第六戦:交錯する始まりと終わり
剣と剣が激しく打ち合わされ、時折紅蓮の鮮血と共に、一際強い光を放って青白い火花が散る。だがそれすらも一瞬で消え去り、直ぐに次の攻防に場面が移り変わっていく。目の前で起こるこの剣戟は、最早人の手によって生み出されるそれとは、明らかに一線を駕していた。
現実で起こるような喧嘩とはまるで違う。
これは単純な命の懸引き――殺し合いだ。研ぎ澄まされた本能と長年の経験で得た技術をぶつけ合い、相手の生命を与奪するための闘争。自らの魂を対価に行う、ギャンブル。
そのギャンブルのきっかけとなったクロエは、俺の無力さのお陰で、腹部に大きな傷を負い、現在は駆けつけた仲間によって治療されている。
あのような賭け事を出来るわけでもなければ、超人じみた魔法を発動させて、彼女を治療することも出来ない。
何もかもを打ち拉がれた俺は、膝を抱えてこの場で起こる出来事をただ見守ることしか叶わないのだった。
「スルーズ、帰還するわよ!!"お遊戯"はその辺にしときなさい!!」
シャンデリアの光に映える黒髪を揺らして、クロエの治療をしていた女性が、同じく黒髪の少年に向けて言い放った。
――あのバトルのどこがお遊戯なんだ。
口の中で一人呟く、非力な俺。
「あぁん?ここからが良いところだって言うのによぉ……。仕方ねぇ――なっ!!」
鍔迫り合いを続けていた少年は、長剣を大きく斬り上げて相手を後方に弾き飛ばした。両者の間に結構な距離が開ける。
「もうちょっとだけ遊びたかったんだけどなァ……。まぁ出来るだけ長居はしたくねぇし、実はちょっと、このクソつまらねぇチャンバラにも飽き飽きしてたところだったんだ」
本当につまらなさそうに、感情の乏しい無機質な声で言う少年。だが、彼の瞳には目の奥で輝く、赤い光があった。
興奮、緊張、快感。様々な感情が入り乱れた戦士のような眼をしている。口角を上げ、抑えきれない感情が彼を不敵に微笑ませる。
「構えろヘイムダル……。次の一撃はチョットばっかし――痛いぜ」
――瞳に鋭さが加わった。
先程まで見せていた、玩具で遊ぶ少年のような幼さは完全に消え去り、血に飢えた猛禽類のような表情へと変貌していく。彼の体躯から滲み出してくるのは――明確な殺意にほかならない。
金銀様々な色の装飾で彩られた豪奢な室内には、全くと言って似つかわしくない、闘争と殺戮の雰囲気だけが立ち込め始めた。
力なく立つだけだった少年は、鋭く光る眼光と、白く長く伸びる水晶色の鋒を敵に向け、足腰をどっしり構える。
室内の空気が一気に張り詰めていく。
戦闘にまったくの素人である俺が感じられるほどの強大な力が、ある一点に向け凝縮され始めた。それを察知したのだろう、ヘイムダルは閃光のような疾駆を開始した。頭を低くした体勢で槍を、少年のほうに向けて構えている。
「愚か者に鉄槌を下せ――《ジャッジメントブロウ》」
見えない何かが振り下ろされ、ヘイムダルの強靭な肉体を地面にめり込ませた。その衝撃で、ありとあらゆる光を反射し続けていた大理石の床に、縦横無尽の亀裂が走る。
陛下の位置を中心にして、実に10m程の円形に地面が変形していた。
「ぐっ……!!」
口から、短い呻き声と鮮血を吐き出すヘイムダル。強烈な圧力を上から掛けられ、片膝と両腕を地面にをつき頭を垂れている。
「かかっ。滑稽だな。陛下ともあろう者が、自ら片膝をつくことになるなんてよう。おもしれぇし、もう少しそのままでいな」
愉快そうに顔を歪めて嗤う様は、ヒロインを助けに颯爽と駆け付けたヒーローなんてものからは、まったくと言っていい程かけ離れていた。もちろん無邪気に笑う少年とも全く違う。
言うなれば、復讐のためなら人を殺すことさえ厭わない、罪人のようだった。背筋に薄ら寒いものさえ感じさせる。
振り下ろしていた剣を横に一度払い、少年は長剣を何処からともなく出現させた鞘に収めると、クロエを介抱する女性の方に向き直り、にっと笑った。
「さぁ帰ろうぜ。目的は完遂したんだ。もうここにいる意味も、時間もねぇ。クロエも……疲れただろうしな」
先程までとは違う、明るく朗らかな声。そこには今までに見せていた、狂戦士然とした印象など微塵もなかった。
「えぇそうね、クロエを助け出すことができたわ。それにあの子が連れ来てた少年も……ここにはいたわけだし」
「ま、待て……愚民ども!!」
未だ効力を持つ重力の円の中から抜け出せないでいるヘイムダルがか細い声で呟いた。
「魔奏士が……目覚めたのなら、こう伝えろ……。貴様は私の手で始末する、と……!!再び咲き誇れし時に、決着を付けるとな!!」
「あぁん?そんなだっさい格好で何言っちゃってんの、お前。負け犬の遠吠えかよ、みっともねぇ」
顔だけを王の方に動かし背を向ける少年は、右手の小指で耳をほじりながら、憮然として言い放つ。
「――てめぇにこいつは倒せねぇよ。天変地異が起こったとしても、神様が死んだとしても、その事実は絶対変わることはねぇんだよ。なんせコイツは――」
悠然と、部屋の出口に向かって歩きながら、言う。ただの事実を口にするように。
「レギンレイブの英雄なんだからな」
そこの兄ちゃん、付いてきな、と最後に付け足すと、少年達とともに俺たちはヴァナへイム城を後にした。