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【海峡の全寮制男子校】城下町ボーイズライフ  作者: かわばた
【5】仲良しと仲悪し【岡目八目】
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パパは策略家

「田舎だから、逆にそういった事に本気出すじゃない?ほら、鳳っていい看板だし」


 ひょっとしたらあなたのお子さん、東大に行くかもしれません、なんて言われてしまえば、大抵の親はその気になるだろう。

 入学時に少々出来が悪くても、例えば鳩クラスであったとしても徐々に鳳クラスに入れば東大も目指せる。

 あまりにも幅が広い報国院だからこそ出来る荒業だ。


「つまり、いっくんのレールって、とっくに父親が敷いてるんだよ。感情的に東京に戻りたいっていうなら戻る可能性もあるけどそれはほぼゼロ。ってことは、あと東京に戻る理由があるならいい学校を目指す場合。でも今から編入するより報国院のほうがよっぽどいい教育を受けられるのは、ちょっと考えたら判るようになるよね。じゃあ、いっくんが東京に戻る理由は?」

 なにもないよね?と久坂が言う。

「けっこう策士だよね、いっくんのお父さん」


 一度自分の環境に疑問を感じてしまえば、その違和感は拭えない。

 今まで自分の考えや、常識だと思っていたことが覆されてしまう。

 報国院が寮制度をとっているのはそのせいだ。

 自分の家くらいしか知らなかった子供を全部まとめて、日常を混ぜてしまってその混乱で互いを競わせる。

 擬似家族や擬似兄弟みたいな関係になって、いろんな事を学んでいく。

 寮が変われば尚更に。


「いっくんがここに入ってあんなに変わったのに、あと一ヶ月あっていきなり中坊の考えに戻る訳ない」

「―――――確かにのう」

「うん、そうかも」

 そういわれたらそんな気がしてきた!と吉田の表情が明るくなる。

「でも瑞祥すげえな。おれ、いっくんのお父さん見てもかっこいい!とかイケてる!とかしか思わなかったのに」

 よくそこまで考えられるな、と吉田は感心するが、瑞祥はにこにこと微笑んで言った。

「でも僕、そういう人苦手だな」

「同属嫌悪じゃな」

 高杉が言うと、久坂は高杉の脇をいきなりくすぐった。

「うわっ!やめぇ瑞祥!」

 どすん、ばたんと賑やかに高杉と久坂がまた暴れだし、吉田がさっと非難する。


 風呂からあがってきた幾久が、そんな先輩達をあきれ顔で見ながら「子供じゃないんすよ」と言うので久坂も高杉も肩を組んで、「はいはーい」と浮かれながらいつも通り、二人とも一緒に風呂へ向かった。


「なに話してたんすか。機嫌いいっすねあの二人」

 冷蔵庫からジュースを出す幾久に、吉田もにこにこしながら言った。

「いっくんのお父さんの凄さについてだよ」

「フーン」

 よくわからないなと幾久は言いながらコップにジュースを注ぐ。

「フツーの父親だと思うんすけどねえ」

「そっかな。頭いいと思うよ」

「東大ってやっぱそうなんすかね」

 幾久がまるで人事みたいに言うが、実際幾久にとっては人事なのだろう。

「でもいっくんだって東大とか行くんだろ?」

「もー、栄人先輩までやめてくださいよ。なんかむなしくなるじゃないっすか」

 ばたんと冷蔵庫のドアを閉め、幾久はジュースを持ってキッチンの食事用のテーブルに座る。

「正直、オレそこまで考えてないっすよ」

「でも考えないと、三ヶ月はもうすぐだろ?」

「そこなんすよねー」

 あーもー、と再び幾久は頭を抱えた。

「さっきも風呂でずーっと考えてたんすけど、人生これで決まるとか思ったら真面目に考えざるを得ないけど、だからって今は早いつうか」

 面倒くさい、と幾久は文句を言う。

「あれ、いっくんにとって重要なのって面倒かどうかって事?」

「だってそうでしょ。面倒なのって嫌っすよ」

「……いっくんにとっての面倒くさいのって、どういう事なん?」

「どういう事って言われても」

 うーん、と幾久は考える。

 、「なんかこんな、よく判らないことを考えなくちゃいけないってことっすかね。何になりたいとかも全く考えたこともないのに進路決めろとか、けっこうめちゃくちゃっすよね」

「滅茶苦茶かなあ」

「そうっすよ」

 幾久はジュースを飲んで言う。

「目的地が決まってたら、そんな困らないじゃないっすか。旅行と同じだから、新幹線で行くか飛行機で行くかってだけで。でも目的地は決まってないのにどれに乗るか決めろって、無茶じゃないっすか」

