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敵は手強い

前作にうってかわってコメディに挑戦。

生暖かい眼で見守ってください。

 「すまねえ!好きな子ができた!お前を裏切ることになる!」

 酒田が私にそう言ったのはもう正月気分も吹き飛んだ2月初旬のよく晴れた午後のことであった。特に用もなく街中をぶらぶらと散歩していたら、偶然酒田に会い、開口一番がこれだ。一応確認するが、酒田も男、私も男だ。そして、私はそっちの気はない。

 「止めろ。馬鹿者!誤解される様なことを街中で叫ぶな。」

 「だが、謝らねえと俺の気がすまねえ。」

 「謝る事は当然だ。しかし……お前程の男が何故だ。それでも『純情紳士同盟』の生き残りか。情けない。」

酒田はすまない、すまないと謝り続ける。

 私は心底驚いていた。酒田は人間としては一切の迷いなく駄目な部類に入るが、『盟友』としての酒田はまさに鬼神。神がかり的だった。

 一年前つまり我々が大学一年生だったとき、酒田と酒を呑みに街を歩いていたところ、この世のモノとは思えぬ程の美女二人組が華やかに歩いていた。彼女らは鼻が高く、艶やかな黒髪、八頭身ではないかと思われる程のスタイルを有しており、私でさえ思わず息を飲んだ程だ。もし、彼女らに

 「あら、可愛い顔をしているわね。今日空いてる?」

などと聞かれたら、

 「空けさせて頂き候ふ。」

と即答していた可能性も否定できない。

 しかし、酒田は違った。見向きもしない。驚愕している私を見て奴は鼻で笑い、こう言った。

 「おいおい。何言ってんだ。恋愛は心の毒だぜ」

奴は彼女らの美しさを認めた上で切り捨てた。外見では判断しない。『恋愛は心の毒』まさに純情、紳士。盟友の中の盟友だ。

 「どこで知り合ったのだ?」

だから私は興味を持った。あの酒田を恋に落とす女性。それは魔女か。

 「……バイト先だ。」

その言葉を聞き私は憤慨した。

 「お前は本当に馬鹿者だ。あれほど塾は止めろと言ったではないか。ああいう所は誘惑が多すぎる。」

酒田は個別塾でアルバイトをしていた。大学生が生徒に己の不鮮明な知識を教えるという私の目からでは不信感で塗り固められ、さらにその上に不信感でコーティングされたようなバイトに見える。しかし、同僚には知的で魅力的な女性が溢れているに違いない。羨ましいとは思っていない。断じて私は羨ましいとは思わない。私のように雀荘で働けばこんなことにはならなかっただろう。情けない。

 「それで、相手はどのような方なのだ?」

 「それは……えっと…うん。」

やけに歯切れが悪い。さらなる詰問が必要だと考えた時、急に酒田は大きく目を開け、声も出さずに口をパクパクと開いた。何事か。とうとう頭に恋の毒でも回ったのか。すると

 「オッス!せんせー!奇遇だね!」

と真後ろから聞こえた。

 振り返ると満面の笑みを浮かべる少女がいた。ブレザーの制服を着ており、頭には紺のニット帽。眼はクリクリと大きく、ショートに揃えられた黒髪は明るい印象を与える彼女に似合っていた。何より特筆すべきは彼女が華奢、いや、小さいということ。150センチ前後といったところか、スカートから見える足は小さな衝撃で折れてしまうのではないかと思ってしまう程細い。

 今、彼女は『せんせー』と言った。私を師事する者はいないことから、彼女は酒田の生徒である可能性は非常に高い。そして、もしや。

 「や、やあ。偶然だね。ほんと。は、ははは。」

酒田の声はうわずっている。もしや、酒田、貴様…!

