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【海峡の全寮制男子校】城下町ボーイズライフ  作者: かわばた
【夜の踊り子・番外編】
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桂 雪充の憂鬱(3)

(あいつらに比べて、本当に今の一年生は素直だなあ)


 雪充は御門寮に居た二年生の頃を思い出す。

 勉強に関してなら、あの連中……高杉、久坂、吉田は全く問題なかったのだけど、そのほかで問題を起こしすぎた。

 寮の責任者の雪充はあっちこっちを走り回っては頭を下げたり説明したり、本当に大変だったのだ。

 一生懸命勉強する一年生を見ると、そうだよな、本来はこれがあるべき姿なんだよな、とつくづく自分が置かれた去年がどれだけ大変だったか改めて考えてしまう。


「雪ちゃん先輩が教えてくれるんだからさ、俺らも頑張らないと」

 弥太郎が言うと、児玉も頷く。

 まだ入学して二ヶ月程度の一年生は、三年の雪充から見るととても可愛い存在だった。

 御門寮に思い入れは当然あるけれど、御門寮とは全く違う平和な日々がここにはある。

 これはこれで、楽しかった。

「でも、雪ちゃん先輩、すごく面倒見いいですよね」

「そうかな?」

 そんな風によく言われるけれど、自分では別に世話をやいているつもりはない。

「だって勉強見てくれるし」

「そりゃ、頼まれたらできることはするよ」

 それに、と雪充は言う。

「勉強だったら、いっくんのほうが環境はいいんじゃないかな。なんたって三人も家庭教師がついているみたいなもんだし」

 そっか、と弥太郎は納得する。

「全員二年の鳳クラスだもんな。幾久無敵じゃん」

「それどころか、ハルと瑞祥は、ツートップだからね」

「ですよね。マジすげー」

 鳳クラスというだけでも凄いのに、その中でもトップということは、この市の中でトップをはれるということだ。

「吉田先輩だって頭いいんでしょう?」

「ああ、栄人もけっこう凄いよ。ただ、よくバイトしてるからね、その分やっぱりハルと瑞祥と開いちゃうかな」

 自他共に認める『貧乏』な吉田は、暇さえあればバイトをしている。その分顔も広い。

 だけどやっぱりそれだけ勉強の時間は減るので、鳳クラスの中間あたりを行ったりきたりしているらしい。

「その三人が全員でかてきょしてくれるなんて、いっくん贅沢だよなー」

「そうかな。ハルってスパルタだよ」

 それに、三人と言っても瑞祥が教えに入るとは考えにくい。

 実質は高杉一人が真面目に教えて、久坂と吉田は隣に居るだけ、といった感じだろう。

(それでもあの三人が後輩の面倒を見るとか)

 今までの三人をよく知っている雪充からすれば、信じられないと思う。

 特に久坂なんか、よく幾久を追い出さなかったものだ。

「今の二年連中を昔から知ってるけど、とうてい他人の世話を焼くタイプじゃないよ」

 へー、と弥太郎は意外そうだ。

「いっくんの話だと、世話焼きイメージしかないっすよ。朝も一緒に来てるし、勉強も帰ったらすぐに見てもらってるって言ってたし」

 雪充は言う。

「そこまで面倒見るタイプじゃないよ、あいつらは。登校は、自分達も一緒だからっていうのは判るけど、勉強を教えるっていうことは、つまりいっくんは実はできる子なんだってことだろうね」

「?」

「……」

 弥太郎と児玉は興味深そうに雪充を見た。

「言ったろ。ハルはスパルタなんだって」

「でもいっくんは、んな風に言ってませんでしたよ?」

「だろうね。ハルがスパルタになるのは、トシのように『できな』かったり、『理解していな』かったりした場合にそうなるんだよね」

 きちんと説明しているのに、理解に時間がかかるとか、よく判らない相手に対しても高杉は教えるスピードを緩める事がない。

 伊藤が鳩に受かったのも、高杉の授業スピードについていけるだけの能力があったからだ。

 高杉が教える事にストレスを感じていないというのなら、幾久の能力はけっこう高いという事になる。

 親が教育ママなら当然学校も私立で塾にも行っているはずだがら、そういう事に慣れているのだろう。

「ハルは理解できる子にとってはすごく良い先生だからね。いっくん、ハルの教え方を判りやすいって言ってたんだろ?」

 雪充の言葉に、弥太郎が頷いた。

「じゃあ、いっくんの教わる能力もなかなかだよ。ハルについていけてるんだから。タマもすぐ追い抜かれるよ」

 多分、高杉が本気になって教え込めば、中期で鳳に入れないこともないのだろう。

 中期に鳳に入る、と断言していないのは、多分幾久の進路が決まっておらず、そこまでハイスピードで教える必要がないと判断したからだろう。

 児玉のように、一年生で鳳クラスの子は、間違いなく必死で勉強して受かった子ばかりだ。

 だから当然、必死に今の立ち居地を守ろうとするだろうし、鳳に追いつかなかった鷹の子は、入学してからずっと休みなく勉強している子も多い。

 幾久はこのゴールデンウィークの間、ずっと先輩連中が連れ出しては遊んでいたらしいから、そのせいもあるだろう。

(いっくんを東京に戻さないよう頑張っているんだな)

