寺生まれのT(ORIKO)さん~イッツマイライフ(2)
春のあたたかな日差しが城下町に降り注ぐ。
報国院は入学式を終え、新入生が寮に馴染み始めている、そんな時期のとある放課後の事だ。
商店街に入る手前の道を左折し、ゆるやかな坂道を登っていくと報国院のある神社の敷地になるのだが、そこに一台の車が流れるような動きでするりと報国院の駐車場へ入って来た。
城下町に、というよりこんな田舎にはそぐわない、ひと目で特殊な車であることが分かるような艶やかなブラックのボディ、ホイールリムはまるで花弁のようなデザインで中央には鮮やかな赤のマーク、なめらかな曲線はスポーツカーであると誰でも判る。
そして―――――まるで牛の嘶くような爆音。
ぶぉおおん!という音に、神社の境内でえさをついばんでいた鳩は飛び去り、鳩にえさをやったりひなたぼっこをしていたり、小学生とドッジボールをやっていた報国院生(主に千鳥クラス)は音に驚き動きを止めた。
敷地内に入って来た、見慣れぬ真っ黒なスポーツカーに、目は釘付けになり、皆ぞろぞろと車の後を追いかける。
やがて車は報国院の来客用スペースに止まる。
ぶぉん!というエンジン音に、思わず見ていた生徒らから拍手が沸き上がった。
(一体、誰がこんなかっこいい車に乗っているんだろう)
わくわくしながら、しかし遠目に生徒たちが見ていると、車のドアが跳ね上がり、生徒たちの度肝を抜いた。
(え―――――っ!!!ガルウィング!初めて見た!)
(おい、車、ひょっとしなくても、あの牛のマーク!!!)
(え、マジで?なんでランボルギーニがくんの?)
あまりの事に驚きつつ、様子を見ていた生徒らだが、開いたドアから足がにょっきり出て来た。
誰?誰?どんな人が出てくるの?とわくわくしながら覗き込んでいると、出てきたのは。
足元は黒のピンヒール、細身の黒いパンツにはうっすらと蔦のような柄が入っていて光の加減で柄が見え隠れする。
上着はナポレオンジャケット、銀髪のベリーショートヘアに藤色のタッセルのイヤリング、そして耳には小さなピアスがいくつも連なっている。
年齢は五十台だろうか、強く描かれたグレーから黒のアイシャドウは鋭い目線を一層引き立て、またボルドーカラーの口紅は白い肌の冴えた美女によく似合っていた。
黒のハンドバックを持ち、大きめの藤色のショールを肩に羽織り、足を一歩踏み出すと、そこらにいた生徒は思わず後ずさる。
ただ者ではない雰囲気にのまれていると、学校から慌てて出て来た教師が、ランボルギーニから出て来た女性に近づいた。
「と、突然、なにかうちの生徒が粗相でも?!」
その慌てっぷりに生徒たちが驚くのも無理はない。
なぜなら、キングオブ暴力王(千鳥に限り)の教師の三吉が、まるで絶対に逆らえない相手が来たかのように慌てていたからだ。
先輩であり、しかもこの地域では割と知られた毛利のお坊ちゃんこと毛利常世にも不遜だし、学院長の吉川は、そのキャラクターもあってそこまで恐怖の対象でもない、言うなれば報国院で表立っては一番のジャイアンである三吉が、こんなに慌てるのは珍しい。
すると、その銀髪ベリーショート美人は細い葉巻をくわえ火をつける。
ふうーっと煙を吐くと、三吉に向かって何かを投げた。
車のキーだ。
「ちょっと百仁鶴に会いにね。乗ってていいぞ」
三吉が思わず両手を高々と上げてガッツポーズをすると、生徒らがわらわらと集まった。
「先生!先生!おれのりたい!!!」
「となり!となりにのせて!!!!」
「うっるせぇええ!そこの人に許可とれ許可!!!!」
すると楽しそうに見ていた美女は、目を細めて言った。
「助手席ならいいわよ。順番にね」
わーっと大喜びする千鳥や子供たちに、三吉は「順番!じゃんけん!」などと言いながら、目の前に来た憧れの高級車に誰が乗るのか騒ぎ始めた。
じゃんけんで一番に乗る事が決まった生徒が、そこでやっとその女性の事に気づく。
「そういや先生、さっきの奇麗なオバちゃん誰?金持ち?だれかのおかーちゃん?」
三吉はランボルギーニを観察しながら、「知らないのか?」と呆れた。
「お前ら、あの人がウィステリアの学院長だぞ。なんかしでかしたらあの人がまっさきに飛んでくる。怒らせたら半端なく怖いぞ」