 「学校の帰りにCDでもレンタルしよっかなー……なんて思いながら歩いてたら見つけたんだ!」

 「へ、へー。CD!好きなミュージシャンいるの?」酒田、落ち着け。……もう、分かった。お前が惚れた相手は、

 「いやー。お父さんの影響かなー。山下達郎が好きだな!」

この趣味がやけに古い少女だ。魔女どころか年端もいかぬ少女である。

 「山下達郎は……うまいよね。」

酒田も困惑気味だ。

 「引かないでよ!でも、本当にうまいんだからな。今度聞かせてあげるから。……ところで、この方は?あと、せんせーは今なにしんてんの?」

彼女は少し遠慮気味に聞いた。私を気にしてしまうのは仕方があるまい。全身から溢れ出る知的なオーラ、会話の端々から垣間見る優雅さ、日本海溝のような深い心、どれをとっても常人のそれを逸している。ましてや酒田のような男と並べば、私の素晴らしさは浮き彫りとなってしまう。

 「あ…ああ。このどうしようもなさそうな奴は、俺の高校からの友人だよ。本当にどうしようもないけどな。で…」

酒田め、二度も言いやがって。

 「俺達は……えっと…鍋!鍋をするんだ!俺の家で!いっしょに材料を買いに来たのさ。は……はは。」どうしようもないとはなんだ。お前の方がよっぽど…………………は?待て。鍋?

 「おお〜!鍋!最近寒いもんな!いいなあ〜」

彼女は目を輝かせている。酒田は何か思いついたようで、人差し指を立てた。

 「そうだ!どう?いっしょに鍋しない?」

 「待て。酒田!それは…」

 「いいね!いいね!ちょっと待ってて!今、許可とってくるから!」

私の制止は虚しく宙で消滅し、彼女はご機嫌な様子でスキップをしながらスマホを取りだし我々から離れていった。その姿を見る酒田の顔は見ていられない程緩んでいる。

 「酒田君、これはもはや犯罪です。」

私の心は冷えきっていた。

 「馬鹿野郎。誤解されるようなことを言うな。」

 「誤解ではなく事実だろう。未成年を家に連れ込もうなど言語道断!だいたい彼女は今何歳なのだ」

 「16かな」

完全に開き直っている。

 「我々と5つも違うではないか。」

 「馬鹿だなあ。5つ差夫婦なんていくらでもいるだろ。46歳と51歳、普通だぜ。このくらい。」

言うに事欠いて夫婦とは。

 「大馬鹿者。それを論点のすり替えというのだ。お前の例は不適切だ。12歳と17歳、つまり小学校6年生と高校2、3年生のカップル。いたら引くであろう。」

 「うっ……!そ、それとこれは違う。」

 「そうだ。違う話だ。別問題だ。お前が直面している問題は相手が未成年であるという事実だ。」

 「まだ付き合ってねえからいいじゃねえか。」

駄目だ。こいつ。私がなんとかするしかない。幸いなことに酒田は致命的なミスをした。そのにやけ面も続きはしない。

 それにしてもなんたる腑抜けか。浮き足だってそのまま空を飛んでいってしまいそうだ。

 かと思うと、酒田の顔は急に汗まみれになった。翼を溶かされたイカロスもここまで焦った顔をしていたかどうか。酒田は私に頭を下げて、懇願した。

 「頼む!帰ってくれ!勝手は承知だ!頼む〜」

気づかれてしまったようだ。酒田の致命的なミス……それは私と鍋をすると口を滑らしたこと。自宅に連れても私がストッパーとなる。そもそもあらゆる会話のストッパーと成りうる私と同じ空間にいて女性と円滑に話を進められるわけがない。迂闊だ、酒田よ。

 「当然、断る。断じて断る。」

これは私なりの愛だ。全ては酒田を更正させるために。そして何より『純情紳士同盟』存続のために。戦わねば。

 タタッと小気味良いステップの音が聞こえる。彼女は足軽に戻ってきた。

 「とれたよ〜。とれましたよ〜!」

 「あ、ああ!良かった!良かった!」

一方、酒田の笑顔は歪だ。

 「あの…ところで。」

彼女が私に上目遣いで話しかける。可愛らしい。が、私は負けない。

 「なんと呼んだらいいでしょうか…?」そうか。名前を言ってすらいないか。

 「呼びたいように呼びたまえ。」

紳士らしく答えると、彼女はパッと笑った。

 「あ!実はさっき思いついたのがあるんだ!せんせーに『どうしようもない』って言われてたから略して『どーも』さん!」

 「それ、許すと思ってんの!?」

思わず声を上げてしまった。

 「冗談です。冗談。」

彼女は、あははは、と笑う。それはいいが、酒田よ。お前が笑うのは許さん

 「では、『おにーさん』でいかがですか、おにーさん!」

私は負けない。だが、敵は手強い。

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