 幾久の環境に何を見ているのか、雪充にだって理解できる。

 幾久の為に、というわけではなく、高杉も久坂も、ある意味自分の為に、幾久をここに置いておきたいのだろう。

 幾久を連れ出してお祭りやいろんな事に参加させて楽しんで、そうして少しでもここに魅力を感じてくれるように。

 そのためにも、勉強量をセーブして、鷹くらいにしているのだろう。

(ったく、タマが気づいたら泣くぞ)

 児玉が必死に頑張って鳳をキープしているというのに、気になる幾久は鳳の先輩連中が『楽しく過ごす』為にわざわざ勉強をセーブして鷹に落ち着けさせようとしているなんて。

 児玉から見れば、幾久の環境は涙が出るほど羨ましいに違いないだろうに。

「雪ちゃん先輩、脅してるわけじゃないっすよ、ね?」

 雪充の言葉に児玉が尋ねる。

「脅してなんかいないよ。元々、鷹くらいは大丈夫なはずだってハルから聞いてるよ」

 卒業間際にトラブルになり、報国院に来た、ということは児玉も知っている。

「いっくんは試験を受けたのが最後の追加なわけだから。その頃にはクラス編成も終わってるだろ?だから鳩なんじゃないのかな」

「……」

 ここには雪充と、児玉と、弥太郎しか居ない。だから雪充も込み入った話も平気でする。

「いっくんにその気がなくても、親御さんの教育方針がいい大学に入れるっていうなら、それなりに勉強はさせているだろうし、塾にだって行ってるはずだよ。こんな田舎だって、鳳に入るために塾には行くわけだし。だったら、やっぱりそれなりにいい成績は取れるはず。でないと、親御さんも報国院なんかに入れないと思うよ。いくら母校でも、東京とはレベルが違うのに、なぜわざわざいっくんのお父さんが報国院にいっくんを入れたんだと思う?」

 そこで児玉も弥太郎もはっとした表情になる。

 確かに、なぜわざわざ幾久を東京の学校からこんな田舎に入れたのか。

「……いっくんなら、うちから東京の大学、目指せるって自信があるから」

「だと、思うね僕は」

 雪充は言う。

 いくら自分の母校でも、東京のレベルに叶わないことくらいは判っているはずだ。

 でも、あの切れ者そうな幾久の父親が、息子可愛いさ、自分の夢の押し付けでこんな田舎に来させるわけがない。

「ってことは」

「親の欲目って言われたらそれで終わりだけど、いっくんのお父さんは、いっくんが鳳狙えるの判ってる、んじゃないかな」

 鳳はレベルが違う。もし鳳クラスに入れるなら、充分、こんな地方でも東京の大学は狙える。

 児玉は無言になった。

 幾久がそこまでとは思っていなかったからだ。

「わかんないよ?僕が勝手に想像しているだけだからね?」

 雪充は言うが、あまりにも説得力のある意見に弥太郎もうなる。

「でも、なんかそうかもっていう気が段々してきた。いっくん、のんびしているようでたまにこう、意見が鋭いん」

 てっきり、あの高杉の影響だと弥太郎はずっとそう思い込んでいたのだが、ひょっとすると幾久は印象がのんびりしているだけであって、実際はそこまでのんびり屋でもないのでは、と思う。

「じゃあ、逆に、本来のいっくんのポテンシャルは鳳クラスの先輩達に近いってことも?」

「そうかもしれないね。少なくとも、ハル達がいっくんにしっかり勉強を教えていて、いっくんもそれをついていけないなって感じていないなら、レベルに違いはそうないんじゃないかな。ハルはそこまでお人よしじゃないよ」

 レベルの低い人に対して親切に教える、なんてことを高杉は絶対にしない。

 自分のやり方で、自分のレベルで、ペース配分は目的にあわせてその為に突き進んでいくのが高杉のやり方だ。

 だから、実は高杉のスピードについていけた伊藤だってかなり凄い。

 ただ、伊藤の場合は高杉を心酔しているので、どんな無茶でも絶対に頑張るという根性論がかなり大きく働いてはいたが。

「やべえ。俺、鷹いけるのかな。一年の間に狙えたらラッキーって思ってたのに」

「本気の狙い目は実は中期なんだよね。前期からの頑張りがあったとしても、夏休みが入るとどうしてもだらけるから。夏休みに気が緩んだままの鳳が、後期には鷹どころか鳩に落ちてるなんてのもよくあるよ」


 三年だけあって雪充は事情をよく知っている。

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