寺生まれのT(ORIKO)さん~イッツマイライフ(4)
その頃、学院長室では吉川が用意したフランス製のフレーバーティーを飲みながら、舎利子はにこにこ微笑んでいた。
「今年の正月は、アタシは忙しくてねェ」
そう言って紅茶を飲む。
「百仁鶴、アンタはどうだったの」
「いつもどおり、つつがなくお正月を、過ごさせていただきま」
かちんという、カップがお皿に置かれた音がして、テーブルの上にカップとソーサーが置かれた。
にこにこ微笑む舎利子に、御堀は深々と頭を下げた。
「知らなかった事とは言え、お見合いを受けました。僕と父の失態です。申し訳ありませんでした」
そう言って深々と頭を下げるも、舎利子はフンと鼻を鳴らした。
「頭下げて事が済むならお安いもんね」
御堀は頷き舎利子に言った。
「必要であらば父にも」
しかし舎利子はにこにこと微笑んだまま、一見とても機嫌がよさそうに御堀に告げた。
「ああ、そういうのはね、いいのよ。頭なんかなんぼ下げてもタダでしょ?」
実際その通りだ。
御堀がいくら頭を下げようが父親に頭を下げさせようが、ウィステリアには全く関係のない事だ。
「―――――信頼を裏切ってしまい、申し訳ありません」
御堀が言うと、舎利子はあら、と言って笑った。
「ちょっとは事情が理解できているじゃないの。さすが首席ともなると、頭はちゃんと働くのねえ」
まるで六花の上位互換のような学院長に御堀の神経は研ぎ澄まされる。
多分、笑ってはいるがこれは本気で怒っていて、見合いがバレたことではなく、その事を伝えなかった事を責めている。
「アタシだってねえ、そりゃ知らずにやった事ならここまではしないけどさ。でも黙ってたのはないわよねえ、しかもこっちが報国院に貸しがあるのに、酷いと思わない?」
「思います」
頷く御堀に、吉川は心から申し訳ないと思っていた。
実際、これは大人の失態なのだ。
御堀の父が外部であるだけならともかく、報国院に詳しくないと知っていたのにちゃんとケアを行っていなかった。
外部入学は多くはないが、たまに父親の勧めで幾久のように他県から報国院に来る連中はそこそこ居た。
ただ、その場合は殆どが地方の私立に馬鹿息子を押し込んで、地元でレベルを知られないまま話をやりすごしてしまおうというのが殆どだった。
つまり、御堀位の出来で報国院に来る面々は大抵父親が報国院出身であるとか、報国院に憧れていたとか、評判を聞きつけたとか、そういった場合ばかりで、御堀の父のように報国院の常識といったものを全く知らぬままに過ごす存在の方が珍しい。
報国院の名前につい胡坐をかき、知っていて当たり前とパンフレットを送ればいいと思っていた。
実際、これまではそれで済んできた。
だから、こうしてトラブルが起きてようやく、自分たちがずっと失敗をしてきて、表に出てこなかっただけなのだと気づく。
(だからといってこれはねーだろ!!!)
