ようこそ、我らが御門寮へ。 君らが来るのを、ずっと待ってた
児玉が言うと、幾久が尋ねた。
「じゃあ、どーしよっかこの楽器とか」
「一年連中、まだ部屋がねーだろ?蔵も片付けしてねーし、使うにしても掃除しねーとヤバイだろうし」
御堀が提案する。
「だったら、ガタ先輩の部屋でいいんじゃない?あそこ防音だろ?」
そういえば山縣の自室は、元、長井「大」先輩の部屋で楽器を使うにも問題ないくらいの改築がされているはずだ。
児玉が言った。
「でもドラムだとかなり振動響くぞ。防音はしてても響くかもな」
御堀が言った。
「じゃあ伝築に改築の見積もりだそっか」
「支払いは?」
幾久が尋ねると、御堀が笑顔で答えた。
「経済研に借金して、この子らが払ってくれればいいよ。利息、ものすごく低くしてあげるし」
あ、寮の維持費からじゃないんだ、と幾久は頷いた。
児玉が一年生に尋ねた。
「お前ら、この楽器部屋に移動させるぞ。防音の部屋がひとつあるから、とりあえずそこに置いとけ。運んでいいか?」
児玉が尋ねると、華之丞らは「大丈夫っす」と頷く。
「じゃあ全員で移動させるか。そのほうが早いし」
児玉が言うと、幾久も頷く。
「よーし、じゃあ先輩の初仕事といくか、誉!」
「僕は遠慮しとく」
「やれって言ってんの。手伝えよ。先輩だろ?」
「……なったそうそう、手伝いかあ」
そう口では言いながら、御堀も楽器を片付け始める。
華之丞が言った。
「あ、えーと、その敷いてある奴、防音のマットなんで、先にそれ、俺が運びます」
くるくるとマットを華之丞が巻いて抱えた。
幾久が言った。
「じゃあ、部屋に移動だ!」
幾久が言って、皆が楽器を抱えて移動を始めた。
六人もいればあっという間に楽器は片付いた。
「でもどこからこんなの運んで来たんだ?昨日はなかったよな」
児玉が尋ねると、華之丞が答えた。
「運びました。先輩が起きる前に」
「運んだって、誰かに運んでもらったのか?」
大庭が答えた。
「違います。楽器は華之丞ん家においてあったんで、えーと、三往復くらい。チャリで運べるものはチャリで運んで、あとは手で持って歩いて」
「歩いてっていつ?」
夕べ、まさか抜け出してたのだろうか、と幾久が不安になると、華之丞が言った。
「朝四時」
「四時?!」
「よじ!」
「……」
驚く二年生らに、華之丞は頷く。
「だって先輩ら、八時くらいに起きたらいいって言ってたから、じゃあ逆算したらそんくらいから動いたらいっかなって」
あっけらかんと言っているが、あの騒ぎを起こすためにわざわざ早起きして一生懸命楽器を運んで来たとは。
「ドラムセットだけでも相当大変だろ」
児玉が呆れるが、華之丞らは笑顔で答えた。
「だって、ぜってー朝一でかまして先輩ら、びっくりさせてやろーって思ってたんで!」
いや、びっくりはした。本当に驚いた。
「ノスケって実はバカなの?」
幾久が呆れて言うと、華之丞はむっとして言った。
「俺、首席だし」
「や、知ってるけどなんか。うーん」
困る幾久に、御堀が言った。
「大丈夫だって。どうせすぐ落ちるから」
「なんだと!てめー」
御堀に喧嘩を売り返す華之丞に御堀は笑顔で向き合って言った。
「御堀先輩、だよ?僕、先輩だからね?」
目は笑っていない笑顔で言うと、華之丞はむっとして「判りました!御堀先輩!」と返す。
よしよし、と頷く御堀に、児玉は言った。
「じゃあ俺は?さすがに名前は覚えただろ?」
先輩と呼ばれたい児玉が言うと、一年生が言った。
「タマ先輩」
「タマ先輩」
「タマ先輩」
ちゃっかりあだ名で覚えてしまった一年生らに、御堀は噴出した。
「間違ってないな」
頷く幾久に、児玉はちょっとがっかりする。
「なんか先輩感なくね」
「でもタマはタマだからいいんじゃない?」
そう言って幾久が慰めるも、児玉は「納得がいかん」とむっとしたままだった。
二年が連なって楽器を運んでいる間、久坂と高杉は自室で布団の片付けに入っていた。
あまりの爆音に驚いて飛び起きたせいで、散らかったままだ。
久坂は、今日はあまりの音に一気に目が冴えてしまった。
無理矢理起こされた割に機嫌のよさそうな久坂に、高杉が尋ねた。
「なんじゃ、楽しそうじゃの」
絶対に不機嫌はおさまらず、なんとかして追い出そうとするかと思ったが、そうではないどころか楽しそうだ。
久坂が答えた。
「だってアレ、いっくんら絶対に苦労するの目に見えてんじゃん」
「まーの」
「雪ちゃんがよく叫んでたの、思い出しちゃった」
卒業した、年上の幼馴染の事を思う。
「ハル、ずいぶんと大人しかったね」
高杉は苦笑して言った。
「ワシが叱れる訳なかろう」
「だよね。絶対に言えないと思ったよ」
高杉もまた、二年前、入学式前にやらかした一人だった。
午後から行われる入学式の朝、早くに寮を出て、見事な金髪に染め上げて帰って来て、雪充が卒倒しそうになっていた。
『なんで式が終わった後にやらないんだ―――――っ!』
高杉にしてみたら、鳳に入れたし、首席の挨拶もあるしテレビの取材もあるから今だ!という気持ちでやっただけ、とあの頃は思っていたが。
