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【海峡の全寮制男子校】城下町ボーイズライフ  作者: かわばた
【5】仲良しと仲悪し【岡目八目】
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寮だけど寮じゃない

「そこにはお兄さんと同じくらいのお姉さんも居てさ、足の怪我を手当てしてくれて。他にもなんかお兄さんが居て、賑やかだったのは覚えてる。で、名前とか、住所とかいろいろ尋ねられたと思うんだけど、名前しか言えなかったんじゃないのかな。幼稚園の帰りだったから、ひょっとしたら幼稚園に連絡入れてくれたのかもしんないけど。で、そのうち助けてくれたお兄さんにいろいろ聞かれて、名前が書けなくて馬鹿にされているって言ったら一緒に練習しようか、って言われて」

「うん」

「幼稚園のかばんかなんかに名前が漢字であったんだろうな、俺が『むいつ』の『無』の漢字が書けないってすぐ判ったみたいでさ。こう、幼稚園児にもわかる様な説明をしてくれて」

「へー、それってなんか凄い」

 幼稚園児に『無』を書ける様に教えるなんて、なかなか出来ることじゃないと思う。

「書き順とかはぜんぜん違うんだけど、それでも間違えずにそれっぽい漢字は書けるようになったからさ」

「凄い。いいお兄さんじゃん」

「だろだろ?で、親が迎えに来てくれて、ばいばいしておしまい。それ以来、そのお兄さんみたいになりたいって思ってたんだけどさ。でかくなってびっくりしたのがそのお兄さん、報国院の鳳クラスだったわけだ」

「なるほど」

「お兄さんみたいになりたいって無邪気に言ってたら親も『あの人はとっても頭の良いお兄さんだから、いっぱい勉強しないと同じようになれないのよ』とか言うからけっこう真面目にやってたわけ。でもそのうち事実が見えてきたらこう、さーっと引くんだよな」

「ハハ」

 幼い児玉が、報国院の鳳レベルを理解できるようになった時のその混乱が手に取るように幾久にも伝わってきて面白かった。自分も同じような経験があるからだ。

「でも、助けてくれた時のあの格好良さっていうのがどうしても忘れられなくて。ただ、」

「ただ?」

 児玉が急に声のトーンを落とす。

「俺、けっこう記憶力いい方なんだよ。だからお兄さんの顔もなんとなくだけど覚えてるし、報国院の制服とか、ネクタイの色とか、略綬とか覚えてんだけど」

「ど?」

「―――御門寮のはずなのに、御門寮じゃなかった」

「え?」

 意味が判らずに幾久が首をかしげていると、児玉がつまり、と説明した。

「いくら幼稚園児の足でも、商店街から御門寮はないわけだよ。遠いじゃん」

 この学校の近くには地元の商店街がある。しかし、そこから御門寮となると、道を覚えていたとしても、幼稚園児にはかなりの距離になるだろう。

「俺の感覚だと、せいぜい行って恭王寮だよ。でもその近所に、あんなお屋敷の報国院の寮ってないんだよな」

「じゃあ、ひょっとしてそのお兄さんの家だったとか?」

 お姉さんがいた、という事はそのお兄さんと家族という可能性もある。

「っていうのも考えたけど、なんか雰囲気が違ったし。そもそも、高校生男子が何人も『ただいま』って帰ってくるって、ちょっと変だよな」

「……確かに」

 お兄さんとお姉さんだけなら、兄弟で、たまたま家に居た『鳳のお兄さん』が助けてくれたのかもしれないが、児玉の話によると、あと数人『お兄さん』は居たはずだという。

「全員、『ただいまー』って帰ってきて、あれ、そのコ誰?なんとかの友達?みたいなことを話してたのは覚えてる。でも俺がビビッてお兄さんにしがみついたままだったからさ、その人たちも近づいてこなくって。ずっとお兄さんと一緒の部屋で、名前を漢字で書く練習してたから」

 だから余計にネクタイと、丁度見える略綬がやたら目について覚えていた、と児玉は言う。

「まさかここまで難関とは思ってなかったし」

「でも、幼稚園の時のその一念で鳳だろ?凄いよ」

 いくら幼稚園の時に感激したからといって、この年齢になるまでそれを目標にやっていくなんて、素直に凄いと幾久は思う。

「けど、だからそれで目標がないっていうか」

「あ」

 それでか、と幾久は納得した。つまり、児玉にとっての目標は『助けてくれたお兄さん』みたいに報国院に入学し、鳳クラスに所属して、御門寮に入る事なのだが、いざ鳳クラスになってしまうと今度はそれについていくだけのモチベーションがない、という事だ。

「あのお兄さんには憧れてたし、実際自分の目標にもしていたから、受験勉強はすっげ頑張れたけど、じゃあいざそうなったら何の為にしてるんだろってちょっと思ってさ」

「それって燃え尽き症候群、ってやつじゃないの」

 大学生でもそうなってしまう人はけっこう存在するとか、幾久の母親がそんなことを言っていた気がする。

「そうなのかもな。受かるまでは必死だったし。それに、あのお屋敷の場所がどこなのか、正直いまだにわかんなくてさ。まさか全部夢ってことはないと思うけど、じゃあ一体どこなんだっていうね」

