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ミイラ取り、踊るミイラになる

 いくら週末だからって、夜中の二時はどうかしていると思う。そう思いながらも、約束してしまったものは仕方がない。

 夕食後、早めに眠っていると夜中の二時前に、山縣が起こしに来た。

『おい、起きろ』

「……はい」

 のそりと起き上がり、あくびしながら居間へと向かった。

「ウェーイ!こんばんわーいっくん!」

「夜中なのに元気っすね……」

 ふわぁああ、とおおあくびする幾久に、山縣が「着替えろ」と言う。

「え?なんでですか」

「いいから。さっさと着替えろ」

「制服に?」

「なんでだよ。コレ着ろ」

 山縣が差し出したのは、白いTシャツにベージュのカーゴパンツだ。

 しかもTシャツにはマジックで書いたとしか思えない文字が書いてある。

「……?なんすか?」

「お前にミッションだ」

 山縣の言葉に幾久は表情を曇らせた。

「まじっすか」

 山縣のミッションというのはつまり、幾久になにかを手伝えという事だ。

「いやっす」

 以前それで明太子を買いに行かされてひどいめにあった。

「でもね、いっくん。これ何だと思う?」

 時山がにこにこしながら、スマホを幾久に見せる。

 なんだ?と覗き込むとそこにはある動画が映っていた。

『おはようございます~実は今から、報国院高校の御門寮のアイドル、乃木幾久くんの、寝起きドッキリ、やっちゃいたいと思います~』


 画面から聞こえる声は、間違いなく時山の声だ。

 しかも映っているのは間違いなく、幾久だった。

 様子から察するに、多分この前時山が寮に泊まった時のものだろうが。

「なに撮ってるんすか……」

 がっくりと肩を落とす幾久だったが、時山は画面をさささっと先に進め、あるシーンを見せた途端、幾久の表情が青くなり、赤くなる。

「ななな、なに撮ってんすか!痴漢ですか!」

「だってアイドルのパンツは気になるもんでしょ?」

「アイドルでもねーし!消してください!」

「いいよー」

 あっさりと返事する時山だが、幾久は山縣を睨んだ。

「つーことは、なんかオレにさせるつもりですね」

「察しがいいよねいっくん!実はそうなんだ!」

「なにさせるんすか。犯罪はお断りっすよ」

「たいしたことねー」

 そう山縣は言うが、そっぽを向いているあたり、多分あまりよろしくない事だ。

「まずいことなら、ハル先輩に言いつけますよ」

 山縣は高杉に絶対に逆らえない事を知っているのでそう言うと、山縣は一瞬動きを止める。

 だが、「まあ、いいから移動すんぞ」と幾久を寮を連れ出した。



 山縣、時山、そして幾久の三人が向かったのは、御門寮の敷地内にある、あの茶室だった。

 茶室の中の土間の部分の壁に、いつのまにか布がかけられている。

「なんすか、コレ」

「これ。見てみてん」

 時山に言われて三脚に置かれたカメラを覗き込むと、まるで布地が壁のように見えて、この茶室とは判らない。

「ひょっとして、撮影っすか?」

「おお、理解早いじゃん!そうなんよ!」

 時山が嬉しそうに言う。

 時山と山縣は動画を作って動画サイトにアップしてけっこうな回数視聴されている。

 つまり、その動画を今から撮って、幾久も撮影に協力させるつもりで連れてきたのだろう。

「まあ、こんくらいいいっすけど」

 だったら妙な動画なんかとって脅すんじゃなくて、最初から『動画撮るのに協力して』って言えばいいのに。

 しかし時山は幾久に、ある道具を手渡した。

「?なんすかこれ」

「え?いっくんトライアングル知らない?」

「……知ってますよそんくらい」

 幾久が聞きたいのは、なぜトライアングルを持たせるのか、ということだ。

 そしてなぜ、わざわざ服を着替えさせたか、ということだ。

 幾久の着ているTシャツには、マジックで『トライアングラー』と雑に書いてあるがまさか。

「まさか、オレを動画に出すつもりじゃあ」

 さっと山縣がダンボールを取り出した。大手通販会社のダンボールに、目の位置に二つ丸が書いてある。

「これでお前とはバレない」

 思わずダンボールを足元に投げつけてしまった。

「ああっ!お前のマスクが!」

「オレのマスクじゃねーっすって!」

 流石にこれはない、と幾久は山縣を睨みつけた。

「なんなんすか!オレ、この前も被害者ですよ?!なのになんでオレが脅されて動画なんか撮られなきゃなんないんすか!」

「お前だけじゃねーよ!俺も出るんだよ!」

「おいらも出るよー」

 時山が参戦するが、幾久は時山を無視した。

「ガタ先輩?なんでオレが」

「すまん!!!!!」

 いきなりそう頭を下げてきて、幾久は驚いた。

 山縣は『サーセン』という事は会っても、反省することなんか一度もない。きちんと謝ったこともろくにない。大抵が吉田に『謝れ』と命令されて仕方なく、といった風になっているので、幾久は山縣の行動に驚いた。

