オレの話を聞け
中間考査が終わり、試験結果が出たものの、当然来期にどのクラスになるのかという結果は出ない。
ただ、成績が悪いよりかは良い方がいいに決まっている。
幾久は試験後に、先輩達と答えあわせをしていたので自分がテストの点数が何点くらいなのかは知っていたが、クラスでどのくらいかは判らなかった。
やっと結果が出たものの、それは『鳩』クラスで上から三番目、という内容だった。
その結果を見て、高杉も久坂も吉田も『まあ、今の所はそれでいいんじゃない』という事だった。
「できればぶっちぎりトップが良かったけど、やっぱ厳しいねえ」
久坂が言うと、高杉が頷いた。
「入試後に浮かれている鳳を落とすチャンスじゃからな。そりゃあ、頑張るじゃろ」
「やっぱそうなんすか?」
疑問に思い、幾久が問うと吉田が「そうだよー」とお茶を持ってきつつ答えた。
「鳳ってやっぱこのあたりじゃエリートに入るからさ、入試でそこまでたどり着いたら浮かれるヤツも出てくんの。実は一番、鳳から脱落するヤツが多いのも、一年の最初の試験なんだよね」
「へー、」
「ギリギリで鳳に入れなかった鷹の子とか、すごい頑張ると思うよ」
確かに、入学するという時に望んだクラスかそうじゃないのか、はこの学校では随分と違うだろう。
「いっくんの上に居るやつも、多分鷹行くつもりで脱落しちゃった子だろうね」
千鳥クラス以外の、鳳、鷹、鳩は結果順位が張り出されるので当然誰が何位なのかはばれる。
しかも所属寮まで書いてあるのだ。
鳩はさすがに上位半分程度しか出ないが、鳳、鷹クラスは全員が何位なのか誰にでもわかるようになっている。
幾久は自分のレベルを考えると、そこまで悪いとは思わなかったが、それでもやはり鳳は別格なんだな、と素直に感心した。
「そういえば、先輩たちは何位なんすか?」
「ん?いっくん張り出し見てないの?」
職員室前の掲示板に、成績は張り出されていて、学年が違っても見れるようにはなっていたはずだが。
「まだ見てないっす」
すでに今日、張り出されているのは知っていたが、手元に自分の成績さえあればいいか、と興味もなかったので見ないで帰ってきたのだった。
「一応、見には行ったんすけど、人すげーから諦めたんす。トシやヤッタは放課後にもっかい見に行ってみるって行ってましたけど」
掲示板は上級生が沢山居て、かきわけていくのも気が引けた。
二人は友人やなじみの名前を見たかったらしいが、ここに来たばかりの幾久に知っている人はあまりいないし、知らない他人の成績を見るのも面倒だったので、先に寮に帰ってきたのだった。
「今回は僕がトップ」
手を上げて久坂が言う。
「ってことは、久坂先輩学年トップ?」
「わしが次じゃ」
「ってことはハル先輩学年二位?」
ってことは、まさか吉田が三位なのか?と驚いて吉田を見るが、吉田は苦笑する。
「おれ?おれはさすがに三位じゃないよ」
「そうなのか」
なんとなくほっとして成績表を見るが。
「八位!栄人だけに!」
「学年八位もすげえじゃないっすか……」
ということは、この寮には報国院の二年生の成績一桁台が三人も居るということか。
「ガタ先輩は?」
現在鷹クラスの山縣は、幾久の事を鳩だと馬鹿にしているからさすがにそんなに悪い成績ではないだろうけれど。
「ああ、ガタは鷹の二位だった」
「二位?!ガタ先輩が?!」
驚いて声を上げた幾久だが、吉田はそんなもんだよ、と言う。
「多分中期に鳳に戻る気だろ。そんで最近、寝不足が一層酷かったんじゃないのかな」
「ガタ先輩が、鷹の二位……」
大体、鳳はどの学年も二十人居ない。
ということは山縣の順位は学年二十番くらいということになる。
「クラスごとにわけてあるから判りにくいけど、重要なのは順位じゃないから。あくまで学年全体で、自分が何点で学年全体で何位程度にいるのかを把握しておかないと」
「学年での順番は出ないんですか?」
幾久が尋ねると久坂は出ないよ、と答えた。
「そこまで学校は親切じゃないよ。自分の点数と順位くらい自分で確認しろって言われる。成績表にはつけられるけど、そんなのただの記録で意味ないだろう?」
