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【海峡の全寮制男子校】城下町ボーイズライフ  作者: かわばた
●2年生編・番外編【寺生まれのT(ORIKO)さん~イッツマイライフ
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寺生まれのT(ORIKO)さん~イッツマイライフ(5)

  幾久は首を横にふるふると振って答えた。


「すっげー美人で驚いてます。毛利先生がスゲー脅すからビビってたけど、めちゃめちゃ美人じゃないっすか」


 よかったーと笑う幾久に、御堀は心の中でため息をつく。


(出るだろうとは思ったけどやっぱり出たよ)


 状況を考えて欲しいと思うも、幾久のこれはもうあきらめたほうが良いレベルだ。

 実際、幾久のこのあからさまな性癖に助けられたことは何度もあるが、さすがに今回はどうだろうか。

 しかし、御堀が顔をあげると、舎利子は顔を真っ赤にして、「ふー」とため息をつき、額を押さえていた。

 怒っているのかと思ったが、どうにも様子が違う。

 ふと吉川を見ると、無表情でテーブルの下に隠した手でガッツポーズを作っていた。


(それでか)


 御堀は一瞬でかなりを理解した。

 吉川の狙いはむしろ、まさに幾久のこの性癖を狙ってここへ呼んだのか。


(それにしたって、でもなんでこんなに?)


 怒っているのではない、となって冷静に観察すれば御堀はそこでピンとくるものがあった。

 こういう女性には、かなり面識があったからだ。


 ―――――つまり『萌え』


 でもどうして?



 舎利子は突然現れた幾久に、心拍数が倍くらい跳ね上がった気がした。

 くるんとしたちょっとくせっけのある髪、眼鏡、くりくりとした瞳、ぼんやりとした雰囲気がどことなく狸に似ている。


 きょとんとした表情が可愛い。

 おまけに舎利子を見た瞬間に目を輝かせて「美人」と言った。

 もう財布を全部ひっくり返したい。

 なんでもハンコあげたい。

 そう思った程に。


(近くで見たらかわぁあああああいいいいいいい!!!!)