「お前、俺とトッキーが動画やってんの、知ってんな?」

「ハァ、まあ知ってますけど」

 あれが山縣とは今でも信じられないほど、ダンスが上手い二人だったが。

「で、その動画ってけっこう人が見るんだわ」

「ハァ。確かに再生数凄かったっすね」

「でな、動画って、見てもらえたら金が入んの」

 ちょっと待て、と幾久の表情がゆがむ。金とはつまり。

「つまりあれっすか、俗に言うユーチューバー……」

 世の中に動画をたくさん見てもらってお金を稼ぐ人種が居ることは幾久だって知っていたが、まさか山縣がそんな事をしているとは思わなかった。

「ユーチューバーってほどでもねーし、別の動画サイトでスポンサーが居て、それはいいんだけど」

「よかねーですって!オレら高校生っすよ!んなことしていいんすかっ!」

「いいんだな、それが」

 時山が言う。

「へ?」

「だってウチの学校ってさ、別にバイト禁止じゃないよ?千鳥は駄目だけど」

「え……まじっすか」

 普通、高校はアルバイトを禁止するはずだが。

「だから金稼いでる部活もあるよ」

「まじっすか?」

 思わず山縣を見ると、うんうんと頷いている。

「ハル先輩に言いますよ?」

「別にかまわん」

 ふんぞりかえっている所を見ると、ここは本当にそうなのだろう。山縣は高杉の名にかけては嘘はつかない。

「動画を見てもらって広告収入と、それと個人スポンサーっていって、動画が面白かったらお金払って『次も面白いの作ってね!』みたいなシステムがあんの。おいら達、それでけっこう稼いでんの」

「ま、バイトレベルだけどな」

 山縣がそう言うので、本当にバイトレベルなのだろう。

「でも、だったらバイトくらいしたらいいじゃないっすか」

 バイトレベルしか稼げないのなら、わざわざこんな動画で稼ぐ意味が判らない、と幾久は思うのだが。

「ばっかおめえ、鳳に戻るためには勉強時間が必要だろうが。ゲームする時間もいるし」

「?はぁ」

「で、バイトなんかしたら勉強する時間もゲームの時間も削られっだろ」

「はぁ」

「だったら、これで稼げば、勉強もできる、ゲームもできる、稼げる!」

「……」

 つまり、山縣は高杉と同じ鳳クラスに戻るつもりで、その為に勉強しなければならない、しかし勉強時間が必要で、バイトする暇がない、が、お金は欲しい、結果、動画で稼いでいる、といったことになる。

「俺には夏に、戦いが待っているんだ」

 山縣の言葉に、幾久はまた意味不明なことを言い出したと肩をすくめる。

「その戦いはえげつねえ。体力と金とチャンスがなけりゃ、勝ち抜けねえ戦いなんだ」

「はぁ……」

 面倒くさい。どうでもいいからもう寝たい。

「最近さぁ、おいら達の動画っていまいち伸びが悪くてさぁ。マンネリって言うか」

「そこで新しい風を入れようと思っていたところで、お前に破魔矢が立てられたと」

「白羽の矢、ですよね」

「そうとも言う」

 そうとしか言わねー、と幾久は思ったがつっこむのが面倒くさい。

「別に大変なミッションじゃねーよ。そのマスクかぶって、俺らの背後でひたすらトライアングル鳴らしてりゃいいだけで」

「……」

 しかし、なぜ自分がこんな事に巻き込まれなければならないのか。むっとしている幾久に、山縣がすっと告げた。

「ちなみに、成功報酬は三人で分ける」

「……!」

「そんな悪かねーと思うぞ?お前だってバイトくらいの金、欲しいだろ?」

 確かに、と幾久は思う。

 父は毎月お小遣いをくれるが、なんだか好きに使うのも申し訳ない気がして、思う存分欲望のままには使えずに居た。

 でも、バイトなら自分で稼いだお金だ。それをどう使っても問題ない。

「本当に、バレないんすね?」

 幾久の言葉に、山縣が喜んだ。

「ばれねーばれねー。誰も俺に興味なんかねーし」

 それはそうだな、と幾久は納得する。

 山縣は基本、誰にも相手されないし自分もしてない。

 時折、知り合いからパソコンがどうとか、ゲームがどうとかいうときに尋ねられるくらいのものだ。

 時山を見ると、時山も頷いた。

「面倒じゃん。わざわざ自分からばらさないって」

 だから内緒にしてんじゃん、と時山が言う。

「まあ、雪とかここの連中程度は知ってるけど、基本関わらずって態度だし」

 確かに、桂雪充もこのことを幾久に教えなかったし、二年生達も黙っていた。

 ということは、内緒でばれていないというのは本当なのだろう。

 ばれない。内緒。しかもバイト料。

 幾久の心はぐらぐらと揺れ、そして最終的に。


「―――――俺はお前を信じてたぜ」


 ぐっと山縣が幾久に親指を立てる。

 幾久はゆがんだダンボールを拾い上げると、それをかぶり、トライアングルを手に持った。




 さて、そんな真夜中の動画が撮られた後、時山は以前と同じようにちゃっかり寮に泊まったが、今回はなぜか、自分の寮に帰っていなかった。

 日曜日の朝、なぜか居る時山に二年生は誰も驚かなかったので、今までもよくあったのかな、と幾久は勝手に想像した。


 眠いので幾久はだらだらと居眠りしながらその日曜日を過ごしたが、山縣と時山はやたら精力的で、その日のうちに動画をまとめ、編集し、夕方にはもうアップしていたらしい。


 そんな事をやっているとも、何をしているとも幾久は知らずに、動画の事もそれからは殆ど忘れてしまい、またひと悶着あるのは、先の話だった。





 夜の踊り子・終わり

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