「じゃけ、みんな張り出しを見に行くんじゃ」
と高杉が言う。
「張り出しを見れば、例えば幾久が鳩で三位であっても現時点で鷹クラスを何人抜いてるのか、判るからの」
張り出しには合計点数も乗っている。
ということは、幾久が例え鳩クラスで三位であっても、幾久より下の点数の鷹クラスの人がいる可能性がある、ということだ。
「成る程、クラスの順位はあまり意味がないのか」
これって油断しちゃいますよね、と言う幾久に、吉田もまあね、と答える。
「でも油断するのはそいつの自己管理不足なわけじゃん?点数見せてくれてるんだから、見ないのはそいつの勝手だし」
「例え鳳クラスだからって安心してたら、鷹クラスに抜かれたりとかもあるんですね」
「そそそ。時には鳳に千鳥がぶっこんで来る事もあるからね」
「ハァ?!そんな事が?」
まさか、鳳と千鳥は同じ校内に存在するのが意味不明なほど、レベルが違うのに、と驚くが。
「確か千鳥って、試験内容違うんじゃなかったっすか?」
「そうだよ。鳳、鷹、鳩は同じだけど」
「だったらどうやって、千鳥がぶっこんでこられるんです?」
まさかレベルが違うのに、点数で判断するのか?と幾久が考えていると吉田が教えてくれた。
「簡単だよ。千鳥であっても千鳥の中で成績上位であれば、希望者には鳳とかと同じテストが受けられんの」
「成る程」
それでなのか、と幾久は納得した。
「千鳥の半分くらいはやっぱ鳩狙いで上の試験受けるの多いし。希望すれば千鳥のみの試験も、おれらと同じ試験も受けられるからチャンスは多いんだよな。でも、それでもまず千鳥から鳳にぶっこんでくるやつなんかそういないって」
滅多に聞かないよ、と吉田が言う。だろうな、と幾久も思う。
「じゃあ、一応オレもチェックしといたほうがいいっすね」
「ま、気になるならね。自分の位置を知っておくのは悪いことじゃないと思うよ」
久坂の言葉に、高杉もそうじゃぞ、と相槌を打つ。
「中間考査が終わっても、一ヶ月もすりゃあ期末考査じゃからな。油断は大敵じゃ」
「うわー、折角試験終わったばかりなのに、もうそんなの考えなきなのかー」
確かにスケジュールを確認すると、試験が終わって安心している暇はない。まる一ヶ月、過ぎたらもう試験が始まってしまうのだ。
(どうすっかなぁ)
いや、それよりも幾久には考えなければならないことがあった。
(オレ、どうすんだろ)
それは、前期が終わってもこの学校に居るかどうかということだ。
父との約束は入学して三ヶ月間、つまり夏休みの前までこの学校に所属して、様子を見て、希望すれば東京の進学校に編入させてくれるという事だったが。
(オレ、本当にどうすんだろ……)
編入するのなら、夏休みに入る前に決めてしまわなければいけない。
だけど幾久には、東京に戻る理由がなくなってしまっていた。
自分でなにも考えず流されてばかりいた頃は、母親の言うとおり、希望通りに動いてきて、それが一番楽で面倒じゃないと思い込んでいたけれど、いざ自分がそれをやりたいのか、と考えるとそんな事はない気がする。
正直、東京に親しい友人が居たかといえばそうでもない。
誰からも連絡がないのがその証拠だ。
あたりさわりのない、普通に、適当に、すごしていたからそんなもんだろうと思っていた。
だからこっちに来て、この寮に入って驚いた。
とにかくここは、人間関係が濃い。寮に入っているせいがあるかもしれないけれど、もうみんな互いを兄弟のように思っているみたいだ。
例えば、他寮の三年生の桂雪充なんて幾久とは深いなじみもないのに、幾久には気をかけてくれるし、話もしてくれる。
元々がそういう人というのもあるかもしれないが、それでも凄くいい人だなと思う。高杉も余計なお節介な所はあるけれど、いい先輩といった風だし吉田は寮のお母さんみたいになっている。山縣は……まあ、あれはあれで変な生き物だと思えば。
つまり、ここは面白いし居心地だって悪くない。
先輩たちは学年トップクラス、ということはこの地域では一番頭がいいということになる。その先輩達が勉強を教えてくれるこの環境は塾の必要がない。
しかも教え上手だったりもする。
(あれ?東京に戻る理由、なくね?)
