り出したので、一応俺も続いた。

 

 数分後。

 「もーどこ行ったのー?これだけ探してるのにー」

 さすがにキツいようで、花乃はため息をついた。

 「もう諦めたらどうだ?」

 「ダメよハヅマ君諦めるなんて!」

 「ったく……ん?」

 その時、向こうの方で男が3人歩いているのが目に入った。

 3人ともおそらく30代、ただその恰好や行動が異様だ。

 「悪い、俺あっち見てくるわ」

 男達に2人は気づいていないようで、その内にと思って男達を追った。


 20分後、男達はさらに山奥に入って行った。

 そこで、急に立ち止まると、地面を覚束ない足取りで右往左往し始めた。

 俺は連中から距離をとった所の木陰に身を潜めている。

 やがて男達は何かの虫を捕まえたらしい。

 「やっと捕まえた。これでノルマの半分だな」

 「まだっすよ。あと2種やんなきゃやらねえロハがいんすから」

 「まーでも今日中には余裕だろ」

 ……ふん、やっぱりな。

 「ねーねーどしたのハヅマ君」

 不意に後ろから声がした。

 なんとリリアと花乃だった。

 「しーっ」

 俺は慌てて2人に声を潜めるよう促す。

 「ど、どうしたの?」

 花乃は声を潜めて質問してきた。

 「あの男達を追ってたんだよ。てか俺こっちっつったんだからお前ら向こう行っとけよ」

 「だってハッチ、悪い、て言ったじゃん。だから何かあるのかなって」

 「あー、なるほどな。ぬかった」

 「で、どうしたの?あの人たちハッチの知り合い?」

 …この際話すべきだな。

 この場を離れてもらうためにも。

 「いや、あいつら多分……密猟犯だ」

 「え?密猟って虫の?あの人たち犯罪者なの?」

 花乃は疑り深い様子で訊いてきた。

 「多分な」

 「でもハッチ、何でそんなことわかるの?」

 「ほら、あの真ん中の男、持ってる虫かご多すぎるだろ?しかもどの虫かごにも内側に布を貼ってる」

 「そうね。で?」

 「あれは多分1つの虫かごに2匹以上入れないで、さらに布を内側に貼ることで中の虫に傷がつかないようにしてあるんだ。密猟の目的は闇取引とかが定番だから、品物に傷がついてたらダメだからな」

 「でもそれだけじゃわからないじゃない」

 「まだある。あの左の男。リュックから土瓶が出てるだろ?特別保護の虫にも漢方薬になるやつもいて、土瓶は多分それ用だ。しかも採集禁止の虫の隠語も使ってたから間違いないだろうな」

 