「……どこなんだろう」

「それが判らないんだよなぁ」

 児玉がため息をついて言う。

「子供の頃だから、なにかの記憶と混ざってるのかもしれないし。肝心の場所がわからないんじゃどうしようもない」

 心底がっかりしている様子の児玉に、幾久はなんとかその寮を探してあげたいな、と思った。

 もし幾久がそんな風に憧れた人が居たなら、きっとまた会いたいしお礼も言いたいと思うだろう。

「いつか思い出すかもね」

「っていうか、細かい所まで思い出せたのが、ぶっちゃけ最近っていうか」

「え?」

「そのお兄さんが報国院の鳳クラスって言うのは親に聞いてたから知ってたんだけど、流石に略綬とかまでは覚えてない訳。親もそこまで見てないし」

 略綬とは、制服のジャケットについている小さなタイピンのようなバッジだ。

 本来は勲章をつけるのだが、式典ではない場合に勲章ではなく略綬をつける。

 報国院の制服は軍服をモチーフにしているので軍関係になじみのあるものが多く採用されていて、生徒は皆、学年やクラス、所属寮や部活などが判るようにジャケットに略綬と言うバッジをつけている。

「じゃあ、なんで急に?」

「報国院の鳳ってのは判ってたからさ、ここの学校説明会に中坊の時に参加したわけ。幾久説明会、来たことねえだろ?」

 幾久は頷く。自分は報国院の学校説明会どころか、入試を受けるまで報国院という学校の存在すら知らなかったレベルだった。

「ここの説明会がまたけっこう凄くてさ。千鳥は無料で紹介されるのに、鳩から上の説明は会費制なわけ」

「うわー……」

「年に何回かあってさ。で、俺は報国院の鳳目当てだから親も許してくれて、参加して、そん時に担当だった在校生が雪ちゃん先輩」

「ああ」

 それで、と幾久は納得した。

「雪ちゃん先輩はそん時二年生で、鳳のネクタイに御門寮の略綬つけてたわけ。で、ばーっと思い出してさ。あ!あのお兄さんのバッジってこれだった!って。雪ちゃん先輩がそのお兄さんとなんとなく、雰囲気似てたっていうのもあるんだろうけど」

「雪ちゃん先輩のお兄さんとかっていうのは」

 児玉は首を横に振る。

「雪ちゃん先輩、年が離れたお姉さんしかいなくって。親戚にもそんな人いないって」

「そっか。じゃあ偶然なのか」

 雰囲気が似ているなら、雪充の兄弟や親戚ではないかと思ったが、そんな単純ではなかったらしい。

「学校説明会って、最初に担当が決まったらほぼ同じ生徒が面倒見てくれるんだよ」

「親は?先生がそういうのするんじゃないの?」

 学校説明会というくらいなら、まず親に色々説明しそうな気がするのだが。幾久が問いかけると児玉が頷く。

「親には先生が学校の方針とか説明するから、講堂とかでまとめて説明会みたいなのやって、中学生は校内を見てまわったり、部活にちょっとお邪魔したりすんの。けっこう面白かった」

「へえ」

「最初雪ちゃん先輩見たとき驚いてさあ。なんか雰囲気?みたいなの似てるから。同じネクタイで、同じ略綬だからそう脳内で判断したのかもしれないし」

「そのお兄さんの顔って、タマ覚えてないの?」

「うーん、ぼんやりっていうか。イメージ位しか。でも見たら判る自信はある!」

「言い切れるのは凄い」

 幼稚園の頃に一瞬あっただけの人なんて忘れていてもおかしくない。

 出来事や制服やネクタイの色を覚えているだけで、どれだけ児玉にとってそれが印象深い出来事だったのかが判る。

「で、雪ちゃん先輩が色々案内してくれたんだけどさ。あのお兄さんとイメージがだぶって、もうこれ絶対に鳳で決まりだろ、御門寮に入るって決心してさ」

 いつも雪充に懐いている児玉の様子を考えると、その時の事なんて手に取るように幾久には想像できた。

「で、無事鳳に入ったって訳だ」

「なんとかって所だよ。けど、鳳に入ったはいいけど御門寮じゃなかったし」

「ゴメン」

 なんとなく、幾久は以前の事を思い出してしまい児玉に謝った。

「や、それはいいって。恭王寮でがっかりしたけど、雪ちゃん先輩はそこに居たわけだから」

「そこはなんか、良かったね」

「マジでホント。だから鳳にはずっと居てーけど、結果がなあ」

 そこまで話したところで、昼休みの終了を告げる前の予鈴が鳴った。

「お、けっこうな時間たってんな」

「だね。教室に戻らないと」

 二人は立ち上がり、ランチプレートを持ってカウンターへと下げた。

 ごちそうさまでしたーと告げて、食堂を出る。

「じゃーな、幾久。今日は悪かったな」

「別にどってことないよ」

「そっか」

 そう言うと児玉は笑い、ポケットに手を入れると一年の鳳のクラスへと向かったのだった。

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