御門寮のOB集合
ゴールデンウィークのお話です。
OBが沢山出てきます。
幾久が報国院に入学して、一ヶ月が過ぎようとしていた。
初めての寮生活に入った幾久だったが、なにせ先輩達は四人のみ、寮というより親戚の家に居候しているといった雰囲気なのでホームシックにかかることもなく、長州市での生活に慣れつつあった頃だ。
「おい幾久、ゴールデンウィーク、なにか用事はあるか?」
高杉の問いに幾久は答えた。
「ヤッタに田植えのアルバイトしないかって言われて、その手伝いくらいっすかね」
「そりゃ、いつじゃ」
「えーと……三十日っす」
「ゴールデンウィークじゃねえの」
幾久は言われて、あ、そっか、と気づく。
「四月っした」
「じゃあ、二十九日は大丈夫じゃの。他の日も」
「?はい」
そう高杉に答えたのが間違いだった、と幾久は後で気づいた。
幾久のゴールデンウィークは、知らない間に予定が勝手に組まれていた。
「幾久、三日じゃけど、祭りに行くぞ」
「は?」
いきなり高杉に言われ、幾久は顔を上げた。
確かにゴールデンウィークは何の予定も立ててはいないけれど、祭りに行く気なんかなかったからだ。
「オレ別にいっす。面倒なんで」
幾久が断るのは判っていたらしく、高杉も久坂も別に慌てる様子はない。
だが、話を聞いていた、寮母の麗子さんが幾久に言った。
「あら、いっくん、行ったほうがいいわよぉ?」
「……なんでっすか?」
先輩達と違って麗子さんは優しくて嘘をつかない。
「だって、鯨祭りだもの。おさかな沢山食べられるわよ?」
魚、と聞いては黙っていられない。
幾久は驚いて尋ねた。
「マジっすか」
「マジマジ」
麗子さんは幾久を真似て笑って言う。
「どこもものすごく安いお値段で、おさかな食べ放題よ。いっくんの大好きなふぐ汁、一杯三百円で提供されるし」
「マジっすか!」
ふぐが一杯三百円とはお得だ。
「先着でなくなるから、行くなら早めのほうがいいわよ」
そうだ、と麗子さんが気づく。
「だったらうさちゃんに頼んでおくといいわ。魚市場関係なら顔が広いから」
うさちゃんとは、高杉と久坂の兄の親友だった宇佐美先輩の事だ。昔この御門寮に所属していたそうで、いまでも頻繁に顔を出す。
「なんなら、私からうさちゃんに聞いておくわね」
「ウッス」
どうせ予定もないし、おいしい魚が食べられるならまあいいか、と幾久は思って「じゃあ、行くっす」と言ってしまったのだが。
ゴールデンウィークに入る前の学校はそわそわしている雰囲気が隠せない。
寮生しかいない報国院では、最初の帰省をする生徒も多く、今日はすぐに帰って荷物をまとめるとか、もう帰る支度をしてきた生徒も多かった。
明日からゴールデンウィークに突入するという、五月二日。
「幾久、じゃあ明日は寮のこと頼むの。客も泊まるが、放っちょいてエエからの」
「へ?」
高杉がいきなりそんな事を言い、幾久は驚く。
「なにが『へ?』じゃ。お前しかおらんのじゃからの」
「いや、オレしかってなにがっすか?」
「言葉の通りじゃ。栄人は二、三日家に帰るし、ガタは今日から出かける。ワシと瑞祥も、今夜は実家に戻る」
御門寮に居るのは久坂と高杉、吉田に山縣、そして幾久の五人だけだ。
その内の四人が、今日は寮に居ないという。
「え―――――!オレ一人なんすか?!」
「じゃけ最初からそうゆうちょる」
とんでもない、と幾久は首を横に振る。
「無理無理無理!だって寮、誰もいないじゃないっすか!」
御門寮は高校の寮だというのに、生徒の自己管理に丸投げされていて、寮を管理しているのは名目上、寮母の麗子さんだが、実際は麗子さんは食事をつくったり家事をするくらいで、管理は生徒に任されていた。