 「そこまでバレてちゃしょうがねえな」


 突然背後から声。

 振り返ると、ガタイのいいヒゲオヤジが仁王立ちしていた。

 ヒゲオヤジは俺たちを3人まとめて突き飛ばした。

 「「キャッ!」」

 2人が短い悲鳴をあげる。

 そこは下り坂になっていて、俺たちはたちまち3人の男達の前まで転ばされた。

 「うおっ、なんだ!?」

 3人の男のうちの1人が慌てている。

 「そいつら覗いてやがったぞ。俺たちが密猟犯だってのもバレたみてえだ」

 後ろから坂を下りつつヒゲオヤジが話した。

 花乃とリリアは尋常じゃなく怯えている。

 「何だと?こんのクソガキどもが。痛え目に遭いてえようだな!」

 モブセリフを吐きながら緑のベストの男が俺に掴みかかってきた。

 俺は素早く横に転がりながら立ち上がり、男の横腹を下り坂の方向に蹴飛ばした。

 「ぐあっ!」

 男は悲鳴をあげて坂を転がり、木に激突して気絶した。

 「こいつ!」

 それを見た男の1人がナイフを持って俺にかかり、もう1人は花乃とリリアに掴みかかった。

 「ハッチ助けて!!」

 花乃が耳が痛くなる悲鳴をあげる。

 ヒゲオヤジはただ見ているだけなので、この隙にケリをつけたい。

 俺はナイフを突き出して来た手の手首を掴み、その肘の関節内側にチョップを入れた。

 「うおっ!?」

 肘から先の力が抜けた男はナイフを手放し、俺は足払いをして男を仰向けにし、体重をのせた肘鉄を喰らわせた。

 「ぶほっ!」

 男の気絶を確認し、俺は女子2人に掴みかかってる男に向かう。

 「ハヅマ君!」

 リリアは男を思い切り突き飛ばしたが、男はリュックのポケットに入っている容器のキャップを外して中の液体をリリアに浴びせた。

 「キャア!」

 リリアが頭からそれを被った瞬間に俺は男の襟首を掴み、重心ごとその体を右に思い切り倒し、その先の下方に構えていた足で足払いをした。

 「うお!」

 ものすごい勢いをつけたため、男は空中で横に半回転して地面に倒れこみ、そこへ一発キックをお見舞いした。

 「ぐあ!」

 「……くそっ!」

 その男も気絶したところでヒゲオヤジを見ると、うろたえた様子で逃げて行った。

 だが俺はその男に容易に追いつき、ヒゲオヤジの前に立ちはだかった。

 「おい、どけ!」

 男はナイフを取り出して怒鳴った。

 「むり」

 まあ、ナイフ一本くらいどうということはない。

 「クッソ!なら斬られる覚悟があんだろうな!道は自分で斬り拓くぜ!」

 悪党の割にカッチョいい台詞を喚きながら男は突進してきた。

 俺は男の顔面を下顎から蹴り上げ、何歩か下がったヒゲオヤジの胸ぐらを掴んで近くの樹の幹に叩きつけた。

 「うっ!」

 俺は右手を余裕いっぱいに振りかぶり、ヒゲオヤジの土手っ腹にぶち込んだ。

 「ぐおっ!」

 男はそのまま呻きながら倒れこみ、血走った目で俺を凝視してから気絶した。

 俺はすぐにリリアのもとに向かった。

 さっき何かの液体を浴びせられていたからな。

 「リリア、大丈夫か?」

 「うん。でもこの液体って、もしかして毒とかじゃないわよね………?」

 泣きそうになりながらリリアはすがる目で俺を見た。

 俺は近くに落ちていた液体の容器を拾い、匂いを嗅いで液体を舐めた。

 「いや、これただの水だ。おそらく漢方薬を煎じるために近くの沢で蒸留水を作ったんだ。蒸留に使ったらしき鍋もある」

 「本当!?よかったぁ………」

 リリアはようやく胸を撫で下ろした。

 「しっかしハッチさすがだねー!4人まとめて始末するなんて」

 「小さい頃からダチも出来なくて揉め事が多かったからな、喧嘩慣れしてんだよ。とりあえずポリに電話しよう。虫取りは今日はもう中止だ」

 「うん…そうね…………」


 その後、警察に男4人を引き渡したのだが、何とその男たちは指名手配中の密猟グループだったらしく、懸賞金300万という思わぬ収入を得た。

 

 **********************


 翌日の昼過ぎ、俺はリリアの部屋にいる。

 リリアは昨日被らされた水がかなり冷たかったようで、翌日風邪をひいた。

 まあ昨日のリリアの恰好はタンクトップ1枚にストールだけという薄さだったからな。

 そんなわけで、忙しい弥とフーと花乃を代表して見舞いに来たわけだ。

 午前中は先生が見舞いに行ってくれて、部活の練習後に俺と交代になった。

 俺はリリアの部屋に持ち込んだテキストを見ながら看病をしている。

 交代した時にリリアは寝ていて、そのまま小一時間ほど起きていない。

 この状況はクラスの男子に知れたらえらいことになるのであいつらには念をおして口止めした。

 その時。

 「っ……ん…ぅん…………?」

 起きたみたいだ。

 「よう、起きたか?」

 俺がテキストを持ったまま声をかけると、リリアは飛び起きた。

 「な、なんでハヅマ君が!?」

 「体にワリィから激しく動くな。先生は午後から忙しいし交代したんだ。花乃は仕事でフーはじいさんの法事で来れなくて俺が来た。驚かせちまったな」

 「あ、ううん」

 「とりあえずポカリそこ置いといたから適当に飲めよ。他にも何かあったら何でも言えよ」

 「うん、ありがと」

 言うとリリアはベッドの脇に置いてあったポカリの蓋を開けて呷った。

 「……………………」

 俺は特に話すこともないのでテキストに向くと、リリアが話してきた。

 「ハヅマ君、何か喋ってよ」

 「え、しんどいなら喋んないほうがよくね?」

 「せっかくお見舞い来てくれたんだし、どうせなら何か話しましょ。喋るくらい平気よ」

 「そっか、じゃあ食欲はいかが?」

 「そうね、ちょっとお腹減ったわ。朝から何も食べられなかったから」

 「そっか。親はかゆとか作ってくれてんの?」

 「っ……………!」

 そこで急にリリアの顔は険しくなった。

 「どったの?」

 「ごめん、言わなかったんだけど、リリ一人暮らしなの」

 「え、まじ?」

 また急な衝撃の事実だなぁ。

 「じゃあかゆは俺が作ってくるわ」

 「え、ハヅマ君作れるの?」

 「かゆくらい作れるわい。じゃあチョイ待ち」


 数分後、俺はかゆを入れた鍋を持ってリリアの部屋に帰ってきた。

 「へい、おかゆ一丁お待ち」

 「ありがと………うん、おいしい!」

 どうやら口にあったみたいだ。

 「ハヅマ君って料理できるの?」

 「できるってほどじゃないけどまあこのくらいは」

 「へぇー。そう言えば先生は作ってくれてなかったの?」

 「あー、あの人料理苦手なんだって」

 「え!意外!」

 「だよなぁ」

 

 その後、かゆを食い終わったリリアはまた寝た。

 俺はとりあえず勉強しながら看病を続け、簡単な晩飯と置き手紙を残して8時に家に帰った。

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