「そうだよねぇ」

「じゃあとりあえず東大でいっか、とはならないっすよね、フツーに考えると」

「まあ、そうだよね」

「ちょっとそこまでの観光と、ニューヨークに行くのと準備も考えもお金も全く違うのに、とりあえずニューヨーク行く準備しとけばどこに行っても困らないって、すっげ乱暴じゃないっすか?」

「確かにねえ」

 確かに幾久の言う通りだ。どこに行っても困らない支度ととお金があればどこにでも行けるだろうけれど。

「そりゃ、最終的にはニューヨーク行きたいって思うかもだけど、だったらそん時に考えれば良いのに、行きたくなったらどうするの!って無理矢理準備させられるのも違う気がするんスよね」

「そうだよね」

「勉強だからやったって無駄になるってことはないと思うんすよ。でも、だからってなにもかも勉強につぎ込むのもなんか……違う気がして」

 ことんと幾久は空になったコップを置く。しばらく真面目な顔でコップを見つめていたが、吉田が「コーヒー残ってるよ」と言うとさっとマグカップを取り出した。

「先輩らって、将来どうするんすか?」

「ん?おれら?」

 幾久は頷く。

「大学とか、行くんすよね、勿論」

 鳳クラスに入るならこのあたりの大学はどこでも狙えるだろう。

「うーん、ハルと瑞祥は金銭的なことは問題ないから、どこでも好きな所に行くと思うんだよ。雪ちゃんの進路によるかも」

「雪ちゃん先輩、どこに行くか決めてるんすか」

 確かに雪充は三年生だから、もう進路を決めていてもおかしくはない。

「決めてると思うよ。そういうの雪ちゃんは堅実だし。雪ちゃんが行くところに、ついていくんじゃないのかな」

「へえ」

 やはり幼馴染だとそういう繋がりはあるのか、と幾久は思った。

「ハルと瑞祥は雪ちゃんと同じところかもだけど、おれは金銭的な理由によりけりだな」

「栄人先輩って、将来とか決まってるんすか?」

「おれ?おれはいろいろ!」

「いろいろって」

「まずは絶対に会計士は狙うでしょ」

「会計士!……ってどんな仕事なんすか」

 聞いた事はあるけど、実際どういった内容なのかは幾久は知らない。

「お金を調べるお仕事だよ!」

「またざっくりとした説明っすね」

「会計士持ってりゃ税理士もできるし。あとは美容師かな。理容師でもいいけど」

「えらく違うジャンルっすね」

「やっぱさ、肩書きも大事だけど手に職も大事だなって思うんだよ」

「会計士だって、手に職じゃないんすか?」

 いわゆる『士』業なら立派そうにも聞こえるけども。だが吉田は首を横に振った。

「なに言ってんだよ、このご時勢たとえ弁護士だってメシ食えないって言われてるんだからね。時勢はどうかわるかわかんないんだから」

「世知辛いっす」

「そんなもんだよ。お金がないのは辛いよ」

 吉田はあまり家が裕福でないとは聞いている。

 だから勉強に興味がなくても鳳に所属しているのだとも。

 報国院の鳳クラスなら、授業料も寮費も無料だし、資料や参考書代も負担してくれるし、おまけに生活の補助もしてくれるからだ。

「おれん家、金ですっごい苦労したからせめてお金で苦労したくないんよね」

「お金で苦労したら、稼げる仕事とかがいいって思いそうなのに」

 会計士がいくら稼げるのかは知らないけれど、首を傾げる幾久に、吉田が言った。

「お金なんかさ。いくらあったって無駄だよ。馬鹿が居たら何億あっても意味がない。穴の開いた鍋みたいなもんだからさ」

「……」

 吉田の家の『貧乏』というのも、なにか一筋縄ではないらしい。幾久がその空気を感じて黙っていると吉田が笑って返した。

「だから、お金の流れとか、どうやったらお金を逃さずに済むのかっていうのが知りたいんだよね」

「フーン」

 吉田は吉田なりに、考えていることがあるようだ。

「先輩らってけっこう考えてますよね。オレ、来年そこまでいけてんのかなあ」

「別に深く考えることもないんじゃない?多分ガタなんか、すっごい馬鹿な理由で進路決める気がするし」

「ああ……」

 それは確かにそうだな、と幾久は思う。

 山縣は三年だから、進路も当然決めないとならないが、とても馬鹿げた理由で馬鹿な進路を選びそうだ。

「なんかギャップ、すごいっすね」

 吉田のように将来を考えている先輩もいれば、山縣のようによく判らない三年も居て、高杉や久坂のように、幼馴染の先輩が行くところについていくというのもある。

「いろいろだなあ」

 幾久がつぶやいた。

 そのいろいろの、どれも自分とは違う気がした。

 結局考えてもそう簡単に結果なんて出るはずもない。


 父親からたまたま電話があったので、いろいろ喋っていると先輩の話になり、吉田の目指している会計士が実はけっこうとんでもない資格というのも知って、やっぱ鳳エリートじゃねえか、と思った。

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