それよりもこの環境よりいい環境が、今更東京に戻ってありえるのだろうか。
東京に戻るという事は、間違いなく自宅へ戻るということで、ということはあのヒステリックな母親と毎日一緒に過ごさなければならないという事で。
幾久はぶるっと体を震わせた。
家に住んでいる頃は、それが当たり前とか、少しうるさいな、くらいにしか感じなかったのに、いざ母親の居ない環境に身をおくと、あまりの静けさと、他人と話が通じるという当たり前の事に驚いてしまう。
幾久にとって会話は、挨拶となにかの確認の為に必要なものであって、母親に対しては宥める為に使うものだった。
でもここではそうじゃない。
自分の感情や、考えた事を訴えたり、面白い事を喋ったり、そんな事に使っている。
当たり前の事なのに、その当たり前が今まで全然使われてこなかった。
嫌だな、と幾久は初めてそう感じた。
あの家に帰るのも、母親の元に戻るのも嫌だ。
でもそんな理由で、ずっとここに居てもいいものなんだろうか。
先輩達が幾久の次の試験に向かうまでのスケジュールについて、あれこれと話していると、山縣が居間に入ってきた。
「あ、ガタ先輩ちっす」
「よう鳩の三番目」
いつの間に知っているのか、山縣はそう言った。
「えーと、ガタ先輩は鷹の二番目でしたっけ」
「ま、鳳三人抜いてっけどな」
ふふんとふんぞり返るが、幾久は素直に感心した。
「えっ、本当なんすか?すげーじゃないっすか」
「……おぅ」
その様子を見て吉田が山縣に笑う。
「ガタ、素直にお礼言ったら?」
続けて久坂も乗っかった。
「そうそう、折角一年生が褒めてくれたのに。鷹の二番目」
鷹、というところをやたら強調していう所が久坂の怖いところだ。しかし今回はなぜか高杉も乗っかってきた。
「ガタ」
高杉に言われれば、山縣も言わないわけにはいかなくなり、「どうもありがとうございましたっ!」と山縣は幾久にお礼を告げた。完全に表情は『負け』にしか見えなかったが。
「あ、そうだ。ちょっと来い」
山縣が幾久を呼び、廊下へと出ると山縣が自分のスマホを幾久に見せた。
「トッキーがお前に用事があるんだと」
「時山先輩が、っすか?」
「ほかに誰がいんだよ」
ちっと山縣が舌打ちするが、いつも通りの山縣なので幾久は気にしない。
「なんの?」
「俺が知るかよ。とっとと返事しろ」
ぽいっとスマホを渡される。どうやら電話がつながっている状態らしい。
「えーと……乃木、ッスけど」
『あー、いっくん?オッス、オラトッキー!』
「や、そのくだりもういいんで」
『相変わらず空気読まないねー。あ、それでさ、今日そっちにお邪魔しようかと思うんだけど』
「勝手に来たらいいんじゃないっすか?」
もう時山が御門寮に来るのは知っているので、勝手に来て勝手にオタ芸でもダンスでも練習したらいいのにと幾久は思うが、時山は幾久に会いたいらしい。
『いやいやいや、いっくんに用事あんだって。えーとそうだなー、今夜どう?』
「や、時間言ってくださいよ」
『オッケー、じゃあ二時ね!』
「え?二時って、まさか夜中のに」
幾久が尋ねる前に、もうさっさと時山は電話を切ってしまっていた。
「もー、なんなんだよ!聞けよ人の話!




