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【海峡の全寮制男子校】城下町ボーイズライフ  作者: かわばた
【6】モテ男は女子から逃げる【夏虫疑氷】
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女子高生から逃げろ

「ちょ、ちょっと先輩達!いきなり」

 なに走ってんすか、と幾久が言う前に、高杉と久坂は先を走って怒鳴った。

「いいから黙って走れ幾久!」

「そうだよ、面倒に巻き込まれたくなかったらね!」

 面倒って、さっきの女子二人の事か?あれって知ってる人だったりしたんだろうか?そう首をかしげながらも、幾久は二人の声に、なにかただごとじゃないことがあるのかと、先輩達を全力疾走で追いかけた。

 いつも通る道とは違う、和菓子屋の道から外れ恭王寮の方向へ向かい、幾久も知らない、迷いそうになる住宅街の道を二人は軽やかに走り抜けていく。

 恭王寮の前を通り過ぎ、細い路地を抜けまっすぐ走っていく。

 高杉も久坂もこの町で育っているので、いろんな道をよく知っている。

 二人がやっと走るのをやめたのは、なだらかな坂道を登ったところで、見たことも通ったこともない住宅街の中だった。

「先輩?ここどこっすか?」

「寮に向かってるよ」

 本当に?と思うが地元民が言うのだからそうなのだろう。

 しかし、さすがにある場所で幾久は立ち止まった。

「ちょ、ちょっと先輩達?!どこ行くんすか?!」

「どこって。寮だよ」

「じゃなくて!そこ山の中じゃないっすか!」

 幾久が驚くのも無理はない。

 住宅街の中にあるとはいえ、突然の空き地と、どう見ても山の入り口にしか思えないような場所を、高杉も久坂も入ろうとする。

「ヘーキだって」

「すぐに抜ける」

「いやいやいや……」

 躊躇う幾久だったが、二人は勝手に進んでいく。

「ちょっと!先輩達!」

「置いていくぞ幾久」

「お先に」

「……もー!」

 こんな場所で置いていかれては、一人じゃ帰れないしいまどこなのかも判らない。幾久は諦めて、先輩二人の後を追いかけて、山の中へ入って行った。


 二人は何の目印もない山道を迷いなく走って抜けていく。緑が生い茂る山の中、蝉の声が、通るたびに静かになり、暫くすると後ろからまたなき始める。

 やっと住宅地に入るとそこは何度か通ったことのある、寮の裏手にある山の住宅街の中だった。

「ここまで来れば、大丈夫じゃろう」

「多分ね」

 山の中を通ったせいで軽く泥がついてしまった制服をはたきながら、高杉と久坂はほっとしている。

 なんで必死に逃げるのだろうかと幾久は思い、二人に尋ねた。

「さっきの女の子達って、先輩らの知り合いっすか?」

「いや、知らん」

「知らないよ」

「じゃあ、なんで必死に逃げたんですか?」

「面倒じゃから」

「面倒だから」

 高杉と久坂が言うが、幾久は首をかしげていた。

 別になにをしたわけでもない、多分、久坂を追いかけてきた程度なのに、なにがそんなに必死になって逃げるほどの事があるのだろうか。

 二人は追いかけられない安心からか、殊更ゆっくりと寮までの道を歩き始める。

「面倒ってだけであんな必死に逃げたんすか?」

 疑問を素直に幾久は口にした。折角ソフトクリームを食べていたのに、まるで飲み込むみたいにさっさと食べてしまった上に、逃げるみたいに判りにくい道を通って寮に帰るなんて、理解できなかったからだ。

「あれ見て気付かんかったか?」

「追いかける気満々じゃったろ、あの二人」

「そうっすよね。久坂先輩、威嚇してたし」

 たまにちょっとした会話はあるにせよ、わざわざ和菓子屋のおばちゃんとあんな会話をするなんて、理由は幾久にだって判る。

 久坂が『歩きながら食べるなんて下品だ』なんて言うから、ソフトクリームを注文した女子は久坂を追いかけるに追いかけられなくなってしまった。

 女子がそうしてソフトクリームを注文して食べるその隙に、高杉も久坂もわざと遠回りしてまで逃げた。

「ひょっとして、知らない女子から逃げたんすか?」

「そうじゃ」

「そうだよ」

 大真面目な顔をする二人に、幾久は多分、これがこの二人でなければ笑い飛ばしたのだろう。

 女子に追いかけられて逃げるなんて、まるで小学生か照れ屋の中学生みたいだからだ。

 しかし、どう考えてもそんな風な「照れ屋」で可愛いように見えない先輩たちが、そんな態度を取ること自体がおかしい。

「なんで逃げたんすか?」

「決まってるだろ。面倒くさいからだよ」

「面倒って……」

 さっきもそう言っていたが、一体なにが面倒なのだろうか。いきなり告白されて、迫ってくるわけじゃなし。幾久はそう思ったのだが、久坂は心底うんざりした表情で言った。

「そろそろだとは思ったんだよね。試験終わったし」

「そうじゃの。ちょっと油断しとったの」

「だから、何の話してるんすか?」

 試験が終わったら、なにがどう面倒くさいことがあるというのか。疑問に思う幾久に、高杉が言った。

「決まっちょろうが。この時期になると、夏休みに『カレシ』が欲しい女が湧くんじゃ」

 らしくなく、『カレシ』の『シ』の部分を強調して、高杉が言う。

「湧くって、そんな虫みたいに」

「虫と似たようなもんだよ。この季節になるとびっくりするぐらい湧いてくるからね」

「……」

(モテるイケメンの言葉怖ぇ!女の子を虫扱いかよ!)

