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【海峡の全寮制男子校】城下町ボーイズライフ  作者: かわばた
【5】仲良しと仲悪し【岡目八目】
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出来ちゃうと嫌がらせされる理不尽

 寮への帰り道ではずっと児玉の事を考えていたが、当然弥太郎と話したこと以上の内容は思い浮かばなかった。

 どうにかしてあげたくても、しっかり者の雪充が現状しかないと考えているのなら、それ以上自分に出来ることもないだろう。

(でもなんか、判るんだよなー……)

 児玉のあっている目は、幾久が以前あっていたのと同じ目だ。

 だから余計に、どうにかしたいと思ってしまう。


「ただいまーッス」


 御門寮に帰ってきて、玄関で幾久は靴を脱ぐ。

 靴の様子を見ると、山縣は当然寮に居るし、高杉と久坂も帰ってきている。

 吉田はバイトなのか、靴が見当たらない。

 麗子さんが夕食を作りに来るまではまだ時間がある。

 多分今頃、夕食の買い物に出かけているはずだ。

 幾久はTシャツ、そして高杉からお下がりで貰ったお洒落なデニムのハーフパンツに着替えて居間へ向かう。

 さっき弥太郎と饅頭を食べたのでお腹はすいていないが、喉が渇いてしまったのでお茶が欲しい。


「おかえりいっくん」

「おかえり、幾久」

「ただいまッス」

 久坂と高杉の二人という事は、給仕は当然期待できないので幾久は自分からお茶を入れる。

 キッチンでお茶を入れていると、居間から二人が声をかけてきた。

「幾久、ワシも」

「僕も」

「はいはいっす」

 どうせ自分のついでなので、幾久はお茶を入れて二人の所へ持っていく。

「どーぞ」

「悪い」

「ありがとう」

 二人はなにか会議の最中だったらしく、ちゃぶ台の上に書類を広げていた。

 書類を汚さないように幾久が端っこでお茶を飲んでいると、それに高杉が気付き「悪い」とさっと書類を重ねた。

「あ、いいっすよ別に」

「いや、もうほとんど終わっとったんじゃからええ」

 久坂と高杉はいつも一緒で、いろいろ二人で何かやっていることが多い。

 今回もなにか難しい内容か、勉強かなのだろう。

「それより、どうした?」

「え?」

「さっきため息ついとったじゃろう」

「え?まじっすか?」

 そんなの全く意識していなかった。いつ出たのかな、と幾久は驚く。

「なんかあるんか」

 高杉の問いは鋭いし、ここで誤魔化しても絶対にいろいろ聞かれるのは間違いない。

「……オレの事じゃないっすよ」

 ため息の原因があることは否定せず、そう告げると高杉は更につっこんできた。

「じゃあ、誰のことじゃ」

 あれ、これって誤魔化させてくれないパターンの奴だ、と幾久は気付き、久坂を見ると、久坂はにっこりとイケメン丸出しで微笑んで言った。

「誰?」


 ―――――退屈なのかな、この二人。


 無礼にもそう思ったが、幾久は肩を落としてぼそりと言った。

「恭王寮の、児玉君です」

「ああ」

「ほう」

 そう言うと、がっつりこちらに顔を向けてきたので、幾久は諦めて、さっき弥太郎とした話をかいつまんで二人の先輩に説明することになった。


 児玉の状況の話をひととおりし終わると、高杉も久坂も「ふーん」といった対応だった。

 つまり、どうでもいいのだろう。


「ま、雪がそう言うならそうじゃろうの。鷹のしょーもないのは本当にしょーもないからの」

「相手が馬鹿みたいな事してるなら、対処しようがないよね。乗れば喜ぶし、怒っても喜ぶし」

 やっぱりこの二人も雪充と同じ見解らしく、児玉がどうにかするしかない、と判断したようだ。

「でもさ、いっくんがそこまで気にすることないでしょ?苦手だったはずなのに、いつの間に『タマ』って呼んでんの?」

「えーと。今日からっす」

「瑞祥はそういう事を言っちょる訳じゃないぞ、幾久」

「判ってますよ。でも、どうにかしてあげたいって思うんスよ」

「なんでじゃ」

「どうして?」

 二人同時にそう尋ねられ、幾久は答えた。

「オレも同じ目にあったから。この学校に来る前。変ないちゃもんつけられて、質問に答えてるのに全く話が通じないし。そういう奴は、そういうもんだっていうのも判ったけど今は」

 ただ、渦中に居る児玉としては、心穏やかではないだろう。

「折角憧れの鳳に入って頑張ってるのに、変な事で邪魔されるとかやっぱ理不尽じゃないっすか」

「でも、それをどうこうするのもやっぱ本人でないとね」

 久坂の言葉はあくまで冷たい。

「いっくんの気持ちも判らないでもないけど、鳳っていうのが定着するまではどうしてもそういうのは避けられないよ」

「まあ、そこは瑞祥の言うとおりじゃ。ワシらもそういうのからは絡まれたしの」

 やっぱそうなのか、と幾久は二人を見ると、全く同じタイミングで二人は頷き、久坂が言う。

「定期テストってさ、やっぱり学校の授業でテストな訳だろ?でも入試は違う。そりゃ、ある程度の対策は練れるけど、いくらこのあたりが公立ばかりといってもやっぱりレベルの違いは出るし、塾にも行くし、個人で勉強したりするわけで。だから鳳に受からなかった、鳳目指して鷹になってる奴は『なんであいつが』みたいなのがあるんだよ」

