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【海峡の全寮制男子高校】城下町ボーイズライフ【青春】  作者: かわばた
【3.5】どちゃくそ煩いOB達【益者三友】
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Time of Our Lives

 日が暮れて、暗くなった御門寮はこうこうと明かりがついていた。

 にぎやかにOBや先輩が出入りし、あっちこっちで食事をとっている。そんな中、居間の片隅でうめき声をあげている大人が二人いた。

「や、本当にかっこよかったすよ、ステージの上では」

「だってぇ、いっくん見てると思ったら張り切っちゃってさあ」

 青木はあだだだだ、そこそこ、と言いながら背中を丸出しに、幾久に湿布を何枚も貼られている。

「青木君、トんでたもんね」

 俺も煽られたわー、と福原が唸っている。こっちも大量に背中に湿布だ。

 元気なのは、ボーカルの集と来原だけで、もりもりと肉や魚を食べ続けていて、凄いな、と幾久は感心する。

「から揚げ戦争おこしてた人らが、あんなかっこいいバンドできるんすね」

 ステージはびっくりするくらいにかっこよかった。

 体中に音の振動があんなにも響くなんて幾久は知らなかったし、流れる音楽は胸を打った。

 特にナムこと、集の歌声はすばらしく美しく、そのくせめちゃくちゃ響く声だった。

「それにあのかっこいいお兄さん、がっくんのお兄さんだったんだって聞いてびっくりしましたよ」

 ライブ後、楽屋に待っていたのはなんと、昨日会った中岡と坂本だった。

 おまけに高杉と久坂も居たのだから、幾久の驚きは半端なかった。

 そこでやっと幾久は、オンという名前と、誰かに似ていると思ったら中岡だったことに気づいた。

「なによーちょっとは喜びなさいよ、おれらだって有名人よ、有名人」

 福原が床を叩きながら言うが、幾久は答えた。


「一部界隈ですよね」

「ヒドイ!後輩ヒドイ!」

「ファンの人に言ってくださいっす。おれそこまでバンドに興味ないっすし」


 最初に青木や福原を知ってしまったので、いまさらグラスエッジです!有名人です!と言われてもキャーなんて言えない。


「そもそもなんで黙ってたんすか。オレ、バカみたいじゃないっすか」

 この人たちがグラスエッジだと知っていれば、もうちょっといろいろ考えたのに、ただのお洒落なお兄さんとお笑い芸人と、練習生2人組だと思い込んでいたのでちっともおかしいと思わなかった。

「やー、俺らってたいした知名度ねーなって落ち込んだわー」

「だよねー後輩なのに全く知らないとか。チャートにぎわせてるの幻想だったんだな」

 福原と青木が「ねー」と言うが、幾久だって言い分はある。

「だから、オレバンドとか詳しくないっすし、んな興味もないっすし」

 そんな幾久でも、グラスエッジのバンド名だけは知ってたのだから、いいじゃないか、と思うが二人はいじけ続けている。

「歌はかっこよかったっすよ。ダウンロードしましたもん」

 全部を買えるほどお金持ちではなかったので、気に入った曲だけ早速買ってみた。スマホにいれた曲を流すと、やっぱりかっこいいのだが、この人たちと同じという情報が、どうもかみ合わない。

