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熱を持って前に進め

 「何鍋がいい?」

 「あたしはなんでもおっけ!」

三人でスーパーマーケットに来ている。前を歩く二人は楽しそうにスーパーを巡回している。私はというと特に話題も話す必要性もないので、ゆっくりと買い物かごを持ちながら後ろに無言でついていた。

 いや、やることはある。酒田の恋路を邪魔することだ。しかし、私は自ら話を積極的にすることを苦手としている。長年『盟友』として活動していたツケがこんな形で表れるとは。

 「おにーさんは何鍋がいいですか?」

 突如彼女が振り返り、私に話を振る。

 「キムチ鍋はいかがですか。今は寒いですし。」

 「おお〜。いいね!キムチ鍋!」

 「お前にしてはいい案じゃねえか、どーもくん?」

まったく。酒田という男は救いようもないダメ人間だ。私はこの男の将来の為に戦おうというのに。なんとも馬鹿な話である。

 腹いせにここは一つ奴に絶望を与えてやろう。

 「ところで、君には今付き合っている人はいるのですか?」

この年頃、そしてこの顔。いないわけがないのだ。酒田は祈るような顔をしている。

 「あはは。いないよ。いない。」

な……なに!?これでは寧ろ奴へのアシストだ。いや、オンゴールだ。

 「ていうか………もしかして……おにーさん……あたし狙い……とか?」

 「ば、馬鹿な事を!私はロリコンではない!」

酒田の視線が突き刺さる。

 「そうだよね!よかった〜。変態じゃなくて。」

そう言うと彼女は軽快なステップを踏み、調味料売り場へと消えていった。

 『狙われてなくてよかった』と言われるのも男として情けない気がするのは何故か。

 「おい。」

酒田が低い声で話し掛けてきた。私が彼女狙いであるとまだ勘違いしているかもしれない。なんとも面倒な男だ。

 「どうやったら合法的に変態と罵ってもらえるかな?」

 この男は存外にダメだ。これでは本当にただのロリコン変態野郎だ。私は言葉を失った。

 「それにしても……よく親御さんは許可を出したよな。」

急に酒田は真面目な目をして話す。

 酒田にはこういう所がある。冗談に対して真面目に怒るというようなことはないが、スイッチが入ったように語気が静かになる。それになんとなく少し圧倒される。

 「そうだな。年末にも物騒な事件があった。」

 「『ブラッド・イヴ』…。」

『ブラッド・イヴ』。それは去年のクリスマスイブに発生したストーカー殺人事件の俗称だ。犯人は即捕まったのだが、犯行日と犯人の“ネジが外れた”供述が話題になった。

 「私はどうもこの呼称が嫌いだ。あれは“ただの”異常なストーカー殺人事件に過ぎない。へんに名前をつけ、騒ぎ立て、煽り、挙げ句、『ブラッド・イヴ』などと格好いい事件名までつけてしまう。そして飽きたらぱったりと取り上げなくなり忘れていく。そんな態度が私は嫌いなのだ。」

 「…………」

私は自分の言葉に熱がこもっていたことに気がついた。酒田は目を丸くしてもの珍しそうに私をみている。

 「なんだ、その顔は。文句があるのか。」

寧ろ文句があるのは私の方だ。酒田はニヤリと笑った。

 「くっくく。お前の中にまさかそんな熱いもんがあるとはな。お前は“それ”をもって前に進めばいいんだ。」

 「……何が言いたいんだ?」

 「なあに。がんばれってことさ。ほら、早く追いかけるぞ。」

酒田はそう言うと一人でずんずんと人をかきわけ彼女の元へと向かった。

 あいつが何を言いたかったのか。分からずじまいであった。





 「豆板醤はじょーしきでしょ。」

彼女の言葉で我々の顔色は青くなった。

 「は、はは。俺は豆板醤は使わないかな〜。ははは。」

我々は今調味料売り場にいる。問題は彼女が一人一瓶の豆板醤を買おうとしていることだ。

 「キムチだけでも十分すぎるほど身体は温まるであろう。鍋に豆板醤を入れては豆板醤鍋ではないか。キムチ鍋を食べたいのだ。」

私も酒田の援護にまわる。

 「あはは。誤解だよ。豆板醤を鍋に入れるなんて…そんなことしないよ。豆板醤の中にすくった具材をいれるんだよ。だから一人一瓶!!」

なにを言っているんだ。

 私の汗腺という汗腺から汗が滲み出てきた。しかもこの汗、やけに冷たい。キムチ鍋を食べる前からこの汗の量。しかし、不健康なそれであろう。

 止めなければ!なんとしても!このままではキムチ鍋と豆板醤がトラウマというよくわからないプロフィールを頭に下げることになる。

 すると、酒田はスクッと立ち上がり買い物かごを持って会計まで駆け出した。かごの中には……

 私は遅れて立ち上がり奴の後を追った。まずい。これは。

 しかし、時すでに会計済み。奴は豆板醤3つを買った。

 「はぁ。はぁ……。珍しい…食べ方だね。楽しみ……だ。」

追いついた彼女に向かい息を弾ませて酒田は言った。全身汗まみれであるが、それが走ったことによるものなのか、はたまた私と同様冷や汗であるのか。真偽は分からないが奴が“漢”であることは明白だ。馬鹿である。だが、私はお前の男気を誇りに思おう。ただ、私はその食べ方は絶対しない。

 その時であった。レジ袋に買った物を詰める女性を見つけたのは。もしや……。私の記憶が呼び覚まされる。私の暗黒時代。取り返しようもない、あの…。

 見間違い…ではないはずだ。私は馬鹿みたいに数ヶ月間見ていたのだ。

 「河上さん………?」

私の口は勝手に彼女の名を呼んだ。

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