寺生まれのT(ORIKO)さん~イッツマイライフ(8)
しかしこちらは融資を受けている立場でもあるので、そう強くも出られない。
ある程度の抵抗は出来るのだが。
しかし話を聞いていた舎利子は、やっぱり輝くような笑顔を見せた。
「へぇえ、それは面白い事やってんのねえ」
「うちは立場が弱いからな。そのあたりも判ってやってるんだろうが」
それにしたって高校生にする態度じゃない。
多分だが、御堀の立場に嫉妬したオッサンがイキってやってしまったのだろう。
「勿論、ソイツの名前は把握してんのよね?」
「ああ、勿論だ」
内部の人間に確認して、部署も名前も確認済だ。
勿論、御堀自身もきちんと名刺を貰っている。
本人に間違いはない。
「じゃあいいわ。そいつの名刺あるんでしょ、さっさとよこしな」
「ハイッ!」
吉川はすぐさま名刺を取り出し、舎利子にデータを渡した。
「でもバカねえ、報国院の鳳、首席の子に喧嘩売るなんて。長州銀行も耄碌したもんね」
「しかし、子供が侮られるのはよくある事だし」
それに、そういう事が嫌なら御堀は教師なり、弁護士なり、大人を伴えばよかっただけの話だ。
でも御堀は、一人で出かけた。
なぜなら、相手を計る為だ。
「そこ判って行ったんでしょ、あのお坊ちゃんは」
しっかり腹の内は見えている舎利子だ。
「そりゃそうだろ。だからうちも、そこまであちらに強く言わずに置いたままにしているんだ」
この地域で、報国院の鳳様、首席様が来ただけで普通は喜ぶのだ。
将来の成功を約束された若者がわざわざ顔を出してくれるのだから。
極力、最低でも学校に寄付の一つでもしておけば済んだのに。
「将来に対してリスクマネジメントもしない銀行なんか、むしろ不安よ。いい情報ありがとう百仁鶴」
さて、と舎利子は立ち上がる。
「ちょっと忙しくなるわね」
「あっ、あの、地代の件なんですが……」
幾久等がフットサルコートで使用している土地は、報国院とウィステリアの共同名義ではあるが、実質はウィステリアのものだ。
どうにか地代を上げずに居て欲しい吉川だったが、舎利子は言った。
「これまで通りでいいわよ。情報は入ったし、可愛い子も見れたし美人って褒められたし」
おまけに今後、あの様子ならきっと和菓子を持って顔を出すだろう。
いまから楽しみで仕方がない。
吉川はほっとして、思わず頭を下げまくった。
「ありがとぉございますうううううう!!!!」
「じゃーね、また来るわ」
そう言って舎利子は学院長室を出て行った。
(ん?また来るって言った?)
それは嫌だなあ、と吉川は思ったが、その時は絶対に幾久を傍に置いておこう、と思ったのだった。
さて、学院長室を出て舎利子はスマホを取り出した。
かける先は某都市銀行の、担当者。
「こんにちは。お忙しいところごめんなさい。先日、お話があった件だけど、今すぐ実行できるならお願いしたいところなの」
担当者は物凄く気持ちのいい声で『ハイっ!お任せください!直ちに!』と返した。
報国院の、男性しか居ない廊下を大股で颯爽と歩く舎利子に、生徒も教師も皆、あっけに取られていた。
(あたしは優しいのよ、百仁鶴)
元々、こっちの都市銀行から話はあったが、今日の話は良いきっかけになった。
普通に銀行から金をおろそうったって、金を抱えている銀行が、おいそれと大金をおろさせてくれるはずがない。
例え舎利子本人の金であっても、あの手この手で自分の銀行に置いておこうとする。
だが、銀行から銀行の引っこ抜きは、誰にも邪魔することはできない。
(誰がわざわざ脅すなんて愚かな真似するもんですか)
そんな敵に時間を与えてどうする。
やるときはすぐさま、実行だ。
舎利子はこうして財も信用も立場も得た。
―――――敵もだが。
そして今回はそのリストに名前が増えてしまうのだろう。
でも多分、明日になれば青ざめた長州銀行の関係者が舎利子に会いに来るだろう。
「面倒くせえなあ。ちょっと出かけとくかぁ」
スマホもぶった切って、飛行機に乗って、物理で追いつけない場所にでも。