 すると、食事をしていた集は自分の荷物を探ると、CDを幾久に渡した。

「えっ、くれるんすか?」

 幾久に集はこくんと頷く。

「ミサンガのお礼……」

「えぇー!あざっす!嬉しいっす!」

 やった!と喜んでCDを掲げていると、福原と青木が心底驚いた眼で集を見た。

「アツが喋った!!!!」

「アツが自分から喋ってる……」

「しかもCDまであげちゃうとか、すごいなあ」

 来原も感心している。

「これってやっぱり、後輩ちゃん効果なのかしらね」

 うふふ、と玉木が笑っている。

「あーもういっくんズルい!次はもっと俺と遊んで!ボール持ってくるから!」

 福原が言うので幾久は答える。

「いやっす」

「あー即答!なにこのクール後輩は!」

 起き上がった青木は幾久をずーっと撫でている。

 もう抵抗をあきらめた幾久は素直に疑問を口にした。

「なんで青木先輩って、オレをやたら撫でるんすか?」

 青木は言う。

「大大大、大尊敬してる先輩になんか似てるから。可愛くてしょうがない」

 似てる、と言うのなら幾久が知っているのは一人しかいない。

「杉松さんっすか?」

「知ってるの?」

 青木は驚く。

「いえ、みんなから似てるって言われるんすけど、オレ知らないんで」

「似てる」

 青木が微笑んで断言した。

「青木君が認めるなら間違いねーって」

 福原もそういうが、幾久は首を傾げる。

「よくわかんないっすね」

「まあまあ、いいじゃん。杉松先輩はホント良い先輩だったんだから、おこぼれ貰っても怒らないよ」

「みーんな、いい人って言いますね」

 幾久が言うと、青木も福原も頷いた。

「いーい人だよ」

「んだ!この冷徹青木ロボに涙流させるほどの、あったかぁいお人柄だったんだから!」

 なるほど、性格にかなり難がありそうな青木ですら、杉松さんには敵わないのか。福原は青木に頬を引っ張られているが。と、玄関から声がした。

「ただいまー」

「いま帰ったぞ」

「久坂先輩とハル先輩だ」

 買い物を済ませてくると、幾久とは別口で出た久坂と高杉、そして毛利と宇佐美が帰ってきた。

 幾久は玄関に飛び出していった。

「おかえりなさい!」

「なんかにぎやかそうじゃの」

 靴を脱ぎながら高杉が言う。

「にぎやかっす。オレそろそろ撤退したいっす」

「はは、懲りてるみたいだね、いっくん」

 久坂も笑って言う。

「バトンタッチしてください先輩ら」

「断る」

「お断りだな」

 2人に同時にそう言われ、やっぱりこの人たち、OBがああいう人って判ってて逃げたな、と幾久は確信した。

「瑞祥―、ハルちん、シュークリーム大量に買ってあるよ!」

 福原の声に、途端、高杉と久坂の目がかがやいた。

 杉松の後輩だから、二人の弱点も把握しているのだろう。

「おいよしひろ、コーヒー入れろ」

 高杉が言うと、腹筋中だったよしひろが起き上がった。

「おっ、ご注文か!よーし、マスターのスペシャルなコーヒーを」

「御託はいいからさっさと入れろ」

「もーなんだよ、ほんっとわがままなんだからコハルちゃんてば……」

 嫌いなあだ名を言われ、よしひろとすれ違いざまに高杉が蹴りを入れるが、よしひろはさっとそれをはじいた。ふふんと自慢げなよしひろの足を、高杉が踏みつける。

「ってぇ!」

「早くしろよ」

 そう言ってすれ違い、居間に腰を下ろした。

 福原がTシャツを広げながら幾久に言った。

「ねえねえいっくん、なんと今回のフェス限定のグラスエッジグッズ、あげちゃう!」

「いらないっす」

「もー!なんなのこの子!今日の限定品よ?!」

「いや、別にいっす。なんかいろいろつけられたし」

 バイト中にラバーバンドやリストバンドをたくさん貰ったので、これ以上は別にいらなかった。

 福原は高杉に迫った。

「ハルちゃん黒好きだったよね?黒いTシャツよ?あげる!」

「置いちょったら、寝間着がわりに使うかもしれん」

「もおお、聞いた?聞いた?青木君、この有様よ?」

 騒がしい福原を手でおしやりながら久坂が高杉の隣に腰を下ろし、福原に言った。

「そんなのよりシュークリーム頂戴」

