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一歩も前に進めていない

 「あ、それカンっす。」

去年十二月。我々同盟は酒田の家で麻雀大会を開いていた。

 酒田の部屋は決して大きくはないのだが、一人暮らしであるため集まるには好都合なのだ。

 「んんwww無駄ヅモwwwありえないwww」

この独特極まる話し方をする男は石川といって同盟の三人目の構成員である。

 私と酒田は同じ大学に入学し、一部同学年の者逹に名を馳せていた。おかしな同盟を作る可哀想な奴等がいる、と。

 そんな中、悪評を微塵も気にせず盟友に志願した男、それが石川であった。

 石川は所謂『オタク』であった。だが、神は何を思ったのか、石川の顔は非常に整っていた。ただ、彼の髪は常にボサボサで、服装もチェックのシャツに下はジャージ、そして恐ろしい程のコミュニケーション能力の低さにより彼は『残念なイケメン』と称されていた。

 「三次元はゴミっす。おふwwこれではまるで拙者はオタクですなwww」

石川が我々に話しかけた第一声がこれであった。

 石川を盟友として向かい入れるべきか、否か。我々はもめた。それは石川の発言「二次元嫁はいますがwww」に起因していた。

 二次元に恋する者……それを我々の同盟では定義していなかった。二次元ならば良いのか、それそもこれは恋愛なのか。ていうか恋愛を通り越して嫁である。我々にとって未知の世界、さながら樹海である。

 しかし、盟友は多い方がいいという酒田の意見を採用して二次元の嫁問題は棚に上げ、石川を向かい入れたのであった。

 「むやみやたらにカンしないでくださいよ。場が乱れる。」

石川の下家で不満を垂れ流しているのは山田である。

 神経質そうな顔立ちにピカピカの眼鏡をかけている。勿論、期待を裏切らず、彼は神経質だ。

 山田は私と酒田とは一学年下で年は二つ違う。ついでに言うと石川は私と同学年であるが、現役合格であったため年は一つ違う。

 山田は理学部数学科に所属する優秀な学生で、態度も丁寧と同盟の大原則を最も忠実に守る男だ。

 しかし、山田はモテない。全くモテない。それは彼が重度の数学オタクであるからだ。 山田は数学を愛していた。桃色極まる行為に思いを馳せる暇があるのならば彼は三平方の定理の新たな証明法を模索する。

 彼が数学を愛するのみならば皆遠巻きに見守る程度だが、彼は他の理系科目をこき下ろすので、他学部から目の敵にされていた。

 「物理、化学、生物、地学、あんなものは数学の奴隷です。数学の手のひらで生かされているに過ぎません。」

山田はそうハッキリと言っていた。

 そもそも何故そこまで数学に陶酔したのか。以前尋ねたところ

 「そうですね…。昔は好きじゃなかったんですよ。しかし、積分に出会ったことで僕の世界は百八十度変わりましたね。今まで公式として訳もわからず使っていたもの……例えば円錐の体積を求める時の『底面×高さ×1/3』。何故1/3なのか理解出来るようになったんです。僕は感動しました。ならば、当然のように使っていたあれもこれもそれも!全て理由があるんです。云うなら奇跡です。奇跡があふれているんです。そしてならば、サイクロイドのxを媒介変数について微分した式が偶然にも元のyの式に一致することにも理由が、奇跡のような理由があるのかもしれない。そういうのが重なっていって今の僕が出来上がったのです。」

私が文系であるせいか、はたまた数学を半ば放棄したせいか、後半部は何を言っているのか全く分からなかった。だが、彼が並外れたロマンチストであることは理解が出来た。

 しかし、同時にリアリストでもある。山田は数学の中でも確率計算が好きで、以前宝くじの期待値を見せられた時は肩ががくりと落ちた。今まで私が注ぎ込んだ夢はまさに徒労であったのだ。この喪失感はなんたるや。

 山田はため息をつきながらツモ切りした。

 なかなか危険な牌を切る。結構出来上がっているのかもしれない。

 現在、オーラスで珍しいことに私はトップである。しかし、まだまだ油断ならぬ状況ではある。二位の山田とは僅か四千点差、三位の酒田とは一万点差と何が起こってもおかしくない。

 ラス親は一人沈み、もはや死に体である石川だ。私の最適手は早く手を作ることだ。そして私は今、張っていた。全て順調。

 私は鼻歌混じりに牌をツモろうとした。しかし、違和感。違和感を感じた。牌が……重いッ!

 私はなんとなく嫌な雰囲気を感じながらツモった。

 最悪だ。たった今石川の馬鹿者がカンをして表れた新ドラ……『中』である。しかも初牌。切れるわけがない。なんということだ!石川め!大馬鹿者め!

 ならば手を崩すしかない。私は場を見渡した。

 一番切ってもキズが浅いのは八萬である。これは……山田には通る。現物だ。そして酒田は一巡で九萬を、四巡で七萬を切っている。通る。

 私は手牌の『中』を苦々しく思いながら八萬を切った。

 ふっ…くは……くくく

 悪魔の笑い声が部屋に広がる。私の背中の毛が逆立つ。

 「それだ。ロン……。」

酒田であった。

馬鹿な!酒田であるはずがない!

 「中ドラ3…満貫だぜ。これでまくったな。」


馬鹿な!酒田であるはずがない。酒田であってはならないのだ!

 酒田の待ちは八萬単騎待ち。狙ったかのような!

 こうして私は三位まで転がり落ちた。



 「ありえない。八萬単騎待ちなんて。何故勝てない。何故だ。」

久々に勝てるチャンスだった。それを逃した。

 「“ありえない”なんて言ってるから弱いんじゃねえの?」

酒田はニヤニヤしながら答えた。なんとも底意地の悪い男だ。しかし、そうはいっても酒田は独特の感性とトリッキーな打ち方で我々の中で二番目に勝率が良い。何も言い返す事はできない。

 「団長って一歩も前に進めてないって感じッスよね……。」

 「お前には言われたくない。」

石川は私より麻雀が弱い。ついでに山田も私を団長と呼んでいる。同盟なのに『団長』はおかしいと思うが、石川は私を頑なに団長と呼ぶ。

 「なんというか…団長は真面目すぎるんです。態度からもハッてるかどうか分かりますし、先輩からはプレッシャーを感じないんです。」

 こうもはっきり言われるといくら私でも悔しい。山田は堂々の勝率トップであり、我々同盟に麻雀を持ち込んだ張本人でもある。彼は効率的に牌を整理し、また、人のクセからテンパイか否か、待ち、点数を予測するのを得意とし非常に厄介だ。

 「何故山田は麻雀なんぞが好きなのだ。お前の大好きな確率通りにはいかない難儀なゲームではないか。」

 「確率通りにいかないから良いのです。」

山田は淡々と答えた。


 


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