「定期テストを繰り返しゃ、嫌でも実力は出るわけじゃから、そうなると落ち着くんじゃけどの」

「それっていつくらいっすか?」

 幾久が尋ねると、久坂と高杉はうーん、と考えてぽつりと言う。

「中期の、中間が終わったあたりかの」

「おっそ!」

 中期の中間、ということは二学期の中間終わりなわけだから、十月頃になってしまう。

「まだ六月なのに、十月まで我慢とか、四ヶ月あるじゃないっすか」

「一ヶ月は夏休みがあるし」

「それでも三ヶ月は長いっすよ」

 幾久自身だって、そんなに長く持たなかった。ほんの少し言われただけでもダメージは蓄積する。

 しょうもないことほど、苛立ちは積もるものだ。

「なんとかできないのかなあ」

「そんなん、次も鳳になってよその寮に希望を出せばええだけの話じゃ」

 高杉は言うが、果たしてそう上手くいくだろうか。

「そりゃそうかもしれないっすけど」

 でも、と幾久は高杉と久坂に尋ねた。

「じゃあ、もしタマが次も鳳で、この御門寮に来たいって希望出したら先輩らOK出すんですか?」

「出さん」と高杉。

「ないね」と久坂。

「ほらやっぱり!」と、幾久は声を上げた。

 基本、久坂も高杉も他人を受け入れるのが嫌いだ。

 幾久はなにかと複雑な事情があって仕方なく入れた結果、まあいいかとなっているが、これ以上他人をこの寮に入れる気は、この先輩達にはさらさらないのだ。

「あぁー、タマ可愛そう。どうしたらいいんだ」

「そんなん自分でどねえかさせろ」

「そうそう、いっくんでも自分でどうにかしたんだから大丈夫だよ」

「オレのどうにかは人殴ってんすよ。タマが人殴ったら、やばいんじゃないんすか」

 児玉が高杉や久坂と同じように、武術的なものをやっているのを聞いたことがある。

 だから幾久が絡まれたときも、全く動じず相手に攻撃していたのだ。

「あ、確か今はボクシングだよねあの子」

「ガチでやばいやつじゃないっすか!」

 えー、と幾久は引く。

「じゃあ、恭王の奴らって、タマがボクシングやってるの、知らないんすか?」

 久坂はすずしい笑顔で、「逆」と言った。

「違うよいっくん。ああいう手合いはね、そういうのをやっているから逆に嫌がらせすんの」

「……?どういう意味っすか?」

 ボクシングをやっている相手をからかうとか、幾久からしてみたら正気の沙汰とは思えない。

 だが、武道や武術の経験者である高杉と久坂は説明してくれた。

「だからさ。そういうの習ってると絶対に素人とは喧嘩できないよね?つまりそう言うこと。自分を殴れない立場の奴だから、何しても何もできないだろって」

 そういうことだよ、と久坂が言うと、幾久は心底、軽蔑した眼差しでぼそりと言った。

「なんだそれ。そいつら屑じゃないっすか。屑すぎっすよ」

 久坂と高杉は目を合わせて、そしてものすごい笑顔になった。

「なんすか。いま笑うところじゃないっすよ」

「―――――そういう所、幾久らしいの」

「ほんと。心が洗われるよ」

 二人で楽しそうにニヤニヤしているので、幾久はむっとしてしまう。

 幾久はそういった習い事の経験はない。せいぜい、サッカーを習いに行ったくらいだ。

「そこまでいっくんが心配しても仕方がないよ。一応、雪ちゃんが事情知ってるなら、できるかぎりの事はしてくれてるって」

「そうじゃぞ。それにそんなに嫌なら部活にでも入りゃええんじゃ。そうすりゃ、トシみたいにギリギリまで寮に帰らんですむしの」

 報国寮の伊藤は寮に帰るのが嫌だと部活のかけもちをやっていてギリギリの時間まで学校に粘っている。確かにそうすれば、寮には遅く帰れるけれど。

「でも、鳳に居るには勉強時間がいるわけでしょ」

 タマの今の実力では鳳に居続けるのは難しいと聞いている。

 出来るだけ勉強をしたいなら部活をするような暇はないはずだ。

 しかし、報国院は学習室も試験前にならないと遅くまで開放されないし、図書室も放課後は基本閉められてしまう。

 勉強する場所は、寮しかないのに寮では落ち着いて勉強は出来ない。

 他寮に入るには許可が要るし、かといって毎日頻繁に出入りなんてできるはずもない。

「部活かぁー」

 難しいなあ、と幾久は頭を悩ませる。

 幾久はまだどこの部活にも所属していない。

 なんらかの部活に登録はしないといけないらしいのだが、テストや寮の事に追われてそれどころじゃなかった。

 というより自分の進路そのものに悩んでいるわけだから、正直部活がどうなんて頭の片隅にもなかった。

 この報国院に居続けるなら部活には入ったほうがいいのだろうけれど、もしこの学期でここを辞めて、他校に編入するのなら部活なんかやっている場合じゃない。九月あわせで編入するなら、それなりの準備や勉強が必要になってくるだろう。

「オレも部活、考えた方がいいのかなあ」

 はあ、と息を吐いてがっくり肩を落とす幾久に、高杉が驚いて言った。

「何言っちょるんじゃ幾久?お前、もう部活には入っちょるぞ?」

「は?」

 そんな話聞いたこともないし、知らない。

「ちょ、……え?なんすかそれ。初耳っすよ」

 驚く幾久に、久坂も驚く。

「え?じゃあハル、言ってないの?」

「言っちょらん。栄人が折を見て説明するって言っちょったが」

「ちょちょちょ、マジ待ってくださいよ。えー?!オレ部活入ってんすか?!いつの間に?つか、んなの聞いてないし!」

 三人が三人とも驚いて顔を見合わせ、首を傾げたが、詳しくは吉田がバイトから帰ってきて聞くしかなさそうだった。

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