こちらにおわすお方をどなたと心得る!恐れ多くも明治の元勲、陸軍将軍、乃木希典のご子孫にあらせられるぞ(は?オレ?)(お前以外に誰が)
そう言ってぎろっと先輩連中を睨みつけて怒鳴った。
「お、俺はノスケが納得してねえのに、あ、謝るのは納得いかねーんだよ!だから俺は嫌だ!俺は、い、幾久先輩だってどーでもいいんだよ!ノスケが来たいって言ったから、ここに来たんだ!!!先輩なんか、どうでもいい!」
そう叫ぶ土師に、久坂はじろりと睨みつけ、折角片付き始めた所だった空気が険悪になりつつあった。
どうしよう、と思う幾久は土師に尋ねた。
「ノスケがとりあえず納得してるだけじゃ駄目?」
「だ、だ、駄目だ!お、俺は、絶対に、ノスケの納得しねーことは、しない」
成程、これは凄い信奉ぶりだ、と幾久は頷く。
「だったらどうしようかなあ。だって折角ノスケ来てくれたし、オレはすげー楽しみにしてたから、ノスケ追い出されるの嫌だし、かといってオレが追い出されるのも絶対に嫌だし」
困った、と首を傾げる幾久に、児玉がなんとか間を持たそうと話しかけた。
「お前らめちゃめちゃうまいけど、どっかグラスエッジに似てる曲だったな」
すると一年生三人が、おや、と顔を上げた。
「俺ら全員、グラスエッジの大ファンなんスけど」
「まじでか!俺も俺も!スゲー好きでさ!」
グラスエッジの事になると途端興奮しはじめた児玉に、一年生も少し気を緩めた。
「お前らは受験だから行けなかったか?年末に福岡のシーメッセでライブあったじゃん?」
すると三人が同時に言った。
「行った」
「行きました」
「い、行った」
「まじで!俺、同じ会場いたわー!あのライヴめちゃめちゃ良かったよなあ」
児玉の言葉に、同じファンだと気が緩むのか、三人の空気が柔らかくなった。
児玉が頷いて続けた。
「さっきの曲も、グラスエッジよか音がキラキラしてるけど、なんかアオさんの雰囲気ぜってーあるよなって思った!」
すると、土師が呟いた。
「あ、あ、アオさんは、俺の神だ」
「アオさん天才だもんな、わかる」
頷く児玉に、土師は続けた。
「お、俺にとっての神は、アオさんでしかないし、ノスケでしかないんだ。お、俺は絶対に、納得して本音のノスケか、アオさんの言う事しか聞かないんだ!」
すると幾久がおや、という顔になった。
「え?マジで?アオ先輩と知り合い?」
一瞬土師は驚き、思い切り呆れた顔で幾久に怒鳴った。
「ん、んなわけねーだろ!憧れてんだよ!あの人は、とにかく、異次元で異世界で、とにかく一番の神なんだ!!!」
「へー」
そんなになのか、と幾久はあのくそ面倒くさい先輩を、ひょっとしたら凄いのかな?と考え始めた。
土師は続けた。
「―――――俺は、音楽で認めた奴の言う事しか、絶対に、聞かない」
それで華之丞と青木か、と児玉も皆も納得はしたが、肝心の謝罪は得られそうにない。
どうするか、と児玉が腕を組んで考えた時、幾久だけがほっとした笑顔を見せた。
「なんだー、じゃあ簡単じゃん、良かったー」
幾久はほっとしてにこにこするのだが、その意味に気づいたのは児玉だけだった。
『良かった』って何が『良かった』なんだ。
それはつまり、幾久にとってこの問題があっさり片付くという事が判ったからだ。
そしてその手段はひとつしかなく、幾久はそのカギと言うか、首根っこをしっかり握っているのだ。
「い、幾久お前、」
やめとけお前、という児玉の肩を御堀が掴んで、首を横に振った。
そう、判っているはずだ。
この事態を片付けるにはこれしか方法がなく、しかも一瞬で終わる上に。
(誉、お前)
(そう。面白そうだから見たい)
ファンの、青木への心酔ぶりはすでに御堀も知っている。
そして青木の幾久への心酔ぶりも、よくよくよ―――――く、知っている。
一年は何が起こっているか判らずに首をかしげたまま大人しくしていて、幾久は自分のスマホを手に取り、あっという間に着信拒否を外すと電話をかけた。
「あ、もしもし?」
『いっく―――――ん!!!!!!!なに?とうとう僕とけっ』
「いいから黙ってオレの話聞いてください」
幾久が命令しているのはひょっとしなくても、と児玉は思ったがもう考えるのも恐ろしいので青ざめつつ体を震わせた。
幾久は離れた場所で電話越しにあれこれ話をしていて、児玉はその内容を考えるだけで意識が飛びそうになっていた。