そう、問題ならもうちょっと易しいほうがよかった。
よりにもよってウィステリア、よりにもよって舎利子である。
報国院の首根っこというより財布の紐をがっちり握っているウィステリアに見つかってしまうとは。
「ま、お見合いがどういうものなのか、アタシも当人から詳しく聞かないとよく判らないし。説明をお願いしていいかしら?御堀君?」
「はい、勿論です」
頷く御堀に、舎利子は言った。
「こっちもそれなりの情報持ってるから、いい加減なこと言わないようにね?」
御堀はごくりと唾を飲み込むと「わかりました」と頷いた。
御堀を脅す気満々の、趣味の悪い舎利子を見て、吉川はある決意をした。
(……仕方ない。この手はできれば使いたくなかったんだが)
「ちょっと失礼する。毛利先生、こっちへ」
「アッはい」
本当なら早くこの場から逃げたい毛利はさっと吉川に近づく。
二人は院長室を出て扉を閉めた。
「百仁鶴くん、どしたの」
「常世、今すぐ、ここに乃木君を呼んで来い。フットサルコートに居るだろ?大至急、親友のピンチだと言ってな」
「イエッサ!」
走り出そうとした毛利に、吉川は声をかけた。
「それともうひとつ、追加で伝えてくれ」
「なんて?」
「―――――タスケテ」
吉川の情けない声に、無理もないと思いながら毛利は再び猛ダッシュでフットサルコートに向かい駆けて行った。
ボールで遊んでいた幾久の元に、また毛利がやって来た。
なにかあったのだろうか、と幾久が足元でボールを止めると、毛利が幾久を呼んだ。
「なんすか?」
「お前の親友のピンチだとよ。現状、あちらの学院長が激おこだ」
「やばいんじゃないっすか」
「そう、やべーの、だからお前もサポートにまわれ」
御堀が向かったのにピンチとは、幾久が思った以上に事態は深刻なのだろうか。
「判りました。オレに出来る事なら手伝います」
瀧川にボールを頼み、幾久は毛利についてコートを出て学院長室へ向かい走り出した。
毛利と幾久は話しながら全速力で走り学院長室へ向かう。
廊下を全速力で駆け抜ける幾久を見て眉を顰める教師もいたが、隣に毛利が居て(察し)となり、見ないふりをしてやり過ごした。
「でも正直、オレなんかが出てどーにかなるんスかねえ」
「わっかんねえな。でもお前は現場にいたからその分、信ぴょう性はあるし説得力も増すだろ」
「オレが説得できるとは思えないっス」
「でも百仁鶴がお前呼べって言ったんだもん。勝算はあるんだろ、知らんけど」
「んな無責任な」
「言っとくけどあっちの学院長、すんげえ怖い鬼婆だぞ。覚悟しろ」
「ひえぇ」
「百仁鶴がお前に『タスケテ(悲壮な声)』って言うくらいだから覚悟はしとけ」
「無理っス」
そう幾久が返すも、二人は学院長室に到着した。
毛利はドアをノックする。
「御無礼しまーす!連れてきました!!」
ぎゅうぎゅう幾久の背を押し、学院長室に押し込む毛利に幾久はぼそぼそっと慌てて尋ねた。
『ちょ、毛利先生は?入らないんスか?』
『俺もう怖いからヤダ』
『んな無責任な!』
しかし学院長室に幾久を押し込んでしまうと、早く逃げたくて仕方なかった毛利は幾久に敬礼した。
「健闘をいのる!」
そう言うと、ドアをばたんと閉じてしまった。
幾久は一瞬学院長室のドアを引いたが、がたんと動かない。
毛利が外から押さえているのだ。
(なんなんだよ、もー!!!!)
どうせ怖い目にあうなら毛利も絶対に巻き込もうと思っていたのに幾久の策略は完全に外れた。
「どうした?」
吉川学院長の声に、幾久は「何でもないっす」と言いつつ、はあ、とためいきをひとつついて諦め肩を落とした。
「……御無礼しまース…………」
ああ、怖い目にこれからあうんだぁ、としょんぼりして、幾久は学院長が居る場所を見た。
吉川が座っていた二人掛けのソファーから、舎利子の斜め向かいになる一人用のソファーへ移る。
御堀が吉川の座っていた位置へずれ、御堀が座っていた場所が空く。
幾久はそこへ向かいながら、見たことのない女性を見つけ、目を見開いた。
銀色のベリーショートヘア、藤色のタッセルのイヤリング、他にも小さなピアスがいくつもある。
ボルドーカラーの口紅、アイシャドウの似合う、鋭い目線。
(この人が、ウィステリアの学院長?!)
幾久は驚く。
多分、父や吉川と同じくらいだろう年齢の女性だが、モデルと言ってもいいくらいにすらっとして美人だ。
幾久はぺこっと頭を下げ、「御無礼しまス」とソファーに腰掛ける。
女性の目が幾久を値踏みするかのように鋭い目線でじろりと睨むが、その視線に幾久は嫌なものを感じなかった。
まじまじと見つめる幾久の表情に、舎利子はふっと笑って幾久に尋ねた。
「どうしたの?オバサンが怖い?」
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