第二戦:俺、このバイト終わったらあいつと結婚するんだ…
金髪碧眼の少女に推されるまま飛び込んだ魔法陣をくぐり抜けると、俺は目をきつく閉じたまま地に足をつけた。
先程までの浮遊感から全身にのしかかる重力による倦怠感への変化を感じ、少しづつ目を開けていく。微かに感じる微風と、その風に乗った樹木や草花の香りが鼻腔をくすぐる。
早まる鼓動を聴きながら瞼の力を抜いていく。
そしてそれから完全に開ききった眼を、これでもかと言うくらいに大きく見開いた。目の前に広がる光景に、俺は思わず息を呑むしかなかった。
だってそこに広がっていたのは――
「ようこそ、我らが領地レギンレイブへ!!」
「お、おぉ…!!」
見渡す限り緑の絨毯が敷かれた広い平原だった。
豊満に育った大きな胸部をどうだと言わんばかりに張る彼女の表情は、誇らしげで自信満々なのだが、ただの草原をそんな顔で見せられても…。
「……く、空気が美味しいな、うん。あ、あと視界を遮るものが何にも無くて……落ち着くし」
「そうでしょ、そうでしょ♪素晴らしいでしょ、わたし達の都は!!………ってあれぇぇぇぇぇ!?!?」
今までのご満悦の表情は一変、みるみるうちに驚愕の色へと変わっていく。ブルートパーズの瞳は、飛び出すんじゃあないかっていうくらい見開かれていた。
「えっ、え…ええええええええ!?!?ここどこ!?街は?商店は?ギルドはぁぁぁぁぁ!?」
絶叫マシンにでも乗ったのかというほどの勢いで羅列されていく悲鳴の数々を上げるクロエに、俺は耳を塞ぎつつ、冷静に質問を投げ掛けた。
「どうしたって言うんだよ。ここが君の目的地じゃないのか?」
頭を抱えたままくるくる回ったり、跳ねたりひとしきり叫び尽くした少女は、俺の声を聞くと顔から大量の冷や汗を流し始める。顔からは血の気がどんどん失せていき、やがて何か思いついたかのように、身体を強ばらせ前のめりに地面へと倒れ込んだ。
そしてカエルのような低い呻き声で、こう言った。
「目的地を………間違えました………」
▂▅▇█▓▒ (’ω’) ▒▓█▇▅▂うわぁぁぁぁぁぁぁぁ。
人案内をした上で、目的地を間違えるとか。石鹸買ってきてって言われて消しゴム買ってくる親くらい意味わかんねぇ。もうこれどうしようもできない状況じゃねぇか。
いや察してはいたけども………。
「えっ、ちょ、ちょっと待って。もしかして現在地までわからないってことは、ない…よな?ちょっと移動する位置を間違ったってだけで、目当ての街は近くにあるよね…?」
「現在地も……まともにわかりません…………」
▂▅▇█▓▒ (’ω’) ▒▓█▇▅▂うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
あぁ詰んだ。これ詰んだよマジ。
短い人生の中で起こった出来事が、走馬灯のように脳内を駆け巡る。喜怒哀楽、様々な思い出が止めどなく再生されていく。
少女の涙ぐんだ声が、放心状態にあった俺の耳へ飛び込んできて、いつしか飛び込んでいた夢の世界から現実へ意識を引き戻した。
「もう、駄目だ私………。いつも大事な時にヘマして、人に迷惑かけてばっかりで。恋斗さん、ほんとに、ううっ。すいませんでした………!!」
ヘロヘロになりながら、小さい身体をより一層縮めて土下座の形をとる彼女を見て、胸中を渦巻いていたどす黒い感情は、一気に消えてなくなる。
そのかわり、顔を歪めて涙を流す少女の姿が、俺の頭の中で、"彼女"の姿に重なり、思わずその身体を抱きしめてしまった。その対応に、少女が身体をびくりと震わせる様子をみて、俺は慌てて手を離す。ブルートパーズの瞳でこちらを捉える表情は、小動物的で、何とも言えない気持ちにさせてくれる。
「え、えっと、その、まあとにかく、一回落ち着こう。そんなに焦ることじゃあないだろう。たかが迷子だ、何時間か歩けばそのうち街くらいは見つけられるだろ!とりあえず大なり小なり集落を見つけよう」
「………許してくれるんですか?」
