イメージの連続性
酷く窮屈になってきた。
対人関係に敷かれるルールや約束事。
振る舞いの制限や規制が普遍性を作り出す。
大人から子供への階段が見当たらずに、ひたすら意味を模索する。
2015年の大阪の喧騒は不協和音の乱反射みたいだ。
グーニーズのような友人達を連れて二重人格の街を歩く自由人を横目に、僕達は目的地に向かい足を運ぶ。
突然の大雨が降り出し、商店街の中で雨宿りする。
濡れた服が夜風に冷やされ、身体の芯まで浸透する。
いつしか自分の内面の心の中枢が冷え込んでいくような感覚を感じながら、戦慄の待機時間を意識の分解に費やしていた。
「てる?」小さな身体に心配そうな目をこちらに向ける彼女の名前は愛だ。
「大丈夫」そう一言呟きながら、また知らぬ間に思考の世界へと身を投じている自分を咎める。
「いつもそう。いつもここにいるのに貴方はいない。貴方は何処か遠い場所に行ってて、私を導くのは別の誰かなの」愛は悲しげな表情で、ずぶ濡れの野良犬を見つめながら言った。
商店街の音と2人が作り出す世界が別々に存在しているはずなのに、認識が偏れば僕達の世界が商店街の世界に覆われて見えなくなる。
急に野良犬が大きな声で吠えた。
野良犬にとっては大きな声で吠えようと以前から考えていたのかもしれないが、それを予期していなかった僕にとって、それは急な出来事でしかない。
あくまで主観的なものである。いやそもそも客観的な説明なんて不可能なのかもしれない。
「あっ帰ってきた」愛は小さく笑いながら僕の目を見て言った。
愛と目が合うと緊張してしまう。僕の中にある脆い部分を悟られたくないのだ。
「行こうか、雨はもう止んでる」
「あっ本当だ」愛は驚いた顔をしている。
また目的地に向かい歩き出した僕達は、手を握り合って別々の意識の世界へと身を投じる。
愛の言う『帰ってきた』という表現は適切なものではないと思う。
いわゆる視覚情報の世界でのみ、僕は帰ってきた状態なのだろうか?
前頭葉の箪笥を開ける行為は、何処かに行っている状態なのだろうか?
後で愛に聞いてみよう。だがいつも聞きそびれてしまう。
目的の場所は小さなBARだった。
店員が一言も話さない。言葉の怖さを十分に理解しているのか、ここは『そういう人間達専用のBARなのか』まだ判断は難しい。
愛はカクテルを2つ頼んだ。店員は無反応だったが、しっかりとカクテルをカウンターの上に2つ置いてくれた。
そして僕達はカクテルを手に持ち、奥のテーブル席に向かい合わせで座った。
僕達の他に客は2組いる。小声で何かを話し合っているが、訳ありの男女という感じがした。
それは店内の雰囲気によるものなのか、本当に訳ありなのか、僕にはわからなかった。
ただそういう感じがしただけだ。
僕達はカクテルグラスを空中で合わせると、口元へと運んで少しだけ飲んだ。
僕はカクテルグラスがぶつかる瞬間に、火花を散らしているイメージを現実と混じえて見ていた。
火花の光で一瞬だが、薄暗い店内が明るくなり、バーテンが迷惑そうな表情でこちらを見た。
僕はバーテンの反応が面白くて、二回三回と愛のグラスに僕のグラスを当てた。
するとその都度、店内が明るくなり、バーテンだけが反応した。
「何回乾杯するのよ」愛は小さく笑いながら言った。
バーテンがこちらを見ている。
他の客達は小声で何かを囁き合っている。
あれ?どうしてバーテンは反応するんだろう?
僕のイメージは僕だけの物のはずなのに。愛とは互いが認識できる物理的な現象を共有しているから、反応するのは当然だ。
なのにバーテンは明らかに僕のイメージに反応している。
僕はこの思考が何かの間違いで、何度も乾杯する僕達を見ているだけだと勝手に解釈して、そう決めつけて思考を終了させた。
その後は1時間程、愛と過去に遡り、記憶の照らし合わせをしながら時間を過ごした。
僕達の他の2組はまだ帰らずに囁き合っていた。
他に1組がやってきた。ずぶ濡れの二人組で、女の方はヨーロッパの人種で、男は音楽家という雰囲気を醸し出している中年の日本人だった。
2人はカウンターに座り、バーテンが渡した柔らかそうなタオルで顔や濡れた髪を拭いていた。
僕達は5杯目のカクテルを注文した。バーテンがすぐに持ってきてくれた。
目も合わさず、事務的にテーブルに新しいグラスを置くと、空のグラスを引き取っていく。
その一連の動作が何故か面白かった。
僕達はまた乾杯した。僕はイメージを抑えた。
バーテンの方を見ると、バーテンは何やら作業をしていた。
またグラスを愛のグラスに当てた。愛は「また乾杯?」と聞いてきたが、今は返事どころじゃない。
バーテンはまた無反応だった。
もう一度グラスを当てた。その時に大きな火花を散らし、店内が明るくなり、大きな音がした。
煙が出て僕自身も焦った。とは言ってもこれはイメージに過ぎない。
だから店内の雰囲気も変わらずだった。
だがバーテンだけは僕の方を向き、怒気を交えた表情をしている。
もう止めろ。そう警告しているような顔だった。
やっぱり僕とバーテンはイメージを共有している。
だけど、バーテンのイメージは僕には見えていない。
僕のイメージだけをバーテンが見ている。そして感じている。
僕は愛に小声で尋ねた。
「なんでこのBARに来たかったの?」
「てるが好きそうだから。このBARは不思議な事がよく起こるそうなの」愛は心霊話でもするような言い方で話した。
「不思議な事?」僕は既に起こっている不思議な事を言わずに、愛に聞いてみた。
「ネットで知ったんだけど、他人の考えが聞こえたりするって書いてた。他にも幽霊を見たとかなんとか」愛はバカらしいという素振りを付け加えて言った。
「なるほど。それで僕を連れてきたんだ」
「そういうの好きでしょう。だけど何もない普通のBARみたいだね。まあ私的には来て正解」愛は嬉しそうにそう言った。
「正解?」僕は怪訝そうに聞いた。
「だって何処にも行かずにここにいるから」
「なるほど。新しい場所では見る物が多いからね」僕は笑いながら言った。
「そうでしょう。だけどあんまり流行ってなさそうだよね」愛はまた心霊話をするように言った。
「確かにね。僕達の他に3組しかいないし」
「3組?」愛は確認するように聞いてきた。
「そう。最初にいた2組と後から来た1組」
「後から来たって、私達の後から誰も来てないじゃん」愛は不思議そうな表情をしながら言った。
「あのカウンターのヨーロッパ人と日本人だよ。ヨーロッパの何処の国かわからないけどね」
愛は背後のカウンターを振り返り見てから「カウンターには誰もいない」と確信のこもった目を僕に向けて言った。
「そんなはずはない」
その瞬間バーテンがこちらを見て笑った。
僕はすぐに気付いた。
彼等はバーテンのイメージなんだと、、、