 そう幾久は思ったが、久坂の外見を見ると無理もないとは思う。なんといっても少女マンガに出てきてもおかしくないくらいの、理想の男性と言ってもおかしくないほどの外見なのだ。

 それに久坂がやけに目だっているが、高杉だってけっこうモテる。ただ、女性よりなぜか男子にモテることが多くて目立たなかったが。

「そういや、今までは告白とかなかったっすね」

 幾久が言うと、高杉と久坂が同時に言った。

「あったぞ」

「あったよ」

「えっ」

 そんなの全く知らなかった幾久は驚いてつい立ち止まる。急な下り坂のせいで、つんのめりそうになり、慌てて体を戻した。

「嘘!オレ、全然知らないっすよ!」

「そりゃ、わざわざいちいち言わないよ」

「幾久に言う意味あるか?」

「ないっすけど!」

 またこの先輩達の『関係ないことは言わない』主義が出たよ、と幾久は肩を落とす。

「そんなの全然知らなかったっす。今日が初めてかと思ってましたよ」

「けっこうあったけど、無視できるものは無視してるし」

「無視……」

 なんだかあまり聞かないほうがいい気がするが、ここまで来たら興味が出てしまう。

「無視って、どんな?」

 男子校なのだから当然女子は居ない。帰りは一緒に帰ることも多い幾久が、そんな事を知らない。ということは。

「呼び出されても行かないとか」

「うわあ」

「なにが『うわあ』だよ」

「だって女子っすよ!告白っすよ!」

「それが何か?」

「告白って、告白っすよね?」

「それ以外に何が?」

 イケメンすぎるとこういうのが麻痺するんだろうか。

 幾久は久坂に尋ねた。

「可愛い子が居たらつきあいたいとか思わないんすか?」

「ないね」

 きっぱりと久坂が言う。

「誰とも付き合う気はないし、そもそも学生の本分は勉強だろ」

「え、そんなの本気で言ってるんすか」

 リア充な青春が目の前にあるのに、しかもこんなに絵に描いたようなイケメンなのに、女の子に全く苦労しないのに、付き合いたいと思わないなんて。

「勿体無さすぎっすよ、久坂先輩」

「そうかな」

「そうっすよ」

 幾久だって、彼女が出来るものなら欲しいとは思う。

 ただ、今はそれどころじゃないので考えもしなかったが。

「だってイヤだろ、図々しい女なんて」

「図々しい?」

 付き合ってもいないのに、どうしてそんな風に言うのだろうか。幾久が不思議に思っていると、久坂はそれに気付き言った。

「図々しいだろ。いきなり告白とか自分の感情を押し付けてくるんだから」

「……告白って、んなもんじゃないっすか?よくわかんないっすけど。それに、それだけ本気で久坂先輩の事を好きなのかもしんないじゃないっすか」

 知らない人にいきなり告白されたら、びっくりはするけど嬉しいのではないのかな、と幾久は普通にそう思う。誰だって嫌われるよりは好かれるほうがいいし、嫌われるとなにかと面倒だし、やっぱりダメージがあると思うのだが、久坂にとってはそうではないらしい。

「本気で好きなら、こっちが迷惑していることを受け入れてくれればとは思うよ」

「うーん」

 幾久は考える。誰かを好きになってしまったら、どうしても夢中になってしまうのじゃないのかな。

 ただ、幾久もそこまでの恋なんてものをした事がないので判らないが。

「相手の事を考えられなくなるくらい、好きになっちゃう、っていうのはやっぱおかしいん、すかね」

 恋愛事情は判らないが、そんな激しい感情があるというのはドラマや物語でなんとなく見知っているので、そんな風に幾久は、ただ言った、だけだった。

「じゃあ質問するけど、もしいっくんの進路について、母親が『幾久の為』って夢中になって感情を押し付けるのは、いっくんはアリ?」

 母親と女の子は違う、と一瞬思うけれど、感情の押し付けと言う点では同じかな、と幾久は思う。

「なし、って感じです」

「僕も同じ。なしって感じ、だよ」

 そういわれてしまえば、確かになぁ、とも思う。

 母親だろうがよその女の子だろうが、自分にその気がない上での感情の押し付けは厄介だし面倒でしかない。

「なんかそう言われたら、納得せざるを得ないっすよね」

 騙されてる気分ッス、と幾久が言うと久坂は苦笑して言う。

「だって仕方ないだろ。本当にそうなんだから」

「ハル先輩も同じなんすよね?」

 久坂と高杉は同じ考え方なので、違うことはありえないのだが念のためにそう尋ねると「そうじゃ」と頷く。

 御門寮に到着し、門をこえて敷地内へ入ると、二人ともほっと肩の力が落ちた。

 幾久も、この寮になじんでいるので敷地内に入ると帰ってきたなと心が緩む。

 ただいま、と言いながら玄関を引くとまだ誰も帰って来ていなかったらしく、鍵がかかっていた。

「あれ、めずらしい。ガタまだ帰ってきてないんだ」

「本当じゃの」

 高杉が鍵を取りだして玄関を開ける。

 寮母の麗子さんは夕食を作りに来るだけなので、まだ寮には来ていない。多分買い物にでも出かけているのだろう。

 制服は山の中を歩いたせいでけっこうほこりまみれだった。

「これ、全部洗ったほうがいいよね」

「そうじゃのう。けっこう汚れとるの」

 幾久も制服のズボンを叩くが、なかなか汚れが落ちてくれない。

「よし、じゃあもうこのまま風呂場行くか」

「そうだね。さ、行こうかいっくん」

「え?あ、ハイ」

 久坂と高杉に引きずられるように幾久は一緒に風呂場へ向かい、全員が制服のシャツを脱いで洗濯機へほうりこんだ。

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