暫くすると幾久はスマホを持ったまま、一年生三人の所へ戻って来て、スマホを見せた。
「な、なんだよ」
訝しむ土師は、仕方なくスマホを見て、そして「えっ」と驚き、他の二人も思わず息を止めた。
画面の向こうには不機嫌そうな青木が映っていて、一年生らを見た瞬間に怒鳴っていた。
『やいテメーらか!いっくんに逆らうアホ後輩ヤローどもは!!!!』
スマホに表示された人の姿に、三人とも目玉が飛び出んばかりに驚き。
「えぇ―――――っ!!!!!!」と叫び声をあげた。
幾久に説明を受けた青木は、すぐに納得してスマホから三人の一年生にくどくどとお説教を与えた。
突然の憧れのアーティストであるグラスエッジの、しかも青木がスマホの中からリアルタイムで喋っているという状況に、三人は全く意味が理解できずにいたが、ファンゆえの哀しさ、まごうことなき青木であることは判る。
特に命令された訳でもないのに、三人はきちんと正座して幾久の示すスマホの声に耳を傾けた。
『いーか、よーく聞け!そして復唱しろ!いっくんは!神だ!!!!』
青木の言葉に、三人は復唱した。
「幾先輩は、かみだー」
「幾久先輩は、かみだー」
「い、幾久先輩は、かみだ……」
青木は続けた。
『今後一生、なにがあろうと!決していっくんに逆らうな!』
「今後一生、なにがあろーと幾久先輩にはさからいません」
「さからいません」
「さからいません……」
『いーか、クソ後輩ども!二度と寮で曲なんかやるんじゃねえぞ身の程知らず。そんな羨まし……いっくんの耳にゴミ音入れるなクソが』
言葉をどんなに選んでもやっぱり無礼千万な青木の言葉だが、ファンにとってはありがたい言葉でしかない。
青木にそう怒鳴られ、三人はしゅんとしてうなだれ「はい」と消え入りそうな声で頷く。
よしよし、と満足して幾久はほくそ笑んでいるが、児玉はそれどころじゃなく、全身から冷や汗を滝のように流していた。
多分、一年連中は何がおこっているのか認識すらできないだろう。
しかし目の前に青木が居て、お説教をくらっているというのだけは理解していて、青木の長々と続くお説教に、頷いて反省している。
(うーんこれは効果絶大。さすがアオ先輩だなあ)
多分、幾久は今、これまでで一番青木を尊敬していた。
やっぱり青木、そしてグラスエッジというのものの存在はデカいんだなあ、と感心する。
『じゃーもう二度とこんな事すんなよ!朝くらい静かにしとけ!!!判ったな!!!』
青木が怒鳴ると、土師が思い切って声を出した。
「あ、あ、あ、あの」
『なんだよ文句あんのか』
睨む青木に、土師はびくっと身をすくませるが、慌てて華之丞が青木に訴えた。
「あ、あ、あの、俺ら、絶対に朝のルーティーンで曲、やるって決めてて。だからその、何もしないのは正直、キツイっていうか」
成程、曲を演奏したのはある意味いつも通りだったのか、と皆が納得した。
しかし、だからといってあんな爆音を毎朝やられるのはたまったものじゃない。
青木のファンでもそこは引けないのか、土師はじっと青木を見つめてなにか言いたげだった。
『―――――判った。じゃあ、僕が何の曲をするか指定してやる。それでいいだろ』
青木の提案に、三人は、わあっと喜んで頷く。
「はい、それでいーっす!!!!」
「是非、指定お願いします!」
「あ、あ、青木さんのご指定なら、それでいいです!」
なんという素直さ。
あまりの従順っぷりに幾久は、一体青木とは何者なのかと今更ながら首を傾げた。
とはいえ、一年生が素直に従ってくれるのなら面倒もない。
あそこまで怒ってくれたなら、青木も変な曲は提案しないだろう。
グラスエッジの静かな曲でも言うのかな、とそこに居た全員が思ったのだが、青木の命令は全く違った。
『ジョン・ミルトン・ケージ・ジュニアの四分三十三秒やっとけ。判ったな!』
話を聞いていた御堀が「ぶっ」と噴き出す。
そして話が終わったので、青木は喜び勇んで幾久に叫んだ。
『いっくん?いっくん?話終わったよぉおおおおお!これでいいでしょ?だから僕とお話つ』
「あ、あざっす助かりましたーじゃあ」
言った瞬間、青木を着信拒否設定した幾久だった。
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