やっと寮にも先輩たちにもそこそこ慣れてきた感はあるが、だからっていきなりあの寮に一人にされるとかとんでもない話で、当然幾久には荷が重い。
「無理っす。無理無理」
「心配せんでもOBが来る」
「や、逆になんかアレっす」
「よしひろも来る」
「マジっすか」
よしひろとは、商店街の中にある『ますく・ど・かふぇ』の店長だ。
プロレスラーでマスクマン、ムキムキのマッチョマンなのだが、杉松と親友で高杉や久坂とも幼いころから知り合いらしい。
「マスターも御門出身っしたっけ」
「そうじゃ。OBはその寮に泊まってもエエちゅうのが、報国院ではあるんじゃ」
「へー」
よくわかったが、それとこれは関係ない。
「でもなんか嫌っす」
「そんなん言ってたら殿にぶっとばされるぞ」
「えっ!毛利先生も泊まるんすか?!」
高杉が殿、と呼ぶのは幾久の入試の時に世話になった毛利先生、あだ名はモウリーニョだ。
「泊まりまではせんかもしれんが、来るは来るぞ」
「はぁ……」
それを聞いただけで、幾久は疲れてしまった。
やっと慣れた寮だというのに、知らないOBが泊まりに来るし先生は来るし、先輩はいないじゃストレスだらけだ。
「どうしても嫌なら、茶室に行っちょけ」
寮には離れの茶室があるのでそこに逃げようと思えば逃げられるのだが、幾久にとってはやっと寮に慣れたところなのに、面倒なことはしたくない。
「そこまでじゃないっすし。一晩だけっすよね?」
「や、二晩じゃな。今夜と、明日」
「二晩!」
本当に大丈夫なのか、と幾久は心配になる。
「心配せんでも、明日は昼に合流じゃ。ふぐ汁食うんじゃろう?」
高杉の言葉に幾久はうなづく。明日は長州市の大きな祭りがあって、そこでふぐ汁が大変お安く食べられるのだ。
麗子さんが気を使って宇佐美に連絡してくれたので、幾久は時間を気にせず安心して食べに行けばいいとのことだ。
「でも先輩、なんで二日も寮にいないんスか?久坂先輩もっすよね」
高杉と久坂はいつも二人一緒に行動するので、当然一緒なのだろうと思って聞くと、高杉は「そうじゃ」と答えた。
「ワシの妹がの、祭りで着物を着て参加するんじゃ。その祭りに、ワシも瑞祥も参加せにゃらなん」
「先輩たちも着物着るんスか?!」
「いや、着ん。あくまで挨拶に行くだけじゃ。あとは妹の写真を撮りにの」
高杉は年の離れた妹を溺愛している。写真を撮りに行くのなら納得だ。
「祭りの支度やらなんやらで朝早いからの。昼過ぎには終わるけ、お前にもうまいもん食わしちゃる」
「はいっす!」
高杉が居ないのは少々不安だが、先輩たちがいない代わりに先生は来るということだし、それに明日は朝から出かけるのなら、あまり気にすることもないか、と幾久は納得するのだった。
放課後になった。
先輩たちはそのまま家に向かうので寮には帰らないと聞き、じゃあ帰るか、と思っていたその時だった。
「ちょーど良かった。おい乃木、今から付き合え」
そう幾久を呼び止めたのは毛利だ。
「つきあえって、なにがっすか?」
「買い物。手が足りねーんだよ」
「はぁ」
今日は毛利と、そのほかOBが御門寮に来ることは聞いていた。
「ハルも瑞祥も用事あるからいねーんだわ」
「聞きました」
「栄人もバイトで家帰ってっしな。山縣もいねーし。というわけでお前つきあえ。俺の車な」
「はぁ」
毛利に言われ、幾久は玄関で靴をはきかえ、毛利の車が置いてある駐車場へと向かったのだった。
毛利ご自慢の青いかっこいいスポーツカーはツーシーターで、当然二人で乗ればぎゅうぎゅうだ。
幾久が乗ると毛利は「行くぞ」と車を出した。
「で、どこ行くんスか?」
「イズミシティって知ってるか?このあたりじゃまあでかいショッピングセンターだけど」
「あ、知ってます」