「冷蔵庫にあるって」

 福原が言うと、久坂が言った。

「持ってきて」

 久坂は自分からは絶対に動かないし誰も手伝わない。福原もそれを知っているようで、ぷりぷり怒りながら立ち上がった。冷蔵庫に向かうのだろう。

「ほんっと御門の子ってやあね!」

「お前も御門の子だろアホか」

 毛利があきれ顔で突っ込む。

「明日は?ねえねえいっくん、予定なかったら明日なにして遊ぶ?」

 青木がうきうきと尋ねてくる。

「えっ、先輩ら、まだ居るつもりなんすか?」

 もう帰ればいいのに、と言う幾久に青木も福原も、ひっどーいと大合唱だ。

 しかも途中から輪唱を始めてうるさいったらない。

 更に二人同時にピアニカを持ってきて吹出して、幾久はたまらず耳をおさえた。

「あーもう、うるさい」

 うんざりとした顔で毛利が言う。

「俺らが寮ん時、毎日のよーにこいつらこれだったぞ」

「さいあくっす」

 幾久が嫌な表情で言うと集が楽しそうに笑い出した。

 それを見て、福原と青木がまた驚いた。

「集が笑ってる」

「アツが、めっちゃ笑うなんてレア……」

 ほあー、と二人が感心して幾久に言った。

「いっくん、凄いね。なんかアツのツボにはまるみたい」

 青木が言うが、幾久は集に対してはなにも気にならない。

「アツさんはいい人っす。静かだし、CDくれたしかっこいいし歌うまいし」

「俺だってグッズあげたじゃん!かっこいいじゃん!ギターうまいじゃん!」

「いらないっす」

「もー!」

 福原が言うと、集がお腹を抱えてしゃがみこんだ。

 相当受けているらしい。


「おーい、いっくん、悪いがコーヒーの支度、手伝ってくれー、こいつら役にたたねーって、ロープつってんだろーがぁああ!」


 よしひろのSOSに幾久は仕方ないな、と立ち上がる。

「アオ先輩、手伝ってください」

「仕方ないなあ」

 そう言いながら青木は立ち上がり、幾久の腰に手を回す。

「福原先輩、グッズ貰ってあげるんで手伝って」

「え?マジ?じゃあやる!」

 立ち上がった二人に毛利が「なんじゃアレ」と言うと、集はとうとうこらえきれず、腹を抱えて寝っころがる。

 玄関からまた声がした。

「こんばんは、って何回言っても誰も出てこないんだけど」

 のしっと入ってきたのは三吉だ。

「三吉先生、こんばんは」

「はい、こんばんは乃木君、となんだこれ」

 散らかった台所の惨状を見て三吉はあきれ顔だ。

「みんな騒がしくて仕方ないッス」

 うんざりする幾久にほおずりする青木を見て、三吉が言った。

「仕方ないよ。御門はこういうもんだから。まだみんな大人しくなったほうだよ」

「マジっすか」

「ねー、コーヒーのカップ、いつものやつでいーの?」

 福原が尋ねた。

「あ、それっす」

 幾久が言うと青木が言った。

「いっくんのマグカップどれ?僕それ使う」

「やめてください」

 だったらオレは何使えばいいんだよ、と幾久が言うと福原が「じゃーん!グラスエッジの公式マグカップ、いまはもう完売して非売品でーす!」

「趣味じゃないんで」

 首を横に振る幾久に、キッチンにやってきた集がお菓子を探していた。

「集さん、そっちにオレの買い置きのお菓子があるんで、よかったらどうぞ」

 幾久が言うと、集がこくんとうなづいて幾久のお菓子を選び始める。

「もーいっくんなんで?集には贔屓!ずるい!」

「先輩らみたいに騒がしくないからっすよ」

 うんざりとする幾久に、青木がまとわりつき福原が騒ぎ立てる。

「おっし!第一陣のコーヒーあがり!持ってって出来立て飲ませてやってくれ!」

 マスターのムキムキキメポーズを無視して、高杉が給仕を始めたので幾久も手伝い始める。



 トレイに温めたコーヒーカップをのせ、コーヒーを運ぶ。


 大人たちの笑い声、うんざりした現役寮生たちのため息、そんなものの中をコーヒーの香りが漂い、機嫌を最高潮にした集が歌いだし、美しい歌声が夜の御門寮にいつまでも響いたのだった。





 益者三友・終わり

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