都市銀行の手続きが終わって引っこ抜くまでの時間を後から聞いておこう、と舎利子が思っていると、あっという間に都市銀の担当者からメッセージが届いた。
仕事が完了する予定の時間のお伺いだ。
できるところはやはり違うな。
舎利子はふふっと笑ったのだった。
「あ―――――楽しかった!」
百仁鶴も茶化したし、常世もびくついてたし、あ、でも常世は殴っとかないとな、そう思いながら駐車場へ向かうと、舎利子の愛車の撮影会の最中だった。
「あら、もうみんな乗ったの?」
舎利子に気づき、三吉が頷いた。
「おかげさまで!!!いやぁ、ランボルギーニ・アヴェンタドールに乗れるなんて夢のようでした!!!ありがとうございます!!」
こういった車が大好きな三吉は心から嬉しそうだ。
「いいのよ。アンタなら大事に扱うしね。また来るわ」
そう言って舎利子はキーを三吉から受け取った。
「あ、そうそう、頼みがあるんだけど」
「はい?」
「さっき常世を殴るの忘れてたから、三回攻撃しといてくれる?」
「三回、ですか?」
「ええそう。『コエー』『鬼』『ババア』の三回分ね」
にっこり微笑む舎利子に、三吉は毛利がなにをしでかしたか理解した。
「判りました。三回と言わず追加しときます」
「頼むわね」
じゃあ、と舎利子は三吉に毛利への攻撃を託し、愛車に乗って報国院の敷地内を一周すると、ウィステリアへと帰って行ったのだった。
さて、月末になり、ウィステリアからの請求に戦々恐々としていた吉川だったが、驚くべき事実を目にした。
「うそ……ウィステリアの請求書が、請求が、キリが良いところで切り下げられてる……っ!二千円もっ……」
いつもなら、四捨五入ではなく四入五入されて結局桁が上がる事もよくあったのに。
『キリが良いから三百八十万を五百万にしとくわ』
『やめてぇえええ!』
などというやりとりが普通で、必死でせめて四百万にしてくださいと土下座したのが嘘のようだ。
たった二千円。されど二千円。
上げはしても下げはしなかったウィステリアが、微妙に優しくなった瞬間だった。
「はぁ……乃木さまさま、幾久さまさまだぁ」
思わずフットサル場へ向かい両手を合わせる吉川だった。
その頃、某長州銀行内にて人事異動が行われ、夏のボーナスどころか冬のボーナスも立ち消えになり、やがて店舗がいくつか吸収されてしまう話が持ち上がっていた。
ウィステリアの学院内に設置してあったATMにシャッターが下りたままになり、やがて別銀行のATMに変わったのはそれからしばらく経ってからだった。
なお、毛利の尻は舎利子の命令通り、きちんと三回蹴っ飛ばされ、追加で何発かも利息がついたらしい。
数日、毛利は尻をさすっていたのでなるほどな、と吉川は思ったのだった。
職員室前を歩いていた幾久に、毛利が声をかけた。
「おいコゾー!お前、舎利子にばらしただろ!」
「だって聞かれたから」
「なんでうまくごまかさねーんだよ!」
「だって、オレ誉のフォローしにいっただけで毛利先生のフォローは言われてないし、先生逃げたし」
「そら逃げるだろ!コエーんだよ舎利子は!」
「美人じゃないっすか」
「あーお前そーやってすーぐ人をいい気にさせるよなーはぁー上手上手!!!」
「毛利先生はモウリーニョに似ててめちゃめちゃカッコいいです」
「ありがと!でも心がこもってない!」
「オプションなんで」
「入れとけよそこは!」
怒鳴る毛利に三吉が出てきて怒鳴り返した。
「うるさいんですよあなたは!乃木君の邪魔するな!」
「きゃーっ!!!!!」
そういって毛利は走って逃げ出し、三吉は駆け出した。
「廊下を走るなぁあああああ!」
「お前がだろぉおぉおおおお!」
数十メートル先に居た玉木に二人とも同時にゲンコツをくらうまで残り三十秒。
報国院はいつも通り、平和に過ぎてゆくのだった。
寺生まれのT(ORIKO)さん~イッツマイライフ・終わり
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