「やっぱり先輩が驚くほど、面白いものはねえの」
「確かにね。起こされたのはムカつくけど、無茶苦茶でちょっと面白かった」
あの時もそうだった。
なんでそんなド派手な髪形にしたんだと呆れて怒る雪充に、他の三年の先輩らは楽しそうにゲラゲラ笑っていた。
そして去年は幾久が早速山縣と喧嘩をして。
「―――――結局、この寮は似たような連中が入って似たような事をやらかす、ちゅうことじゃの。それにしたって、爆音が過ぎるが」
高杉が言うと久坂も笑った。
「ほんと。あれだけはもう二度と嫌だな」
「お前が目が覚めるのはエエがの」
「ちゃんと起きるようにするよ。三年になったし、僕が寝ているの理由にされてあんな音出されるとかとんでもない」
「ならエエが」
そうして布団を片付け、着替えを済ませてダイニングへ向かう。
ダイニングはすでに栄人に指示を受けた一年生らが食事の準備に走り回っている。
寮は九人。まるで二年前に戻ったように騒がしい。
久坂と高杉はふっと顔を見合わせて笑った。
去年、あんなに静かだった御門寮が今年はこんなにも賑やかだ。
「あっ、先輩、ちーっす!」
「おっはようございまーす!」
「お、おはよう、ゴザイマス」
ぺこっと頭を下げるにぎやかな一年生らに、高杉は言った。
「おう、おはよう。お前ら、トイレの場所は覚えたか?」
一年三人は顔を見合わせて、思い切り答えた。
「覚えました!」
「わかります!」
「お、お、覚えました!」
高杉が頷いて席に着いた。
「ほいじゃあ、もう大人しゅうなるの。エエことじゃ」
高杉の答えに、一年生ら三人はほっとして顔を見合わせた後、久坂をじっと見つめた。
何を答えるのか待っているのだ。
二年生ら三人も、久坂をじっと見つめているので、なんだ早速先輩らしい心配してるのか、と楽しくなった久坂は微笑んで答えた。
「明日になったら忘れてるかもよ?あっちこっちにお漏らしするかもね」
大歓迎とは言い難い久坂の言葉に、華之丞は負けん気を発揮して、やっぱり言い返した。
「じゃー、寮中にしっかりマーキングしときます!!!」
「やめろってノスケ。もう、お前はなんでそう……」
幾久が愚痴り、御堀が言った。
「僕の部屋はやめてね?」
「しろって言われてもしーまーせーん」
「ノスケ……大人しくしろってば」
もう、と言いながら幾久は席についた。
栄人が支度を終わらせて、全員が席についた。
九人になったテーブルは狭かったが、ここにいっぱいに人が座るのは久しぶりだ。
「じゃあみんな、朝ごはんだよ!席について、合掌!いただきまーす!!」
いただきます、と全員が手を合わせて食事に入る。
途端、にぎやかにいつもの朝食の風景になった。
これから、この風景が日常になる。
「入学式、明日は昼からだろ?オレも行くから」
幾久が言うと、華之丞が喜ぶ。
「マジっすか!俺のかっこいい姿、絶対見てください!」
「弁当出るんだよ。おいしいんだー」
入学式を手伝う生徒には弁当が配られるのでそれ目当てで参加する幾久に、華之丞はがっかりする。
「いーじゃん、ノスケらも一緒に花見行こう」
「花見、するんスか?」
「去年、オレも参加させて貰った」
こんな所に居たくない、早く東京に戻りたいと幾久が言っていたのは一年前だ。
一年も経たない間、こんなにも変わってしまった。
友人が出来て、先輩が出来て、親友と再会も果たし、今日からは先輩になる。
「楽しみだなー、そだ、一年生、制服到着してるなら全員着ないと!」
幾久が言うと、御堀と児玉が首を傾げた。
幾久は自慢げに胸を張る。
「制服を前の日に着て確認するのは、御門寮の伝統だぞ!」
「そうなんですか?」
児玉が高杉に尋ねると高杉はふっと笑って「幾久の時からじゃけどの」と返した。
「えっ、あれって伝統じゃないんスか?」
てっきりそう思い込んでいた幾久が驚くと久坂が笑った。
「あれはいっくんが制服をちゃんと着れるか判んないだろうと思って僕らが甘やかしたの」
「えっそうなんすか。まあでもあの制服、判りにくいっスよねえ」
「面倒ではあるよな」
児玉も頷く。
「着物よりはマシじゃない?」
御堀が言うと、一年生らは首を傾げる。
「制服って、なにがそんななんスか?」
礼服の面倒くささをまだ知らない一年生らは首を傾げている。
「飯食ったら、後で!」
幾久の言葉に、華之丞は「はい!」と元気よく返事をした。
明日は花見、誘えるなら、他の寮も面々も呼んで、どんな後輩が来たのか教えて貰おう。
うちはとんでもない問題児がやって来た、と言ったら、絶対にやっぱりそうだろ、と笑われるだろうな。
どうしたって問題だらけの寮だけど、楽しさだけは絶対に保証できる。
古くて広くて、キャンプができるくらいの敷地があって、自由度高くてややこしい。
ようこそ、我らが御門寮へ。
君らが来るのを、ずっと待ってた。
麻中之蓬・終わり
冒頭の乃木希典さんのセリフは【古川薫・著の『軍神』より】
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