 ここがこの場でなければ叫んでいた。

 いや、出来ることなら今すぐだって叫びたい。

 なぜなら―――――


 舎利子の動揺が手に取るように判る吉川は、何度もよし、と握りこぶしを作っていた。


「お前もよく知ってるだろ、この乃木幾久君は、古雪先輩の息子さんだ」

「見たら判るわよク」


 クソボケ百仁鶴ぶっつぶすぞ、と言いかけた言葉を飲み込む。


 そう、舎利子―――――道重舎利子の高校時代の憧れの先輩、ずっと片想いしていたあこがれの男性こそ、目の前にいる乃木幾久の父、乃木古雪だった。

 吉川と舎利子の会話に幾久が驚いた。


「えっ、父さんをご存じなんですか」


 父さんって言ってるんだーへぇー、と思わず笑顔で頭を撫でたくなる衝動を必死にこらえながら、舎利子はふ、と笑った。


「そうよ、古雪先輩には、とてもお世話になったの。あなたにそっくりで、とっても素敵な人だった」


 手放しで褒められ、幾久は思わず「へへ」と照れて笑顔を見せる。


「なんか、父さんを素敵って言われたらオレがすごく照れちゃいます」


 その一瞬で、まるで氷河期の北極の吹雪のような中、さわやかな風が通った。




 昔―――――舎利子がまだ高校生だった頃、バンドを組んでいた菅原兄弟に古雪はくっついて来ていて、海岸でお喋りをしたものだった。

 あの頃、派手なファッションで女子だけのパンク・バンドを組んでいた舎利子に、物おじせず話をしてくれたのが古雪だった。


 乃木古雪の噂はウィステリアにも聞こえていた。

 あの乃木希典の子孫で、報国院はじまって以来の秀才。

 ものすごく頭が良いけれど性格は冷淡。


 だけど舎利子の知っている古雪は、いつも楽しそうに笑っていた。

 菅原三兄弟と呼ばれる双子と年子の同学年の兄弟、そしてもう一人の幼馴染と四人でバンドを組んでいて、古雪はその連中といつもつるんでいた。

 バンドをやっている舎利子も結果、一緒に過ごすことが多かった。

 成績のあまり良くなかった舎利子は古雪に教わる事もあった。

 凄い、頭が良いと褒める舎利子に古雪はさみしげに首を横に振った。


『僕は、勉強しかできないんだよ。勉強ばっかりしてるのは、それしか反抗の手段を知らないからだよ』


 そう苦笑する古雪に、舎利子は必死にフォローした。


『古雪先輩は、パンクっす!パンクは、社会への反抗の表現なんで、まわりがなんていおーが、古雪先輩が、反抗したくて勉強やってるなら、それはもう、パンクっス!』


 我ながら滅茶苦茶な事を言っていると思ったが、古雪は驚いた後、笑って『そっか』と頷いてくれた。

 過ぎ去りし青春の美しい思い出だ。


 あの頃、同じ学校の女子にも他校の男子にも女子にも、馬鹿にされまくったベリーショートも開けまくりのピアスも、ぼろぼろの服、安全ピンをつけまくったファッションも、古雪はバカにすることもなく、『パンクの文化ってそういうものなんだね』と言ってくれた。


 パンクにハマる舎利子を馬鹿にするクラスメイトに捨てられたはずのコサージュリボンを、一体どこで拾ったのか、奇麗に洗い、修繕までして舎利子に渡してくれた。

 絆創膏だらけの指で、微笑んでリボンを渡してくれた。


『これ、舎利子ちゃんのだろ?覚えていたからすぐ判ったよ』


 家に、学校に、反抗しながらあの頃の制服だった藤色のタータンチェックのスカートと同じ生地で作られたコサージュリボン。

 歌う時はいつもジャケットにつけていて、学校では通学用のカバンにつけていた。

 大事なリボンは舎利子の一生の宝物だ。

 ちなみにそのリボンはいまだにとってある。


 その、古雪にそっくりというよりもうコピーそのものの幾久を見て舎利子がいつも通りなわけがなかった。


 そろばん勘定しかしない脳内はすでに可愛さが充満し、しっかりかかったはずの金庫のカギはすでに解放されてしまうレベルだ。

 黙っている舎利子に、幾久が尋ねた。


「ひょっとして昔、父さんとおつきあいとかしてたんですか?」


 吉川が驚き、御堀が固まり、舎利子はもし長髪なら全部の髪がゴン・フリークスのように逆立ったに違いない。


「な、な、な、なんでそんな風に思ったのかしら?」


 すでに動揺は隠せずに舎利子が尋ねると、幾久は何がおかしいのだろう、みたいな不思議な表情で舎利子に言った。


「だってこんな美人だったら、父さんも絶対好きだったろうなって思って」



 よく言った―――――っ!!!

 吉川はもう勝利を確信していた。

 そう実際、古雪だってけっこうな面食いだ。

 素直に感想を口にするから、わりと陰ではモテていた!

 本人は全く気付いていなかったが!


 舎利子を昨年の桜柳祭にも古雪の息子が出るぞと唆し、当然招待した。

 関係者席で見ていた舎利子は学校の代表として行っているから当然表情は一ミリも動かせず、心の中は動揺の嵐でも得意のポーカーフェイスで乗り切っていたが、その心の中の様子は吉川には手に取るように見えていた。

 舎利子が舞台鑑賞後に思わず両手を合わせていたのを吉川は見逃さなかった。


 舎利子は、表立っては表情を微笑んだまま、幾久に告げた。


「本当にお上手なのね」

「いえ、だって本当の事だし」


 父親と旧知の仲だと知ると、途端気が緩む幾久だったが、今はそんな状況ではない。

 御堀がそっと、幾久にささやいた。


「幾、いまはそういう話じゃなくてさ」

「あ!そっか!」


 幾久は御堀の見合い話のフォローに来たのだったと思い出す。

 幾久は舎利子に向き合うと、深々と頭を下げた。


「誉……ここに居る御堀君のお見合いの件、ごめんなさい。オレもちっともそういうの知らなくて」

「あなたが知らないのは当然でしょう?あなたのお父さんなら知ってて当然でしょうけど」


 そこは舎利子も承知の上だ。

 報国院は身内を進学させる率がとても高い。

 実際、御堀の父親のミスだというのは、舎利子もとっくに知っていた。

 知っていたのだが。


「でもそういうの、父さんもオレがモテてたらちゃんと教えてくれたと思うんです。でもオレちっともモテないから」


 あはは、と笑う幾久に舎利子はキュン死ぬと思った。

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