「先生より?」
「私の五億倍は怖いと思え。絶対にウィステリアに悪さすんな。女帝だぞ」
女帝、という響きに生徒らは、絶対にウィステリアには逆らってはいけない事だけは理解したのだった。
カツカツとハイヒールで進むと、当然校舎の受付で止められる。
女性は目を細め、すすめられたスリッパに履き替えた。
さて、そろそろ目的の百仁鶴にも自分が向かっている情報は届いているだろう。
学院長室めざし、スリッパで音を立てながら堂々と廊下のど真ん中を歩く女性を、報国院の生徒は好奇の目と怖れでもって、何事だと観察していた。
さて、学院長室では「とりこがくる」の言葉の後、軽くパニックを起こしていた。
とりこ(舎利子)はウィステリア女学院の学院長であり、吉川らとは旧知の仲だ。
昔から性格は非常に荒く、しかし筋はどこまでも通す、寺生まれのくせに(もしくはだからか)どこまでも破天荒な行動ばかりやっていた。
そして、その「舎利子」がわざわざ報国院に乗り込んでくるという事は、絶対にろくなことではない。
すわ、もしやうちの生徒がウィステリアの女生徒を妊娠でもさせたかと、がたがたと怯える百仁鶴に毛利は自らも慌てながら言った。
「ななななんでとりこが来んだよ!吉川くん、追い出してよ!」
「無茶言うな!わざわざ来るって事は相当の事があったって事だぞ!」
「ロッカーのくせにだらしねえな!」
「ロックは元々そういうもんだ!」
「ロッカーのくせに意気地なし!」
「あいつはパンクスだぞ!勝てるわけねえだろうがぁああ!」
ロックをこよなく愛し、自らも過去、ロック歌手を目指した吉川だが、同じ頃、舎利子はパンクバンドを組んでいた。
毛利が怒鳴る。
「なんとかしろよ!絶対になんかやべーだろ!」
そんな毛利に吉川が怒鳴り返した。
「俺だってヤダよこえーに決まってんだろ!!アイツ筋金入りのパンクスだぞ!俺は嫌だ!」
そんな中、どぱぱぁん!というわざとらしさどころではない、威圧する気満々の音を立てながら、スリッパを引きずりながら現れたのは。
「入るぞ」
銀色のベリーショートの髪、鋭いまなざしにボルドーカラーの口紅。
吉川と毛利が怖れおののき思わずわずすくみあがる、この女性こそ、ウィステリアの学院長、道重舎利子。
私立ウィステリア女学院の学院長であり経営者でもある。
細い葉巻を吸い、ふうーっと煙を吐き出すと、にやりと笑い、舎利子は言った。
「久しぶりだなァ、百仁鶴」
終わった。
吉川は思わず心の中で十字を切った。
キリスト教徒でもないというのに。
学院長室のソファーにどっかり腰を下ろし、たかだかと足を組み、舎利子はふぅーと煙草の煙を吐く。
葉巻の煙なので決してそこまで不愉快な匂いでもないのだが、吉川は舎利子に言った。
「―――――スマンが、ここは禁煙でな。消してくれるとありがたいんだが」
「あらそう、ごめんなさい。常世が居る所が喫煙所かと思ってたわ」
そう言って煙草を消し、携帯灰皿に押し込んでけらけら笑うが、吉川はちっとも笑えない。
なぜなら、この舎利子がわざわざ報国院に乗り込んでくるなんて絶対、絶対、絶対にろくなことではないからだ。
しかもこうも笑っているという事は、絶対、絶対に。
(相当怒ってんな絶対に舎利子のヤツ)
そう、この女性が怒っている内はまだ良い。
怒りが最高潮に達すると、舎利子は物凄く機嫌がよくなる―――――風に見える。
つまり、機嫌が最高にいいか悪いかの判断がつかない。
故に状況で判断するしかないのだが、報国院に対し「むさくるしい」「男ばっか」「くたばれ」などという枕詞を必ずつける程の報国院にわざわざお出ましになったという事は。
「あたしさあ、怒ってんのよねェ」
やっぱり!!!!
ちょっとくらいはそうじゃない可能性があるかと思ったけれどやっぱりやっぱりそうだった!
思わずガタガタ震えだす吉川だが、舎利子は機嫌良さそうにしか見えない様子で吉川に言った。
「百仁鶴さぁ、お正月になんかあったでしょ」
―――――まずい、と吉川は気づいた。毛利もだ。
だったら、話は一気に理解できる。
「そのこと、アタシに黙ってたわよねぇ」
その通りである。
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