山縣に明太子を買ってくるように言われて、必死に移動してやっと買えたのが、そのショッピングセンターだった。
「麗子さんも休みで飯がねーからな。来る連中、めっちゃ食うから買い出しに行かねーと」
「え?!麗子さん、休みなんすか?!」
聞いていなかった幾久は驚くが、逆に毛利のほうが驚いていた。
「なんだお前、聞いてねーのか?ゴールデンウィーク中、麗子さん休んでんだよ」
「そーなんすか……」
ひょっとしたら先輩の誰かが言っていたのかもしれないが、真面目に聞いてなかったかなあ、と幾久は思い出そうとするが判らない。
しかし、だったら本当に今夜は、幾久はたった一人でしかないのか、と急に不安になった。
「オレ、ぼっちじゃないっすか」
「なんでだよ。うるせー先輩ら、山ほど来るぞ」
「先輩ったって、知らない人じゃないっすか」
いくらOBといっても、父のように望んでこの学校に入ったわけでもないし、そもそも知らない人とどう接したらいいかもわからない。
「知らなくもねーだろ?よしひろと、たまきんも来るし」
「玉木先生も?」
玉木は身長が百九十以上もある、とんでもなくでかい体育の先生だ。
しかし性格はとても穏やかで、しゃべり方もお姉っぽい。
でもファッションはイタリア系で、雑誌に載っているモデルさんみたいにおしゃれなのだが、それがかえって迫力があってイタリアのマフィアみたいに見える。
「たまきんはよしひろと一緒に社会人プロレスやってっからな。アイツら、明日の祭りでプロレスやんだよ」
「へー、そうなんすか」
プロレスは知らないがそれはそれで面白そうだ、と幾久は思った。
「だから別にどーっちゅうこたねーよ。お前ひとりに先生が何人つくと思ってんだ」
それはそれで逆になんか居心地悪いなあ、と思ったのだが、当然幾久はそんなことは黙っておいた。
毛利はまず店舗の中にある、から揚げ屋に向かった。
あげたてのから揚げがとてもおいしいらしい。
確かに肉のいいにおいがする。
「すんませーん、から揚げの注文なんすけど」
毛利が声をかけると、はい、と店員が笑顔で応対した。
「どのくらいご入り用ですか?」
グラム単位で売っているのでそう店員が尋ねると、毛利が答えた。
「十キロ」
「十キロ?!」
幾久とから揚げ屋の人が同時に叫ぶ。
「じゅ、十キロ、ですか……」
「あ、時間かかるなら、後から取りにきます」
(十キロって、どんだけだ?!)
幾久も驚くが、毛利はけろっとしている。
「代金は?先に払おうか?」
「い、いえ大丈夫です、ではお名前をお伺いして、お電話さしあげましょうか」
「おー、そのほうがいいな。そうしてそうして。急がないから、ほかに客いたら後回しでいいから」
「わかりました、ありがとうございます」
店員は注文に慌てて動き出した。
「先生、OBっていったい何人来るんすか?」
人数までは聞いていなかったが、せいぜい二、三人かと思っていたのに、から揚げ十キロなんてどれだけ来るんだと幾久は驚くが、毛利は言った。
「来るのは四人しかいねーって。あとたまきんと、宇佐美と、よしひろと、俺と、まあ三吉も顔出すかもだけど。あと、ハルらにも差し入れするしな」
「だったらいいのかもしれませんけど」
それにしたってやっぱり十キロは多いんじゃないだろうか。
それに、持って帰れるかどうか不安だ。
「常世、おーい」
そう声をかけて駆け寄ってきたのは宇佐美だった。
「いっくん、こんちは!お手伝い偉いね!」
「……いえ、」
小学生みたいな扱いだが、面倒なので反論せず大人しくしている。
「何買った?」
「まだから揚げしか買ってねーな」
「全然じゃん。じゃ、さっさと他の買い物すませっか」
「おーよ」
ショッピングセンター内にあるスーパーマーケットに三人は向かった。