「人間は不完全な生き物だから、失敗するのは当然のことだ。いちいちこんなこと気にしてたらキリがありゃしない。だからクロエも気にすんな。――さぁいくぞ」
何度も助けられたその言葉を口にしながら、青い瞳の少女へ手を差し伸ばす。彼女が手を掴むや否や、一気に引っ張りあげその勢いで立ち上がらせる。
天高く登るお天道様は、燦々と燃えていて暖かい陽気を地上に降り注いでいる。この日が沈むまでにどこかで現在地を知らなければ。天を仰ぎながら、そんな短い逡巡を終え溜め息を漏らした時だった。
「いたぞ!!あそこだ!!」
「無断侵入だ!!ひっ捕えろ!」
鉄の鎧をガシャガシャと言わせながら、忙しく近づく多数の人影が、俺たちの目に飛び込んでくる。
この時俺たちは、何がなんだかわからずただ立ち竦むだけしか出来ず、周りをあっという間に囲まれてしまう。
そして多種多様な武器を構え厳重警戒する兵士達の間を、一人の隊長らしき人物が分け入るように前に出てくる。銀のヘルムを外し、俺たちの前に歩みでると、短く切り揃えられた髪を頭を左右に振り風に躍らせた。
人々を魅力する可憐な容貌とプレートアーマー下の微かな膨らみが、この兵士が女性であるということを物語っている。張り詰めた空気の中、凛と響く透き通った、しかし強さが感じ取れる声で彼女は告げる。
「貴様ら、ヴァナヘイムの人間ではないな?あのような強固な守備兵をどうやったかいくぐった?」
「えーっと…………」
特に兵を突破したり、なにかの策を使って来たわけではない。しかしだからといって、「手違いでここに辿りついた」と正直に言い返したところで、果たして俺たちは信じてもらえるだろうか?
「俺とこいつは旅の者なんだが、水を求めて森に入ったところで迷ってしまって……気づけばここに出てきてたんだ」
「ほう、旅人か……。その服装から見て、確かに旅人のようだな。――だが、この周囲に森などありはしない。さぁ君達は一体どこで迷ったというのだ?」
「それは…ですね…」
より一層緊迫した空気に俺は喉を鳴らした。
言葉の選択を誤ったようだ。地形なんてまったく知らないくせに思い付きだけで語った事が間違いだった。しかしその時に起こった勘違いが助け舟となり、俺たちの窮地を救ってくれる。
「だがそこにへたれこんでいる金髪の連れの様子を見る限り、相当な距離を歩いてきたのだろう。――詳しく話を聴くため一度王都に帰還することにする。体力の消耗が見られる、丁重に運べ!!」
「「ヤー!!」」
迫力のある掛け声に続いて、周りを囲んでいた兵士達が俺とクロエに肩を貸してくれた。
銀髪の女性兵士は輪の中から外れると、俺たちに背を向け高らかに突如指笛を鳴らした。何事かと訝しみはしたものの、これは考えすぎだったらしい。その音に呼応するように、遠くから蹄の鳴らす軽やかな足音が聞こえ、何かが駆けて来ているのが見えてくる。普通に何かの合図だったようだ。だが、予想を遥かに上回る動物の登場に驚愕することになったが。
風を受けて靡く、見事な白亜の体毛。そして額からは威厳のある趣で聳える一角の角。草原を駆けるファンタジックなその動物、いや幻獣の名は――
「ユニコーン!?」
声が裏返るほど驚いたために、肩を貸してくれていた兵士も、身体をびくつかせた。ちょっと睨まれたし。
身を翻し、俺たちの方に体の正面を向け女性兵士は声を張り上げて言う。
「お前と金髪は、ユニコーンに乗っていけ!いくら旅人でも幻獣くらいは扱えるだろう!」
旅人でも扱える幻獣って。実際のところ俺旅人じゃないんだけど。
とは思うものの、ここで下手に発言してますます状況を悪化させるわけにはいかないので――
「あぁ、ユニコーンの背を借りれるなんてありがたい!すまないな、兵士さん!」
と、愛想よく返しておくだけにとどめた。
この後、一角獣の背中に乗るまで小一時間を要したことは、言うまでもなく察してくれ。女性兵士や他の人達には「力がうまく入らなくて」と言って適当に誤魔化して、解くに言及はされなかったら良しとしよう。
成宮恋斗は王都に目指し、握り締めた手綱を力強く引いた――
To be continued……